オリジナル曲
悠里はエリと真希に連絡し、瑠璃を含めた5人はエリ宅に集まった。時刻は20時20分。
食卓を囲み、メルは胡座をかいて腕を組んでいた。
「小川敦子に会ったよ」
とメルが話し始め、敦子の言葉を皆に伝えた。
メルが話した後、悠里も話し始め敦子がいかに嫌な態度であったかを熱弁した。
「悠里、そうとう怒ってるね」
瑠璃が苦笑いで悠里に話しかけた。
「そりゃ、あんな態度で話されたら普段温厚な私も怒り狂うわよ」
「それで、そのミュージックホリックのオーディエンス審査で決着つけたいってわけね」
真希がメルと悠里に聞いた。
そうとメルが答え
「別に音楽は勝ち負けとかじゃないってわかってるんだけどね。パンクを馬鹿にされて黙っていられないよ」
なおも腕を組んだまま続けた。
そして悠里が
「エントリーしたいんだけど皆はどうかな」
とその場にいる全員に聞いた。
「絶対エントリーしてよ!で、小川敦子をコテンパンにしちゃおうよ」
瑠璃がいつものキラキラした目で答えた。
「私はエントリーしても構わないよ。勝敗をつけたいわけじゃなくて、単純に何か目標があった方が練習に集中できるだろうし」
と真希が答えた。
エリは俯いたまま顔を上げなかった。
「どうしたの、エリ」
瑠璃がエリの答えを聞こうと話しかけた。
「ごめん、あの・・・」
「何か気になることがあった?」
「ううん。そうじゃない・・・」
「じゃあエントリーしてもいいよね?」
「いや・・・えっと・・・それは・・・」
「嫌なの?ねえエリ。はっきり言ってよ」
「・・・うん。そうだよね。ごめんね。皆がエントリーしたがってるのはわかるんだけど。私はエントリーしたくない」
エリは俯いたまま瑠璃に伝えた。
「なんで?エリ、悔しくないの?ギターだって壊されかけたんだよ?メルの話聞いたでしょ?パンクを馬鹿にしてるってことは、エリ、あんたの曲も馬鹿にされてるってことじゃん。怒るとこだよ、ここは」
瑠璃がエリに向かってまくしたてた。
「まあまあ、瑠璃。エリの話も聞かなきゃ」
メルはまだエリに向かってまくしたてそうな瑠璃に話しかけた。
「エリ、なんでエントリーしたくないの?」
「ごめんね、メル。メルと皆が小川さんに怒ってるのもわかるし、私も悔しいよ。でもね。小川さんは正しいと思うの・・・」
いや、とエリに反論しそうになる悠里の口の前にメルが右手の平を持っていき、悠里の言葉を止めた。
「私の作る音楽がパンクかどうかはわからない。でも私の音楽が単調で貧相なのは事実だよ。私、曲作るのも楽器の演奏もそんなに上手くないし。それに、そのミュージックジェネレーションってトーナメントなんでしょ?私の楽曲で合否が決まるのは・・・ちょっと」
「私は、エリの曲好きだよ。ストレートでシンプルなのは単調とか貧相とは全然違うんだよ」
「メルが初めてだったんだ。私の曲を誰かに聴いてもらうの。だから褒めてもらえてすごく嬉しかった。私の曲でバンドを組もうって言ってくれて、本当に嬉しかった。
でもね。ライブとなると話は別。私の楽曲はライブではやりたくない」
エリの言葉を聴いて、真希が顔を上げた。
「私も、エリの曲は好き。完成度も高いと思うし自信持っていいよ。歌詞もさ。エリの気持ちがこもってて胸に刺さるものがあるよ」
「だからだよ」
え?とその場の全員がエリに聞き返した。
「だから。嫌なの。仲間内で演奏して楽しむのは構わない。でもライブで演奏するってことは、少なからず誰かに音が届いてしまう。歌詞が、言葉が、私の気持ちが誰かに届いて、聴かれて、見られて、それで・・・それで笑われちゃうかもしれない」
そんなことないよとメルが咄嗟にエリに返した。
「怖いの。すごく怖い。今の持ち曲は全部私が思ったり感じたことをそのまま歌詞にしてる。だから・・・曲を否定されるってことは私を否定されるのとおんなじだから・・・」
「エリ」
メルは目に涙を溜めているエリに話しかけた。
「じゃあさ。エリはなんで曲を作り始めたの?」
「え」
エリは記憶をたぐり寄せ、13歳になる春のことを思い出し始めた。
その年の春は桜がなかなか咲かなかった。
小学校卒業の時に、クラスの全員で校門に植えられた桜を眺めるのがエリの密かな夢だった。しかし卒業式の日に桜は一輪も咲いていなかった。
「残念だな」
エリは子供用のフォーマルスーツを着て、両手で卒業証書の入った筒を持ち桜の木を見上げて言った。4月になるとクラスメイトとは別の中学に通うことが決まっていた。両親の離婚が成立し親権は母親が取った。そのため、エリと理玖は母親とともに新たな場所に引っ越していくのだった。小学校最後の日に、エリはどうしてもあの桜を見ておきたかったのだ。
「見られないとなると、どうしても見たくなっちゃうな」
なおも名残惜しそうに桜の木を見上げているエリに
「エリ、そろそろ行こうか」
とエリの母、真由美が話しかけた。
真由美はエリの密かな夢の察しがついていた。普段物静かな子だが卒業式の日に桜が咲くかどうかをしきりに気にして何度も真由美に聞いていた。親の都合でこの街で過ごすのが卒業式の日で最後になる事に対して申し訳なさを感じていた真由美も、せめて桜を見せたかったのだ。
「ごめんねエリ」
真由美はエリに様々な意味を含めて謝った。
エリもその母の謝罪に含まれる様々な意味を感じ取り
「ううん。私こそごめんね」
と少し笑って母に返した。
家に着くと既に家財道具の殆どは業者によって運び出され、広くなった家の中には祖母と理玖が真由美とエリの帰りを待っていた。
「ごめんね、遅くなって」
真由美が理玖に歩み寄って抱きしめながら言った。それから業者からの申し送りを祖母から聞くために真由美と祖母は家の外に出た。
「お姉ちゃん、ちゃんとお別れ言えた?」
理玖がエリを見上げて聞いた。何もないリビングに理玖の声が少し反響して聞こえた。
「うん、言えたよ。なんで?」
「お姉ちゃんすぐ泣くからさ。最後まで言えないかもってばぁばと話してたんだ」
「そりゃ泣いたけどさ。ちゃんと言ったよ」
「なら良かった」
理玖はエリの上着の裾を握って
「新しい学校、どんなところかな」
と俯いてエリに聞いた。理玖の言葉にエリは小さい理玖が感じている不安や寂しさ、言葉では表現しきれない程の思いを感じ取った。裾を掴んでいる理玖の手を握って
「良いところだよ。きっと」
きっとと言う言葉は自分にも言い聞かせるように言った。そして決意というほどの意志ではないが、泣くのは今日で最後にしようと決めた。
外から母の声がする。
この家で10年程過ごした。物心ついた時にはエリはこの家にいたし、理玖が産まれた日の事も覚えている。両親が仲が良かった時の事も、関係が悪くなってからの事もエリは思い返した。全て、この家での出来事だった。いよいよ、この家を離れる時が来た。残りの荷物を母の車に積み込み、祖母を残して家を出た。もう二度とこの家には戻らないのだと思うとエリは目頭が熱くなった。だから必死に理玖をくすぐっておどけてみせた。
元の家から1時間程車を走らせ
「着いたよ」
と母が言って車を停めたところは、以前の街とは比べ物にならない程住宅がひしめき合っているところだった。
鉄筋造りの古い2階建てアパートの2階202号室が母子3人の新たな住居となる。
真由美が202号室の扉をノックした。「真島」と手書きの表札が掛かっていて、インターホンはついていない。
しばらくして扉を開錠する音がして扉がゆっくり開いた。
「はーい」
と言って扉から姿を見せたのは真島章だった。
章は真由美の実弟でエリと理玖の叔父になる。真由美は引越しを機に転職を希望しており、職探しの都合もあって宮崎市に移る事を決めた。が、引越しシーズンという事も手伝って丁度良い物件に巡り会えず、かねてより市内で生活していた独身の弟宅を一時的に間借りする事にしたのだ。
「しばらく厄介になるね」
真由美が章に言った。
「ああ、構わないよ。とりあえず、中に入りなよ」
そう言うと章は扉を開け放して部屋の奥に入って行った。
母子3人が部屋に入ると、無造作に置かれた食器や衣類、植物、カメラ、画材一式、見たことのない人形(おそらく何かの部族の物)等が目に入った。
理玖はうわぁと目を輝かせて言った。男の子にとっては秘密の基地的な要素を兼ね備えた物なのだろう。
「章、ちょっと片付けてって言ったじゃない」
真由美がそう章に言った。エリも同意見で独身男性が暮らすには十分だろうが、4人で暮らす事は到底無理だろうと感じた。
「姉ちゃん、これでも片付けたんだよ。あとは全部身の回りに無いと困るんだよ」
と言いながら章は霧吹きで植物に水を与えていた。
「そこの奥にもう一つ部屋があるから、しばらくそこ使いなよ」
章が目線を送った先は一見すると壁に見えていたが襖である事に気がついた。理玖が襖を開けると6畳間があり、その部屋だけ綺麗に整頓されていた。その部屋を見て真由美もエリも、章は片付けられないのではなく、本当に身の回りになければならない物だけ残したのだと分かった。
「ありがとう、章」
真由美はようやく荷物を部屋に置く事ができ、安心して弟に礼を言った。
「ん。今日は引越し祝いだからさ。夜はオレが蕎麦打つよ」
「外食するくらいのお金はあるから。今夜はみんなで外で食べよ」
真由美がやんわりと章の蕎麦打ちを断った。
「分かった。近くにいい店あるからさ。そこで食べようよ。理玖、フライドポテト好きか?」
理玖はうんと笑顔で返事をした。
その夜は章の行きつけと言う近所の居酒屋で夕食を摂った。確かにフライドポテトは美味しかった。その席で真由美から、章はこだわりが強く蕎麦を作るのには数時間かけるのだと聞いた。章の話は取り留めもないが妙に面白く、真由美もエリも理玖もずっと笑顔で夕食を摂った。引越し初日は思いのほか楽しく過ごせ、エリはこの4人での生活が少し楽しみになっていた。
春休みは新年度の準備と様々な手続きでなんだかあっという間に過ぎた。
新年度が始まり、エリと理玖はそれぞれ新しい学校に通い始めた。中学校には立派な桜の木があり、例年より遅く入学式の日に満開を迎えていた。
学校が終わり家に帰ると必ず章が家にいた。元父親は殆ど家にいた事がなかったので、成人男性が家に居る事がエリには新鮮に感じた。その時に気付いたが、どうやら章は無職で日中もずっと家にいるようだった。春休み中も家に居たが、それこそ春の休暇か何かだと思っていた。一度働いていないのかと聞いた事があったが
「働いてるよ。在宅ワークなんだよ」
とよく分からない絵を描き続けながら章は答えた。
エリにはずっと気になっているものがあった。間借りしている6畳間の隅にノートPCとギターケースが置かれていたのだ。章は見ての通りの多趣味で、このPCとギターも趣味の一環なのだろうと思っていた。
5月の連休の中頃に、エリは学校の花壇の手入れを終えて10時頃帰宅すると、すぐに章に呼ばれた。靴を脱いで家に上がるといつもの部屋の物に囲まれていつもの位置に座っている章がいた。
「何?章兄ちゃん」
「エリ、お前。オレのギターに触ってんだろ」
エリは固まった。
実は4月の中旬からエリは章が外出する機会を見計らって例の部屋の隅のギターを触っていたのだ。
もちろん演奏はできないが、肩からストラップを掛けて構えて見るだけで、ワクワクしてくる感覚があった。時にはテレビで見るバンドの歌を弾いている真似をしてみたこともあった。
扱い方が分からなかったので、適当にケースに戻していたが、どこか壊してしまったのだと思った。
「あ・・・あの・・・その・・・ごめんなさい」
「ギターに興味あんのか?」
「えと・・・ちょっとだけ・・・弾けたらカッコいいかなぁって思って」
「・・・・」
「章兄ちゃん、壊れてたんなら私・・・弁償するから」
「壊れてねぇよ。
あのギター、エリにやるよ」
「へ?」
エリは章が怒っていると思っていたが、まさかのギター譲渡の提案に驚いた。
「エリは植物にしか興味ないと思ってたけど、ギターに興味があったとはな」
「ちょっとだよ?全然弾けないし、私不器用だし・・・」
「やってみたらいいんじゃない?女性でギター弾けるってなんかカッコよくないか?」
「そりゃカッコいいと思うけど・・・」
「オレが教えてやるよ。ギターの弾き方」
それからエリは章にほぼ毎日ギターの弾き方を教わった。初めのうちは握力が足りずきちんと音が出ない事が多く、弦を押さえる指も痛くてたまらなかったが、少しずつ音が出るようになり演奏が楽しくなっていった。
章の指導は独特で、一切課題曲を設けなかった。ギターを始めるにあたってかなり高確率で動機となるのが、あの曲を弾いてみたい、という憧れでありエリもそれなりに弾いてみたい曲があった。ギターの練習を始める際に弾いてみたい曲を章に聞かれ、アニマルガールの「アルミニウム」だと言った。章はふーんと言ったあとコードの説明を始めた。いつか「アルミニウム」を練習するのだろうと思っていたが、結局章は「アルミニウム」のコード進行は教えなかった。
7月に入ると、作曲についてのレクチャーが始まり、ノートPCを使って音楽を作るDTMの操作方法を学んだ。ここではギターの音をアンプに繋いだ時のように変えられる機能に感動した。まるでプロのギタリストになったようでギターを弾くのが一層楽しくなった。そしてベースの基本的な弾き方も教わり、歌の入っていない短い曲はひと通り作れるようになった。
そして夏休みが終わる頃、章は家を出た。
新たな趣味が見つかったと、ある夜章はエリの家族に打ち明けた。翌日エリが瑠璃とショッピングモールに行き家に帰ると、20人程度が乗り込めるであろう中型のバスが家の前に停まっていた。家にあった章の荷物を、章が額に汗しながら運び込んでいた。章はネットオークションで購入した中型のバスをキャンピングカーに改造し全国を巡る旅に出るという。
その日の夜に章はバスを運転して旅に出た。
家には殆ど章の物は無くなっていたが、楽器とMTR(多重録音機)を置いていった。後日エリのスマホに
「作曲を続けろ」
と章からメッセージが届いた。
秋から冬になる頃、エリは瑠璃との関係を拗らせる。
その頃からエリの曲には歌が入り始めた。瑠璃とまた仲良くなりたいと願い歌詞を書いた。もっと強い自分になりたいとメロディを紡いだ。辛い事がある度に、自分で作った曲を聴いてやり過ごした。半ば自己暗示に近い感覚でもあった。
それから、エリの曲はメルと真希とでキルザットガールの持ち曲として演奏されるようになった。
エリが曲を作り出したきっかけを、メルはじっと聞いていた。同じく瑠璃もエリの話を聞いて
「エリ、私の事を歌にしてたんだね。その、ごめんね。でも、エリが歌を作り続けたから、私たち、またこうやって仲良くなれたんじゃないかな」
と静かに言った。
「そうよ、少なくともここにいる私達はエリちゃんの曲大好きなんだし、自信持ってよ」
と悠里も続けた。
エリは顔をあげずに自分の膝のあたりを見たままだった。
「よし!」
メルが少し大きな声で言った。みんながメルを見た。エリもつられて顔を上げた。
「エリ。エリの気持ちはよく分かった。エリがエリ自身のことを晒すってめちゃくちゃ怖いと思う。でもごめん。私やっぱり小川敦子とおんなじステージに立ちたい」
メルが話すと、エリの表情が曇った。
「だからさ」
メルはすかさず言った。
「私達で、曲作ろう!」




