21話
蒼原・銀灯・静景・夕霧・瑞蓮を結ぶ五景線を運営する五景グループは何も主要線だけを営んでいるのではない。
静景の主要都市を結ぶ静景線の他に、静景内部では五木線、山王線、千代線など多くの路線を運航している。
僕がやってきたのはその静景線にしばらく揺られた後についた、山間にある古径という町。
ホームを出ると開放的な空間が広がり、駅から古径の街並みが一望できた。
「お母さんはここに眠ってるの?」
「はい」
白いワンピースを着た白銀の髪をたなびかせる少女は、春の日差しに照らされて白百合のように咲いていた。
先日、琴乃ちゃんから連絡があり、墓参りに向かうとのことだった。きっと敵討ちの一環ができたことを報告するんだろうが、それに良ければ同席してほしいとのことだった。
梅ちゃんは相当ごねたもの、膝枕してなでなでを交換条件に許してもらえた。高校生の兄に甘える中学生の妹ってどうなのだろう。問題じゃない……よな?
ここはお母様の地元ということもあって郷愁に浸れるようだ。奥の路線が森に阻まれた駅から降りて、アスファルトの上に僕らは顔を出す。日差しが暑かった。
「こっちです」
「わかった」
道中は坂が多かった。下り坂を歩いていくと、よくハイヒールでこんな傾斜を降りれるなと琴乃ちゃんに感心させられる。どうやら僕とは体のつくりが違うようだ。
「影成様は」
「ん?」
「どうして今日、ついてきてくださったのですか?」
「……」
「すいません、めんどくさい質問でしたね」
「いやいや、そんなこと」
全くないとは言えないが、そこがまたかわいいと思わされてしまう。
僕を先導する琴乃ちゃんはしばらく無言で歩いていた。
「……」
「……」
「……僕はね」
「はい」
「母も父もいる。けど、こんな家に生まれたでしょ?」
「そうですね」
「いつ二人を置いていくかわからない。だから、人の死が身近に思えるんだ」
「それは……」
琴乃ちゃんが立ち止まって、こちらに振り替える。
「……だからさ、参りたいと思ったんだ。殉職された、お母様の墓石に」
「……すいません、私はただ誰かを私の復讐に、自己満足に付き合わせようとしてきただけで、そんな──」
「いいよ、自己満足。付き合ってあげる」
「……」
「ほら、付き合わせて」
「……」
彼女のほうに手を差し伸べた。
「……ふふっ、案外勝手な人ですね、あなたは」
「あれ、もう気づいた?」
「でも、嫌じゃありません」
「あらま、それは重症です」
「ふふっ」
それから二人で湖が見える街を一緒に手をつないで歩いた。
「影成様はお菓子とか食べられますか?」
「ああ、食べるよ。あの三角のお菓子とかおいしいよね」
「それ私大好きなんです。でも、家に勝っている犬には上げちゃダメって言われて……」
「犬にはだめだよ」
「そうなんですか……」
まるで犬が耳を垂れるように落ち込んだ様子の琴乃ちゃんは見ていて抱きしめたくなった。
「でも、自分の好きなものを上げようとするなんて素敵だね」
「そうなんです。だから、ハンバーグも好きで!」
「……玉ねぎ入りの?」
「はい、玉ねぎ入りの」
「だめだねぇ」
「そうなんです……」
琴乃ちゃんを見て、笑いそうになってしまった。
「琴乃ちゃんって面白いね」
「ですよね? 私、面白いんです」
「うん、面白い。特にそこが面白い」
「どこがです? ちょっと、教えてくださいよ」
「くくくくくっ、だめだ。笑って……」
「えー、教えてくださいってばー」
そして、ようやく着いたのは「古径湖傍墓地」。正門からあぜ道の続く、雰囲気ある場所だった。
「ここ、ですね」
「……行こうか」
僕が一歩踏み出す。しかし、琴乃ちゃんは続かなかった。
「……琴乃ちゃん?」
「……すいません、なんだか、勇気が出なくて」
「……」
「私のやってきたことが、急に間違ってた気がして、母に合わせる顔が──」
「琴乃ちゃん」
僕は彼女の前にひざまずく。そして、力強く、一つ一つ念入りに教えていった。
「琴乃ちゃんは、頑張ってるよ」
「……そうなんでしょうか」
「頑張ってる。僕が認める」
「……影成様に認められたら、認めないわけにはいきませんね」
アハハと笑うが、彼女の顔にはまだ笑顔が戻ってきていない。
「琴乃ちゃんは今まで頑張ってた。だから、あんなにムキになってたんでしょ?」
「……そうですね。そうです」
「だったら大丈夫。少し間違ったところもあるかもしれないけど、お母さんはそれを許してくれないほど狭量?」
「……記憶では優しかったように思います」
「なら大丈夫だ」
もう一度彼女と隣り合う。
「行こう」
「……はい」
今度は彼女と歩調が合った。
お母様の墓地につくと、まず墓石を洗って、それからお墓参りをする。お花を飾るのも忘れずに。
「……報告、できた?」
「……はい。いっぱい報告していました」
お墓に拝んでいるときの彼女の姿は力強くて、思わず息をのんで見入ってしまうほどだった。
通りがかった住職さんに挨拶をして、僕らはその場を後にする。
「……影成様。私」
「なんだい?」
「影成様のお妾さんになりそうです」
僕は立ち止まった。
「なんだって……?」
「……ごめんなさい。嘘をついてました」
「何を」
「私が、父に許可もらってあの時の行動に出たこと。あれは本当は、伊佐木志津を欺くためのウソだったんです」
「……ちゃんと説明して」
はい、と彼女は一礼してから説明を始めた。
「私は彼女がフードだと思いました」
「君が最初にあれと交戦した時の話だよね。そのあと、夜に僕に対して志津さんがフードなんじゃないかって連絡してきた」
「はい。それで、その後に父に聞かされていたんです。内部犯がいるかもしれないって。照魂会の管理する精霊石がかなりの数なくなっていて、それで……」
「君はあんなことを……」
「はい。四人でしらみつぶしに可能性のある場所を探っていれば、いつかは尻尾を出すと思ったんです」
「でも、それは梅も危険にさらす行為だったわけだよね?」
僕の声は鋭くなる。それに琴乃ちゃんは笑っていった。
「だから、『千影』様のお妾さんなんです」
「っ……君は、人の命を何だと思って!」
その瞬間気づいた。彼女がこの作戦で自分以外に被害が出ることを良しとするか?
いや、結果的に梅も巻き込まれてしまった。しかし、梅にできる限りシールドを張っていたのは誰だ?
彼女はもしや自分だけ犠牲にするつもりであの場に僕たちを集めたんではないか?
「……君ってやつは」
「……やはり、バレてしまいますか」
琴乃ちゃんは観念するようだった。
「君はバカだ」
「はい」
「大アホでもある」
「はい」
「でも、そんなことさせない」
「影成様は」
彼女は自分のワンピースの肩紐に指をかけた。
「私が、欲しいですか?」
「何を……」
「答えてください。それだけで、私は変われそうな気がするから」
「……」
僕は自分に正直に答える。
「欲しいね。凄くほしい」
「……そうですか」
「でも、こんな結末はよくない。それは、認めない」
「でも、でないと雲居家と我妻家の間に生まれた貸し借りの差を埋めることはできません。私という闘魂士をあてがうことで、初めてこの件はなかったことにできます」
「だから、それがだめだと言ってるんだ。そんな人身売買みたいな方法、僕は認めない」
「お優しいんですね、影成様は」
今のいい方にはカチンときた。まるで、琴乃ちゃんが優しくないみたいないい方のようで。
「君は──」
「どうして、認めてくださらないんですか?」
妾の話か?
「当たり前だ。だって、君が笑ってない」
「……」
その時、世界が凍ったようだった。
否、琴乃ちゃんが凍ったようだった。
「……どうして、気づいちゃうんですか」
彼女の声は割れている。
「君のことを見ているからだ」
「あなたが欲しいって言ってくれたら、私はいくらだって体を差し出せるのに」
「その決心ができてない子を慰み者にするなんて反吐が出る」
「どうして貴方は、私の憧れのままでいるんですか?」
ぼろぼろと彼女の眼から涙がこぼれる。
「琴乃ちゃんっ……」
「あなたに嫌われようとしても、貴方の妾であろうとしても、あなたは認めてくれない。他に、どうしようもないのに」
「……僕が作るよ」
「無理です」
「できる」
「無理です!」
「できる!」
僕は彼女の手をとった。
「……私が、ここでスカートのすそを上げたらどうしますか」
「止める、何が何でも」
「襲ってください!」
「できるわけないだろ!」
その時、軽い音が鳴った。
「……」
「……叩いてごめんね、痛かったよね」
「……痛いです。痛いです」
「ごめんね、どうしたらいい?」
「……すっ、慰めて」
彼女の最後の言葉は絞り出すようだった。
それに──
「喜んで」
ようやく彼女の本音が聞けた気がした。
◇
「──よーし、よーし。いい子だよー」
「……なでなで」
「よしよしよしよし、琴乃ちゃんは犬みたいにかわいいね」
「……犬じゃない」
「犬みたいだよ、犬みたい。犬みたいに愛らしくってかわいい」
「……もっと」
おっと、わがまま泣きんぼお嬢様はもっとを仰せか。
「よーし、よーし、かわいいよ。よーし」
「……影成様」
「ん?」
「好きです」
「……」
「返事はいりません」
僕らの間に沈黙が下ろされる。
「……一応聞くけど、それは──」
「偽らざる私の本心です」
「……そっか」
「……それで感想はどうですか?」
「あれ、返事は聞かないんじゃなかったっけ?」
「返事はいりませんが、感想は欲しいです」
「わがままだなぁ」
それでも嫌じゃない、この距離感。
「嬉しいよ。すっごく」
「……なんだか、子ども扱いされている気がします」
「そんなことない。ないない」
「してます」
「というか、こんなきれいな子意識しない男いないって」
「……ふーん」
すると、ようやく彼女は立ち上がって、それからしゃがんでいる僕のほうを見てくる。
「それは、影成様もですか」
「え、まあ? そうだけど……」
「そうですか、そうですか」
「元気出た?」
その言葉に、琴乃ちゃんは振り向いて口を虎がらせる。
「癪なことに」
「あはは、それならもう大丈夫だ」
「……行きましょ、影成様」
「うん」
僕は彼女の手を取った。
以上で本編終了です。短い間ご愛読ありがとうございました。おまけSS+αとおまけエピソードがあるのでそちらも引き続きお楽しみください。では。




