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8話

「おはよ、影成」

「おはよう」


 教室に着くと健人がノートを閉じて挨拶をしてくる。


「聞いたか? トリ娘、新しいキャラが実装されるんだってよ」

「……まずトリ娘って何」

「お前さぁ……」

「ごめんごめん」


 どうやら知っていて当たり前のものだったらしい。健人があきれたような顔で僕を見る。


「トリ娘って言ったら一時期めちゃくちゃ流行っただろ。知らねえの?」

「……うち、テレビないんだよね」

「はぁ、これだから伝統派は」

「ごめんごめん」


 そういえば、なんで僕謝ってるんだ?


「おはよ、影成くん」

「おはよう、陽菜さん」


 僕らが談笑していると、登校してきた伊藤陽菜が一直線にこちらに向かってくる。


「昨日はあの後大丈夫だった?」

「うん、何事もなく帰れたよ」

「それはよかった」

「おい、昨日なんかあったのか?」


 健人が小声で聞いてくる。


「ああ、ちょっとね」

「なんだそれ、うらやましー」

「健人の思っているようなものじゃないよ」


 ただ僕らが怪異に襲われて、それを琴乃ちゃんに助けてもらっただけ。僕は何にもいいとこなし。


「そういえば、何の話をしてたの?」

「と、トリ娘の話をしてたんすよ」


 健人の方が先にこたえる。


「あっ、トリ娘……」

「陽菜さんはやってますか?」

「私はあんまりやってないかも……」

「そうすか……」


 どうやら健人はトリ娘をやっているらしい。ところで、トリ娘って何なんだ? まだ詳細を聞いてないんだけど。


「健人も陽菜さんもやってないみたいだし、俺はどうすればいいんだ」

「あははは……ネットで一緒にやれる人募集したら?」

「結局そうなりますよねぇ」

「あ、影成くん!」

「どうしました?」


 僕が首をかしげると、必死な様子でまるで頼み込むように陽菜さんは聞いてきた。


「放課後って時間あるかな」

「えっ」


 今のは健人の声である。


「……ありますね」


 任務はまだ残ってるけど、多少時間が遅れてもいいでしょ。


「良かった! それなら、放課後にちょっと付き合ってくれないかな?」

「どこにです?」

「んー、それはついてからのお楽しみ?」


 そう言うと、陽菜さんはいつものグループに交じって行ってしまった。


 凄いな。昨日見捨てられたのに、また仲良くしている。


「お前、マジで何したんだよ!」

「んー」


 突っ立ってただけ、といっても信じてもらえないだろうなぁ。

 

 ◇

 

 放課後の予鈴が鳴る。あたりが騒がしくなり、開放感あふれるムードの中、伊藤陽菜はこちらの席にやってきた。


「じゃ、行こ」

「その前に、あと何人ぐらい来るの?」

「え、私一人だけど」

「え?」


 がた、と健人の席が揺れた。恨めしげにこちらに視線を送ってくる。


「あはは……そっか」

「あれ、もしかして不味かった!?」

「いやいや、全然。行こうか」


 この時の僕は気づいていなかった。

 実はこの会話がほとんどのクラスメイトに聞かれていて、注目を買っていたということに。


「それで、今度こそどこ行くの?」

「うーん。種明かしするとあのモールなんだけどね」

「あ、なるほど」


 小曽田駅前にあったカラオケの直前に立ち寄ったあのデパートか。女子たちが服で、男子たちがおもちゃで騒いでた。


「私、実はあそこよく回れてなかったんだよね。だから、今日はついでにと思って」

「なるほど。何か買いたいものがあったとか?」


 財布の中身はばっちりある。僕のATM力、舐めないでほしい。


「うーうん、何にも。だから、影成くんと色々見て回りたいなって思って」

「なるほど」


 つまり、そこで何を買わせるか決めるということですねわかります。


 美人とデートまがいのことをするのは大変なのだ。お金がかかるし、お金がかかるし、お金がかかる。


 それも、陽菜さんほどの美人となれば格が違うのだ。その点、僕の財布には僕個人のクレジットカードもあるから安心してほしい。今日の僕、貢豚野郎になること請け合いです。


「それじゃ、行こうか」

「うん!」


 僕はウキウキ気分で陽菜さんと一緒に学校の正門を抜け出した。


 ◇


「てやっ」

「……」

「やっ!」

「……えい」

「あっ!」


 エアホッケーは世界的に有名なビリヤードのトップメーカー・ブランズウィック社のボブ・ルミューらの手によって1972年に発明されたものが起源とされている。


 マレット、あるいはスマッシャーと呼ばれる器具を用いて盤上でプラスチックの円盤を相手のゴールにシュートするのが、このゲームの醍醐味だ。そのゲーム性は当然ながらスポーツのホッケーを模したものとなっている。


「たぁっ」

「……えい」

「あぁ!」


 今ので通算三度目の勝利、彼女から持ち掛けられた真剣勝負に答えた結果、こうなった。


「影成くん、反射神経良い~。流石は闘魂士だね!」

「……ありがとう」


 なんでこんなところにいるんだっけっと思い返す。

 

 実は彼女が寄りたかったのは服屋ではなくゲームセンターだということが判明した。女子たちはそっちを寄りたがったため合わせることになってしまったが、本当は男子たちに交じっておもちゃ屋にも寄りたかったという。


 それからゲームセンターに寄って、UFOキャッチャーで遊んで、レーシングゲームで互いに競い合って、今ではこうしてエアホッケーで対戦していた。


「……ねえ、陽菜さん」

「陽菜でいいよ」

「……陽菜」

「何?」


 ニコニコ顔でこちらに向く彼女に疑問を投げかけた。


「どうして僕を連れてこようと思ったんだ?」

「え?」

「だって、これじゃあまるきり遊んでるだけだろ?」

「あれ、ダメだった!?」

「いや、ダメってわけじゃないけど、他にも誘うべき人がいたんじゃないかと……」


 すると、陽菜はしばらく考え込んで──


「いない」

「え」

「いないよ?」

「ほら、女子たちとか……」

「あれは付き合いだから一緒にいるだけで、友達って呼べる人は一人もいない」


 え、女子怖。


「だから、影成くんだけだよ? こうやって遊んでしゃべれるの」

「……じゃあもう一つ聞くけど、なんで僕なの?」

「ん~」


 その質問には答えにくそうにしばらくうなりっぱなしだった。


「……答えにくいならまた後にでも」

「一つはね、昨日のお礼」

「お礼?」

「昨日助けてくれたでしょ? だから、そのお礼ができればなって思って……結局、私が遊ぶのにつき合わせちゃってるけど」


 あははと照れくさそうに笑う陽菜。


「それから、もう一つは……そうだな」

「……?」

「かっこよかったから」

「えっ」

「それだけ」

「……」


 それはあれなのか? 僕が鵺羅に立ち向かっていた姿がかっこよかったって、そういう……?


 いや、にしてもなんでそれで僕を誘う話になるんだ。僕のことが好き……ってわけでもないよな、多分。


「あー、遊んだ遊んだ。次どこ行く?」

「……もうちょっとデートっぽいことしない?」

「いいよ!」


 あっけらかんと快諾されてしまった。一応デートのつもりではあったのか。女子高生の気持ち、わからない。


 引かれる前提で言ってみたつもりだったんだけどな。


「じゃあ、一階に確かはやりのドリンク売り場があったよね。そこ行こう!」

「分かった」


 計6階まであるショッピングモールの一階、キッチンカーの入った広場にて行列ができていた。


「僕、ここで並んでるから座ってていいよ」

「え、喋ってようよ」

「陽菜がそれでいいならいいけど……」


 いいんです、なんて言いながら陽菜は胸を張る。推定Fカップの爆乳が強調されて、思わず見入ってしまった。


「わ、えっち」

「あ、ごめん」

「……」

「……」


 気まずい雰囲気が流れる。


「影成君も男の子なんだね」

「なんだそれ、僕が女の子見たいって言いたいのか」」

「そうじゃなくて……なんだか、普通の男子とちょっと違うから」

「違う?」


 自分としてはサラサラそんな気がないどころか、そうであっては困る。僕はどこにでもいる一般市民です。


「影成くん、大人びてるから」

「それは返答に困って黙ってるだけだよ」

「そこ、下手に何か言わないから、大人びてるなぁって」

「そうなの?」

「そう」


 すると、また陽菜は胸を隠すポーズをとる。


「視線はエッチだけど」

「もう言わないでよ……」

「ふふ、ごめん」


 順番が回ってきて、注文する。僕が頼んだのはプレーン、春奈が頼んだのはいちごに生クリームを乗せたやつだった。


「食べるね」

「だって、おいしいんだもん」

「いっぱい食べる女の子っていいよね」

「口説いてる?」


 彼女のブルーグレーの瞳がこちらを覗いてくる。


「……口説いてる、のかな?」

「はっきりしてよ」

「したいけど、そのつもりなかったし。結果的には口説いてるかなって思って」

「ふーん」


 その「ふーん」はいったいどういう意味なんだ。


「ね、そっち一口頂戴」

「はい」

「ん……」


 彼女が僕が使っていたストローに口をつけて中を吸っていく。どんどん中身を吸われて、慌てて僕は陽菜を止めた。


「ストップ、ストップ!」

「あははっ」

「あははっ、じゃないよ! 僕の分をこんなに飲んで!」

「間接キスだね」

「がっつりね!」


 ここまで情緒もないと興奮するものも興奮しない。


「興奮しない?」

「……それで興奮するとか言われたらどうする気なんだよ」

「あはは、言えてる」

「……」


 まるで他人事のような彼女はすぐに自分のドリンクにも口をつけた。


「……そっち、ちょうだいよ」

「え、ほしいの?」

「そうじゃないけど、なんだかここまでされると不公平」

「じゃあ、ダメ。私の分なくなるもん」

「僕の分がなくなってるんだけど!?」

「あはは」


 あははってこいつ!


「寄越せ!」

「ダメです~」

「いいから!」

「あはは、くすぐったい」


 その時、ガタリと椅子が鳴る。


 僕が大勢を崩して、咄嗟に彼女をかばった結果、アクシデントが起こってしまった。


 すぐに顔を離したものの、まだ感触が唇に残っている。


 柔らかかった。


「……ごめん、ほんとごめん」

「んーん、ちょっと私も調子に乗った」


 思えば、僕たちまともに話すのが今日で初めてなんだ。

 少し調子に乗りすぎた。猛省する。


「……いったんここでお開きにする?」

「え、それは……」

「……」


 彼女は少し寂しそうな表情でうつむいて、僕に奪われかけたドリンクを飲む。


「……それはやだよ」

「……じゃ、次は本屋行こうか」

「うんっ」

 

 彼女はまるで無理やり雰囲気を上げるみたいに気丈にふるまっていた。それがわかってしまうせいで余計に痛々しく感じる。


「ごめんね」

「それはもう言いっこなし」

「……わかった」


 僕らは並んで本屋まで歩く。

 エレベーターに乗って、その間に本は読むのかみたいな話になった。


「私はあんまり読まないかな」

「あ、やっぱり」

「やっぱりってなんだよ!」

「あはは、ごめん。いや、イメージ通りだなって思って」


 陽菜さんは家で一人本を読んでいるより人と会話したり遊んでいる印象がある。今日の会話でボッチ疑惑が出たけど。


「こういうの分かる?」


 本屋に着くと、彼女に今手に取っている本の表紙を見せる。


「あー、あんまりわからないかも。純文学系読まないから」

「結構面白いんだよね、この人の作品。芥川賞もとってるし」

「それはめちゃんこ面白いってことでは?」


 痛いところを突かれてしまった。


「でも、めったに読まないんだよね、陽菜は」

「ん~、あんまりかも。けど、影成くんがおすすめしてくれるなら読もうかな」

「あー、それなら待って」


 いろいろとおすすめの本を思い浮かべる。


「どういうの好き?」

「え」

「恋愛とかアクションとか推理とかSFとか」

「SFとかアクションはわかんないかな……読むとしたら恋愛か推理か」

「じゃあちょうどいいのがあるね」


 僕はライトノベルのコーナーに歩みを進めて、でかでかと宣伝されている本を手に取る。


「これなんかおすすめかも」

「あ、これ知ってる」

「今ネットだと一番来てるやつだからね。アニメ化もされてる」

「これどんな話なの?」


 僕は話のネタバレをしない範囲であらすじを紹介した。


「異国文化な世界観の王宮に売り払われた主人公が、自身の薬学知識を使って成りあがっていく作品、かな?」

「面白そうだね」

「その過程で女性主人公なんだけど、女性が好きそうな男性ヒロイン……というかプリンス? がでてきて、他にもミステリ形式なんだけど恋愛のごたごたとか人間関係が描かれたりするから重厚だけど見る人を選ばない良質な作品だと思うよ」

「詳しいね、影成くん。小説家みたい」

「あはは、僕は読む専門だからね」


 僕は彼女に渡したその本を手から抜き取ってお会計に向かう。


「ちょっと会計してくる」

「あっ、待って。私が払うよっ、自分で読むんだし」

「まあまあ、これはプレゼントってことで」

「プレゼント……」


 しばらくして会計を済ませて彼女に手渡す。


「はい」

「……ありがと」


 大事そうに抱える彼女の姿を見て、僕も買ってよかったと思えた。


「それじゃ、次行こうか」

「うんっ」

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