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上条真希

「ぎゃー。参りました」

 悠里は食卓の横のスペースにうつ伏せになり、背中に馬乗りになっている理玖から右腕を背中側に捻り挙げられていた。

 「こら理玖。やり過ぎだよ、悠里を離しなさい」

 エリが弟のヤンチャぶりを見兼ねて声を荒らげた。

 「ふん、参ったか悠里。悪さしたら次も逮捕するからな!」

 理玖は警察になったつもりで凶悪犯の悠里を逮捕するまでの寸劇を今終えた。

 「ごめんね悠里、理玖の相手させちゃって」

 エリが起き上がった悠里の右肩を摩りながら言った。

 「ううん、超楽しいよ」

 と悠里は理玖との時間を大いに楽しんでいるようだった。

 「ねえ理玖君。警察の人は逮捕する時、最初どうするんだったっけ?」

 悠里が理玖に聞くと

 「だからぁ、最初にこうして」

 と理玖が腰のあたりにあるであろう手錠に手をかけるふりをしたところで

 「すきあり!」

 と理玖の両脇腹をくすぐった。

 理玖は大いに笑い転げ、悠里も一緒に笑い転げた。

 「すっかり仲良しだな」

 メルは食卓に左手で頬杖をつきながら悠里と理玖のやりとりを眺めていた。

 真希は悠里と理玖の食べ終わった食器を流し台に運んだ。エリは真希の後ろから流し台に向かい

 「真希ちゃん、置いといていいよ。私洗うから」

 と話し掛けた。

 「ううん、松本君についてきたとはいえ、友達じゃない私が突然押しかけてきてご馳走になって。これくらいさせて。申し訳ないよ」

 水道から水を出して食器を軽く水洗いしながら真希はエリに言った。

 「何言ってるの真希ちゃん。私たち、とっくに友達だよ。じゃあ食器はお願い。私テーブル拭いてくるね」

 とエリは笑顔で答えた。

 メルはエリと真希のやりとりを聞いて立ち上がり、真希に近づいた。そして真希の左肩に右手を乗せて

 「ごめんね、エリって結構強引なとこあってさ」

 と笑って言った。

 


 洗い物も済んで、メル、エリ、真希は再び食卓を囲んで座った。食卓の上にはジュースとスナック菓子が広がっていた。悠里は活動の範囲をリビング隣の部屋にまで拡大し、理玖とともにカードゲームをしている様子であった。

 「で、真希。辞めたんだって?吹奏楽部」

 メルはポテチを一枚とって真希に聞いた。

 「え?辞めたの?」

 エリはポッキーを食べながら真希に聞いた。

 「うん、辞めるって部長に伝えた。随分説得されたけど。最後は分かってくれた」

 真希もポッキーを手にしてそう答えた。

 「そっか、真希ちゃんドラム上手だし、勿体無い気がするけどな」

 エリが新しいポッキーを手に取って真希に言った。

 「それで言ったの?嘆願書のこと」

 メルが真希に聞くと、真希は驚いてメルを見た。

 「な・・・なんでそれを・・・」

 「あのね、真希。やるならもっと上手くやんなきゃ」

 とメルはポテチに手を伸ばしながら言った。

 「あの部の雰囲気に嘆願書は不自然過ぎる。しかも、部長と自分の除いたすべてのメンバーの署名なんて、なんか作り物っぽい感じがしてたんだよ。ずっと前から辞めたかったんでしょ。でも普通に言ったんじゃあの部長は聞いてくれない。そこで嘆願書を作って自分がいかに分不相応かを書き連ねれば、部長も折れると踏んで。つまり」

 自作自演だったんでしょとメルは真希に問いただした。

 悠里はカードゲームの手を止めて、隣の部屋からリビングを見ていた。エリもにわかには信じられないという顔で真希を見ていた。 

 「・・・そう。正解だよ。横山さん。

 あの嘆願書は私が皆に頼んで書いてもらったもの。この前購買で売ってた惣菜パンが廃止になったでしょ。あのパンの再発売を求める嘆願書だって言って、皆にサインもらったんだ。表紙だけ差し替えて部長に渡した。嘆願書のことをみんなの前で言うと思ってなくて。ちょっと焦ったけど。皆には私から話して話を合わせてもらってた」

 「え・・・でも、辞めたかったって本当に?あんなにドラム上手いのに?」

 エリはまだ信じられない表情で真希を見ている。

 「ドラムは大好き。小学校の音楽クラブで初めて叩いてから、ずっと好き。中学生になった時に吹奏楽部に入部して、ずっとドラムを担当してた。その時、一つ上に藤原先輩がいて。高校に入っても私をドラムに推薦してくれた。嬉しかったよ。それでたくさん練習した。去年の吹奏楽コンクールにもドラムで出場した。その時ね、私それまでで一番ドラムが上手くいったって自信を持てる演奏ができた。間違いなく過去一番だった。自信満々で控室に戻って、チームメイトからも良かったって声をもらえて」

 「聴きたかったなー、真希ちゃんの過去最高のドラム」

 悠里は一旦カードゲームをやめてリビングに来た。

 「そしたら気づいたんだ。お弁当がね。先生の分まで控室に届いてた。藤原先輩が先生に届けて来いって言って。私もウキウキして先生にお弁当を届けに行った。褒められると思って。先生方の控室はステージ裏の大会役員室と一緒になってたんだけど、そこに向かう途中でトイレから出てくる大会関係者の男の人二人の話が聞こえてきて・・・

 うちの高校の評価の件を話してたんだけど。

 演奏は素晴らしかった、でも

 ドラムは太り過ぎだって。

 痩せてたら

 可愛かったら満点だったって。

 ・・・そう話してた」

 「酷い」

 エリは青ざめて真希の話を聞いた。

 「ほんと、酷い。真希ちゃん気にしちゃダメだよ、そういうの」

 悠里も真希に同情して優しく話しかけた。

 「真希ちゃん、気にするな!そいつらはいつか絶対オレが逮捕するからさ」

 理玖もリビングに移動して真希の話を聞いていた。

 「ありがとう皆。今はもう気にしてないよ、大丈夫!

 その・・・容姿の件はね。悩んだってどうしようもないもん。

 でも、そのコンクールで私達は金賞を逃した。

 男の人達の話が本当に評価に影響したのかは分からない。でも、私はできる全てを出した。あの演奏で金賞を逃したんだったら。それがもし私の容姿が関係していたんだったら。私はあの部にはいない方がいい。そう思って、あのコンクールが終わった日に退部を決意した」

 真希は食卓に置いてあるコーラのペットボトルを見ながら言った。ペットボトルには殆ど飲まれていないコーラが残っており、ペットボトルには真希の顔が写っていた。

 「・・・見た目至上主義のそういう体質めいたところも、あの部長はぶっ壊したかったんだろうね」

 メルは真希の見つめていたペットボトルの反対側を見ていた。不機嫌そうなメルの顔が写っていた。

 「ねえメル。今日どうしたの?」

 悠里がたまらずメルに聞いた。

 「どうしたって?何が?」

 「こういう話を聞いたらいても立ってもいられなくなるのがメルじゃん。いつもみたいに怒ってよ!友達が辛い気持ちになってるんだよ?今は怒る時じゃないの?」

 悠里がメルの右肩に左手を置いて少し揺らしながら言った。

 悠里の言葉を聞いて、エリは瑠璃との仲を取り持ってくれた時のメルの表情を思い出していた。

 今は怒る時だよ

 とメルから言われた言葉が頭をかすめた。

 「おいおい、私をなんだと思ってるんだよ。怒るも何も

 決めたのは真希自身なんだよ。

 辞めたくなかったもの真希自身。

 辞めると決意したのも真希自身。

 誰から何も強制されてない。

 だったら、私は真希を応援する。真希自身を。真希の決断をさ」

 メルの言葉を聞いて真希はとうとう

 泣き出した。

 悔しくてたまらなかった。

 中学の時に千聖は、上条のドラムは全国大会を狙えるものだと部員の前でスピーチしたことがあった。それから、真希はドラムにのめり込んだ。来る日も来る日もドラムのことばかり考え叩きまた考えた。

 ドラムのことも、認めてくれた千聖のことも、部員一人一人、みんな大好きだった。

 もうあのメンバーの中でドラムを叩けないと思うと悔しくてたまらなかった。

 それでも、そう決めたのは自分。

 一糸乱れぬ演奏。気迫。あの部は確実に全国の舞台に行ける。いや、トップだって夢ではない。そうなればなるほど、自分ではないという思いは強くなっていった。

 練習後に千聖に退部を申し出た時、もちろん反対されたが自分の気持ちをきちんと伝えると


 

 上条のことを、その決断を応援する



 と千聖は言った。

 全く同じ言葉をメルから言われ、真希は本当に退部したんだと、今実感が湧いてきた。


 それから、しばらくエリと悠里に肩を抱かれて真希は泣いた。

 「あ、そうだ。お母さんが職場でもらったっていうチョコレートがあるんだ。美味しいんだよ。理玖、持ってきて」

 エリがキッチンにあるチョコレートの存在を思い出した。

 理玖はわかったと言いキッチンからチョコレートの入ったA4用紙程の大きさの缶を持ってきた。

 缶を開けると中には宝石のような大小のチョコレートが綺麗に並べられていた。

 「うわ、高そうだなこれ」

 とメルが身を乗り出してチョコレートの缶の中をのぞいた。

 お好きなのをどうぞとエリが部屋にいる4人に言うと、理玖が真っ先に赤い包み紙の一番大きいチョコレートを取った。

 「こら理玖!最初に選ぶのは真希ちゃんでしょ」

 すぐにエリは理玖の取ったチョコを真希に渡すように言った。

 「いいよ、理玖君食べて」

 理玖は真希にチョコレートを渡そうとしていたが、真希は理玖に食べるように話した。

 真希が気を遣ってチョコを取れないのではないかと思い

 「じゃあ、私はこれ」

 と言い悠里は青い包み紙の丸いチョコレートを取った。

 「それじゃあ、私はこれ」

 メルは緑の包み紙の四角いチョコレートを取った。

 「真希ちゃんは?どれにする?」

 エリはチョコレートの缶を持って真希に近づけた。

 「じ・・・じゃあこれ」

 真希は金色の包み紙のやや小ぶりの丸いチョコレートを取った。

 エリは真希と同じものを取って、いただきますと言って包み紙を開いてチョコレートを口に入れた。

 各々手に取ったチョコレートを口に入れると、その甘みが口の中に広がった。

 真希の涙はもう止まっていた。

 「私、チョコレートにだったら殺されてもいいよ」

 エリは口いっぱいに広がる甘みと幸福感をそう表現した。

 「うん、私も。むしろ殺されにいきたい」

 悠里もエリに続いてチョコレートに殺されたい願望を口にした。

 「あはは。チョコレートにしたらたまったもんじゃないね。殺す気なんかないのにさ」

 メルは笑いながらチョコレートを弁護した。

 「でも、もしチョコレートが食べた人を殺すつもりでこんなに美味しいなら、なんか面白いよね」

 真希も笑顔で話した。もちろん、真希もチョコレートに殺されるなら本望だと思っている派の人間だ。

 「チョコゴナキルザットガールだね」

 メルはラモーンズの楽曲”ユアゴナキルザットガール”にかけてチョコがあの娘を殺すつもりだと英訳した。

 「・・・キルザットガール・・・」

 4人は笑ってチョコレートよりケーキが良いだのモンブランが食べたいだの一周回っておしるこもありだのと話していたが、メルは一人で考え込んでしまった。



 「キルザットガール!」

 メルは勢いよく4人に向かって言った。

 みんな口々に話していたが、メルの声の大きさに驚いて会話をやめてメルを見た。

 「キルザットガールにしよう!バンド名」

 メルは目を輝かせて4人に伝えた。

 エリ、悠里、理玖はあぁと納得したようにメルを見たが真希は

 「バンド名?」

 とまだ話の流れが理解できていないようにメルに聞いた。

 「私とエリ、バンド始めるんだよ!そのバンド名を今決めた!」

 「キルザットガール・・・うん、いいよ。ガールズバンドって感じするし、なんかちょっとセンセーショナルな雰囲気あるし」

 エリは何度かキルザットガールと口に出して言ってみて、語感を確かめているようだった。

 「バンド・・・始めるんだ」

 真希はエリとメルを見てそう言った。すかさず悠里が

 「偶然なんだけど、メル達のバンドね。ドラム絶賛募集中なんだよね」

 と真希を見て言った。

 「え・・・あの・・・そっか・・・えっと・・・」

 「真希!」

 メルは踏ん切りのつかない感じの真希に向かって声をかけた。

 「うちのバンドでドラム叩いてくれない?」

 メルの言葉に真希は俯いた。

 「真希ちゃん?大丈夫?」

 エリと悠里が俯いた真希を心配そうに見つめた。

 「ありがとう・・・喜んで叩かせてもらうよ」

 涙声で真希はそう答えた。

 エリと悠里もつられて涙声になり

 「心配したよ、もう」

 よろしくねと声をかけた。


 

 次の日、放課後にメル、悠里、エリ、真希、瑠璃の5人は音楽室横の教員室にいた。

 昨日よりは幾分か綺麗に整頓されている。

 今日は事前に教員室を訪れると千聖に話していたからで、もちろん千聖は教員室の主、山野薫にすぐに申し伝え、教員室を片付けるように話しておいた。

 薫は自分のデスクの椅子に腰掛け、千聖は一人用のソファに、メルとエリは二人がけのソファに、向かいの二人がけのソファには真希が一人で座った。悠里と瑠璃はパイプ椅子が出され、千聖の向かいの位置にそれぞれ座った。

 「上条さん、本当に退部でいいのね?」

 薫が真希に話しかけた。

 「はい。大丈夫です」

 と真希が返事をした。

 「山野先生。私も昨日散々引き止めました。でも上条の意思は固いです」

 千聖は無表情を崩さずに真希を見ながら言った。

 「そう・・・上条さんのドラムを頼りにしていたところがあったから・・・その・・・残念だわ」

 「上条には責任もって後進の育成に尽力するよう伝えてます。

 立つ鳥後を濁さず

 吹奏楽部の鉄の教えです」

 「夏のコンクールまでにはきちんとしたドラムになるように指導します」

 真希はやや視線を下げてテーブルを見ながら言った。

 「それで藤原先輩。真希はうちのバンドでドラムを叩きます」

 メルは真剣な表情で千聖に伝えた。

 真希は今日このことを千聖に伝えにきたのだ。

 「バンド?上条が?

 上条、本当なの?」

 千聖が真希に聞いた。真希はテーブルをみつめながら小さく頷いた。

 「そう。上条がバンドね。それが・・・

 そんなことが部を辞める理由だったの?」

 千聖の言葉で場が凍りつくのがエリ、瑠璃には分かった。真希も、こうなるだろうとは予想していた。

 「今期の仕上がりは、ここ数年で最も高い水準よ。全国のしかもトップも見えてきている。そんな大事な段階で退部を申し出たと思ったら。バンド?友達と和気藹々音楽します?

 そんなことで全国優勝を諦めるの?」

 千聖は終始無表情に真希を責めた。

 「あ・・・あの横山さん?」

 薫がメルに話し掛けた。

 「ここで、この場で上条さんのバンド参加を表明しなくてよかったんじゃない?千聖の・・・藤原さんの気持ちも考えて」

 あげてというよりも先に

 「いえ、今日藤原先輩に伝えなきゃいけないんです。うちも本気なんで」

 とメルが立ち上がって薫の言葉を遮った。

 すると千聖も立ち上がってメルに向かって

 「そうやって軽々しく本気なんて言わないでほしいわ。聞けばまだ楽器も持ってない、一度も音を出してないそうじゃない。そんなバンドとも言えないような状態で、うちの大事な上条をそそのかして、その上退部までけしかけて。どう言うつもりか知らないけど、上条を巻き込まないでほしいわ」

 「先輩にどう思われても仕方ないです。プロセスがどうあれ、真希を部から奪う結果になることに変わりはありません。でも軽い気持ちじゃないんで。責任もって活動していきます」

 「だからそう言うふうに責任だの本気だのって言葉を易々と並べて音楽を語るなと言っているのよ。音楽を奏でたこともないあなたから、そんな言葉聞きたくないわ。だいたいなんなの。何に影響されてるのか知らないけど、キルザットガール?バンド名からしてセンスを感じないわ」

 「ナンセンスなのは分かってます。でもバンド名を変える気はありません」

 「何?本気だから?責任があるから?

 だったらうちの方がよっぽど本気よ。ここまでの水準にするのにどれほど苦労したかわかる?先代の部長方の悲願だった全国制覇がかかっているのよ。どうしてよりによって」

 「あの!」

 真希は立ち上がって千聖の言葉を遮った。

 「き・・・聞いてください。

 藤原先輩と初めて会ったのは中学1年の春でした。それから、丸4年一緒に音が出せて幸せでした。藤原先輩へのご恩は一生忘れません。

 それでも・・・その・・・

 退部を決めたのは私です。部に迷惑をかけるのも私です。

 退部したことを話して、みんな私の決断を応援すると言ってくれたのに、いつまでもくよくよしている私を見かねて、横・・・メルは声をかけてくれました。バンドに誘ってくれたんです。メルはそそのかしたりしてません。

 私も本気なんです」

 真希はまっすぐ千聖を見て言った。その決意を知った千聖は鼻から大きく息を吸ってふうと肩を落としながら短く吐いた。

 「そう。その気持ちがあるなら、もう大丈夫ね」

 千聖はそういうと横山さんと言ってメルを見た。

 「バンドを、”そんなこと”なんて言って悪かったわ。

 上条を・・・

 どうかよろしくお願いします」

 千聖はメルに向かって頭を深く下げた。その様子を見て薫もまた椅子から立ち上がり、メルとエリに頭を下げた。

 「任せてください。真希とエリと私で

 ぶっ壊しますから」

 メルは笑って千聖に伝えた。

 千聖は頭をあげて腕を組みいつもの無表情で

 「ぶっ壊せるかどうか。期待してるわ」

 というと、音楽室に通じる引き戸に向かって歩いて行き、そのまま振り返らずに音楽室に姿を消した。千聖の背中に向かって、今度は真希、メル、エリは深々と頭を下げた。



 「珍しく今日はうわのそらだったわね」

 本日の吹奏楽部のリハーサルを終え、薫が教員室に戻ってきた。

 教員室には先に千聖が戻ってきており、窓から外の景色を眺めていた。梅雨にしては珍しく雨雲が途切れ夕焼けが差し込み、教員室はオレンジ色に染まっていた。

 「まあ、今日は仕方ないか」

 千聖の横まで歩いて行き、薫も窓の外を眺めた。

 「薫姉。横山さんと松本君に頼まれて、私ちょっとお芝居したんだよ」

 「そうだったの・・・カッコつけちゃって」

 昼休みにメルと悠里は千聖に会い、ことの経緯を説明した。

 真希が退部を決めた理由を話すと、千聖も真希に辛い思いをさせてしまったと言って心を痛めているようであった。そして、そういう見た目至上主義の体質もやはり打ち砕きたかったと本音を話した。

 そこでメルは千聖に真希のバンド加入を引き止めるように提案した。

 バンドのことはいくら悪く言っても構わない。そこで真希の気持ちを確かめたいとメルは言った。


 「上条が・・・やめちゃった・・・」


 「小芝居するなら、次は私にも言っておいてね」


 「次はないから安心して。もう、一生上条みたいなドラムには会えないと思う」


 「そうね、すごくいいドラムだったもんね。同学年のドラム候補に頼み込んで上条さんを推薦したのはちーだったもんね」


 「薫姉」


 「ん?」


 「胸かして」


 「いいよ」


 千聖は薫の胸に顔をつけて声を出さずに泣いた。



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