13話
あれからしばらく妹と遊んで、駅で別れると五景線特急列車に乗って雷峰の神宮路までやってくる。
「よく来たな、影成」
連絡を入れてから九重本家管轄の照魂会を訪ねると、そこの嫡男様が出迎えてくれた。
「やあ、十三郎」
「がはは、俺のことを十三郎と呼び捨てに強いていいのは父上とお前だけだぞ、影成」
相変わらず暑苦しくて結構なことだ。毎回梅と喧嘩するのはなんでなんだろうな。
「まあ、入れ。客人としてはもてなしてやる」
「いや、いいよ。今日来たのは聞きたいことがあったからなんだ」
「聞きたいこと?」
十三郎の太い眉が吊り上がる。
「十三郎も聞いているかもしれないけど、近頃静景のほうでは予備振動が観測されない怪異が出現しているんだ」
「ああ、それなら聞いてるぞ。雲居本家ではえらい騒ぎなんだってな」
「そうなんだ……それで聞きたいことがあるんだけど」
「こっちにはないぞ、そんなこと」
先回りされて質問の答えをもらう。
「そっか……それから宵月会についてなんだけど」
「宵月会?」
「うん。ある人が宵月会が事態の犯人じゃないかって言ってるんだ」
「……場所を変えよう」
「うん」
僕たちは照魂会の奥にある『銀鏡の間』へと入っていった。
そこは鏡楼館の二階に存在する資料室だ。過去の戦闘データや照魂会の活動を記録した資料が保管されている。
ここを話し合いの場に選んだということは、相当聞かれたくない話ってことだ。
「なんでそいつは宵月会が犯人なんて言ってるんだ?」
「確か、宵月会が人工的に怪異を出現させられるようになったからだって言ってたけど……本当なの?」
「本当だ」
十三郎は固い口調で言った。
「精霊石と封符、それから依り代となる肉片さえそろえられれば誰だってその儀式が可能になる」
「儀式? 儀式なの?」
「ああ」
十三郎は部屋にあった資料を引き抜いて、それを開く。
「精霊石は魂波を寄せ付けないものだ。それを使って、俺たち闘魂士は一時的に特定の場所の祓いをする。だが、これを悪用してある幾何学模様に設置すると、一定の場所に魂波をため続ける装置の一部になっちまうんだ」
「そりゃ凄いね。誰でもマネできるじゃないか」
「とはいっても、精霊石自体がバカ高いうえに一般じゃ流通していない。購入するにもそれなりの身分が必要で、理由から何まできちんと確認されるそうだ」
「ああ、だから精霊石を壊したらすごい怒られるんだね」
一度壊したことがあるので覚えている。あの時の闘魂士さんの顔怖かったな……
「ここで問題なのが、精霊石さえ揃えればあとは素人でも簡単に集められるってことだ。どっかから盗んでくるとかな」
「精霊石を一番使っているのが皇霞と天鶴だけど、ここから盗んでくるのは容易じゃないと思うよ?」
「そうだ。だから、稀に一般で使われている時を狙って盗んでくるんだ」
「例えば?」
「10万人規模で開催される夜のライブとかな」
「ああ、そういえば」
夜だと怪異が湧きやすいうえに人が多いとその出現確率も高まってしまう。そのために、そういった場合には一時的に安全を確保するために精霊石が使われるんだった。
「だから、宵月会が元凶っていうのはあながち間違ってないかもしれないぜ」
「それはよかったんだけど、具体的にどこが本拠地とかは知らないかな?」
さすがに難しいかなと思っていると、案の定十三郎は苦い顔をする。
「俺たちも今まさに追っている最中なんだ。判明したら速攻で叩きに行くし、今持っている情報だとなんもないな」
「そっか……」
「ただ、あいつらはどうやら個人主義のようだ。徒党をあまり組まない傾向にある。個々人が布教したり信仰したりして思い思いに活動してる。実態は全然違うが、ユダヤ教と同じように考えてくれていい」
「それは割と語弊がありそうな例えだね……」
彼は肩をすくめて「聞いてる奴なんか誰もいない」と切り捨てた。
「お前んところはどうだ?」
「んー、最近は出入りしてないからな。分家も含めると多いし」
「この手のことは我妻家も相当深入りしているだろうからな、自分の家を頼るのもありだぞ」
「ありがとう、助かった」
「こんなんでいいのか?」
「うん、十分だ」
◇
それから十三郎に見送られて照魂会を後にする。あたりもすっかり暗くなった頃に静景に帰ると、道中でパトロール中の琴乃ちゃんに出くわした。
「やあ、琴乃ちゃん」
「影成様!?」
当の本人は驚いたようにこちらを向いて、それから前髪を手櫛で整えていた。そこまでしないでもいいのに……
「連絡をくださいましたらすぐに飛んでいきましたのに!」
「その連絡先を知らないと思ってね」
「あ……」
「どう、調子は?」
僕の問いに琴乃ちゃんは芳しくない表情を浮かべる。
「あまりよくありませんね。やはり、予備振動が漏れている個体がいるようです」
「なるほどね。それについて有益な情報があるんだけど聞く?」
「聞きます!」
僕は雷峰で聞いたことをすべて話した。
「単独犯の可能性……」
「そうだね。それから犯人はもしかしたら精霊石を所持しているかもしれないね」
しかし、ここ最近になって静景で行われたイベントなどはなかった気がする。僕の気のせいかな。
「そうなると、精霊石の管理関係者の線が濃くなってきますね」
「ああ、そうだね。ただ、ここまでくると僕らの扱える範疇を超えないかな」
「いいえ、絶対に犯人は捕まえます」
琴乃ちゃんは意気込んでいた。
「……前から思ってたんだけどさ、なんで宵月会にこだわるの?」
「えっ」
「あ、言いたくなかったらいいよ」
「……母を殺したのが、その団員だったんです」
「え」
僕はその事実の衝撃さに固まる。すると、琴乃ちゃんはどうしようもないような顔をして、痛々しく笑っていた。
「妄執です」
「……そっか」
雲井琴乃、雲井玄弥と雲井一花のもとに生まれた長女であり、天才。若くしてその才を開花させた彼女は僅か10歳にして5位の静魂使いとなった。その後は順調に昇格を進め、17歳にして2位闘魂士という最速記録を立てる。
簡単に言って英才、才媛の中の才媛といえた。
(──なんて、雑誌では紹介されているけど、この子も一人の女の子なんだよなぁ)
「……」
「……」
夜の街を彼女と一緒に歩く。
ネオンライトが輝く暗闇の中で、街の喧騒に憧れるように身を潜めた彼女の姿は、月に照らされた月下美人のようだった。
突然変異の銀髪のロングヘア、からかわれたりしたと思うけど、僕はきれいに思う。それでも、その髪の色にどれだけの意味がこもっているのかは知りもしなくて、言えていない。
きっと、この子のことだから笑ってありがとうございますと感謝してくれるだろうけど。それじゃ意味がないのだ。
僕らは一緒に夜道を歩いた。高校生が歩いちゃいけない公園を、路地を、パトロールという面目を抱いて。
「影成様は」
「……何?」
「……殺したい相手っていますか」
「琴乃ちゃんはいるの?」
その言葉に、錫杖を持った彼女は迷っていた。
「……分かりません。実際に目の前にしてみないと、殺したいのか、どうかなんて……」
「じゃあ殺したくないんだよ」
「でも、目の前にしたら殺したいかもしれなくて──」
「それでも、殺したくはないんだよ」
「……」
僕の話に、彼女は「難しいです」と笑っていた。
「僕はね、いないよ」
「……それは、良かったですね」
「それなら、琴乃ちゃんもいつかはそうなれるといいね」
そう言うと、彼女はブリキ人形が笑ったみたいに顔をゆがめて──
「はい、いつか」
「……いつかでいいんだよ」
「……はい」
けれど、やはり彼女は自分の持つ錫杖を握りしめた。
「もし」
「……」
「もしもの話です」
「うん」
「もしも、私が人殺しになったら、影成様はどう思いますか?」
「……」
「……重いですよね、忘れて下さ──いてっ」
僕は彼女の頭にチョップした。
「……いたぁ」
「チョップします」
「ちょ、まだ何もしてないじゃないですか」
「チョップします」
「あの」
「チョップします」
「……はい」
彼女はわかったようなので手を下す。
「多分、僕はチョップするかな。それで怒る」
「そりゃあ、怒りますよね」
「うん、なんでそんなことしたんだって」
琴乃ちゃんはもう一度、持っていた錫杖を握りしめた。その時のことを想像したのかもしれない。
「殺人はね、思うに二人犠牲者がいると思うんだ」
「……殺された方と残された方?」
「それもあるね。けど、僕は殺された方と殺した方だと思う」
「……何でですか」
「だって、殺したほうは一生背負っていかないきゃいけない」
「自業自得じゃないですか」
「自業自得だ。だから逃げられない」
「……それでも同情する価値なんて──」
「僕らは同情するしないの話をしてたかな。僕はただ、犠牲者の話をしてるだけだよ」
「……すいません」
「んーん」
いつも梅にするみたいに、また手癖で琴乃ちゃんの髪を撫でる。
「思い悩むのはいいことだ」
「……」
彼女はこちらを見上げた。彼女翡翠色の瞳が少しだけ揺らめく。
「でも、悩みすぎて疲れないようにね」
「……あい」
彼女は瞼を手でこすって、声音にひびを入れていた。
「よしよし」
「……もっとください」
「はいはい」
まるで梅がまた一人増えたみたいだった。




