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5話

「そういえば、我妻」

「なんだ?」


 健人に呼ばれて振り返る。

 時刻は午後四時、6時間目が終わり周囲がきたくムードに包まれていた時間帯だ。

 健人は僕のことを我妻と呼ぶ。影成でもいいのだが、名前で呼ぶと変に大仰になってしまうらしいのだ。


「陽菜さんにカラオケに誘われてるんだけど、行く? 行くよな? よし、返事しとく」

「待て待て」

「何だよ、行かないのか?」

「そうじゃないけど……カラオケ?」

「カラオケ」


 教室にはまだ友人と談笑中の陽菜さんが残っている。


「お前、誘われたんだな」

「陽菜さんは神だから──それで、行くのか?」

「あー、うん」


 ふと母上に言いつけられた任務のことが思い浮かんだが、こういうのも学生の本文のうちだよな。


「行く行く」

「それじゃ、ここに入れ」


 見せられたのはスマホの『LANE』の画面。グループチャットに入るためのQRコードだった。


「……はい」

「それじゃ、行くぞ」

「え」


 僕らは二人で陽菜さんを中心とした集まりに近づいていく。

 すると、こちらに気づいた陽菜さんはこちらに話の水を向けてきた。


「あっ、影成君もくるんだね!」

「ああ、うん」


(あー、やめてくれー。注目がこっちに集まるからー)


 実際、陽菜さんの言葉で集まっていた面々の視線がこっちに集まった。なぜこいつだけ特別扱いなんだという疑問と反駁のこもった視線に違いない。


「それじゃ、行こっか!」


 彼女の言葉で集団に先導がかかる。とはいえ、先頭集団はのそのそ歩いていくのだ。僕たちは話の輪に入れもしないので、まるで大人数+2という感じで進んでいく。


「俺たち、まるで小判鮫だな」

「小判鮫?」

「陽菜さんのグループにひっつく小判鮫」

「言い得て妙だな」


 階段を降りて昇降口を抜けて、学校の正門を通り過ぎると最寄りの駅に向かう。

 団体で向かうため多少は覚悟していたが、自転車の通行なんかの邪魔になっている。横に広がるなよな。


「何見てるんだ?」

「前言ってたAYANEの『PICK』」


 『PICK』というのは今中高生で流行りの短時間動画の投稿サイトだ。


「面白いの?」

「んー、何してんのかなって感じで見てる。ほら、一応俺も闘魂士だったわけだし」

「それ言ったらモテんじゃね?」

「嫌だそんなモテ方」


 健人は本気で嫌そうだ。これから言うのはやめておこう。


 最寄り駅に着くと五景線に乗って小曽田駅に向かう。

 中央13陸を通る電車は数が多い。


 皇霞の周辺にある主要5陸を孤を描いて結ぶ五景線に、天鶴を中心に皇霞と各地方を十字に結ぶ天宮線。沙音から暁月までを結ぶ私鉄の陰陽線に、蒼原から暁月までを結ぶ風月線まで様々あるのだ。


 更に他の私鉄も含めると夥しい数がある。自家用車の普及もそこまで進んでいないようだし、そこはこの国の列車技術の高さを表しているといえた。


「それでそいつが急に叫び始めてさー」

「あはは、何それ」


「……」

「よくあれで笑おうと思えるよな」


 隣で健人が耳打ちしてきた。


「いや、陽菜さんを非難してるわけじゃないんだけどさ」

「んー、まあ、良いんじゃない?」

「いやー、神経が分からんわ」

「……」


 だから、健人は一年の時に教室内ではぶられていたんではなかろうか。一年来の友人としては心配なところである。


 とはいえ、彼らの行為に品がないことにも頷けた。ロングシートが採用された車内で五人固まって座り、その前にも人が立っている。


 その状態で喋っているのだ。当然車内は彼らの喧騒で満たされている。あからさまに迷惑そうにする人はいないが、心中の程は計り知れない。


「言ってこようかな」

「やめとけって。これからのカラオケが地獄だぞ」

「でも……」

「そういうところが根っから闘魂士なんだろうが、今はやめとけ」

「……」


 健人にそう言われてひどく心外だった。

 僕は根っからの闘魂士なんかじゃない。


 とはいえ、目的地にはすぐについたため大事になることはなかった(こんなことで大事になることもないけど)。


 通りがけにモールの方に寄ると、女子たちがあの服があーだこーだと騒いで、男子たちも玩具屋を見つけてあれこれと騒ぎ立てる。

 

 僕たちはその様子を傍観しつつ、着実に進んでいく彼らの後を追って、ようやくカラオケ店に着いた。


 カラオケに着いた時点でまるで目的の半分を終えたような顔をしていたが、二手に分かれて曲を選択していく。


 陽菜さんと健人・僕は別々の部屋だった。


 それぞれがまず歌っていく。それから談笑の時間となり、それぞれ既存のグループで固まって喋っていた。


「俺、もう帰るわ」

「そう?」

「ああ、もう勉強しなきゃだし」


 七時ごろになって早々に健人は帰っていった。

 その様子を見て「ノリわりー」と男子生徒の一人はこぼしていた。


(あいつ、悪い奴じゃないんだけどな……)


 友人が周囲から色眼鏡で見られることにどうにも耐えられない。

 その空気から逃れるように僕は一度飲み物をとりに部屋の外に出た。


「あ、影成くん」

「陽菜さん」


 すると、こちらは人数分のコップを持った陽菜さんが現れる。

 どうやらあっちの連中、今日の主役に雑用をさせているようだ。


「大変だね、手伝おうか?」

「んーん、大丈夫。先どうぞ?」

「それじゃ、お言葉に甘えて」


 先にドリンクサーバーを操作して烏龍茶をコップに注ぐ。

 僕はカラオケの時烏龍茶じゃないと歌えないのだ。


「カラオケ、楽しい?」

「んー、それなり」


 ほとんど社交辞令である。どうやら陽菜さんが今日のカラオケを企画したらしいのだ。


「良かったぁ。実は影成君のために今日のカラオケを企画したんだ」

「俺のため?」


 彼女の方に振り返る。陽菜さんは麗らかな表情で、屈託なく笑っていた。


「うん。いっつもお仕事大変そうだから、みんなとあんまり話せてないんじゃないかなーって思って」

「あー、確かに」


 とはいえ、このような機会を設けられたといっても、簡単に今まで話さなかったような人たちと交流を持てるかと言われたらNOと答えざるを得ないが。


「だから、私が企画したら良いんじゃないかって思ったけど、もう大変!」

「……あんまり大人数は得意じゃないの?」

「そう見える?」

「うん」

「……」


 陽菜さんは意外そうな、案外嬉しそうな表情をして自分の注いでいるコップに視線を戻した。


「本当は少人数で遊ぶ方が好きなんだけど、ほら、私と遊ぼうとするとみんな緊張しちゃうでしょ?」

「あー、まあ、そうみたいだね」

「だから、あんまり遊べる人がいなくって」


 そう語る彼女の姿は妙に大人びて見えた。


 学校での伊藤陽菜といえば学校のマドンナと持て囃された食いしん坊のあどけない少女のような感じだったが、今の彼女は一丁前に人間関係に悩む女子高生のようである。


 まあ、当たり前か。事実彼女は女子高生で、僕は男子高校生なわけだし。


「カラオケって疲れるね」

「……今更?」

「あはは、カラオケって行ったことがなくて」


 人数分注ぎ終わったのに陽菜さんはここを離れようとしない。もっと話していたいということか。


「影成君って普段何してるの?」

「んー、闘魂士の任務以外だったら、学校の勉強と宿題と復習と……」

「わっ、凄い。私なんて全然だよ」

「やろ?」

「えー、やだよー。つまんないし」


 一体何のために高校生になったというのか。


 いや、待てよ。高校生としてはこれが正しいのかもしれない。全員が全員、勉強がしたくて進学したわけじゃないだろう。


 皆がやってるから私もやる。そんな同調圧力みたいなものに負けた結果、ここにいる人が過半数なのだ。安易に決めつけるのはよくないな。


「影成君は凄いよね。色んなことやってて」

「僕をどういうふうに見てるのさ」

「んー、家の仕事が大変で、輝いている人?」

「ヘーボクハ カガヤイテルンダ シラナカッター」

「棒読み」


 しばらく陽菜さんと雑談する。

 少々してから戻り決心をしたようだ。


「ありがとう、充電完了」

「僕とそんな仲良かったっけ」


 やべ、失言だった。


「え!? 朝に挨拶とかしてるじゃん!」

「……それだけ?」

「十分だよぉ!」


 どうやら彼女は人との距離感が近いらしい。これは一年で三人に告白されるわ。


「それじゃ、またね。私、影成くんとの方が喋りやすいかも」

「……」


 彼女が去って行った後に、僕は向かいの扉に向かって呟いた。


「地雷だよなぁ」


 無論、彼女に問題があるわけじゃない。ただ、彼女のそぶりはあまりに思わせぶりなのだ。あれでは女子たちからも顰蹙を買ってしまう。

 

 そういえば、陽菜さんが他の女子と一緒にいるところをあまり見かけない。どっちかというと男子と一緒にいることが多いが、それもどう見られているか。


 どう考えても噂好きの高校生の間では良くは作用しないだろう。


「僕も帰ろ」


 半ば義務感で僕はまたカラオケルームに入って行った。

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