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炭酸飲料

 「ひゃー、こりゃ終わる気しないね・・・」

 メルは肩を落とし気味にそう呟いた。

 16時50分、授業が終わりそろそろ1時間経とうとしている。

 メル、悠里、エリ、瑠璃の4人は普段エリが管理している花壇の縁に立っていた。

 制服の腕を捲り上げて軍手を手に装着し、女子生徒はスカートの下にジャージを着用している。

 「これから暑くなるこの時期、雑草ってすごく元気になるんだよね・・・」

 エリは申し訳なさそうにメルに応えた。

 今朝、エリから頼まれて3人は昼休みに花壇の除草作業を手伝った。一つで終わるだろうと簡単に考えていたが、エリは校内のほとんどの花壇を管理していることを昼休みの終わりに3人に打ち明けた。昼休みから数えて先ほど5つの花壇の除草を終え、今4人は6つ目の花壇の縁に立っている。

 「一体いくつ花壇管理してんの?」

 瑠璃がエリに恐る恐る尋ねた。

 「私がメインで管理してるのは12面だよ。残りの花壇は先生方と有志の生徒で管理してる」

 なおも申し訳なさそうにエリが笑って瑠璃に応えた。

 「じゃあ、ここで半分ってことね。キリがいいし、ここまでやっちゃおうよ」

 悠里は3人を励ますように軍手を装着している手をポンと音が鳴るように合わせて花壇の中に入っていった。

 「よし、エリのためだ。あたしゃやるよ」

 メルも覚悟を決めて花壇に入った。

 「松本君、横山さんよく言った。じゃあエリ、私帰るから」

 瑠璃は花壇の縁に立ちしゃがみ込んで作業に取り掛かり始めた3人を見下ろしながら冷たくそう言った。

 すかさずメルが

 「でたな嫌な女の典型」

 と瑠璃を睨みながら言った。

 エリも

 「嫌な女が板に付いてるよ瑠璃ちゃん」

 と苦笑いで瑠璃に言った。

 メルはなおも

 「そうだ、まるで嫌な女が服着てるみたいだぞ」

 と瑠璃の言動を嗷嗷と非難し続けた。

 「あはは、メル。それじゃ嫌な女は普段服着てないってことになるよ」

 エリがメルのコメントの矛盾をついた。メルは

 「あ、そうか・・・じゃあ瑠璃、普段は・・・」

 と瑠璃を冗談めいた目つきで見ると

 「いや、服着てるわ!」

 と瑠璃はメルが言わんとしていることを察知して、自分は真っ当な人間であることを訴えた。

 「はいはい、冗談言ってないで手を動かそうねみんな」

 と悠里がこの茶番を終わらせた。

 4人は同時に笑い出した。

 この「瑠璃は嫌な女」のやりとり、昼休みからもう5回ほど繰り返していて先週までの瑠璃の「嫌な女時代」を早速ネタにして楽しんでいるのだった。

 初めはメルが瑠璃の役をやっていて、悠里が「嫌な女の典型」と突っ込んだことをきっかけに2回目からはなぜか瑠璃が活き活きと嫌な女役を演じ始めた。

 「あはは。ひどーい。このネタやるたびに横山さんのボケがシャープになっていくんだけど」

 笑いながら瑠璃も花壇に入り除草を始めた。

 ちなみに瑠璃は除草作業にハマったらしく、今日抜いた草最多賞に輝きつつある逸材である。

 「でも知らなかったなー。エリに作曲の才能があったなんて」

 と瑠璃はエリを見ながら言った。

 約束通りエリは自作の音源のデータを持ってきてメル、悠里、瑠璃のスマートフォンに送信して聴いてもらっていた。

 「どの曲も最高にカッコよかったよ」

 メルがエリの曲の感想を伝えた。

 エリはこの一週間休み時間にメルから呼び止められて、その都度曲がカッコいいと伝えられて

いた。そして、楽曲制作についても質問され、スマートフォンとMTRを駆使して楽曲を作っていることを伝えた。

 「いやいや、まだまだだよ本当に。楽器も上手く弾けないし」

 エリは謙遜ではなく本心を言った。

 しかし、エリの本心はあまり周囲に伝わっていないらしく、3人は曲の感想を次々に話していた。エリは3人の感想を聞いていてくすぐったいような気持ちになり、できるだけ嬉しい気持ちからニヤけた表情にならないように除草に集中した。



 17時45分、本日の除草作業は終了した。  

 4人は抜き取った草を集め、ゴミ袋にまとめていた。

 「結構取れたね」

 悠里が3人に話しかけた。

 「うん、皆が協力してくれたおかげだよ」

 とエリも3人にお礼を言った。

 「除草作業って、思ってたより楽しいんだね」

 瑠璃も気持ちよさそうな笑顔でゴミ袋に草を詰めている。

 「いいんじゃよ、わしゃエリのためならなんでもやるさ」

 メルは口調が一気に実年齢を六十歳ほど上回った。

 「メルおばあちゃん、ご飯はさっき食べたでしょ」

  悠里が間髪入れずにおばあちゃんへ優しく声かけした。

 「年寄り扱いするな!わしのアイスを食べたのはお前じゃろ!」

 おばあちゃんも負けじと悠里に反論した。

 「おばあちゃん今日はありがとう。助かったよ」

 エリが笑顔でおばあちゃんにお礼を言った。

 「いいんじゃよ、かわいい孫じゃ」

 おばあちゃんはほっこりした顔でエリを見た。

 「おばあちゃん、お小遣いちょうだい」

 瑠璃は思いっきりゴマ擦り顔でメルを見た。

 「あはははは、慣れてんな瑠璃」

 メルはたまらず素に戻ってしまった。

 メルおばあちゃんの寸劇を終え、4人はまた同時に笑った。


 

 抜き取った草をゴミ袋に詰め終わり袋の口を結んだ。

 メルは悠里と、エリは瑠璃と二人でゴミ袋を持ち上げた。

 4人はゴミ置き場のある北校舎の方に歩き出した。

 メルと悠里のペアは、少し先を歩くエリと瑠璃のペアに続いた。すると瑠璃が

 「突然だけど、私もメルって呼んでいい?」

 と右手に持っていたゴミ袋の片方を、振り返ると同時に左手に持ち替えて悠里とメルのペアの方に体を向け、エリの歩幅に合わせて後ろ歩きで進行方向に進みながら聞いた。

 「うん、いいよ」

 とメルはあっさり答えた。

 「よかった。ありがとうメル」

 と笑顔をメルに見せた。

 「僕も、苗字じゃなくて悠里って呼んでね」

 と悠里が瑠璃に笑顔で話しかけると

 「ど・・・努力します」

 と若干照れながら悠里の持ってるゴミ袋のあたりを見ながら瑠璃が答えた。まだ瑠璃は悠里を男子と認識しており、親しくない男子を突然下の名前で呼ぶことに抵抗がある様子であった。

 「かっわいっ」

 瑠璃の表情にメルは思わず声を出してしまった。

 「ところでさ、メル。

 メルはどうしてパンクが好きなの?」

 瑠璃はメルに対して疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。

 瑠璃は音楽は好きだが、一つのアーティストにのめり込んだり同じジャンルの楽曲を聴き続けることはなく、ヒットチャート上位の曲をチェックしているような曲の聴き方しかしてこなかった。そんな瑠璃から見てメルのような音楽のチョイスの仕方は素直に疑問だった。

 「パンクが好きな理由はあり過ぎるよ。

 でも一番は精神とか考え方かな。

 他にないと思うんだよ。世の中で当たり前ってなってる部分に疑問をもつ姿勢だったり、自分

のことは自分でやるって考え方だったり。

 それが音楽になってるジャンルってパンクだけだと思うんだよね」

 メルは夕日に照らされて目の当たりがキラキラしている瑠璃に向かって応えた。

 瑠璃はメルからの返答を聞いて、左手から右手にゴミ袋を持ち替えて再び進行方向に向かって体を向け直した。

 「世の中に疑問を持つ考え方か・・・。

 なんかかっこいいね」

 瑠璃は顔だけメルの方を向けてそう伝えた。

 漠然とした感想しか言えないのには、それなりの理由があった。

 やはりまだ、メルが音楽を聴いて見ている世界と自分のそれとでは比較対象にならない程の差を感じた。

 瑠璃は音楽を聴いて何でポストは赤いんだと思ったことはなかったし、ましてや怒りなど覚えることなどなかった。

 音楽を聴き終わって22時からのドラマを観れば、ドラマを観る前に聴いていた曲のことなど覚えてもいないような感覚だった。

 ゴミ置き場に到着し、エリと瑠璃のペアが、続いてメルと悠里のペアがそれぞれ抜き取った雑草の入ったゴミ袋を置き、ゴミ置き場を離れた。

 悠里を先頭にエリ、瑠璃、そして最後尾にメルの形で1列に並び、北校舎に通じる屋根のついた渡り廊下を歩いた。

 悠里は後ろを歩いている3人の方を振り返り

 「いつもね、パンクって炭酸飲料みたいだなって思うよ。

 なくても困らないし、命を落とすほど重要なものじゃないけど、あると楽しいって感じ。

 あの刺激があると、なんかリフレッシュできたりするじゃない。

 あるとないじゃ、絶対ある方が楽しいっていう。

 そういう感覚分かるかな」

 とパンクへの思いを述べた。

 「あぁ、炭酸飲料ね。分かりやすいかも」

 とメルは悠里に向かって話した。

 エリは

 「あると楽しいものか・・・

 うん、その感覚分かるかも」

 と笑顔で悠里に言った。

 人に聴いてもらった以上、自分だけのものではなくなった自分の音楽の正体は一体なんなのか、エリはこの一週間ずっと考えていた。

 パンクと言われる程の覚悟を持って制作したものではないし、自分自身パンクを語る人間ではないと思う。

 では何なのか。

 なかなか答えに辿り着けないでいた。

 しかし、悠里の言葉を聴いて少ししっくりくる感覚があった。

 誰かが楽しいと思ってくれる音楽

 ジャンルやスタイルどうこうより、そういう考え方の方が気が楽になる感じがあった。

 教室に着く頃には廊下も薄暗くなっており、各々の荷物を取るためにメルは教室の電気をつけた。

 メル、エリ、瑠璃はスカートの下に履いていたジャージを脱ぎ、通学用のバッグに綺麗に畳んで入れた。

 悠里は少し髪型を気にしながらバッグを肩にかけて先に帰宅準備を終えていた。

 「ごめん、悠里。待たせちゃって」

 メルは帰宅準備を終え悠里の近くに歩み寄った。

 「いえいえ。ね、短髪ズボンって楽なの」

 悠里は得意そうにメルに話した。

 「そうだね、私もそのスタイルにしようかな」

 メルの言葉を聞いて、エリは

 「え?メル髪切るの?」

 と興味津々に聞いた。

 「んー。

 いや、しばらくはいいかな」

 前髪の一束を人差し指と親指で摘み、長さを確認しながらメルはエリに応えた。

 エリ、瑠璃も同様に帰宅準備を終え、4人は教室の電気を消して靴箱に向かった。正門に向かって歩き出した時、瑠璃はメルに

 「じゃあさ、メルがパンクを聴き出したきっかけってなに?」

 ともう一度質問をした。

 パンクを聴き出したきっかけは、メルが六歳だったあの日。

 あのバンドのメンバーに出会ったことだった。

 ただ、そのきっかけにはメルだけでなく悠里も登場する。

 そしてメルの意志より悠里の意志を確認して話す方が良いとメルは瞬時に思った。

 「・・・それはさ、んー。

 また今度にしよう。今日は除草作業で疲れたよ」

 と言い、メルは背伸びをした。

  正門に着くとメルは

 「じゃあ私こっちだから。

 エリ、来週も除草作業手伝うからさ。また声かけてよ。じゃあね」

 と笑顔で3人に向かって手を振った。

 去っていくメルの背中に向かってエリは

 「今日はありがとう。除草作業も助かったし、音楽の話もできてよかったよ」

 とお礼を言った。

 メルは振り向いて手を振りながら進行方向に歩き、すぐに3人に背中を見せた。



 「・・・私、なんかまずいこと聞いたかな?」

 瑠璃はメルがパンクを聴き出した理由を聞いた時、一瞬の表情の変化に気づいていた。結局話さずに帰ったことで、メルの機嫌を損ねたのではと心配していた。

 「あの程度じゃメルはどうってことないよ」

 悠里はメルが歩いて言った方角を見つめながら瑠璃に言った。

 正門を出てすぐの車道を走る車は微灯を灯し始め、東の空から夜になりかかっていた。

 「本当に疲れただけじゃないかな」

 そう言って悠里はメルが歩いていった方角とは反対の方角に歩き始めた。

 エリと瑠璃も悠里と同じ方角に歩き始めた。

 悠里は十数メートル歩いて突然振り返り、エリと瑠璃に

 「メルがパンクを聴き出したきっかけはね、僕・・・いや、私に関係あることなの」

 と真剣な表情で話した。

 普段見ない悠里の表情にエリと瑠璃は只事ではない雰囲気を感じ取った。

 「瑠璃ちゃんにはまだ言ってなかったから驚くだろうけど・・・」 


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