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襲来

 クルシア帝国騎士団の朝は早い。早朝の朝礼に始まり、食事から業務、就寝時間に至るまで厳格に定められたスケジュールを徹底される。


 国を守る大儀に憧れ門を叩く若者は残さず苛烈な訓練に打ちのめされ、互いに励まし合いながら騎士団員としての生活に慣れていく。首都から見て西側に位置する街、サマナの騎士団支部も例外に漏れず、新人達は新しい生活に追われる日々を送っていた。


「さあ諸君、課題の続きだよ。統一歴6年のジャドゥーリッジ事件において、その凶器と意図を答えられる者はいるかな?」


 講義室に、講師役の先輩団員の良く通る声が響く。その呼びかけに対して、手を挙げる新人はいない。ある者は自信なさげに参考書をめくり、またある者は視線を横に向けて指されないように存在感を薄めようと試みる。


 何のことは無い、例年通りに新人達が見せる光景だ。クルシア帝国に入団した新人は皆、数年間に渡って倫理や法律に関する講義を受ける時間が設けられる。教壇で参考書を構えるルミカ自身も、入隊時には同期と共に課題から逃げ回り、時には苦手な先輩の愚痴も言い合った。今にして思えば、新人の教育係とは全く損な立ち回りである。


「間違ってもいいからさ、まずは答えてみてよ。そうさなあ……、リオ君、いってみようか」


 新人の気持ちも分かるが、教師役も先輩騎士としての仕事である。黙っていては講義も進まず、ルミカの教育係としての評価も落ちる。名を呼ばれた青髪の騎士は、遠慮がちに立ち上がると口を開いた。

 

「え、えっと……。凶器は東大陸の一部で見られる片刃の剣、刀です。被害者のジャドゥーリッジ教授は反帝国派の活動家で、統一戦争後には反帝国派の人気を集めていました。犯人は帝国派の過激派で、少数民族の犯行であると誤認させるために刀を用いたのだと思われます」


「けっこう。……この事件の判決は?有罪か無罪でもいいよ」


「犯人が逃走したため、判決はでませんでした。これは噂ですが、犯人は一部の貴族層の庇護を受けており、脱走の補助を受けたとも言われています」


「イエス!大正解だよ。よく答えたもんだ」

 

 ルミカもまた、口では称賛しつつも、この新人の完答を予感していた。リオ・アーネス。成績優秀にして、品行方正を絵に描いたような勤務態度。入隊試験では支部でトップの成績を残す。


 1年目にして町民の覚えも良い彼に対して、支部の先輩からの期待は高かった。都合よく講義終了の時間に差し掛かったため、ルミカは解説を混ぜつつ講義の締めに入った。


「この事件は帝国過激派の問題を浮き彫りにした事件で、次回以降は発生までの経緯について深掘りするからね。各自概要くらいは予習しておくように。んじゃ、講義終了!」


 挨拶も手短に、ルミカは手早く参考書を片付ける。何を隠そう、この場でこの時間を最も面倒に感じているのはルミカ自身なのだ。





 講義を終えて解放された新人達は、昼の休憩を挟んで次の業務へと向かう。リオもその流れに乗って友人と談笑を挟み、指示通りに所定の位置へと駆け付けた。午後の仕事の内容はまだ聞かされていない。ひとまず教育係であるルミカに付き従い、リオ達は廊下を進んだ。

 

「いや~、今日はせっかくのお祭なのに、私達は支部で地味な仕事か!外回りの連中が羨ましいねえ」


 前を歩く先輩の言葉に、ついて歩く新米団員達は、6人全員が黙ったまま、軽く首を振って相槌を打った。ルール上では業務中は私語厳禁とされているが、後輩に軽口を叩く団員は多い。内心では賛同していたが、入団して1ヶ月程度の新人がどの程度のテンションで答えて良いものか分からず、皆曖昧な態度であった。そんな胸中を見透かしてか、先輩は言い訳するように付け足した。


「よし、じゃあ仕事の話だ。最近、喧嘩でとっ捕まる人が多いじゃない?妙な証言が多いし、関連性ありって噂されてるやつ。率直にどう思った?そーだな、リオ君?」


 呼ばれたリオは何故僕に、という視線をルミカに向けたが、諦めた表情で口を開いた。上司に名指しされた以上、無視などできる筈もない。


「確か昨日までで5人ですよね。捕まった人は誰かと口論の末に大喧嘩をして、相手はこの町では見かけない人だったとか」

「しかも皆金髪で見た目は10代半ば、身のこなしの素早い女にやられた、って言ってるの。きっと同じ人だよね」

「気になるのは、捕まった人の職業も年齢もバラバラな部分です。何か目的はあるのでしょうが、今のところは何とも」

「気になるよねぇー、って。普通の人なら世間話の種にしてそこで止まる。でも君たちは騎士団なんだ、選ばれた正義の徒なんだ。自分で直接謎を解いてみたいと思わないかい?え?」


 ルミカはにやりと笑って立ち止まり、脇に挟んでいた書類をリオ達にちらつかせた。書類は先日捕まった犯罪者のプロフィールと似顔絵、聞き取った内容を書くのであろう罫線でびっしりと詰められていた。


「これから件の犯罪者さん達にもう一度尋問調査をします!丁度人数も合ってるし、新人にやらせてみろとのお達しよ」


 ルミカの言葉に、ある者は憧れのシチュエーションに喜び、ある者は犯罪者との対面に少し怖気づいた表情を見せた。リオは新たな経験を前に少し気持ちが昂ったが、ルミカの言葉に少し違和感を覚えた。


「捕まったのって5人ですよね、1人余ると思うんですけど……」


 ルミカは確かに、と頷く新人達とリオを交互に見て、再び笑みを浮かべて書類を手の甲で叩いた。


「実はついさっき新しい人が捕まったのよね。状況からして同じ犯人っぽいからさ、タイミングいいと思って。はい、その人の分の調書」


 差し出された書類をリオは反射的に受け取り、その瞬間に後悔した。似顔絵は作者の手心を抜きにしても目つきが鋭く、逆立った茶髪も相まってチンピラのような風貌だ。出身や職業の欄も不明とだけ書かれ、他と比べても異質さを放っていた。


「ちょっとこれ、大丈夫なんですか」

「何がよ」

「明らかにやばい人じゃないですか。他は魚屋の店長とか米屋の親父なのに」

「やばいから逮捕したんでしょ。大丈夫、アタシも後ろで見とくから。それに、上司命令よ?」


 リオは逃げる口実を失い降参し、背中をつつく同輩を一睨みして前に向き直った。話の間に大分進んでいたらしく、視界の端に『この先留置場』と書かれたプレートが見えた。


 帝国騎士団サマナ支部は本館、修練場、寮など多くの施設を保有しており、本館の地下に位置する留置場もその1つである。真っ白な内壁や侵入者向けの結界といった設備が揃っている本館とは裏腹に、留置場は一部の壁の塗装が剥げて歴史を感じさせる雰囲気だ。


 先輩曰く、戦時中には町長などの要人がフィルターとして使用したらしいが、真偽は怪しい。リオ達はそれぞれの牢の前に用意された椅子に座り、聞き取りを開始した。新人達の初めての査問調査なのもあってか、それぞれ横には先輩団員がサポートに入っている。リオの横にはルミカが立ち、任せろと言わんばかりの表情をしていた。


「まずは名前から。アッシュ・ラグーンさん。18才。2日前から宿屋『うみねこ』に滞在。ここまでの情報は本当ですか?」

「全部合ってますよ」

「街を訪れた理由は、やっぱり祭の開催に合わせて?」

「ああ。元からそのつもりだったんですが、来る途中で街の人にあってね。今日まではそのギルドの手伝いを」

 いざ向き合うと、似顔絵程の恐ろしさは感じられなかった。年下であろうリオに対する口調はあくまで丁寧で、余裕のある振る舞いはリラックスしているようにすら見える。真っ赤なコートは庶民のリオから見ても分かるほどの高級品だ。


「じゃあ、相手と出会った時の状況から」

「ああ、向こうが話しかけてきたのは祭の途中でしたね。ちょっと話がしたいとか言って。それから……」


 アッシュの話は他の人と似たようなものだった。話しかけられ、挑発され、喧嘩になって騎士団が駆け付けた頃には姿を消す。アッシュと他の人との共通点は不明なこともあり、やはり愉快犯的な行動に思える。リオは人差し指で調書を撫でながら訪ねた。


「一応聞きたいんですが、『あらなみ』って魚屋に行ったことは」

「そこの女主人さんとは知り合いになったな。サマナに来てから色々世話になった」

「本当に?何で?」ルミカが牢にしがみつく。危なっかしい。

「普通に成り行きだよ。基本はあそこの客と店員ってだけ。デバウオって魚が牙がデカくてあんまり食欲の湧く見た目じゃなかったんだが。いざ食べたら見た目の割に美味しかったな」


 隣の牢から「ありがとよう!」と声が響き、アッシュも「ご馳走様!」たがリオもルミカも無視した。関係など無いようなものだ。他にもこれといった情報はなく、査問調査は終了した。






 リオとルミカが留置場の入口付近に戻ると、ちょうど受付で手続きをしている人影があった。その影の主を見た途端、2人の顔が引き締まる。気づけばリオ達は壁際に整列し、彼女に向けて敬礼をしていた。


「お疲れ様、諸君。業務は順調かね」

「お、お疲れ様です、支部長殿。査問調査は滞りなく。資料を提出し次第、次の仕事に向かいます」

「そう固くならないでくれよ、ルミカ君。それに時間には余裕を持たせただろう?もっとのんびりいきたまえ」


 ルミカが緊張するのも無理はない。照明に反射して煌々しいウェーブのかかった金髪、年齢を感じさせないハリのある純白の肌、何より相対した者を射殺すような眼光。一般騎士に過ぎないルミカやリオにとって、サマナ支部長カロリーヌは立場的にも、戦力的にも敵う存在ではない。緊張で姿勢を保つのが精一杯のリオ達に対して、支部長の方は悠々と目を細め、こちらを順に眺めている。


「支部長殿はどうしてこちらに……?」

「至って普通の業務、面会の立ち合いだよ。こちらのお嬢様は例の事件の逮捕者の身内でね。早々に駆け付けてきたのだよ。ほら、ついさっき来たアッシュ君」

「……どうも」


 カロリーヌ支部長の背後から顔を出した茶髪の女性は、こちらをジロりと見て軽く会釈をし、そっぽを向いてしまった。随分な態度だが、無理もない。なにせ一緒に観光していた家族が逮捕されたのだ、その心中は穏やかではないだろう。身長はアッシュより低いが、姉か妹かの判別はつかない。


「ふふふ、まぁそういう事だ。精進したまえ、ルミカ君、リオ君」


 支部長は一方的に会話を打ち切ると、女性を連れて留置場の中へと進んでいった。この場に留まるのも居心地が悪く、リオ達は受付の事務員に一礼して留置場から退散した。


「入隊の挨拶から気になってたんですが、支部長っていくつなんですかねえ……?」

「私等が生まれた頃にはもう現役だったって。本人にはゼッタイ聞いちゃ駄目だよ」







 誰かの叫び声が館内に響いたのは、留置場での調査を終えて数十分程経った昼下がりのことだった。怒号や泣き声は連鎖的に広まり、リオが騒ぎを感知した時には祭もかくやといった喧噪だった。


『支部内に侵入者あり!人数は2人!団員は装備を整え持ち場に迎え。繰り返す、支部内に……』


 共鳴魔石から低い声が支部中にこだまする。二階の放送室かららしい。窓の外では、制服の上に矢筒を背負っただけの弓兵や、制服の上に剣だけを携えた、最低限の武装を携えた団員達が必死の形相で走っている。


 リオも遅れまいと椅子に掛かったローブを羽織り、机に立てかけられた杖を構える。騎士団秘蔵の特製ドリンクを飲んで喉を潤すと、本館の窓から飛び出した。仕事場が一階だったのは幸いだ。緊急時の今なら見咎める者もいない。行き先は緊急時の持ち場である図書館だ。寮までの道ですれ違う仲間から情報を受け取り、走りながら頭の中で整理する。


 侵入者は本館三階、備品倉庫で確認済み。もれなく黒いマントに身を包んでおり、武器の類は不明。ということは、さっきまで本館一階にいたリオは侵入者とニアミスしていた訳だ。近距離での攻撃手段を持たないリオでは、為すすべも無くやられていただろう。自身の幸運に感謝だ。


「おい、何者だ!」


 誰かの叫び声が聞こえたのはリオが中庭の中央にさしかかった時だ。視線は叫んだ騎士に集まり、次いで彼の指さした本館屋上に向けられた。曇り空のおかげで人影がはっきりと見える。


 影は両手で大きな丸を作るポーズをとり、周りを見せつけるような素振りを見せている。騎士団のマニュアルにあんな行動は存在しないし、緊急時の行動にしてはふざけすぎだ。恐らくは敵の、仲間への合図。


 次第に目が慣れてきて服装が見えるようになった。男だ。黒髪の短髪に上半身は黒いタンクトップ、下も真っ黒なパンツと全身黒ずくめだが、唯一銀色のブーツだけが鈍く光って存在感を放っていた。男は眼下に集まる騎士団に動揺する様子も無く、値踏みするようにじろじろとこちらを見回していたが、やがて口を開いた。


「お前等、自分の仕事を全うしろ。襲撃者にビビっていては、騎士団の名が泣くぞ」


 特段大きい訳ではないが、よく通る声だ。突然心配をされた騎士達は少し驚いた様子を見せたが、即座に表情を引き締めてどよめきを抑えた。各々が武器を構え、その中の1人が屋上の不審者に疑問を投げかけた。


「混乱の元凶がよくもまあぬけぬけと。何者だ、貴様。何の狙いがあって騎士団の敷地に踏み入った」

「そうだな、強いて言えば王の意思ってやつだ」

「何が王の意思だ!ふざけやがって」


 年配の騎士が剣を頭上に掲げるのを合図に他の団員も黒髪の男を睨みつけ、弓兵や魔法使いは武器を構えて男に狙いをつける。リオもそれに倣って杖の先端に魔法陣を展開し、発射の準備を整える。


 リオの本来の持ち場は図書館だが、侵入者の情報も無いのなら今目の前にいる男に対処するべきだと判断した。何より、目の前で不遜な態度をとる男からリオは目を離せなかった。臨戦態勢をとったこちらの様子を見てか、男は短く呟いた。


「そうか……、じゃあもういいかな」


 男はその場で数回ジャンプを繰り返した後、一度深く膝を曲げて屈伸し、一際大きく跳躍した。数名の弓兵が反射的に矢を放つも、矢は当たらず虚しく空に消えていった。盾兵や一部の魔法使いは高所からの飛び蹴りを予想して防御陣を展開するが、男は自分がそれまで立っていた場所、支部本館の屋上に向けて右足を突き出し、刺すような蹴りを放った。


 爪先が屋上に触れた瞬間にブーツが激しく輝き、次の瞬間には大爆発を起こした。衝撃でガラスは割れ、壁の破片が飛び散る。轟音と悲鳴で耳は潰され、どこかで引火したのか焦げるような匂いが漂う。


  爆風でその場にうずくまるリオの頭上を、ガラスや紙類、木片が飛んで行く。音を立てて崩れていく施設を見つめながら、リオは自分が今日までの日常に戻れないことを確信した。


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