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初練習

6月最後の週が始まった。

 週末にキルザットガールの3人は月曜日に再度練習室を見に行くことを話し合っていた。

 放課後、新校舎3階の音楽室に向かうためキルザットガールの3人と悠里、瑠璃は階段を登っているところだった。

 「なんで」

 瑠璃はメルの横にくっついて不機嫌そうに言った。

 「バンドの命名なんて大事なイベント、私がいない時にするわけ?」

 「いやだからごめんって。もう何回目だよその話」

 メルは瑠璃のあまりの執拗さに半ば呆れていた。

 「しかも悠里のお母さんのビーフシチューを?エリの家で?悠里は理玖君と仲良くなった?私を差し置いて?」

 「分かった分かった。次のシチューパーティーは絶対誘うから」

 「なんかメルなげやりじゃない?」

 「まあまあ瑠璃ちゃん、私今度理玖君とお買い物デートするから、良かったら一緒に行こうよ」

 見兼ねた悠里が瑠璃に提案した。

 「悠里に・・・完全にマウント取られた・・・理玖君とお買い物デート?なに悠里自慢?そんなの絶対行くに決まってるし。シチューパーティーも絶対行くし!」

 瑠璃の、もはや怒っているのか喜んでいるのか分からない気持ちの表し方に、手に負えない雰囲気を感じているうちに練習室に着いた。

 練習室の入り口には防音扉を開け放して千聖が腕を組んで立っていた。表情は、やはり無表情だ。

 「遅かったわね」

 「瑠璃の変なテンションのせいです」

 メルはすかさず待ち合わせ時間に五分ほど遅れたことを瑠璃に責任転嫁した。

 「ちょっ、メル!酷くない?」

 瑠璃も黙っていられずメルに言い返した。

 「仲がいいのね」

 千聖が少し呆れたように言うとメルが

 「あ、そうだ。藤原先輩も今度シチューパーティーに招待しますね」

 と笑顔で言った。

 「シチュー?パーティー?」

 千聖の頭上に思いっきり疑問符が浮かんでいるのを悠里が

 「ごめんね、ちーちゃん。超こっちの話だから気にしないで」

 とメルの発言をフォローした。

 「ところで横山さん。今日はなんなの?練習室を確認したいっていうから鍵は開けておいたけど」

 「そうなんですよ。いや、以前見学させてもらった時、藤原先輩言ってたじゃないですか。ここはちょっと狭いんじゃないかって。それで、実際にドラムセットで演奏してる真希も一緒に練習室を見てもらおうと思って」

 メルは練習室内に入って中を見渡しながら言った。

 「確かに、防音機能は十分だと思うけど、やっぱりバンドの練習には狭い気がするわね」

 千聖は例のアップライトピアノに手を置いてそう言った。

 「それで上条はどう?この部屋にドラムセットがあったら練習できると思う?」

 「正直、ドラムセットを置いたら他の楽器は入らないと思います」

 真希も練習室内に入って千聖に伝えた。

 「この中で楽器できる人ってエリちゃんも入ってるじゃない?エリちゃんはどう思う?」

 悠里がまだ練習室に入っていないエリに話し掛けた。エリは声をかけられ、練習室に入った。

 「うーん、狭い感じはするね・・・でもね、実は私。アンプから音出したことないからどれくらいのスペースが必要か分からないんだよね」

 「え?でもエリの曲めちゃくちゃ歪んでんじゃん。マーシャルっぽかったけど」

 メルが小首を傾げてエリに聞いた。

 「今はね、アンプシミュレーションでそれっぽい音が作れるんだよ。曲作るだけだからアンプは持ってないし」

 「あ、確かにエリの家行った時アンプなんかなかったな・・・それに」

 「とてもそんなスペースはなかったでしょ?」

 「ああ、こじんまりして素敵な家だったよ」 

 「とにかく、ここでバンド練習をするのは無理じゃないかしら?」

 千聖がそう言うと

 「大丈夫だと思うよ」

 未だ開け放したままにしていた防音扉から男性の声が聞こえてきた。

 「あら、石月先生。どうされたんですか」

 千聖が声の主、数学教師の石月博貴二十七歳に向かって要件を聞いた。

 「いやぁ、ごめんね。そこで山野先生と話していたら君たちの声が聞こえてきたもんで」

 兼ねてからこの石月博貴は山野先生を狙っているとの噂で、特に用事も無いはずなのになぜか音楽室付近で目撃されることが多かった。もちろん、そんな博貴を吹奏楽部の部員達、特に千聖は快くは思っていなかった。

 「大丈夫だと言いますと?」

 千聖にしては珍しく語気が強めになった。

 「いやぁ。ははは。実はね、僕学生の時にちょこっとバンドやってたことがあったんだよ」

 その言葉を聞いて、普段の博貴からは元バンドマンの雰囲気を微塵も感じていなかった生徒達全員がへぇという表情になった。

 この小柄で痩せ型のいかにも真面目と言わんばかりの黒縁の眼鏡をかけ、髪をセンター分けにした数学教師から発せられる言葉の中でかなりインパクトのある言葉であった。

 「あ、それでね。学生だったしレンタルスタジオなんて頻繁にはいけないから、友達の家で音出ししてたんだよ」

 「え?絶対近所迷惑だったでしょ?」

 メルが博貴の言葉に返した。

 「あぁ、僕らのバンド、メンバーに少し郊外の一軒家に住んでたやつがいてね。家と家の間隔も離れてたし、まあ極端に大きな音じゃなかったら大丈夫だろうってことで」

 「石月先生。お言葉ですが。今は音量の話ではなく、スペースの話です。物理的にここではバンド練習は厳しいかと」

 千聖は明らかに博貴に対して対抗心を抱いていた。

 「いやぁ、ははは。それがね、大丈夫なんだよ」

 だからどう大丈夫なんですかと千聖は苛立ちながら聞いた。

 「アンプはね。ライブハウスに常設してあるような大型のものをイメージすると思うんだけど、実は10ワット程度の小型の自宅練習用のものもあるんだよね」

 アンプとはアンプリファーの略語で、音を増幅する機能を持った機械を指す。

 ライブハウス等本格的な音が必要とされる場合には100ワット以上出力できるアンプを、大きな音が出せるキャビネットと呼ばれるスピーカー部分に繋いで音を出す。

 アンプ部分とスピーカー部分に分かれているものを俗にキャビネットと呼ぶ。

 アンプ部分とスピーカー部分が一体になっているものをコンボアンプと呼ぶ。

 コンボアンプは小型化しやすいため、10ワット以下の小箱のようなアンプもある。

 「いやぁ、意外とね。20ワットくらいの小型のアンプでも結構音でかいんだよ」

 博貴は20ワットアンプと思われる幅を両手で表した。

 「え?そんなに小さいんですか?」

 エリも思わず驚いて声を発した。

 「うん、バンドの音出しでアンプが必要な理由って、要するにドラムの生音が一番大きいから、他の楽器の音も負けないように大きくすることにあるんだよ。つまり、ドラムの音さえ調節できたらアンプは小型のものでも十分練習できるよ」

 「なるほどぉ」

 メルもエリも感心して同時に言った。

 「で・・・でも石月先生。ドラムは生音じゃないですか。小さくなんてできないんじゃないですか?」

 千聖は必死に博貴に対抗する。

 「そう、だからドラムはエレドラを使えばいいんじゃないかな」

 エレドラとはエレクトリックドラムの略語で、アコースティックドラムの打面の位置にゴムのような素材の打面が設置されているもので、打面を叩いた信号が電子化されスピーカーを通して音が出る。昨今はエレドラも進化し、メッシュ素材の打面をアコースティックドラムに設置して消音した上で打面に設置されたセンサーが振動を感知して音を出すという生のドラムの感覚で演奏できる高級なエレドラも存在する。

 「たしか教材倉庫に、昔使っていたと思われるヤマハのエレドラがあったような」

 博貴は右手で顎あたりを摩りながら言った。

 「じゃあ物理的なスペース問題は解決できる」

 メルは嬉しそうにエリを見た。

 「ふふふ、良かったね。あとはメルの楽器を揃えなきゃね」

 エリも嬉しそうに笑顔で言った。

 「え?横山さんまだ楽器持ってないの?」

 博貴は意外そうにメルを見た。

 「はい、恥ずかしながら」

 メルは照れ笑いを浮かべながら博貴に答えた。

 「担当はギター?」

 「いえ、ベースです」

 「ベースか。あ、真島さんもアンプ持ってないって言ってたよね」

 「はい。は・・・恥ずかしながら」

 「んー、ちょっと待ってて」

 というと博貴は練習室を出て行った。

 「そのままお戻りにならなくて結構ですけど」

 千聖が博貴が出て行った防音扉に向かって言った。

 「ちーちゃん、敵意剥き出しすぎよ」

 悠里が笑顔で千聖に言った。

 「そうかしら。私は率直に山野先生とは釣り合わないと思っているだけよ」

 「やっぱり、噂は本当なんですね。石月先生、山野先生が好きなんだ」

 瑠璃が目を輝かせて千聖に聞いた。

 「薫姉が・・・いえ、山野先生がどう思っているかが大事よ。好きなはずないわ。薫姉に限ってあんな・・・」

 「ごめんごめん」

 と小走りで博貴が練習室に戻ってきた。

 「弟がね、港の近くのハードオフで働いてるんだよ。で、横山さんの楽器一式と真島さんのアンプを調達するように頼んでおいたから。中古にはなるけど弟は楽器のメンテナンスも一通りできるからアフターも安心だと思うよ」

 「ありがとうございます!」

 メルとエリは神を崇めるように合わせた手を擦りながら博貴にお礼を言った。



 次の日曜日は7月になっていた。

 メルの父健一郎が珍しく仕事が休みであったため、健一郎の車マツダプレマシーに乗って、キルザットガールの3人は石月博貴の弟が働いているというハードオフに出掛けた。

 悠里は瑠璃を誘って理玖とのお買い物デートに向かった。

 メルは久しぶりの港付近の景色を見ながら後部座席に座っているエリと真希に

 「なんか付き合わせちゃってごめんね」

 と言った。

 「ううん、私もアンプ買わなきゃだし、悠里が理玖を見ててくれるって言うし。私こそなんか申し訳ないよ」

 エリがバックミラーに映ったメルに向かって話した。

 「私も、ちゃっかり乗せてもらっちゃってごめんなさい」

 真希は兼ねてから自宅でもドラムの練習ができればと考えており、エレドラには興味があった。しかし、家が比較的街場に近いメルとエリとは違い、若干郊外の住宅地に家がある真希は港方面にあるリサイクルショップはなかなか訪れる機会の少ない場所でもあった。そのことを学校で話すとすぐにメルが今度の日曜日に一緒に買い物に行こうと誘ったのだ。

 「いいんだよ。メルのお友達を車に乗せてドライブできるなんて、父親冥利に尽きるよ。真希ちゃん、いいドラムがあるといいね」

 健一郎がバックミラー越しに真希に話し掛けた。

 「確かに、私友達とこうやってお父さんの車乗るの初めてかも。言われてみればめっちゃ新鮮な感じだね」

 メルが運転席の健一郎と後部座席の二人に笑顔で話しかけた。

 普段移動は自転車だしねとエリも笑顔でメルに答えた。

 「さあ、着いたよ」

 と健一郎が言うと駐車場に車を入れ、バック駐車も見事に1回で成功させた。

 

 リサイクルショップは2階建てで、1階が衣服、2階がホビー用品売り場になっていて、楽器類は2階のフロアであった。4人が階段を上がり2階のフロアに上がると、レジのカウンター内に見覚えのある人物がいた。

 「あれ?」

 メルとカウンター内の人物はお互いを見ながら同時にそう言った。

 「ビリーさん」

 「メルちゃん」

 カウンター内に居たのは「降る雨とケルベロス」のベース、ビリーだった。

 「あ、この人。”降る雨”のベースのビリーさん」

 とメルはビリーを紹介した。続けて、父と友達ですとビリーに健一郎とエリ、真希を紹介した。

 「あ、お父様!初めまして」

 ビリーは背筋を伸ばして健一郎に挨拶した。

 「どうも、メルの父です」

 「ところで、ビリーさん。普段はここで働いてるんですね」

 「ああ、そうなんだよ。本当はね、バンド1本の収入で食べていけたらカッコいいんだけどね。うちのバンドはみんな普段は別の仕事してるんだよ。メルちゃんこそ、今日はどうしたの?レコードとか見に来たの?」

 「いえ、学校の先生に言われて、楽器を買いに来ました。弟さんがいるとかで。私たち、バンド組むんです」

 メルは”私たち”のところで、エリと真希と自分を指差して話した。

 「・・・じゃあ、ベース一式とギターアンプを買いに来る高校生って・・・」

 とビリーはカウンター内で一歩下がって4人全員を眺めるように言った。

 「はい、私達です」

 メルはあっさり答えた。

 「・・・どうも・・・初めまして・・・石月博貴の弟の石月次郎です・・・」

 ビリーこと石月次郎は少し恥ずかしそうに言った。

 女子高生3人は大いに驚いた。特にメルは驚き、本名は次郎なんですねと言い

 「ビリーもかっこいいですけど、本名もかっこいいです」

 と次郎に笑顔で伝えた。

 「あ・・・ありがとう・・・本名は恥ずかしいんだよ。

 いやいや、メルちゃんこそ!高校生だったんだね!」

 「え?知らなかったんですか」

 意外そうにメルは次郎を見た。

 「あの・・・お父様。その・・・すみません」

 と次郎は健一郎に向かって頭を下げた。

 「え?あ・・・うん。えっと・・・え?何かあったの?」

 健一郎は困惑してメルを見た。

 「何もないから!次郎さんそんなふうに言うのやめてください。混乱を招きますから!」

 「うわ!本名で呼ばないで・・・」

 次郎はメルからの本名攻撃に腹部を押さえて与えられたダメージを表現した。


 

 「兄貴に言われて、用意してた楽器はこれだよ」

 と言い、カウンターの奥のリペアスペースから次郎がベースを持ってきた。

 フォトジェニックのプレシジョンベース、色は黒、ピックガードはべっこう柄だ。

 「2万円の予算でビギーナーズセットって注文だったから、一応このベースにサーベルの28ワットアンプ、シールド、チューナー、ピック、ベースバッグが付いてきます」

 次郎が本当に楽器を売る店員なのだということを知り、メルは少し感心した。

 「仕入れた時に音が鳴らない状態だったから、国産のピックアップを取り付けてるよ。音もまあまあ良いし、ベースを始めるには十分だと思うよ」

 メルは次郎から差し出されたプレシジョンベース、略してプレベを手に取ってみた。

 意外に軽い。

 まだどう扱って良いか分からず、両手で持って目の前にベースをかざして眺めることしかできない。ボディには指紋一つ付いていない。ピカピカに磨き上げられていた。

 これが私のものになるのか

 メルはプレベを見てワクワクした気持ちを抑えられずにいた。

 「よかったら試奏してみる?」

 次郎がメルに聞いた。

 「試奏・・・ですか」

 メルは次郎に勧められるまま楽器が並んでいる一角にある試奏コーナーに向かい、用意された椅子に座った。次郎からベースの構え方を教わり、右のふとももにベースを乗せ、右手で弦を、左手でネックを持った。

 「次はベースとアンプをこのシールドで繋いで・・・あ、そこはヘッドホンのジャック。一番左のジャックに差し込んで・・・ボリュームのつまみが全部0になっているのを確認して、電源を入れる」

 次郎は丁寧にアンプの扱い方をメルに教えた。

 メルはふむふむと言いながら次郎の話を聞いていたが、同様にエリ、真希もアンプの扱い方を見て必死で覚えている。

 「じゃあ右手でピックを持って、弦に対してまっすぐピックが当たるように構えて。左手はどこも押さえなくて良いから弦をピックで弾いてみて」

 メルは言われるまま4弦の開放音を鳴らした。

 ブーンと小さく低音が鳴った。

 次郎は低音、中音、高音のつまみを素早く回し音を作り、少しずつボリュームのつまみを上げていった。さっきまで小さかった低音がアンプをとおしてどんどん大きくなっていった。

 「じゃあもう一回弾いてみて」

 次郎に言われるままメルはまた4弦の開放音を鳴らした。

 今度はアンプから迫力のある低音がメルの胸と腹に響いた。

 初めて自分で鳴らしたベースに

 「おぉ」

 と感動の声を漏らした。

 エリと真希もメルの鳴らす低音に感心している。

 「ベース面白い!」

 メルは興奮気味にエリと真希に言った。

 


 その後、エリはアイバニーズの25ワットのギターアンプを、真希は悩んだ末、ヤマハのデジタルパーカッションを購入した。普段アコースティックのドラムセットを叩いている真希には少々物足りないかもしれないが、練習室のスペース確保と最低限のバンド練習であれば事足りるはずだとの次郎の見立てを信じた。ヤマハのデジタルパーカッションの基本セットではキックペダルはフットスイッチになっているが、次郎がサービスでキックペダルとバスドラム用のパッドもセットしてくれた。デジタルパーカッションは音を出す際にやはりアンプを使用するが、専用のものは高価であり購入は難しい。そこで次郎が裏技を教えてくれた。

 「実はベースアンプって普通のスピーカーとインピーダンスが近いから、スピーカーの代用として使えるんだよね」

 つまり家庭練習用のベースアンプからデジタルパーカッションも音が出せるということで、真希はフェルナンデスの25ワットのベースアンプを購入した。

 全ての機材を健一郎の車に積み帰宅した。



 メルはその夜、楽器を購入したことを花恋にテレビ電話で報告し、ベースを構えて見せた。

 ブーンと4弦の開放音を鳴らしていかにもベースを弾いているという顔をして見せ、花恋の笑いを誘った。

 「あはは。メル、まだ音1つしか鳴らせないのにそんな顔しちゃダメよ」

 花恋はメルの表情が気に入ってしまった。

 「これからだもん。ちゃんと弾けるようになるから」

 メルは唇を尖らせて花恋に言った。

 「あはは。でも健ちゃん。よかったの?新しいベース買って。実家にあったでしょ?ベース」

 「え?お父さんベースしてたの?」

 「いやいや、してたって言ってもほんの数ヶ月で、もう長いこと触ってないから使い物にならないよ」

 「私の周り、昔バンドやってましたって人多すぎ」

 「お父さんがメルくらいの頃はね、ちょっとしたバンドブームみたいなのがあって。バンド組んでるとか、ギターやベースを持ってるってそんなに珍しくなかったんだよ」

 「私は好きだったな。健ちゃんのベース」

 「下手だよ、花恋。変にハードル上げないでよ」

 「じゃあお父さん、私にベースを教えてよ」

 「良いけど、本当に基本的なところしか教えられないよ?」

 「良いわね。じゃあ何か弾けるようになったらまた見せてね」

 花恋はメルに笑いながら言った。

 「あ、お母さん。どうせ弾けないって思ってるでしょ?みてろよー」

 メルは不機嫌そうに、そして闘志に火がついたように花恋に言った。


 

 次の日、放課後にキルザットガール3人で練習室に集まって音を出した。

 初回ということもあり、石月博貴が3人に付き添い諸々の機材の調整を行った。

 弟さんにお世話になったと3人が口々に言うと、苦笑いを浮かべて似てないよねと博貴は言った。

 だがメルは顔を合わせる度に次郎に口説かれていたため、目の前の博貴が山野薫に執拗に言い寄っている姿が容易に想像できた。容姿はともかく性格はほぼ同一人物だとメルは思った。

 機材の調整ができて、早速3人は各々音を出してみた。

 しばらく音を出してみて

 「ストーップ!」

 とメルが二人の演奏を止めた。

 「曲。何するか決めてなかったね」

 とメルが二人に話しかけた。

 「確かに、何しよっか」

 エリがメルと真希に聞いたが、二人とも何を演奏するか全く検討がつかなかった。

 真希はそもそもJポップに疎く、メルは何が弾ける曲なのかも分からない状態だった。

 見兼ねた博貴が

 「じゃあ、基本をおさえるってことで。ラモーンズのブリッツクリーグバップにしたらどうかな」

 と3人に提案した。

 ブリッツクリーグバップはラモーンズのファーストアルバム「ラモーンズの激情」の1曲目に収録されているラモーンズの代表曲だ。

 「横山さん、パンク好きなんだよね。スマホに曲入ってない?」

 もちろん、メルはリリースされている全てのバージョンのブリッツクリーグバップをスマホにダウンロードしていた。スマホの音量を最大にしてブリッツクリーグバップを再生した。エリと真希は耳をメルのスマホに向けて曲の展開を覚えていた。曲は2分13秒で終了した。

 「短いね。なんかできそうだよ。ね」

 エリが真希に聞いた。

 「うん、エイトビートだけだし、すぐできるよ」

 と真希はエリとメルに言った。

 「よし、じゃあ真島さん。ちょっとギター貸してね」

 というと博貴はエリのフェンダーの赤いストラトキャスターを肩からかけた。

 「コードは主に3つ。AとDとE。サビでBが入る構成ね。じゃあ上条さん、1、2、3、4でエイトビート叩き出してね、いくよ」

 1、2、3、4と博貴は少しディーディーラモーンを意識して言った。

 曲が始まると博貴は腰をグッと落とし、ジョニーラモーンのようにストラトキャスターを文字通り掻き鳴らした。

 メルとエリは見惚れた。しかしすぐに博貴の運指を注視した。

 ヘイ、ホー、レッツゴー

 最後の掛け声が終わった。曲の終わりと分かりやすいように博貴はギターのヘッド部分を少し高く持ち上げ終わりと当時に振り下ろした。その合図を見て、真希もぴったりのタイミングでドラムを叩き終えた。

 「先生かっこいい!」

 メルとエリは博貴と真希に拍手を送った。

 「ちょっとラモーンズを意識して弾いてみたよ。真島さんギターありがとう」

 博貴はエリにギターを返した。

 「運指はわかった?ギターはパワーコードで押さえて、ベースもギターと同じ音を出せば大丈夫だから」

 と博貴から言われエリはすぐにA、D、Eのコードを順番に鳴らしてみた。

 「おぉ、エリ。もう弾けるじゃん」

 メルは感心してエリを見た。

 「横山さんはここね。4弦の5フレット、3弦の5フレット、3弦の7フレット。でサビで4弦の7フレット」

 博貴がメルのベースの指板を指で差して押さえるところを伝えた。

 メルも言われる通りフレットを押さえて弦を弾いた。

 メルに合わせてエリが軽くギターをのせた。真希も音量を絞ってエイトビートを付け足した。

 メルはラモーンズのように高速で弾くことができずに音を一つ飛ばして弾いたが、十分にブリッツクリーグバップであることは分かった。

 3人の初めての演奏はこうして少しずつ進んでいった。

 3人で出す音にメル、エリ、真希は酔いしれた。バンド演奏の楽しさが髪の毛の先からつま先まで駆け抜けていくのを感じた。ブリッツクリーグバップをぎこちないが最後まで演奏しきった時には3人ともニヤニヤとした表情になっていた。

 「うん、なんとか最後まで演奏できたね」

 博貴がニヤけた3人に向けてそう言った。

 「にへへ。先生ありがとうございます」

 ニヤニヤが止まらないメルが博貴に向かってお礼を言った。同じくニヤニヤした表情をエリも真希も博貴に向け、頭を下げた。

 「まだまだこれで満足しちゃダメだよ?原曲はもう少し速いし、ベースももっと細かくスト

ロークしないと。各自家に帰って練習してきてね」

 博貴はふにゃふにゃとした表情の3人に向かってそう伝えた。

 「とはいえ、初めての練習で1曲演奏し切ったのはすごいよ」

 と最後に3人を褒めた。



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