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7話

 その日の夜、影成が寝静まった頃合いを見計らって白い襦袢姿の妹、我妻梅は彼の寝室の前に立っていた。


 彼女の姿はよく見れば夜這いに来た女か、三つ指をついて初夜を出迎える嫁そのものである。あるいは、彼女の着ている襦袢は白無垢にも似ているだろうか。


 月齢──それは天文学的に言えば新月を初日として何日経ったかを示すものである。多くの場合月齢15日が満月の日であるが、その日はちょうど新月であった。


 こんな話がある。新月には女の月の日が起こりやすく、性的な高まりを促進されると。現代では生理学的にそのメカニズムが解明されているが、闘魂士の間でもその話題の解釈は存在する。


 陰陽道、この世のすべては陰の気と陽の気から構成されていて、陰と陽、二つが合わさると莫大な力を手に入れるという。闘魂ではこれをさらに解釈して、魂気とはこの陰陽がまじりあうときに発生すると考えられている。


 そして、陰陽道では男が陰の気、女が陽の気しか持たないと考えられていたが、闘魂ではそうではない。


 男も女も両方を持ったうえで共存させているのだ。そして、その二つを交じり合わせるためにはそれ相応の手続きが必要で、どちらかが枯渇すると魂気を練られなくなり生命活動に一時的な障害をきたす。


 これが闘魂士の間でよく月齢初日に起こったことから、月齢と呼ばれている。それを防ぐための術は数多く存在する。

 

 陽の気を比較的多く持つ女性と陰の気を比較的多く持つ男性とで交流を深め、お互いの気を交じり合わせることでこれを防ごうとしたり、あるいは密教の房中術を取り入れた宗派もあった。


 月齢の対処は闘魂士にとって非常に問題となる事象であり、だからこそ四縁家はその方法を培ってきた。


 そして、我妻家が行き着いたのが気が対になりやすい兄弟間による接触。つまり、添い寝であった。


「……失礼します」


 小さな声で梅は断りを入れる。今日が初めてなどではない。小さい時から何度も行ってきたことだ。今更恥じたり、あるいは戸惑ったりなどはしない。


 彼女が影成の寝顔に影を作ると、そのまま部屋の中に進んでふすまを閉める。


 そして、ためらうことなく彼の布団の中に入っていった。


「……また固い」


 彼が思春期に差し掛かってから、特にここ数年で起こるようになった生理現象だ。


 不思議に思って母に聞いてみたところ、男の人は誰しもがああなるという。あまり刺激してはだめだと聞いているが、引っ付かなければいけない身としてはめんどくさい。


「かわいい妹が来てあげましたよー」


 小さな声で語りかけるが、影成は寝入ったままである。スースーと静かに寝息を立ててかわいらしく寝ている。


「……」


 彼女は影成の頬を二、三度指でつついてから、深く布団に入っていった。


 そして、左足から脇にかけてを彼の体に密着させると体重をかけないように覆いかぶさっていく。


「ん……」


 この頃、密着に障害になるものがもう一個あった。それが、彼女の乳房だ。


「邪魔なんだよな」


 これがなければもうちょっとくっつけるというのに、そう思いながらも自分の乳袋を影成の体に沈めていく。

 形が歪んでいって、これ以上はつらいというところまで来ると、彼女は影成の首に手をまわした。

 そして、頬をすりあわせて、抱きつくように上に乗っかる。


(いい匂い……)


 昔から梅は兄の匂いが好きで、よく抱き着いては嗅いでいた。

 さすがに思春期になってからは男の匂いにちょっと嫌いになったりもしたし、目いっぱい嗅げることも少なくなったが、それでもこの匂いに包まれると安心してしまう。


 すると、影成が寝返りをうとうと体をよじった。


「だーめ♡」


 意地悪をするように梅はささやく。

 すると、影成は傍にあった彼女の首元に深く吸い付いてきた。


「んっ」


 これこそが我妻家の求めた究極の陰陽交わり、兄弟間の陰と陽の気の交換である。


 影成は寝ている。しかし、同時に枯渇した体の陽の気を取り込もうと梅の体にむしゃぶりついているのだ。


 目の前にあるのは新鮮な女の肢体、つまり、陽の気の宝箱だ。敏い闘魂士ならまず食いつく。


 こうして我妻家は繁栄してきた。今日もまた兄弟の一組がお互いの体を養分にしようとしている。


「ん、ん……ふんっ」

「ぴちゃ、ぴちゃ、ちゅぅぅぅ」

「んっ」


 梅はシーツをつかんで苦悶の表情浮かべる。


 彼女の陽の気を影成が吸うとき、排泄物のように梅にも彼の陰の気が流れ込むのだ。


 それは強い快感を伴う。それは無論、影成にもいえることだ。だからこそ、眠りながらも気の交換の主導権を握ることができる。


 かならず気の交換は男が行わなければいけない。女がやる場合もあるのだが、多くの場合で齟齬が発生してしまうのだ。一方に陰の気が流れただけだとか、陽の気を損失しただけだとか、とにかく危険な状態に陥ることもある。


 だから、我妻家の方法の場合、たとえ眠っていても男性側に主導権を渡さずを得ない。


「ちゅぅぅ、ちゅうぅう、ぴちゃぴちゃ」

「ふっ、ん、あぁっ、くっ」


 梅はいつもその快感に耐えようとする。場合によっては大きな声を上げてしまう人もいる中で、自分はそれに負けないと謎の対抗心を抱いているのだ。


 それは彼女の、影成に対する意識の表れなのかもしれない。兄弟としての一線を保つという、神聖なものを守らんとする意思の現れなのかも。


 とはいえ、今の彼女はよだれをたらし、胡乱な瞳で快感に悶えている一人の女だ。兄の上でよがり狂い、この儀式によって兄弟という価値観がねじ曲がってきている。


 あるいはもう修正不可能なところまできてしまっているのかもしれない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 すべての行為が終わった。彼女の体にはいくつもの傷が刻み込まれている。首元だけでなく鎖骨や胸元にまで赤い斑紋が出来ているのだ。またコンシーラーで隠さないといけない。


 影成は梅の陽の気を吸いつくし、梅に与えられるだけ陰の気を注ぎ切っている。今の梅に立ち上がる気力なんてない。体は火照り、充足感とけだるげ差に満ち溢れている。もう一歩も動けない。


「……お兄」


 彼女はそのまま兄の布団の中で腕を抱き枕にして就寝した。

 

 ◇

 

 翌朝、起きてみたら妹が俺の布団にいた。


「……梅、梅」

「んー? んん……」

「ちょっと起きて、梅」


 彼女の服は乱れている。襟がはだけて、その決して小さくない果実が露出しそうだ。


 これ以上は揺らしたくない。目に毒だ。


「んん、おはよ、兄」

「おはよ、じゃなくて何でここにいるの?」

「……」


 すると、梅はしばらく固まった後、背を向けてその場にすっと立ち上がった。


 彼女の石炭のような髪の毛がすらりと伸びる。


「……」

「え?え?」

「……」

「無視? この状況無視?」


 そのまま何も言わずに梅は去って行ってしまった。


「怖……」


 急に兄の布団に潜り込んでくる妹の精神状況が心配になった。


「ん……?」


 ふと体に違和感があって襦袢をはだけてみる。確認すると、なんと下着が濡れていた。


 妹のいる布団で夢精していたのである。その事実にひどく冷や水をぶっかけられた気分だった。


「嘘だろ……」


 絶望的な気分の中、僕の一日が始まった。


 ──────

 ────

 ──



 そんな影成の部屋の前で我妻梅は立っていた。


「ごめん、お兄……」


 『後処理』も含めて彼女の仕事だったが、完全に忘れていたのだった。


 ◇


 あの後、処理をしてから僕は広間に向かった。


 朝食はすでに準備されていて、目の前にはすでに朝支度を終えた梅が座っている。


 何も言わず仏頂面でご飯を書き込んでいた。すると、彼女が食べ終わったタイミングで、立ち上がって一言だけつぶやく。


「お兄、ごめん」

「???」


 何に対しての謝罪なのかもわからないまま、僕は一人朝食を手に付けることになった。


 今日の朝ご飯は米に味噌汁、鯛の煮込みに漬物だった。


 いつ見ても朝食の内容ではないが、闘魂士としてはむしろ足りないぐらいである。


 時間の許す限り胃の中に書き込んで、それから学校に向かった。


「お兄」

「ん?」


 振り向くとキスされる。いつもの奴だ。ただし今日は両頬にされる。


「どうしたの?」

「……」


 力強い視線で見つめられるばかりで梅は何も答えなかった。上目遣いのその眼が若干熱っぽいように感じるのは気のせいか。


 うちの一族は家族間、というか兄弟間の男女の壁が少ない。今に始まったことではないが、違和感を覚えるのも事実だった。


「早くいこ」

「ああ、うん」


 梅に手を引かれて足早に靴を履いて学校に向かう。


 慶次さんの運転する黒のセダンに乗り込むとすぐに出発した。すると、狭い車内で妹が質問してくる。


「お兄ってさ、彼女とかいるの?」

「え、何急に」

「なんとなく」


 本当に何となくとでもいうかのように、梅は車窓から流れる景色を眺めながら聞いてきた。


 窓に反射した彼女の顔をうかがってみると、少し緊張しているようにも見える。すると、それでも見えないようにそっぽを向かれた。


「どうなの?」

「……いないけど」

「いないんだ」

「なんでそんな嬉しそうなんだ??」

「ふふ、お兄に彼女いないんだ」


 朝は不機嫌そうな仏頂面だったのに、急に元気になりだす妹。その場で後部座席のシートをトランポリン代わりに飛び跳ねると、勢いでこっちにもたれかかってくる。


「ぐえ」

「そんなに重くないでしょ」

「人一人分だから十分だよ」

「お兄のもやし……これで強いんだから困るんだよな」

「えっ、なんて?」

「うっさいしね」


 ひどい暴言を吐かれているはずなのに、うれしそうに笑って言われるもんだから僕は何も言えないでいた。


「それじゃ、行ってくる」

「はいはい、行ってらっしゃい」


 後部座席のドアを閉める。すると、慶次さんはすぐに車を出した。


「……さて、行くか」


 学校の正門前で多少の注目を浴びながら僕は教室へと歩き出した。

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