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16話

 それからしばらく、何事もない日々が続いた。


 僕と梅を含めた四人による塗りつぶし作戦は琴乃ちゃんと志津さんが時間が空いたタイミングで行われることになり、僕と梅にはそれなりの猶予ができた。


「行ってきまーす」

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい、二人とも」


 僕ら二人は母に挨拶をして家を出る。梅は母の前では甘えたりしてくることはないが、母の目がなくなると途端に甘えん坊になったりする。


「兄、ん」

「梅、ここ外」

「でも、家の敷地の中」

「物は言いようだな」


 頬に彼女の接吻を受けて学校に向かう。


 あれだけの騒動があった学校は数日休校という手はずになったが、闘魂士の働きにより安全が確保されるとすぐに再開された。


「ちょい久しぶりだな」

「よっす」


 健人とも久しぶりに会話をする。やはり友人というものはいい。少しだけ肩の荷が下りるようだった。


「あれから大丈夫だったか?」

「健人こそ、危ない目にあったりしなかったか?」

「俺は何とも。というか、この教室の大半が無事だよ。怪異を見てすらいない。ひどい目にあったのは外にいた連中だ」

「あぁ……」


 ニュースサイトで乗っていた死者2名、重軽傷者56名という文字が思い浮かぶ。下手な爆破テロと同じぐらいまずかったということだ。


「まあ、なんにしても無事だったようで安心したぜ」

「影成くんっ!」


 すると、後ろから声がかかる。


 背中に誰かから手を押し付けられた感触があって、振り返ると案の定陽菜だった。


「大丈夫だった!?」

「え、ああ、大丈夫だよ。というか、一番安全に帰ったんじゃないかな」

「心配してたんだよ。メッセージ送っても全然気づかないし」

「ああ、本当だ。悪い悪い」

「もう、心配したんだからね」

「ごめんって」


 すると、陽菜は仕方ないとでも言わんばかりに肩をすくめた。


「もう、これはお昼おごってもらわないと気が済まないかな」

「えぇ、陽菜の昼食代って何万飛ぶんだよ」

「私そんなに食べないけど!? なんだと思われてるのかな!?」


 僕らが会話している間、じっと粘性のある視線で健人は俺たちを見比べる。


 そして、陽菜が無効の穂に行くと、いきなり肩を組んできた。


「おい、お前」

「いてぇ、なんだよいきなり」

「付き合ってんのか、なぁ!」

「えぇ? 付き合ってないよ」


 きっぱりと断言するが、健人は信用した様子ではない。


「学園のマドンナとイチャコラできて嬉しいか、なぁ!?」

「何の話だよ。ちょっと心配されただけで、イチャコラとかじゃないし」

「あれでちょっとだぁ!? よし、お前こっち来い」

「イタタ、それ痛いからやめて!」


 しばらく、僕は健人と格闘する羽目になってしまった。


 ◇


「はーあ、いつのまにかお前と陽菜さんはLANE交換してるし、俺もなんかいいことないかな」

「頼んだら普通に交換してくれるんじゃない?」


 放課後の予鈴が鳴り、開放感にあふれた喧騒に満ちる中で僕と健人は言葉を交わす。


「あんなことがあったからな、気をつけろよ」

「健人も気を付けて」

「影成くーん、一緒に帰ろー!」

「やっぱお前死ね!」

「どっちなんだよ……」


 安否を気にするのか気にしないのかはっきりしてほしい……いや、ある意味どっちも気にしているのか。


「いいよー。それじゃ」

「はいはい、それじゃ」


 恨めしそうな健人と別れて、陽菜と一緒に下校する。


「健人くんと影成くんって仲いいよね」

「ん、ああ、入学式からの腐れ縁でさ」

「腐れ縁って、言い方面白いね」

「面白いと思って面白いっていう人初めて見た」

「あはは、そうかも」


 すると、正門を潜り抜けようとしたあたりで、甲高い女子の声が聞こえてきた。


「あっ、いた!」

「ん?」

「ちょうっと取材いいですか~?」

「わ、なんだなんだ!」


 染めたのだろう金髪に別の高校の制服、同年代と思われるその女子生徒はいきなりカメラをこちらに向けてきて俺と一緒に画面に映りこんでいる。


「パルパル~? みんな元気にしてるー? 今、私は闘魂業界の重鎮、我妻影成さんに取材に来てまーす」

「ちょっ、なんなんですか、貴方!」


 陽菜の声が校門の前で響く。


「何って、動画撮影」

「そういう問題じゃなくて、まず許可とってからでしょ!?」

「あ、そうだった。ねえ影成っち~、撮影許可い~い?」

「影成くん、この人誰!?」

「僕も知らないよぉ!」


 猫のように頼み込んでくる彼女の顔に見覚えがある。


「あ、もしかして今話題のインフルエンサーAYANE?」

「知ってくれてるの!? ありがと~、うれぴ爆上がり!」

「うれぴ……?」

「うれしさ満点星満点って意味だよぉ。それよりも、取材したいんだけどいい? 私さあ、今困ってて、人助けすると思ってさぁ」

「それが人にものを頼む態度ですか!」


 どうしよう、陽菜もなんだかお母さんみたいになってるし(これはこれで可愛いんだけど)、収拾がつかなうなってる。


「あの~、一度どこかで話しませんか?」

「あー、イクイク~! 影成っちの驕りね~」

「影成くん!」

「ま、まあまあ」


 まるでこんな女と話す必要ないとでも言いたげな陽菜だが、いい分ぐらいは聞こう。


 ということで、近くのカフェテリアに僕らは急いだ。


「私ね~、最近登録者50万人チャレンジっていうのやってるんだけど~」


 知っている。登録者50万人を期限内に達成できなかったら、引退するというやつだ。期限までの登録者の伸びが確保できるというリターンの下、賭けに出ているという状態である。


「最近登録者が下火なんだよね~、このままじゃやばぴ?」

「それ、影成君に関係ないでしょ」

「えー、人助けすると思って助けてよー。ね、お願い?」

「んー」


 正直なところやぶさかでもない。


 特に今日の予定があったわけでもないし、協力しろと言われれば協力できる。


 しかし、そうなると陽菜がなんていうかわからないんだよな。今も組んだ腕の指をせわしなく動かしてるし、いつまた怒りだしてもおかしくない。


「大体何なの、貴方。アポイントメントも取らないで。何様のつもり?」

「何様とかないよー。ただ私は直撃取材をしよーと思ってー」

「それがおかしいって言ってるの!」

 

 陽菜とAYANEはやりあっている。すると、AYANEの方から反撃があった。


「ていうか、立場の話するんならあんたが誰って感じー? 彼女?」

「かのっ……友達です」

「友達なら黙っててよ。私は影成っちに用があるんだから」

「まあまあ、二人とも」


 険悪なムードになりそうなので仲裁に入る。


「取材の件、いいよ」

「え、本当に!?」

「影成くん!?」

「ただし、陽菜も同席していいなら協力する。この条件でどう?」

「えー、これがついてくんのー?」

「これって何よ……!」

「いやなら別にいいんだよ。僕も暇じゃないしね」


 嘘である。バリバリ暇である。


「分かった、分かったよー! その条件でいいからさー!」

「じゃあ、決まりだね」

「あの、影成くん、ごめっ」

「陽菜、僕のためにありがとね」

「……うんっ」

「……」


 ということで移動することになった。


「それで、僕に聞きたいことって何かな」

「んー、とりあえず、あちしとデートして」

「デート!?」


 陽菜が大声を上げる。


「陽菜、どうどう」

「いろいろ考えたんだけどー、闘魂界の重鎮とデートしてきましたーが、一番再生回数取れると思うんだよねー」


 再生回数とはAYANEの動画が何回視聴されたかの回数である。AYANEはそれをもとに広告収益を得ているプロインフルエンサーらしいのだ。


「だからって、デートなんて……」

「もちろん、ピとしてのデートじゃないよ? デートにもいろいろあるっしょ? 友達とのデートとか」

「そうね、そうよね。そうだよね」


 なんだか、陽菜の方が元気がなくなっている。どうしたんだろうか。


「それなら近くにショッピングセンターがあるけど、そこで遊ぶ?」

「あー、いいね。変にデパートとかよりかは高校生っぽさがあるし、じゃあ行こ」

「あ、待ってよ。影成くん!」

 

  僕らは話がまとまって最寄駅からいつも通り五景線に乗って小曽田駅に向かう。


「……」

「……」

「……」


 電車内はそれなりに混んでいた。女子に席を譲ろうとしたのだが、AYANEには今回の主役だからと言われ、陽菜にも遠慮されてしまう。


 そのため、それなりに人がいる車内で女子二人を立たせて僕一人だけ座席に座っている構図ができてしまった。


(それにしても、陽菜のおっぱいでかいよなぁ……女子高生なのに一体何カップあるんだ?)


 態勢的にどうしても目の前に来てしまった彼女の果実を見て思わず見入ってしまう。すると、頭上からジトっとした視線を感じた。


「あ」

「……えっち」


 バックを肩に下げたまま、胸を抱き込むような仕草をした陽菜はむしろ余計におっぱいを強調したような形になる。


 すると、彼女は一歩踏み込んで前に寄ってきた。


(え、それだと余計に目のやり場に困るんだけど……もしかして意地悪のつもり? そんな諸刃の剣の意地悪ある?)


 彼女の表情を見ると案の定余裕の笑みを浮かべていた。しかし、どこか頬は紅潮し、汗をかいている。質感ある彼女の雰囲気に僕は喉を鳴らした。どうやら自分がやっていることにうすうす感づいているらしい。


「……二人って本当に付き合ってないの?」

「ごほっごほっ」

「大丈夫っ!? っていうか、やっぱり席座らない?」

「大丈夫だから、げほっ、ちょっと気管に入っただけ」


 その後も陽菜は席をしていた。僕が背中をさすると、その姿を難しそうな視線でAYANEは眺めている。


「もしかして、微妙な時期? あちしなんかやっちゃった?」

「ごほっ、その可能性に思い至ったのなら、さっさとその口を閉じなさい」

「ありゃりゃ、本当っぽい。黙っとこ」


 それから三人で気まずい沈黙が流れた。僕も気まずくなって席に座らなくなり、別の人が座席に座っている。


「……」

「……もっと見てもよかったんだよ?」

「げほっ、げほっ」


 今度は僕がむせる番となってしまう。からかってくる彼女の顔は真っ赤だった。

 

 駅を降りてしばらく歩くとショッピングセンターが見えてくる。


 全六階のそれなりに大きなSCだ。最近建てられたようで各階層は真新しく、エレベーターとエスカレーターの選べる新設しようとなっている。


「それで、どうやって遊ぶか計画はあるの?」

「あー、どうだろ。まず適当に『スポッチ』に行こっか」


 スポッチとはゲームからスポーツまでを体験できる娯楽施設だ。


 一番の特徴は様々なスポーツやゲームを一度に体験できる複合型施設というところであり、老若男女様々な人に向けて運営されている。


 AYANEの提案からまずは一階に向かった。最初はローラースケートで遊ぶという。


「陽菜はローラースケートやったことある?」

「全然。影成くんは?」

「僕も全然かな」

「あたしはやったことあるよー」


 すでに準備万端のAYANEが現れる。


「ほら、早くいこ☆」

「ちょっと待ってよ」

「はい、準備できたよ」

「あー、じゃあ二番乗りだね。先に行こ」

「待ってよ、影成くん!」


 二人で舞台の上に降りる。あ、案外簡単だな。これ。


「おー、初めてにしてはうまいじゃん。流石『千影』様」

「あんまりその名前で呼ばないでね」

「そりゃ失敬失敬」

「わわわわ、わぁっ!」


 あとからやってきた陽菜は、コートに立って早々転びそうになる。


 そこを間一髪で助け出した。


「大丈夫?」

「う、うん……」

「あー、二人ともー? そこ動かないで、今美女と野獣みたいな構図になってるから」

「誰が野獣だ!」

「早く立ちたいんだけど!?」


 僕らの喧々囂々の文句にも動揺せず、配信者魂でその場の撮影を済ませるAYANE。


「いいねー、二人とも付き合わない?」

「っ、あなたに言われなくてもちゃんと考えます!」

「え?」

「あ」


 なんかとんでもない言葉が陽菜から聞こえた気がする。


「あああ、違うんだよ。影成くん、これは言葉の綾ってやつで!」

「あー、わかってる。うんうん、分かってるから」

「本当にわかってる!?」


 大丈夫だ。きっと「そんなの貴方には関係ない!」的なことを言いたかったんだろう。僕は察しのいい男だからな。


「そろーり、そろーり」

「こら、逃げない!」

「うひゃー、ここまでおいでー!」

「このっ、このっ!」


 縦横無尽にコートを駆け巡るAYANEに対して、どうしてもその場で動けない陽菜。


「ほら、捕まって?」

「あ、うん。ありがとう、影成くん……」

「あっ、ずるーい! 二人で協力プレイとか卑怯~!」

「どっちが卑怯ですか!?」


 それから超ド下手な春奈vsAYANEのローラースケート鬼ごっこが開幕された。


「こっこまでおいでー」

「わわわわ」

「落ち着いて、下じゃなくて前を見るんだ」


 ローラースケートは基本的にバランス感覚で倒立する。足の感覚を研ぎ澄まさなくてはならないから、目に頼っちゃダメなんだ。


「言いたいことはわかるけど!」

「僕の肩につかまってたら大丈夫だから。ね?」

「う、うん。わかった」

「こらー、そこー。私抜きでイチャイチャしないー」

「イチャイチャなんてしてません!」


 二重の意味で顔を真っ赤にした陽菜が何とかその場で立てるように頑張る。僕がけん引したらAYANEにずるとか言われるだろうしね。


「そうだよ、その調子!」

「わっ、わっ、わっ」

「ちょーっと乗りこなせてきた感じ? でもそんなんじゃあちしは捕まえられないよー」


 AYANEはくるくるとその場で回り自分のセンスを見せびらかす。そんな彼女に陽菜は歯ぎしりしていた。


「そんなの、私だって」

「待った、陽菜。まだ!」


 すごい音がスポッチのローラースケートコースに響き渡る。流石にAYANEも心配になって、陽菜の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」

「……だいじょうぶ」

「これは、陽菜の負けだね」


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