苦手なタイプ
「木の上にいるんでしょ?盗賊野郎。早くでてきなさいよ」
枝が風に揺れるばかりで反応はない。
「まきびし投げといて無視はないでしょ」
反応はない。
「ちょっとちょっと!あんまり煽ったらだめだよ」
「少しちょっかいをかけただけよ。どうせ乗ってこないから。見て、このまきびし」
葉の表面はコーティングされ、陽光に少し反射している。樹液か何かだろうか。よく見ると突起の部分は念入りに樹液が塗ってあって、先端に触れても全く痛くない。素足でもないかぎり、足止めにはならないだろう。
「こんなご丁寧に加工じゃあ、馬だって足つぼマッサージ的な痛みだったはずよ。蹄に挟まらなきゃ無視して通ってたかも」
「マッサージって、痛気持ちいい的な?でもどうしてこんな加工を?」
「さあ?私に聞かないで。でも聞いた話だけど、馬車ごと荷物を奪う手口を使う盗人もいるらしいから、これもその類かもね。もしくは単純に、こっちの出方なり人数だって見たいんでしょ」
馬車が停止してから三分ほどたったか。依然として敵は姿を見せない。アッシュはパティに全幅の信頼を置いているようだが、会って日の浅いリオからしてみれば、パティに全てを任せるのも気が引ける。アッシュはリオの不安を知ってか知らずかそっぽを向き、周囲を見回して敵がいるらしき場所を探っている。
「やっぱり待つのはくたびれるわ。大体の目星はついたし、私から行く」
「え?行くって言ってもどうやって」
「離れてなさい、危ないから。……『エンジェリックブロウ』!」
パティはつま先を蹴って背中から地面に倒れ、大地に背が触れる寸前に地面から発生した突風に直撃し、突き動かされるように空中へ弾き出された。
「うわうわうわ飛んでる!大丈夫?なんだよ今の風!?」
「パティの風魔法だ。自分から当たって飛んだのさ」
上空で黒点の様に小さくなったパティは数秒その場に留まり、北西に向けて急に進路を変えた。きっとまた、自分の背に向けて風魔法を使ったのだろう。
「すごいや、盗賊の場所まで一っ飛びだ。でも空中で弓矢なんて扱えるの?」
「流石に無理だな。あいつはそこまで器用じゃない」
「ほえ?じゃあどうするのさ」
その答えは直接見た方がいい、と言ってアッシュはパティの飛んだほうを指さし、リオはそれに倣った。二人から北西に30メートルほどの位置に見える高木の葉の間に、微かに光るものが見えた。
恐らく盗賊の武装か何かが反射しているのだ。数秒と待たずにパティが木の葉の向こうに飛び込み、数拍置いて全身真緑の服の男が木から真っ逆さまに落ちていった。
「え?何が起こってるのさ」
「殴り落としたんだろ」
「殴った!?」
「うん、パティも普段は弓矢で戦うんだがな。怒ったり面倒だったりするとすぐ手がでるんだ」
その言葉を裏付けるように、大木からは男が何人も落ちていく。そういえば、サマナで尋問した際に、アッシュが素手で街の男たちを倒していったことは聞いていた。顔や雰囲気だけでなく、戦闘スタイルも似通っているということか。
「向こうはパティに任せようぜ。俺達にもお客さんがいるらしい」
ふと振り向くと、各々ナイフや剣を携えた5人の男が木陰から飛び出してくるのが見えた。どうやら既に囲まれていたらしい。
「へっへっへっ、バレてたか。あの曲芸姉ちゃんには驚いたがな。お前等を倒して身ぐるみはいでやらぁ!」
「分かっているとは思うが従わなきゃ命は無いぜ。金と金になるもんを差し出しな!」
「ンな教科書通りの脅しなんか聞くかよアホウ!リオ、俺は右の3人をやる。お前は残りの2人を頼む!」
「ああ!顕現せし凍て付く刃よ!『アイスアート・ナイフ』!」
リオの周囲に五本の氷製ナイフが現れ、不規則に動きながら左端のナイフ使いに向けて射出される。一本目は蹴り落とされ、二本目と三本目が両腕にヒットし、四本目が脳天に直撃し、最後に五本目のナイフが右足に当たって盗賊は完全に体勢を崩した。
「雪花に紛れる氷雪の装飾、障壁となりて侵攻を阻まん!『コールドアレンジメント』!」
盗賊の足から膝下までが一瞬で凍り付き、まともに立てずにその場に膝をついた。一連の流れは訓練で散々練習した通り。実戦では初めてだったが、上手くいってなによりだ。
「ウオォ、アニキィ!俺の足が!」
「落ち着けお前!あのナヨついた奴は俺が倒してやっから!」
「おいおい今の悪口には傷ついたぞ!喰らえ、アイスニードォォォル!!」
一瞬で頭に血が昇ったのを自分でも感じた。無詠唱で打ち出された氷の尖槍は風切り音を上げながら突き進み、アニキとやらが胸の前で構える曲刀に直撃した。
「グオオオォ!ガぁいてぇ!この騎士団のガキがぁ!」
「『コールドアレンジメント』!」
アニキは耐え切れずに曲刀を手放し、そのまま勢いを抑えきれずに倒れた。子分と同じように足を氷漬けにして動きを止めて周囲を見回すと、既に残りの3人も体のどこかしらを押さえてうずくまっている。カルテッロ一行と激戦を繰り広げたアッシュの事だ。そこらの盗賊程度では相手にならなかっただろう。
「よう、ナイスな魔法だったぜ。リオ」
「ありがとう。これで敵は全員かな?」
「そうみたいよ~。木の上から見てたけど、他にそれらしい影も見えなかったわ」
「ああパティさん、戻ってきたんですね。そっちで倒した盗賊はどうしました?」
「一応、相手が持ってた縄で木に縛り付けてきたよ。アタシ的には頭を打った仕返しができれば充分だけど、騎士団的には逮捕とかしたいんでしょ?」
「う~ん、そうしたいのは山々だけど、この状況じゃ連行も難しいからね。残念だけど今回はここに置いていくかな」
「そう。まあいいや。そんじゃ持ち物検査といきますか」
「ほどほどにな。俺は馬車を探してくる。御者さんにも安全だって教えてやらないとな」
そう言って雑草を踏み倒して森に入っていくアッシュを尻目に、パティは倒れ込む男達の、鞄や腰に提げた荷物を物色しだした。パティは食品や日用品の類に興味は無いらしく、高価そうな素材や宝石類だけを狙っているらしい。
「パティさん?一応言っとくけど犯罪じゃないですか?今やってること」
「最初に襲ってきたのはこいつらでしょ。べっつにい?持ち物根こそぎ奪ってやろうって程じゃないから。慰謝料代わりよ」
「う、まあ。いいの、かな?」
会話が詰まり、辺りに静寂が訪れる。パティはツリ目とおでこを出した長い茶髪が特徴的で、良く言えばクール、悪くいえばキツそう、というのがリオのから見た印象だ。初対面で向こうがこちらを嫌っていたこともあるが、彼女はリオにとっては決して得意な類の人間ではない。
「あのさぁ!」
「は、はい!」
「敬語は使わなくていいから。何か距離感じるし」
「分かりました!パティさん」
「分かってないじゃない」
「わ、わかった。でも慣れるまでは偶に敬語が出ちゃうかも。それは許して」
「まあ別にいいけど。アッシュも最初はさん付けだったの?」
「いや、普通に呼び捨てだったかな」
「それはどういう差なの?」
「いやあ別に。あ、アッシュが帰ってきたよ!」
戻ってきたアッシュの表情は何やら疲れた様子で、木陰に居るのを差し引いても暗く見えた。両手にはリオがサマナで用意した荷物を持っていて、それだけでリオは彼の話す内容を察した。
「荷物と書置きだけ残っててな。ざっくり言うと、『身の危険を感じました。お客様の今後のご多幸をうんぬん』だと。まぁ盗賊に襲われたんだ、しゃあないわな」
「そんなあ~、次の街までそれなりに距離あるのに」
「金は後払いだったからいいだろ。その料金も騎士団持ちだし。それより近くの街に移動しないとな」
元がタダ乗りだったのもあってか、アッシュの切り替えは早い。だが、街に移動するのはリオも賛成だ。夜にこの人数でモンスターに襲われれば無事ではいられない。日没まで時間はあるが、早めに移動を始めるほうが安心だ。
「そうね、ここから歩いて二時間くらいの所にパッシェって所があったはずよ。花畑で有名なとこ」
「夜までには余裕で間に合うな。そこで決まりだな。先導してくれるか?」
「任せなさい、熊でも虎でもヨユーよ」
次の街までの道を知っているパティを先頭に、3人は北西へ向けて歩き出した。盗賊の狙撃による襲撃を警戒し、パティと2人の間には10メートルの間隔を空けて進んでいく。歩き出して10分ほど経ったころだろうか。アッシュは声をひそめてリオに話しかけてきた。
「パティの機嫌、もうよくなってるよな?」
「むしろ上機嫌てくらいじゃない?チラッと見えたけどさっきも笑ってたよ」
前方を歩くパティは、先程木の下で仕留めたという全長1メートル程の鳥を、赤ん坊を抱くように両手で大事に抱えている。首があり得ない方向に捻じ曲がった鳥は視界に入れたくもない無残さだが、折った当人は意に介していないらしく満面の笑顔だ。
「あいつは気分の浮き沈みが激しいからな。あの鳥は可哀そうだが、尊い犠牲ってやつだ」
「さっきも聞いたけど、怒ると素手で戦うってなんなのさ。なんかそういう部族出身?」
「最後に頼れるのは自分の身体能力……みたいな感じだな。だから怒らせないほうが良いぜ。て言っても、普段は沸点も高いし温厚そのものだよ。今回怒ったのだって、馬車が止まった時に頭打ったのが原因だろ」
「よく見てるなあ。流石姉弟」
どっちが上の子なのか分からないね、と言おうとしたが、リオは頷いてその場を濁した。結局の所、この2人のことは分からないことが大半だ。家族の詳しい事情が分からない以上、不用意に茶化すのは避けたほうがいいだろう。少なくとも、2人が互いを気遣い合う良い姉弟ということは分かった。代わりに、サマナを出発した時から抱いていた疑問を解決すべく、前を行くパティに質問を投げかけた。
「特対者になったアッシュはともかくとして、パティはどこまで一緒に来てくれるの?一応パティに同行の義務はないんだけど」
「何よ水臭いこと言って。全部解決するまで一緒に行くつもりだけど」
「そりゃいい。どうせ道中の旅費は騎士団持ちだ。一緒に来た方がお得だぜ」
「という訳で改めてよろしくね、リオ。それとも、アタシがついていくと何か都合が悪いことでもあって?」
「とんでもない!本当にありがたいよ。ハハハ……」
正直苦手なタイプなんですよ、とは言わない方が賢明だろう。そう思ってリオは乾いた声で笑い続けた。