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旅立ちの日

「騎士団員の死者は135名、怪我人は軽傷者も含めれば300名を超えます。一般人の死者は約4000人となっていますが、行方不明者が多く、正確な数は把握できていません」


 事件の報告によって、リオの気分は過去最低点を記録していた。謎の襲撃事件と火災から3日経ち、仮設の騎士団詰所での緊急会議に、リオも呼び出されていた。続いて報告される家屋や道路の被害についても、喜べるニュースなどはあるはずも無く、会議室は陰鬱な雰囲気で満たされている。


「次に、襲撃者の特定についてですが、火事の発生直前に黒髪の男の目撃情報があります。中庭に現れた男と見た目の特徴が一致しています。金髪の女は例の暴行事件の犯人でしょう」

「街の火事の原因は何らかの爆発物と思われます。あまりにも火薬の量が多いため、事前に準備されていたもので間違いないかと。この引火も含めて、『カルテッロ』のメンバーは少なくとも3人と予想されます」

「襲撃者の逃走経路については、シオン、ナハト両名については街の北端で目撃者が、他の一名の行方は不明です」


 あの後騎士団は火災の事後処理を最優先に行ったが、それでも町民には事前に防げなかったのかと非難される始末だ。数日前から捕まっていた人も完全な被害者であったため、サマナ支部は町民からの信用が揺らぐ結果になった。加えて言うならば、当日に留置場内にいた人間は良くて重症。遺憾だが、これも騎士団の責任だ。どの報告にも、全く喜ばしい要素がない。

 いや、1人だけ軽症者がいたか、とリオは思い返す。カロリーヌ支部長直接助けたという、アッシュ・ラグーン。


「……、次に襲撃者の追跡について、事件発生時は鎮圧のためにアッシュ・ラグーンを特対者に任命したが、犯人追跡についても彼に任せることに決定した。なお」


 報告者は一瞬の間を空けてリオに向け、自然と他の団員も視線が集まる。リオは気まずくなって目を資料に落とし、身体をちぢめた。新米のリオが呼び出された時点で予想はしていたことだ、リオは黙って報告者の次の言葉を待った。


「特対者に同行する団員について、特対者自身がリオ・アーネスを指名した。アーネス君の素行に問題も無いため、サマナ支部はこれを承認することにした。準備についてはできる限りの援助をするので、アーネスは事務員に必要物資を申請すること。特対者アッシュについては以上」

 

 報告者の言葉にリオは納得しかけるが、あれっと思い違和感に気づき、手を挙げて発言許可を求めた。副支部長が頷くのを確認し、異議を申し立てる。

「あの、同行者についてなんですが、僕意外の人はいないんですか?さすがに一人では」

「それに関しては!」

 リオの言葉を副支部長が遮る。


「復旧に人手が必要なのでな。人員はそちらに割けない」

「いくらなんでも2人では行動に限界があります。これから向かう支部と連携を取るにしても、せめて顔の効く先輩方がいないと」

「そもそも特対者の任命自体が急だったのだ。肝心の支部長は意識不明の重体、今は帝都の大病院に移されてしまったしな」


 質問に答えろクソ上司!と言い返す胆力をリオは持っていない。黙りこくったリオを見た副支部長は話が終わったという風に報告者に次を促し、会議はまた再開された。




「ハハ、厄介払いに上手く使われた訳だ。だがまぁ構わないだろう。頭数だけあっても奴等には勝てねえ」


馬車の振動に震える矛を抑えながら、アッシュは呟いた。3人がサマナを出発したのは、報告会議から二日後の朝だった。


 リオは歩いて山を越えることも覚悟していたが、民間の輸送ギルドがサマナを訪れていたのが幸運だった。数台ある馬車の中は積荷ばかりで他に客もおらず、馬車の中は貸し切り状態だ。


「目撃情報も本当かどうか怪しいし、シオン共の目的もいまいち分からん。俺が上司でもこんな案件に人を回したくねぇな。動くにしても異分子を作戦に組み込むのはごめんだ」


 アッシュの推測は的を得ているように思える。特対者という制度は任務の終わりすら定かでない不明瞭なものだ。アッシュがシオンらを追いかけると宣言した時、上層部が内心で喜んだだろうことは想像に難くない。どちらにせよ、任務の難易度は変わらないが。


「目的地のビトーニヤなんだが、リオは行ったことはあるか?」


 不意に話題が変わった。ビトー二ヤはサマナから真北に位置する商業都市だ。世界中の特産品が集まる貿易街として有名だが、サマナからは馬でも二週間はかかる。


 リオは雑誌の紹介記事程度の情報しか持っていないし、勿論訪れた事も無かった。アッシュは数度訪れた事があるらしく、ビトーニヤで毎年行われるという『食の祭典』について教えてくれた。


「ちょうど1か月くらいに、あそこで各地のシェフが集うフェスティバルが開かれる。世界中の料理を食べ比べするっていう趣旨の、金持ちの遊びだよ。まあ行くだけでも楽しいんだけどね」

「それは知ってる。彼女等の次の狙いはその参加者ってことでいいのかな?」


 リオの問いかけに、アッシュは首をひねって「さあ」とだけ答えた。シオン達の狙いは不明だが、言動からして何らかの目的のために行動しているように思える。とはいえ、サマナやビトーニヤの住民が標的になるほど大それた事を行う場面も思いつかない。各地のギルドや貴族が集まる祭であれば、その辺りの情報も集まるのだろうか。


「今は奴等の言葉を信じて北上するしかないな。とはいえ舞台がビトーニヤってのは都合が良い。あの祭にはジャックが来る。あいつに会えるってのは、多分俺達にとってラッキーだぜ」

「ジャック?」


 リオの知らない名前だ。どんな人かと問いかける疑問に答えたのは、今まで沈黙を貫いてきたパティだった。彼女はアッシュの姉らしい。


「ジャックは私達姉弟の保護者代わりの人よ。毎年祭に行ってたから多分今年も来るはず」

「なるほど。ちなみにパティさんも祭に行ったことがあるんですか?」

「何回もあるよ。今回だって事件が起こらなくても寄るつもりだったしね。ある意味予定通り」

「羨ましいです。ビトーニヤは話で聞いた事があるくらいなんで」

「ふーん。まあ今回行けるんだから良いんじゃない?ていうかさ、なんで敬語なのよ。年齢も大して変わらないでしょ」

「いやーなんとなく、ハハハ」

 

 リオがパティと初めて出会ったのはサマナを出発する前日のことだったが、初対面の頃からして愛想の悪さはひしひしと感じられた。元がツリ目なのを差し引いても、パティは常にリオを睨んでいる。何が彼女の気に食わなかったのだろう。


「ええと、以前にどこかでお会いしてたりしないですよね?」

「あるわけないでしょ。あんたなんて知らないわ」

「ヒッ!で、ですよねえ」

「あ~、気にすんなよ、リオ。パティは騎士団自体が嫌いなんだ。別にリオ個人を嫌ってる訳じゃないから。だからな、パティも話す姿勢をだな」

「分かった、分かったよアッシュ。私が悪かったって。……ごめんね、リオ」


「よし、それじゃジャックの話だ。あいつはな、普段家に戻らないで世界中飛び回ってんだよ。手紙を出しても何時確認してくれるのか分からねぇ」

「傭兵稼業で大人気みたい。それで結構羽振りは良いの。私の弓もジャックのお土産」

「ちなみに、保護者代わりっていうのは……?」

「俺らの親はいない。んでジャックに引き取られた。それだけ!」


 軽い口調からして深刻ではないようだが、複雑な事情ではあるらしい。それにしても家族に会いたいとは、中々可愛らしい理由だ。服や武器が高級そうなのも、ジャックとやらに愛されて育ってきた証拠とも考えられる。思考が表情にでたせいか、パティにじろりと睨まれる。本当にリオ個人を嫌っていないのだろうか。


「言っとくけど、会いたいなんて腑抜けた理由じゃないよ。アタシ等はジャックを特別好きな訳でもないし。リオもその『カルテッロ』と戦う以上、今よりもっと強くなる必要があるんでしょう」


 保護者というのは、アッシュを鍛えた師匠という意味合いも含まれているのだろうか。先日見たアッシュの格闘術は中々のものだった。それを仕込んだ師匠ともなれば、ジャックも相当な実力者のはずだ。


「うん、アッシュの師匠に鍛えてもらえるなら光栄だよ。一先ず当面の目標として、途中で聞き込みをしながらビトー二ヤを目指そう」

「ビトーニヤまではまだ時間がかかる。それまでは楽しくやろうぜ」


 アッシュがニヤリと頷き、金色に輝く奥歯が覗いた。そこからはしばらく雑談が続いた。アッシュとパティが旅先で見てきた景色やモンスターは本にも載っていないものばかりで、リオにはその話のどれもが魅力的だった。サファイアの森や空飛ぶカバの群れ、黄金の生える木とそれを護る番人の一族。馬車は森に入ったらしく、薄暗い幌の中は穏やかな空気に包まれていた。背中を押す馬車の揺れも心地よく、リオにとってこんな安らかな時間は久しぶりだった。


「それにしても2人は似てるなあ、顔も雰囲気も近いし、双子でも通じるよ」

「ふん、騎士団の割には人を褒めるセンスがあるのね。思ったより話が分かる人だわ」

「はは、別にリオは褒めてる訳じゃないだろ。……ん?揺れが……、おいどうした御者さん!」

「痛い!頭打ったぁ!」


 アッシュの言葉は馬車が急停止したことで途切れた。前方を見ると馬は悲鳴を上げて暴れ、御者は必死に馬を宥めている。幌の端から周囲を窺うと、馬車の周りには棘の付いた葉っぱが不自然に散らばっていた。


「クシノキの葉を固めてまきびし代わりにしたんだな。この地方じゃ見ない葉っぱだ」


 アッシュは地面に飛び降り、葉を拾い上げて呟く。どうやら馬の蹄鉄と蹄の間に運悪く挟まったらしい。問題は、この葉は明らかに人の手で撒かれたものということだ。


「アッシュ、きっと盗賊ギルドだよ。早く幌の中に戻って」


 移動中の馬車を襲う盗賊ギルドは多い。勿論輸送ギルドも相応の護衛を載せているが、つまり襲撃者はそれを見越した戦力を有していることを意味する。間髪入れずに襲ってこないのが気になるくらいか。


「いや、逃げる必要はないぜ。迎え撃ってやろうじゃないか」


 アッシュの言葉に呼応するように、風もないのに周囲の木が揺れる。何者かが頭上からこちらを観察している。不意に頭上の木から大量の葉が舞い落ち、それを浴びた馬はまた悲鳴をあげた。アッシュはというと矛を回し、上手く葉っぱを周囲に散らしていなしている。


「まきびしが混ざってるぞ!御者さん、馬を連れて下がっててくれ!」

「君こそ危ないよ!敵が弓矢なり魔法なり撃ってきたらどうするんだ!」


 リオは馬車から飛び降りアッシュの傍に駆け寄る。アッシュは随分余裕そうだが、リオにはとっては気を抜ける状況ではない。リオの不安をよそに、アッシュは楽しそうに棘を指で弄んでいる。


「敵は木の上。数もそこそこか。うし、じゃあ頼んだぜ、パティ」

「……いいよ。任せて」

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