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18話

 九重本家にて九重十三郎とその父、九重長三郎が話をしていた。


「いったいいつになったら我妻梅は七星会の緊急招集をかけるのですか、父上」

「当主代理と呼べ。仮にも七星会の取締役だぞ」

「……はい、父上」


 長三郎は煙管を口から話して白い息を吐く。


「……迷っているのだろう」

「何を」

「この状況で緊急招集をかけるか否かを」

「当たり前でしょう!? 既に静景では日中に二回も怪異騒ぎが起きています。これは前代未聞です!」

「しかし、対処はできている」

「それは今だけの話です」

「ふぅ……なあ、十三郎。この状況で緊急招集をかけたとて、一体どうなる?」

「……と、仰いますと」


 十三郎はたたずまいを直した。


「奴さんがどうやって怪異を呼んでるかわからない以上、わしらも動きようがないんじゃ。情報の不足、それが何よりも事態に歯止めをかけている」

「じゃあ、傍観せよと」

「まあ、今のところはそうなるわな」


 キセルの灰をとんとんとさらに落として、もう一度穴に煙草を詰める長三郎。


 それに納得いかぬ様子で十三郎は独り言ちた。


「私は、静景が心配です」

「『千影』ではなくか?」

「当然です。あやつが倒れることなど万に一つもありません!」

「……」

「……ですが、その万に一つが、億が一つかもしれない。特に今は今まで起こらなかったことが多すぎます」

「確かになぁ」


 そうして、長三郎は物思いにふける。三度ほど夜のとばりが下りた空に白い雲を浮かべて、そして、十三郎に問いかけた。


「なあ、三郎」

「なんでしょう」

「これはどういうことかな」

「何がでございますか?」

 

 はぁ、と鬼のように息吹を吐いて長三郎はうなる。


「仮にこの件が宵月会の輩が犯人だとして、なぜ今まで同じような真似をしなかった? なぜ今になって横行するようになった」

「それは……」

「俺はな、十三郎。この件、なんかあるんじゃねえかと思ってる」

「何かとは」

「そこまでは判らねえ。ただ、なんかあると思ってるんだ」

「……心にとめておきます」

「おう」


 夜は更けていく。


 影成達含む塗りつぶし作戦が始まろうとしていた。


 ◇


「今日は集まっていただきありがとうございます」


 琴乃ちゃんが音頭をとる。僕と志津さん、梅は琴乃ちゃんの指示で静景の一角に集まっていた。


「この度は一連の事件の犯人を宵月会といたしまして、その手法である怪異の人工的な製造の儀式場を突き止めるために集まってもらいました」

「はいはい、しつもーん。本当にそんなところあるの?」


 梅が鋭い目線で聞いてくる。それに琴乃ちゃんも真剣なまなざしで答えた。


「怪異を人工的に生み出すのであれば必ず儀式を行う必要があります。仮に儀式上なくどこでも怪異を生み出せるのであれば、この静景に犯行現場を固定する必要はありません」

「確かに、儀式場がこのどこかに存在して、そこを離れらないから同じような場所で犯行を繰り返していると考えれば辻褄が合うね」

「当主の許可は得ているのですか?」


 淡白に志津さんは聞いてくる。


「大丈夫です。父には話しました」

「そうですか」

「……それじゃあ、行きましょう」

「おう」「「……」」


 こうして始まった儀式上捜索作戦だが、そう簡単には見つからなかった。


「お兄、そっちはなんかあったー?」

「何にもー、そっちはー?」

「なんもないー」


 地下駐車場、廃線となった地下鉄、はては放棄された地下工事現場までくまなく探すことになった。


「捜索作戦がここまで大変だとはね」

「本当に見つかるの、琴の字ー」

「私を琴の字と呼ばないでください!」


 時にはがれきの下を探すこともあって、儀式場が一体どれだけ大きなものかわからないから、本当にくまなく探さなければならないのだ。


「琴乃さん、本当にあるんですか?」

「……わからない。でもやる価値は絶対にある」

「……」


 志津さんと琴乃ちゃんはいまだに微妙な距離感だ。いつ一触即発な空気になってもおかしくないから注視している。


「お兄、これは?」

「これはただのオルゴールだね」

「いやいや、もしかしたら何か仕掛けがあるのかも」

「魂気の揺らぎが何もないから、何の変哲もないオルゴールだね」

「……お兄って、魂気が見えるの?」

「え、見えるけど」


 え、みんなは見えないのか?


「私も目を凝らせばちょっとは見えるけど、やっぱ流石お兄だわ」

「あはは、そんなすごいことなのかな」


 自分でもちょっと意外だ。こんな才能なしの僕に意外な長所があったとは。


 けれど、結局祭壇らしき場所は見当たらなくて、そこも空振りとなった。


「これで7件目、いい加減疲れてきた……」

「確かにね。でも、頑張ろ」

「……」

 

 その時、志津さんが足を止めた。


「皆さん、もう止めませんか」

「志津さん!」


 琴乃ちゃんが叫ぶ。琴乃ちゃんにしてみれば裏切られた気分だろう。


「こんなことをしても何の意味もありません。帰って、パトロールに協力したほうがよほどましです」

「いつだって人はそう言う。でも、成功してみないとわからない!」

「その成功の芽がいったいどれだけあるかが問題です!」


 二人が言い合う。すると、梅が口を寄せてきた。


「え、これって何?」

「んー、喧嘩かな」

「こんなところで? 無駄ー」


 梅の物言いは冷たいが、的確でもあった。


「とにかく、帰りましょう!」

「まあまあ、志津さん。それじゃあ、この一軒だけでも終わらせよ。ね?」


 僕が仲裁に入る。ここら辺が妥協点だと思うが……


「いいえ、帰りましょう」

「え……」

「……帰らないと困ることでもあるんですか?」


 冷たい琴乃ちゃんの声が聞こえる。まるで志津さんにナイフの刃を突き立てているみたいだ。


「そんなこと……」

「じゃあいいじゃないですか。あと一件ぐらい」

「でも!」

「あーもーいいから、私先に行ってるよー?」

「あ、梅待って」

「……行ってますから」


 琴乃ちゃんが捨て台詞を残す。僕らの背中を眺めて歯噛みする。


「……ばかばっか」


 ◇

 

 最後に訪れたのはあるデパートの廃エリアだった。既に琴乃ちゃんが侵入許可をとっていて、あとは探索するだけだという。


「ここ、かなり倒壊が進んでるね」

「柱にひびが入ってる。大丈夫かな」

「本当にひびが入ってるんじゃなくて、外壁の塗装部分が割れてるんだよ。だから大丈夫」


 二人を落ち着けるが雰囲気は物々しい。


 全体的に寂れていて、本来店があるような区画なんかは空っぽだ。床にも何にもなくてまっさら。照明もついていないから薄暗い。上から日光だけが微妙にあたりを照らしている。


「あ、あれ!」


 梅が叫んだ。その瞬間、琴乃ちゃんが駆け出していく。


「精霊石!」

「本当にここにあったんだ……」

「それじゃあ早く連絡を──」


 その瞬間、爆炎が僕のほうに猛然と迫る。


「お兄!」

「っ」


 梅が前に出たさらに前に、琴乃ちゃんが生み出したであろうシールドが展開される。


「ごめん、余計なことした」

「全然」


 二人がコミュニケーションをとる。


 しかし、僕らの後ろから来る人なんて、そんなの……


「はぁ、本当に、ばかばっかり」


 錫杖を両手に持った志津さんだった。その顔は表情が抜け落ちている。


「志津さん、貴方……!」

「薄々感づいていたんでしょう? 本当にかわいくない子、一体いつから怪しまれていたのかしら」


 口調が変わっている。これが本来の彼女というわけか。


「……5月6日の黒曜出現時、貴方は休みでしたよね? どこにいたんですか」


 琴乃ちゃんが冷静に志津さんに問いただす。


「黒曜の準備をしていたわ。あの子、あれで結構わがままだから」

「っ、精霊石をどうやって持ち出したんですか」

「部下の子に頼んでちょちょーっとね。私、これでも結構信用されてるの」

「……最後に聞きます。フードの人物は貴方だったんですか?」


 その言葉に志津さんはしばらく考える。


「フード、フード……ああ、あの格好のことね。ええ、そうよ。よくわかったわね」

「フードの身のこなしとあなたの動きがあまりに酷似していました。気づかれないとでも思ったんですか?」

「確かにね。でも、火の練魂を使うとは言ってなかったわよね」


 彼女はまるで生き物のように泳ぐ火の玉を掌に載せる。それを注視しながら、琴乃ちゃんは答えた。


「貴方なら、あるいはと」

「ふーん。ずいぶん過大評価されていたんだ」

「正当な評価です」

「ふふっ、今となってはどうでもいいけど」


 そういって火の玉を払って霧散させる。そして、僕たちのほうに向けて錫杖を向けてきた。


「それを見られたからには生きて返せないわね」

「望むところ!」

「お兄はまだ下がってて!」

「あら、いいのかしら。じゃないとすぐ終わっちゃうわよ」

「どうだか!」


 まずもって最初に切り込んだのはやはり梅だった。即座に琴乃ちゃんも3つの歪な大剣を作り出す。


「『生えろ』」


 志津さんがそう言葉にした瞬間、志津さんから梅にかけての直線状に半透明の茨が出現し始めた。


「茨っ!?」

「気を付けて! 志津さんは茨の静魂を使ってくる!」

「そういうのは早く言って!」


 梅は構えの姿勢を取り、初めから【猛】の姿勢を作る。


「はっ!」


 そして【岩砕拳】によって静魂の茨をバラバラに砕いてしまった。


「くっ」

「『天刺、進め!』」


 今度は琴乃ちゃん二小節の言霊で大剣を強化して射出する。普段より一段と早くなった巨剣は輝く流星のように志津さんのもとに迫っていった。


「っ、『盾』!」


 その瞬間、琴乃ちゃんと同じような縦が空中に展開される。しかし、一つが刺さり爆散したことで盾がなくなり続く二本が直撃した。


「がはっ!」


 すさまじい轟音とともに剣が爆散する。爆炎の中から【開】によって身体強化した志津さんが出てきた。


「うっとうしい!」

「ダメージ入ってる。畳みかけるよ!」

「うん!」

「調子に乗るな!」


 瞬間、あたり一帯の空間が茨に包まれる。


 更に、宙から浮かび出た炎がどんどん大きさを伴って最終的に人一人を飲み込むほどになってしまった。


「『弾けろ、レーヴァーテイン!』」


 極大の火の玉から伸びあがった火の触手のようなそれは、次々に梅を狙う。


「くっ」

「『盾──」

「要らない!」


 宣言通り、梅はバク転を繰り返してホーミングしてくる火の触手をよけまくると、更に【重踏】による踏みしめの衝撃波によって近くにあったそれらをかき消した。


「はぁっ!」

「ちっ、こしゃくな──」


 志津さんの注意が梅にそれた瞬間、今度は狙撃するような姿勢で琴乃ちゃんが構える。


「『天狙てんそ』」

「っ『盾、盾、盾、複製!』」


 急激に表れた歪な巨剣が狙いを定められ、志津さんに発射される。その射出速度は以前と段違いで、それが速度重視の技だということを思わせた。


 それに対し、直前で気づいた志津さんは何枚も重ねた盾で何とか防ぐ。静魂によって生成された盾が何枚も砕けて、その破片が飛び散った。


「隙ありっ!」

「誰がっ」


 そこに加わる梅の重い一蹴り。おそらく【猛】で荷重した相当重いやつなのだが、案の定志津さんは受けきれずに吹っ飛んだ。


「きゃぁっ!」


 1、2、3回バウンド。ベーゴマのように体が回転した志津さんは床にへばりついていた。


「観念しなさい。たかだか4位以下の術者が3位と2位を相手に勝とうなんてのが思い上がりなのよ」


 梅は冷たく言い放つ。それに対して、志津さんは片腕を立てて立とうとしながら口を開いた。


「貴方達はいつもそう……恵まれたものばかりが上に上り詰めて、下を足蹴にする」

「下を足蹴にしてるんじゃない、悪を踏みつけてるの」

「その悪の定義が弱者なんでしょ!」


 支離滅裂な言い分だった。しかし、決して梅はひるまずに答える。


「私たちのやるべきことは市民の安全を守ること。それを守るどころか汚すような輩は踏みつけてしまっていいと思ってるわ」

「……この手はあんまり使いたくなかったけど」

「何を──」

「豪鬼、来なさい!!」


 その瞬間、嫌な予感がする。

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