おまけ:我妻梅の一日
我妻梅の一日は早い。
朝四時に起床すると厠へ行き、身だしなみを整える。
そして、五時になると毎朝景成の部屋に行き、寝顔に挨拶をする。
「おはよ。お兄」
その時にほっぺたにキスをするのを忘れない。
彼を起こさない間に日々の鍛錬を始め、彼が起きてくる頃に終わりを迎える。彼と同じ食卓を囲み、二言三言会話してから学校の準備をする。
梅が通っている学園は女子校だ。そこで陸上部のエースをしている。
早めに学校に着くため、起床時間の比較的早い兄と一緒に登校し、朝練に励む。
朝の時間が終わる頃に汗を拭き、匂いのケアをしてから教室に向かう。女子校でこのようなケアをしている人間は少ないため、これだけで梅の評判は好評となっていた。
授業の時間、その日は古典の授業があった。兄と妹のあれやこれやを書いた作品を一人の女子生徒がふざけて読み上げる中で、梅はその作品を没頭して読み進める。
「先生、ここはなんていうんですか?」
「ああ。ここはね」
このおかげで梅は教師陣からも真面目だと評判である。最も、本当のところはただ兄と妹の恋愛が普通なのかどうかについて聞きたいだけなのだが。
闘魂士の世界は閉鎖空間だ。四縁家ともなれば、その傾向は顕著となる。我妻松と我妻一成も元は従兄弟同士の結婚であった。
だからだろうか、彼女は兄弟同士の恋愛に興味がある。というより、忌避感の方が少ないのだ。その上で女子校という限られた空間に入れられると恋愛の相手が必然と狭くなる。
兄は昔から秀でた人間だった。武道をやらせても他のことをさせても、決して梅は叶わない。それなのに、一度も兄は梅を笑わなかった。
一時期、兄は無能と呼ばれていた。それはまともに烈魂を習得できず、練魂や静魂に至っても習得度はおざなりだったからだ。そんな兄を不思議に思っていた。
あれだけ器用な兄が闘魂を修められないわけがない。そう思い立って、どうにか兄を輝かせようとした。
しかし、結果は惨敗。梅の方が輝く結果となってしまい、挙げ句の果てには影成はそれでいいと思っているのである。一時期兄のことが嫌いになった。
しかし、ある時膝を擦りむいて泣いてしまった時、兄が駆け寄ってきてくれて、いたいのいたいのとんでいけーをしてくれた。そんなもので治るかと子供心に思っていたが、何とそれで本当に治ってしまったのだ。
本人もびっくりしていた。しかし、梅は確信した。これが兄の能力なのだと。しかし、怪我を治す闘魂なんて聞いたこともない。
それからしばらくして、影成は名を上げた。それから梅は兄を尊敬するようになったのである。
◇
とはいえ、それだけが景成のことを好きな理由ではない。本質的なところは、優しいからだ。
「もういっぽーん!」
「はい!」
例えば今行っている放課後の部活練習は本来行われない予定だった。
家業に支障が出るからという理由で却下されるはずだったのである。それに
異を唱えたのが影成だった。
影成は自分が要所要所で働くことで二人が学校に行き、真面目に学校生活を謳歌する権利を確保してくれていたのである。そのおかげで今日も梅は部活の練習に励めている。
陸上は好きだ。吸って吐いて、吸って吐いて。体を一定のリズムで動かしながら、要らない空気を吐き出し、新鮮な空気を吸い込む。
これだけで心が洗われるような気分になるのだ。梅にとってメンタルを安定させる一助と言えた。
無論、母とて強制をしたいわけではない。ただ、我妻家に生まれたただ二人の子供というのはそれだけの責任がのしかかってくるものだ。
周囲からの期待。責任、重圧、それらを考えると顔にニキビができてしまう。それでいつも梅は鏡の前で悪戦苦闘しているのだ。
しかし、そのことにも兄は気づいて、母に働きかけてくれている。だから、そのおかげで自分は危険な仕事から離れられているのだ。
本来、三位の烈魂使いともなればパトロールへの参加だけにとどまらない。影成のように危険な怪異が現れた時にはすぐに駆り出されるはずなのである。
梅は怪異が苦手だ。彼らの攻撃は直に梅の精神に影響を与えてくる。いくら浄心の間で整えられると言っても限度があるのだ。魂気の揺らぎはそう簡単に消えない。
そこら辺に関しても天才なのが影成だ。彼は一切、そういった影響を感じさせない。戦ったところを見たことがないのもあるが、死闘を演じたはずの後もピンピンしている。
放課後練習が終わるとその足で照魂会へと向かう。そして、時間が来るまで鍛錬をしているのだ。
使うのは武の間、自分の魂気を感じ取り、それを落ち着けていく。それを繰り返し、自然に【開】が引き出せるようになるまで待つのだ。
「はっ」
軽く発破を入れる。既にここで彼女に教えを与えられる者はいない。むしろ彼女の方が教えを与える側にまわっている。
そして、時間が来るとパトロールに向かう。
『梅ちゃん、300m前方左、鵺羅よ』
「ラジャー」
インカムから聞こえてくる通信士の生駒さんの声を聞きながら、彼女は返事をする。
彼女の一日は続く。それは市民の安全を守るために。
「はっ!」
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