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19話

「二人とも、逃げて!」

「何」「えっ」


 その瞬間だった。


 僕らが祭壇を見つけた方向から黒い何かが猛然とやってきた。


 それは二人を吹き飛ばして、呼び出した主であろう志津さんのほうにとぐろを巻くように現れる。


「がはっ」

「いっ……」

「紹介するわぁ。この子は豪鬼、私が生み出した一位怪異よ」

「……」


 僕はその場で身震いしていた。

 二人があれので弾き飛ばされる姿を見ていることしかできなかった。

 反応もできない。これでは何のために力を手に入れたのかわからない。


「二人とも!」

「がはっ……琴乃、行けるわね」

「あた、りまえ……」


 二人は壁がひび割れるほどの強さで背中を打ち付けられて、小さな血を吐いていた。


 きっとろっ骨が折れている。それだけじゃない。股関節や背骨が折れててもおかしくない。


「ダメだ、一旦退却しよう!」

「お兄は照魂会の人を呼んできて! 私らはその間に食い止めてるから!」


 梅は鼻血を出して、明らかに正常な状態ではない。ふらふらの体を引きずって、小鹿のように震えた足でどうにか地面を踏みしめていてる。


 琴乃ちゃんに至ってはその場から動けていない。それでも自分は戦うのだという意思が、彼女の目にだけ感じられた。


「いいわぁ、ウォーミングアップね。ちょうどいいわぁ」

「兄ぃ、行って! それから──」


 梅が本気の【開】を行う。その魂気は天井まで立ち上るようだった。


「帰ってきて、私たちを助けてね」

「梅!」


 彼女の最後の笑顔は異様にきれいだった。


「行くわよ、この猿公!」

「行きなさい、そして蹂躙なさい」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ゴリラのような体格の四足歩行の獣鵺は猛然と梅に襲い掛かった。


 対して梅は光を超えたような速さで残像を作り、鵺羅の顔面にすばやく移動する。


「せいぃっっ!!」

「がぁっ!」


 あの一発できっとコンクリートの地面が豆腐みたいに柔らかく砕けてしまうであろう。そんな一撃を顔面に食らっても、豪鬼はうなるばかりだった。


「ウォォオ!」

「何言ってるかわかんないのよ、この不細工!」


 さらに脳天にかかと落とし。飛ぶ鳥を落とす勢いの梅は疾風迅雷を体現するかの如く一度に三度蹴り技を放った。


「こっちは、毎日、碌にお兄と遊んでももらえずに、頑張って、鍛錬に、励んでんのよっ!」

「うもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「そんなのに比べたら、こんなの、へっちゃら!」

「うがぁ、うがぁ、うがぁ!」


 何度も豪鬼は梅をつかもうとするが、それは飛んでいる羽虫を捕まえるみたいにうまくいかない。本気を出した彼女の動きにはだれもついてこれないのだ。


「死ねええええ!!」


 ──【猛襲脚】:猛襲拳の応用で全身の魂気を体内で揺り動かすことにより、その衝撃を足に集中させる力技。


 梅の一撃は確実に豪鬼の意識をわずかに刈り取った。


「今よ、琴乃!」

「わかってる……!」


 そこに控えていた琴乃ちゃんの一撃が放たれる。


 10を超す大量の巨剣は豪鬼の頭上を取り囲んでいた。それらが迅雷をまとい始めて、やがてぐるぐると回って放たれる。


「『疾風迅雷』……っ」


 その瞬間、激烈なまでの轟音が鳴り響き、雷鳴が豪鬼に降り注いだ。


「もうううううううううううううう!!!」

「やったか!?」


 思わずそうつぶやきたくなった。それほどまでに強かった一撃だったから。多分同じことを梅も琴乃ちゃんも思っていたと思う。


 だから。


「もうううううううう! もう! もう! もおうううううう!」

「がはっ!」


 だから、油断したのだろう。その場のだれもが。梅もまた例外ではなかった。

 

「梅!」

「あははは! 言ったでしょう、一位って! 二位と三位の貴方達じゃ勝てない領域にいるから一位なの!」


 志津さんは二人の努力をあざ笑った。


「……まだ」

「もう終わりよ。あなたのターンは終わり」

「まだだ!」

「梅、それは!」


 【猛】の次の段階、【鬼】:【猛】で貯めこんだ魂気を完全開放する技。


 それは、【猛】とは比べ物にならないほどの負担とエナジーを必要とする。今の梅には無理だ。


「無理って決めてるから、無理なのよぉ!」


 梅の動きにさらに磨きがかかる。だが、どこかちぐはぐだ。


「もうぉぉぉぉ!」


 どこか文句を言っているようにも聞こえる豪鬼はどうしても梅をとらえられないようだった。


「【一文字踵落とし】ぃぃぃぃ!」


 梅が自分の繰り出そうとしている技を叫ぶ。それほどまでに消耗し、いまにも自分のしていることを忘れそうなのだ。


 流星のような一撃が豪鬼の顔面に直撃し、豪鬼のモップのようなブレイズのたてがみが揺らされる。


 とんでもない轟音が鳴って、そこにさらに畳みかけるように琴乃ちゃんの剣が豪鬼を取り囲んだ。


「……『唸れ』!」


 琴乃ちゃんが何かをつかむような動作をすると、急激に剣と豪鬼の距離が短くなる。


 そして、触れた瞬間に爆発する。その切っ先が肉に入り込むことはなかった。


「薙ぎ払え、豪鬼」

「させな──」


 その瞬間、梅の動きがいきなり単調になる。


 いきなり身を放り出された梅は、豪鬼に捕まってしまった。


「梅!」

「もううううううううう!」

 

 豪鬼は大きく跳躍する。そして、梅を勢いのままに地面にたたきつけた。


(不味い……!)


 今のは頭から行った。致命傷のはずだ。もう梅は動けない。それどころか早く治療を受けさせないと死ぬ!


「もううううう!」


 更に梅は豪鬼に玩具にされた挙句に放り出された。ぼろ雑巾のように梅が転がる。


「梅!」


 すぐに彼女のもとに駆け寄る。ぼろぼろの梅はまだかろうじて意識があるようだった。


「お兄……」

「梅、しゃべるな。今すぐお兄ちゃんが手当てを……」

「お兄、勝ってね……」

「っ……」


 その言葉に、僕は思い出す。


 そうか、なんだ簡単な話だったじゃないか。


 僕は無能で、何もできない出来損ないで、梅にも軽く及ばない。


 そんな僕がこの場でできること?


「……」

「お兄……?」

「帰るぞ」

「お兄、ダメ、待って……!」

「ダメだ!」


 妹は重体だ。もしかしたら脳出血しているかもしれない。そうなったら一巻の終わりだ。


 僕はすぐに琴乃ちゃんのほうに駆け寄って、二人を背負う。


「影成様……」

「琴乃ちゃん、よく頑張ったね。すぐに帰れるから」

「……ダメ」

「……ごめんね」


 抵抗できない二人を背負って、豪鬼と志津さんと対峙する。


「あら~。逃げちゃうの~?」

「……見逃すんで、見逃してもらえませんかね? 大事な妹と友達なんです」

「ん~、だーめ。ここを見ちゃったからには生かして返さない」

「ですよね」


『アクティベート・オン。生体認証を確認しました』


 僕はひそかにボディスーツを起動する。


 このボディスーツ、4位の烈魂使い程度の動きは再現できると聞いた。梅ちゃんは3位、3位の動きについてこれないということは4位なら拮抗するんではないか。二人を背負ってる分のディスアドバンテージは逃げることのみを考えることで相殺できる。


 そうだ。僕は無能だ。だからこそ、できる試合がある。


「それじゃあ、鬼ごっこと行きますか」


 僕はすぐさま【開】の【疾踏】で駆け出した。


「追え」


 豪鬼が志津さんの命令通りに追ってくる。


「二人とも、揺れるけど我慢してね!」


 二人の唸り声が聞こえてくる。声にならない声を聴きながら僕は跳躍した。


「はっ、はっ、はっ」


 二階、三階と立体を生かしながら縦横無尽に駆け巡っていく。


 豪鬼はその後を追ってこようとしてくるが、やはり追いつけていない。


 奴はおそらく膂力に振り切った烈魂【猛】特化の獣鵺。【開】はそんなに得意ではないのだろう。


 障害物や地形を生かしながら兎のように逃げ惑う。もうちょっと行った先にある出入り口から入れる地域なら、まだ人が少ないはずだ。

 

 こいつをけん引して都市をめぐるのは人を殺すことに他ならない。だが、二人が敗れた時点で静景にはもはやまともな対抗策が存在しない。ここ一帯は蹂躙されることだろう。


 だったら事態を大きくする。より早く母の耳に入れて動いてもらうのだ。


「それまで、君たちを死なせない!」


 そう言って、踏み込んだ時だ。後ろから咆哮が鳴った。


「もううううううううううううう!」

「何してるの、早く、早く追いなさい!」


 すると、豪鬼はなぜか逆走し始め、志津さんのいる方向に向かっていった。


「へ?」


 そして、豪鬼は志津さんを捕食する。むき出しの歯が、志津さんの胴体をかみちぎった。


「へ?」

「なっ……」


 そもそもだ。4位の静魂使いだったあの人がどうやって豪鬼を抑えていたんだろうか?


 呪法? 呪符? どちらにしても生半可な施しじゃ豪鬼には効かない。


 なら、それを豪鬼は煩わしく思っていたんじゃないか? 自分に命令を下してくる存在が苛立たしく仕方なくて、だから力を出せていなかったとしたら──


「もうううううううううう!!」

「うあああああああああああ!!」

 

 先ほどの二倍も三倍も速い動きで豪鬼は迫ってくる。だめだ、このままじゃ追いつかれる。


「うあああああ、やめろおおおおおお!!」

「もううううううううう!!」


 まるで特急列車のような豪鬼の走りはすぐに僕を追い抜いて、前に躍り出た。


「もうううううううううう!!」

「うわっ、くそっ」

 

 もうどこかに逃げようにも、これ以上早くは走れない。


 頭の中で様々な言葉が羅列される。

 

 もうだめだ。食われる。おしまいだ。死ぬ。二人は? 死ぬしかない。殺される。死にたくない。


「もう! もう! もう! もう!」

「うわっ! なんだ! なんなんだ!」


 いきなり豪鬼はスタンピングし始める。なんだ、文句を言ってるのか?


「もううううううう!」

「うわあああああああ、やめろおおおおおおおおおお!」


 剛毅が腕を振り上げた瞬間、僕は目をつぶった。


 しかし──


「……ん?」

「もう──もう」


 豪鬼の動きが鈍くなる。振り上げられたこぶしはそのままに、静止していた。


「なんなんだ、一体……」

 

 僕は腰が抜けて、二人を下ろしてその場にへたり込んでしまった。


 しかし、束の間の猶予だったようで豪鬼がうなり声をあげる。


「もううううううううううううう!」

「うわああああ、やっぱり駄目だったああああ!」


 豪鬼の腕が振り上げられる。これが最後だと思って僕は恐怖から叫び声をあげた。


「こっちに来るなぁあああああああああ!」

「ぎぃっ!」


 その瞬間、あたり一帯に無数に表れた鎖が豪鬼を縛り付ける。


「……え?え?え?」

「もううう、もううう、もううう!!」


 豪鬼は悶えている。ということは自作自演ではない。じゃあいったい誰が……


「もうううもうもうもううううう!」

「あぁぁぁ、やっぱだめだあああああああああああああ!」


 鎖で縛りつけられた豪鬼はそれでも僕らを殺そうと腕を振り上げてきた。


 かちゃかちゃと鎖が音を上げて、いまにも引きちぎれそうなのに僕は絶望の声音を上げる。


「消えてくれえええええええええ!」

「もううううううううううううう!?」


 すると、壁にはりつけにされた豪鬼がいきなり爆発した。


「うわっ!?」


 瞬間的に二人に覆いかぶさる。すさまじい熱風が舞い込んで、僕の皮膚を焼いた。


「……なんなんだ、さっきから! ……へ?」


 辺りを見ると見ると、豪鬼は跡形もなく焼失していた。あの化け物はもういない。


「……一体、なんなんだ?」


 僕は一人取り残された廃デパートの一角で座り尽くしていた──






 ──我妻影成は無能である。


 数多くの名闘魂士を輩出し、特異者と呼ばれる能力を一次元上に開花させる存在を抱えてきた我妻家にして稀代の無能といえた。


 才覚は静魂・練魂に傾いているものの、静魂は【立方体】を出すのみで、7歳のころに【開】の応用である【重踏】を覚えた妹梅と比べればその才覚は歴然であった。


 幼いころから影成は無能と罵られ、それでも妹の心の支えであろうとしてきた過去を持つ。


 しかし、その評価は決して客観的なものではなかった。彼は天才にして特異者にして突然変異だった。


 彼の魂気は本来ありえないはずの空気中の魂気と適合されるよう自動調整によって魂気切れを起こすことがない。どれだけ魂気を使っても、不足状態に陥ることがないのだ。


 それだけにとどまらない。彼は静魂と練魂の天才でありながら、言霊使いとしても天才であった。その次元は「言葉にしたことをそのまま実現するように魂気操作する」というもの。限界はあれど、その限界は天才としてどこまでも高く青天井に花開いている。


 だからこそ、特異的な言霊使い故に言霊と魂気操作を同時に使用しないと闘魂が使えない。たとえ一言でも言霊を使用すれば、彼の微細な魂気操作は何十倍にも膨れ上がる。そんなピーキーな性能を持った特異点こそが我妻影也であった。


 だからこそ、彼は黒曜の戦いにて「助っ人」を欲し、直接雲井琴乃を呼び寄せた──幽界を破壊して。


 だからこそ、彼は豪鬼の戦いにて奴を縫い留め、消滅せしめた──自身がそう望んだから。


 そう、我妻影成は天才にして無能な唯一無二の特異者なのだ。


 故に──勘違い上手の『千景』は己の才覚に気づかない。


 自分が天才だと、気づかない。

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