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作戦会議

「全くしてやられたぜ!棒立ちのまま成す術も無いなんて武士の名折れもいい所だ!」

「報告ご苦労ムギ。だが今回の責任はお前にはねえ。本番が明日ってんなら、まあ今は休めや」


 ムギと呼ばれた騎士が手短にまとめた報告を聞き終えた長身の偉丈夫は、未だに興奮の冷めぬ部下を宥めつつ周囲を見渡した。騎士団本部隊長のメギスは現場に集った関係者の顔を見回すと、一息ついて笑った。


「傭兵姉弟に御三家のご令嬢、その執事に騎士団本部所属の精鋭。これだけ揃っていいようにされるたァ、相手は相当の手練れだな」

「そうでもないわ、アタシ達が揃った途端逃げたもの。流石に分が悪かったのよ」

「うち等のコンビネーションの前には敵さんもどうしようもねぇのさ。マジ無敵」

「オーケー御転婆ども。問題はな、ここまで頭数を揃えなきゃならん敵が複数人いることなんだよ。目撃情報からすると7,8人なんだがな。それがこの街を潰そうと街中を駆け回るんだ。今回みたいにこっちが揃うのを待ってくれないぜ?ふん、シオンとかいうのがトップ級で他はそれ以下ってのが理想だが、まあシオンと同等のがいるって想定の方が無難だ」


 メギスの目論見は正しい。サマナ以外の支部においても、2,3人で支部の設備が破壊されその場にいた騎士団員が手玉に取られている。戦力を余程偏らせていない以上、一蹴りで建物を半壊させるナハト、五感を操り集団を機能停止に陥らせるシオン並の実力者が控えていると考えていいだろう。


「シオン、ナハト以外の犯人の特徴を俺は詳しく知らない。何か際立った特徴は?」


 アッシュの問いかけにメギスは顎鬚を弄りながら答えた。


「それについては夕方の作戦会議で話す。アッシュ、お前も参加してくれ。シオンと3回もカチ合ってるのはお前だけだ。それまではムギ、プリシッラ、リドネは聞き込みに回ってる連中の取りまとめを頼む」

「「了解」」「うーっす」


 威勢よく返事を返す騎士を横目に、パティとサンドラはなんとなく手持ち無沙汰な状態だった。そもそも当初協力を依頼されたのはアッシュのみであり、パティは特に頼まれもせずについてきているに過ぎない。そこにいつの間にか加わったサンドラも含め。今の2人は偶然居合わせた一般人でしかない。むしろ一回補導されているせいで余計立場が悪い。


「うち等はなんかやる?」

「場合によっちゃ協力要請もあるがな。基本は民間人として被保護の立場だ。事情をアッシュから聞くのは止めんが外に漏らすのは勘弁してくれよ」

「はい~っす」

「そんじゃ解散!お前等気ぃ抜くなよ!シオンが嘘ついて今から突撃って可能性もありえる!」


 メギスの鶴の一声によりその場は収まり、その場にいた者は各自の上司に従って次の行動を開始した。今日中に目ぼしいグルメを食べておくという女子2人と別れ、アッシュは元いた広場へと走って向かった。ミーシャは待っていてと告げたベンチから一歩も動かずに座り込んでおり、周囲を見回して暇をつぶしている様子健気ですらあった。全く可愛らしい。こういう素直さがさっきの2人には欠けている。そんな事を考えながら、まず一言目に謝罪を申し出た。


「ごめんな、かなり待たせた。悪かったなぁ1人きりにして」

「全然待っていませんよ、20分も経ってないかも。パスタだってまだ食べ終わってないですもん。これ美味しいけど辛くって。プリシッラさんまでいなくなったのはびっくりしたけど」


 なんと。確かにそこまで長話をした覚えもなかったが、まさか移動も含めて30分程度とは。そう考えて思い返してみると、特にメギスは会話を端的にまとめようとしていた節があったように思える。


「これ食べてくださいよ。ほぐしてないせいでカッチカチに固まっちゃったけど味はきっと変わってませんから」


 差し出された『溶岩パスタ』を落ち着いて見ると、成程、「辛いけど美味しい」という評価は見た目からしてしっくりくる。いかにも刺激の強そうな真っ赤な具とソースとがもっちりとした麺に絡みついている。試しに一口と刺さったフォークを引っ張ると、固まってくっついた麺が軋んだ不快な音を立てて丸ごと持ち上がった。成程、カッチカチに固まっている。仕方なく切り分けてから口に運ぶと前評判通りの旨味と辛味が口内に溢れた。


「お、美味い。辛いけど。でも本当にカッチカチだなこれ。美味いけど固い。カッチカチ」


 何がツボに入ったのか甲高い声を上げて笑い続けるミーシャを前に、アッシュは微妙な笑みを浮かべることしかできなかった。


「ほんじゃ明日の作戦会議を始めるぞ。つっても襲撃の開始時刻は不明だ。今日の夜中に来るって腹積もりでいるように」


 クルシア騎士団ビトーニヤ支部の一室に、メギスの低い声が響いた。集まったメンバーはメギスにカナン、プリッシラといった隊長格にビトーニヤ支部長だという中年男性。加えて、各場の取りまとめを行っているという隊内で比較的格上のメンバー達。そしてアッシュ。メギスの横に座る緑髪の男性は恐らくメギス隊の副隊長なのだろうが特に紹介されていないので名前は知らない。総勢30余名。緊急の会議にしては多い気もするが、街一つを守るために数百人近くが投入されている以上人数が増えるのは仕方ない。最初に敵戦力の分析報告としてプリッシラが口を開いた。


「サマナ支部を発端にした連続襲撃事件の犯人『カルテッロ』の総数は、確認されているだけで8人。中でも要注意なのは4人。サマナ支部を破壊した張本人であるナハト。特徴は黒髪に黒のタンクトップで銀の大きなブーツ。次に5感を制限するシオン。特徴は手入れしてない金髪に黒のカーディガン。魔法ぼ発動条件は恐らく手を叩くこと。そしてリンドウ支部を襲撃した和装の男。茶髪に黒の和服が特徴で武器は刀。最後にメルクン支部に現れた30代くらいの男。喪服のような黒ネクタイに黒スーツ。武器はハンマー。他の4人については皆逃げ回りつつ魔法や爆弾を使う戦法が主です」


「一応付け加えとくと、犯人たちが同じ格好で来てくれるとは限らんからな。事前情報に振り回されず、怪しい奴は全員捕まえるくらいの気概でいけよ」

「次はカナン隊長、明日の配置を」


 プリシッラが着席すると入れ替わる様にカナンが立ち上がった。ごほんと一呼吸入れると、手元にある資料に目を落とした。


「基本はこれまで通りに街中にまんべんなく騎士を配置しつつ、要注意の4人に対しては個別に対抗する人員を絞る」


 これに関しては異論の声は出ない。並の団員では手も足も出ない以上、突出した個の力をぶつけるのがベスト、という判断だろう。


「具体的にはメギス隊長、シルトラット副隊長、ムギ、リドネ、そして私。発見次第この中の誰かを呼ぶように。加えてシオンへは特別の対策としてアッシュ・ラグーンに対処を要請する」


 アッシュの名が呼ばれた途端にどよめきと困惑の声が上がり疑惑の視線が集まる。部外者に協力を要請するだけならまだしも犯人に対する特別な対策枠として主戦力に据えようというのだ。多少の批判が集まる事はアッシュでも予想できた。なので自分が発言を求められる事も想定していた。


「あー、俺の口から説明させてください。俺は今まで3回シオンと戦って奴の魔法にもある程度慣れがある。それに今までの会話の中で奴は俺に何かしらの興味を持っているらしい事がなんとなく分かっている。俺1人の方がむしろ時間を稼ぎやすい」

「根拠が薄すぎる、期待できない」「失敗したらどう責任を取るつもりだ」「そもそも傭兵の力なんか借りたくない」


 全く嫌われたものだ。予想していたこととはいえこうも真っ向から否定されるといっそ清々しい。元よりアッシュの目的はシオンとナハトに一矢報いること、そして自分を庇って傷ついたカロリーヌ支部長への恩返しだ。シオン一派が確かにビトーニヤに潜伏してい明日事を起こす気でいる、という情報を提供できた以上もはや騎士団の言うことを聞いて窮屈な思いをする必要もないのかもしれない、とふと思った。


「お前らなあ。シオンとかいう女はその気になれば数十人を一気に無力化できる厄介な魔法を使うんだぞ。それを1人で足止めできることに重要な意味があるんだよ。本来時間稼ぎに割かれる数十人を他に回せば救える命も増えるし、その間に他の敵を倒して俺の手が空けばその時は行って斬ってやる」

「ふむ、確かに一理ある」「それは頼もしい限りだ」「メギス隊長がそう仰るのなら」


 ナイスフォローメギス隊長、と言うべきか。信頼する隊長サマの後押しが随分と効果的だったようでアッシュへの追求はぴたりとおさまった。


 それにしても、居心地が悪いことこの上ない。ここ最近はリオと行動を共にしていたせいで騎士団の苦手意識が薄れていたが、どうやら勘違いだったらしい。もっとも、ここにいるのは3、40代のベテラン風の騎士が多い。リオやシンシアとは纏う雰囲気が違っていいて当然か。


「うし、アッシュの件はこれで終わりだ。カナン隊長、続けろ」

「はい。と言っても特別話す事ははこれ以外に話す事はないんですがね。あとは細かい注意点になるが、各自不審人物のチェックや民間人避難のシミュレーションを怠らないように。メギス隊長からは何か伝達事項は……?」

「特にないよ。そんじゃ最後に質疑応答だけ終わらすか」


 会議もようやく終わりかという雰囲気が室内に流れ、場の空気が緩む。こういった注目を浴びる場で手を挙げる勇気がある者はいないらしい。そういう所はエリート揃いの騎士団本部隊でも変わらないようだ。帰って矛の手入れでもしようかと机に手をついた矢先に「じゃあ1ついいすか?」と頓狂な声を出すものがいた。最前列に座るムギとか呼ばれていた団員だ。長い金髪をツインテールにして鼻頭には止血テープを張り、甲冑に鮮やかな橙色の羽織を合わせている。何度か見かけていたが何度見ても際立ったファッションセンスだ。騎士団のドレスコードは思いのほか緩いらしい。


「どうした。手短に頼むぞ、ムギ」

「おう隊長。そもそもの話なんだけどね、相手さんの目的は分かってるの?私は昨日の朝ビトーニヤ入りしたから詳しい事情までを把握してなくて」


 ムギが思いつきで出したらしい単純な疑問は本人の思惑以上にその場の人間の心に響いたらしい。部屋のそこかしこから「確かに、何故だ?」「何も聞いてないな」という声が囁かれている。かくいうアッシュ自身も、シオン達に一太刀浴びせたいという気持ちが先行していたせいか、彼女の目的自体への興味は限りなく薄かった。ざわつきを諫めたのはメギスの一声だった。


「あ~士気に関わる可能性があるんで意識してぼかしてたんだがな。現状で相手の意図は一切不明。中央大陸の支部を8つ襲撃する間にも特に要求や声明は出していない」

「サマナやリンドウで『王の意思に従ったまで』という言葉を聞いた奴がいるらしいけどこれの意味は分かってるの?」

「宗教団体や統一戦争で故郷を滅ぼされた反帝国勢力という線もあるが決定的な確証はないな。今下手に考えても視野を狭めることになりかねん。現時点でいくら推測しても無駄だろう……とはいえ、今までの襲撃と今回では前提が違う。ビトーニヤを前々から指名してきてる以上、奴等にとってこの街は大きな意味を持つはずだ。しかも支部だけじゃねえ、街そのものを襲うと宣言しやがった。お前等、敵はこう言ってるのさ。騎士団がいくら頭数揃えても、街一つ潰すのは訳ないってな。悔しくねえのか!?ムカつくよなぁ!?余裕ぶった敵さんを返り討ちにするぞ!!」

「「うおおおおお!!!!」」

「良い盛り上がりだ、そんじゃ各自散開!!その気合を部下共に見せつけてこい!」


 冷静な応答からの流れるような檄に、その場のボルテージが急上昇し、団員たちは揃って腕を振り上げ、メギスへの賛同と犯罪者への怒りを露わにした。騎士団らしからぬ直情的な方法だが士気が上がるに越したことはない。アドレナリンを放出させて持ち場に駆けて行く団員たちを見送りつつ、アッシュもそこに続いてビトーニヤ支部の会議室を後にした。


 大通りへ出てみると各々の屋台や行商人は店じまいを始めていた。まだ日も落ち切ってはいない時間帯だが、二日目の祭は既にお開きムードのようだ。余り物の食品でも買い取れないかと周囲をふらついていると、背後から「よっ、アッシュ君」声をかけられた。この低くとも聞こえの良い声質には聞き覚えがある。先程の熱狂を生み出した張本人、メギスだ。


「メギス隊長か。ここらは随分早く店仕舞いしてるけど騎士団が何か手配したのか?」

「おう、表向きは食中毒が出たんで一斉検査って名目でな。万が一視界の悪い夜中に襲撃されちゃあパニックの度合いがダンチだからな。本当なら祭自体中止にしたい所だがそこは大人の事情だ」

「想像つくよ。貴族連中の利権と道楽、ついでにカルテッロへの餌だ」

「話が分かるねえ、流石は紛争傭兵。こういう話にも理解があるか」


 なんとなく言っただけだが、意外と的中した。噂程度の話だが、50年以上の歴史を持つ『食の祭典』の源流には各地の貴族の交流会があったと言われている。貴族同士での領土の特産品自慢が町の観光資源を担うイベントに昇華される中で仮に貴族の意地の張り合いが現在も続いていたら。賊の犯行予告程度で中止になっては貴族の崇高なプライドに傷が付くのだろう。


「で?忙しい隊長さんが俺に何の用です?夕飯の誘いってんなら喜んで付き合ってやるが」

「ん!?夕飯は行ってもいいが本題は別だ。お前昼にシオンから何か受け取ったろ。うちの部下は優秀でね。ふざけた格好だが周りよく見てるんで下手に叱れねえ」


 げっ。こちらの反応を見てメギスがにやりと笑う。顔にでてしまったか。会議での盛り上げのやり口といい、中々食えないおっさんだ。


「格好がふざけてるのは叱ってもいいと思うけどな。部下思いの甘い上司だぜ」


 悪態をつきながらもコートのポケットに入っていた紙切れをメギスに差し出す。いつの間にかポケットに入れられていたメモだ。きっとシオンが去り際に忍ばせたのだろう。受け取ったメギスは「ふむ」、と呟きながら内容を確認した後に紙切れを突き返して顎鬚を掻いた。


「『明日の正午に東門の近くで』か。カッ。デートの誘いかよアホらしい」

「俺を信じてもいいのか?実はシオンとはグルかもしれないぜ」

「そう言うなって。リオやカロリーヌさんの話からお前は一応シロって判断してる。お前等姉弟はどっちかと言えば、もっとこう大規模な、大人数同士が入り乱れる戦場で暴れまわるクチだ」


 そうは言いつつもメギスの左手はしっかりと腰の鞘にかかっている。1%でも疑いが残っているのならば警戒は怠らない、ということか。


「まあ気にしなさんな大将。今は備えつつ英気を養う時さ。プリッシラは知ってるだろ?奴に勧められた飯を買っておいたんだ。西大陸産の『溶岩パスタ』ってやつでな。支部に用意してあるから冷める前に戻ろうぜ」

「え?ああ。え?本当に一緒にご飯食べるの?マジで?」


 マジだった。支部には本当に溶岩パスタが用意されていたし今度はしっかりと麺が解れていた。ついでに先の会議で前方に座っていた隊長格も勢ぞろいで。騎士団幹部と一緒に食卓を囲むのには少し居心地が悪かったが、パスタは美味しかった。


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