17話
次に挑戦したのはアーチェリーだった。
「すごーい、影成くん。こんなのも上手いんだー」
「あはは、なんかできちゃうね」
「そのセリフ、天才感丸出しー。ちょっち動画で撮らせて」
「こう?」
AYANEは僕が弓を弾く風景を後ろから逆光で撮っている。
「……おっけ」
「こういう動画ってどうやって作ってるの?」
「基本はスマホの編集アプリで編集。どこ行ったーとかなにしたーとかをダイジェストでまとめた系が多いかな、あちしは」
「へー、大変なんだね」
僕が合計で29ポイントをとっている最中、二人は動画編集の話題で盛り上がっていた。
「はい、陽菜」
「うん、って、見てなかったけど影成くん、29点じゃん!」
「うっそ、撮ればよかったかも」
「あははは……」
どうしてこんなところに才能が有って、闘魂の才能はないんだろうか。自分でも疑問である。
「あー、あちし才能ないかもー」
「私も、15点だった」
「あちしなんて9点だよー? 陽菜はまだ良い方」
二人とも、なんだかんだで打ち解けてきている。やっぱり本気で一緒に遊んだのがよかったようだ。
「そういえば、AYANEの本名って何なの?」
「え? 彩音だよ?」
「「え?」」
「え?」
疑問の「え?」が陽菜とハモる。そんな僕たちに彩音もオウム返しをしていた。
「……活動名が本名と同じなの?」
「え、普通っしょ?」
「普通ではないね」
「うん、普通じゃないよね」
「うっそー! 知り合いとかみんな本名でやってたよ!?」
「それは個人レベルで、彩音とは規模が違うんじゃ……」
心配になるネットリテラシーだ。いつか特定とかされるんじゃ……もう自分から公開してそうだな、この人。
「うっそー、ショックなんだけど……」
「むしろここまできたら清々しくない? 私本名で活動してるんだーって」
「うう、急に恥ずかしくなってきた……」
うなだれるAYANEこと彩音、そんな彼女の背中をさする陽菜は天使のようだ。
「教えてくれてありがと、影成っち、彩音っち」
「うん、どういたしまして」
不思議な絆が二人の間にできたようである。いや、三人か。
◇
次はバッティングセンターで遊んで、次にボウリングで対戦して、スポッチを十分に満喫した後、SC内をまた巡ることにした。
「ねー、次どこ行く?」
「それならあそことか良いんじゃない?」
「……」
二人が打ち解けてよかったと思っていると、その水を差すように異音が巻き起こる。
「きゃああああああああ!」
「なんだなんだ!」
「何!?」
「今の叫び声だよね!?」
三者三様、僕たちは手すりをつかんで下の階を見た。
すると、そこにはまだ昼間だというのにまた怪異の姿があったのだ。
「あれ!」
「また怪異……」
「……」
行かなくてはならない。
僕にできることなんて限られているけど、それでも闘魂士として魁夷が出現して逃げることだけは許されないんだ。
「二人は安全を確保しながら退避して。僕は──」
「また危ないことするつもり!?」
咄嗟に陽菜のほうを見る。彼女の顔には「行かないで」と書かれてあるようだった。
「……ごめん」
「っ……もういい」
「待って、私も行く」
そう宣言した彼女は確かに魂気を練っていた。しかし……
「免許はちゃんとあるの!?」
「免許……知らないけど、今は非常時じゃんね!」
「もう!」
本来闘魂士として怪異に立ち向かう場合、それ相応の資格を必要とする。これがない人間を闘魂士として戦わせることは違法なのだ。
「自衛の範囲内でお願いね!」
「あいさ!」
「それじゃ、陽菜はここにいて。僕らでしたのを何とかしてくるから」
「……絶対戻ってきてよ」
「うん、絶対」
「……やっぱり二人は付き合ってるじゃんね」
「「付き合ってない!」」
馬鹿なことを言ってないで早くいかなきゃいけない。
「ほら、行くよ!」
「あいさ!」
エスカレーターを降りて下の階に向かうと、化粧品売り場で怪異が暴れていた。まだ人は襲われていないらしい。
「うがううううううぐるるるるるるるる!」
「獣鵺、それも六位か七位、市町村を揺るがしうる以下の存在か……」
それなりに雑魚といえるだろう。だが、一般人にとっては十分脅威だし、何より無能力の僕にとっては天敵といえる。
「よーし、AYANE、行っくよー!?」
彼女は構えの姿勢をとると【開】を発動し、魂気を開放する。
なんだ、彼女ちゃんと使えるんじゃないか。
「いっけえええ!」
「がうっ!」
雑魚のうちの一体が彩音の高速のけり技で吹っ飛ぶ。更に魂気を開放し、次に【猛】で閉じ込めると独特の魂気操作をお行った。
「【猛襲拳】!」
魂気を体内で揺らめかせ、まるでパイルバンカーのように衝撃を伝える力技だ。一撃を加えるごとに重くなるそれは、確実に雑魚の一体にとどめを刺す。
「よっし、一匹ぃ!」
「……負けてられないな」
何も僕は無策で飛び出てきたわけじゃない。ちゃんと勝算があって避難しなかったのだ。
「アクティベート・オン」
音声認識により僕が服の下に来ていたスーツが起動する。
青葉奏多が作成した身体能力を長向上させるスーパースーツ、その名も「何でも持てる君(仮称)」は強力な烈魂と競合しその真の力を発揮できない。
だが、へなちょこ烈魂しかできない僕にとってはスーパーお助けアイテムとなる。
『指向性マイク起動。「何でも持てる君ver.2.1」起動します』
瞬時に伝わる体が軽くなった感覚。そうか、みんなこのレベルで体が軽くなるからあんな大技を連発できるんだな。
自分が体験している感覚に驚きつつ、目の前の大目玉に向かい合う。
毒鵺、大地を汚染し触れるものすべてを穢す厄介な鵺羅。烈魂と相性が悪く、魂気で触れると体が急速にむしばまれてしまうため、練魂か静魂での対処が必須となる相手。
だが、この場には静魂・練魂の使い手は存在しない。しかし──
(僕はどれでもないから大丈夫でしょ!)
『疑似【開】発動確認、身体能力が上昇します』
僕の思考を読み取ってすぐに体の動きに反映してくれる。このボディスーツは烈魂時の体の動きや状態を再現してくれるもんおなのだ。
「はぁっ!」
不定形な鵺羅の顔面に飛び蹴りをかます。結構な体重により衝撃は吸収されるが、手ごたえはあった。
(猛襲拳っ)
『確認しました、疑似【猛襲拳】』
体が半ば勝手に動き出す。僕の繰り出した百裂の拳は、すぐに鵺羅の体表面をこそぎ取っていった。
「ぎゅもおおおおおおおおおお!」
職種のような手を伸ばされる。それを回し手で受け流すと、腹の部分めがけて掌底を繰り出した。
「はあっ!」
今度は重心を捉えたその攻撃により、毒鵺は軽く吹っ飛ぶ。
そして、徐々にその不定形な体を色落ちさせていった。
「おおおお、すっげえじゃん、やっぱ、影成っち」
「あはは、まあね」
全部、ボディスーツのおかげだけど。
「私も負けてらんないなぁ!」
そういって、彼女は魂気を練る。
(練魂……?)
もしや、彼女は烈魂だけではないのか?
「っ……【帯雷】!」
瞬間、発生した魂気の雷は彩音の体に纏われる。幻輝した半透明の陽炎のような稲光は、空中でばちばちっと火花を散らしていた。
そして、彼女が突きを繰り出した瞬間、明確に相手の動きが止まる。
「それって、雷の練魂?」
僕は雑魚を蹴り上げながら聞く。
「そう! 習得ばり難しかったんだけど、視聴者の前で何とか成功させたんだよねっ!」
「そりゃあ凄い!」
というか、そしたら全部彼女に丸投げでよかったんじゃないか? 練魂タイプの嵐鵺でも現れない限り大丈夫だったでしょ。
「もしかして、僕要らなかったかな?」
「いや、この数を一人で背負うのはさすがにしんどいかも~」
そういわれて、僕はあたりを見回した。
倒れた机やテーブルに、商品棚。散乱する化粧品に煌々とした電灯の下跋扈する鵺羅たち。まず見ない光景だ。いつもは暗闇で怪異の相手をするから、それに数も多い。
「これは確かに、一人じゃ厳しいかもねっ」
「うん、だから、影成っちが来てくれて助かったよー!」
雷を纏った蹴り上げで、獣鵺を宙に浮かせる彩音。
それから僕たちは照魂会が来るまで怪異の被害を防いでいた。
◇
残りの怪異は全て到着した照魂会の闘魂士によって掃討された。
彩音が無免許だったことが指摘されたけど、突発的な事態で友人を守るために仕方なくと僕が説明したら引き下がってくれた。もしかしなくても我妻家の力だよね。権力って怖い。
僕らは被害者だったことでその日はすぐに帰宅できたけど、後日話を聞きたいということで連絡先を聞かれた。もちろん、僕を除いて。
三人でショッピングセンターを出たときは既に夕日が目の前に上っていた。
「一時はどうなることかと思ったよー」
「意外に彩音が強くてびっくりしたな」
「意外って何ー!? 私、これでも闘魂士インフルエンサーなんだけど!?」
「でも無免許じゃん」
「ぐぐぐ」
陽菜は僕らが楽しげに会話している間もずっとうつむいたままだった。それを見かねて声をかける。
「どうしたの、大丈夫?」
「うん……」
「何かあったん? 話聞こか?」
「……」
彩音、その言い方はやましい奴だよ。
「……私、二人のこと誤解してた」
「へ?」「何々、どったん」
「……これまで、まるで弱い人みたいに扱ってたよね。私と一緒で」
「いやいや全然弱いよ」
「影成っちがいうと説得力ないけど、あちしなんて一般人に毛が生えた程度だよ?」
「……ううん、二人ともすごいよ。私なんて何にもできなくて……」
ははぁ、どうやら変なことでナーバスになってるな。
心的外傷を受けた後はこういった価値観に陥りやすいのだ。特に、今までのトラウマが刺激されている可能性が高い。
今まで一度も怪異を見たことなくて、それでここ最近になって三度も立て続けに怪異騒ぎに巻き込まれているのだ。しかも、当事者として。
気が動転するのも当たり前だし、感覚がマヒするのも当たり前だ。
「それは違うよ、陽菜っち。陽菜っちは純然たる被害者なんだよ?」
「……でも」
「罪悪感に浸る必要ないって。確かに影成っちも私も戦ったけど、それは陽菜のためなんだよ?」
「私のため?」
「そう。陽菜と他の人のため。確かにそれは褒められることかもしれないけど、陽菜はやりたい? そんなこと」
「……」
陽菜はゆっくりと首を振る。
「ならやらなくていいんだよ。変に思い悩む必要はない」
「そうだぞ。できる人がやればいいんだ。できなかったらできる人に頼る。それが正しい姿だ」
「……そうだよね。私、何言ってんだろ」
「思い悩む必要ないって。陽菜は天真爛漫食いしん坊のお嬢様なんだから」
「すっ、すっ……食いしん坊のお嬢様って何!」
「あはは、そのままの意味」
「もう!」
彼女は涙をぬぐって前を見た。夕日を受けた彼女の顔に、もう悩みなどない。
「それじゃ、帰ろっか」
「そうだね。私も結構撮れ高あったし」
「撮れ高って僕たちのこと? それとも怪異のこと?」
すると、自信満々の笑みで彩音はこちらを見た。その顔は夕日を受けてとてもきれいだった。
「どっちも!」
「……なんだよそれ」
「彩音ちゃんのよくばり」
「あっ、ダメ。彩音ちゃんじゃなくてAYANEって呼んで、陽菜っち」
「はいはい、わかったよ。彩音っち」
「もーおー」
「あはは、分かったって」
「……」
こんな日々が続けばいいな。




