Deviance World Online エピソード7『人間讃歌』
世界が滅びるとき、人は何を思うだろうか。
後悔だろうか? あるいは絶望か、それとも無鉄砲にも短絡的な欲求を満たすために敵意を抱くのか。
少なくとも『白銀』のクラリスは違う、あのレオトールと。
輝ける輝くべき一等星と対峙したときに思った答えは、ただシンプルな喜びだった。
最果てにてそれほどまでに輝く男がいるのかと、ただその思いだけが胸中に合った。
もはや、人類に未来はない。
西暦2400年から2500年にかけて発生したといわれる人類の衰退、あるいは絶滅。
既存ネットワークが崩壊し、オールドネットは完全な機能停止を果たしたとされている。
文明レベルは大きく衰退した挙句、人類の居住拠点は地球どころか太陽系の重力域からも離れ人口のおよそ80%が喪失した。
今現在、地球に属するすべての国家がマザーAIによって統括支配されている環境に甘んじているのは、結局のところ再びの大災。
人類の衰退を引き起こさないように、人類が霊長から零れ落ちる事態を許容しないために霊長としての支配を甘んじて捨てた。
故に、自らの舵取りすらできない人類に未来はない。
『白銀』と呼ばれるクラリスは、令嬢である。
上流社会に属し様々な知的好奇心を満たすことができる地位に属しながら、俗物的な社会を好んでいた。
弟とは違い、電脳麻薬に溺れる人々や汗水を流し労働を行う彼らに興味を抱き彼らの自分なりの生き方を。
人間賛歌を好んで、関わりたいと考えていた。
『白銀』と呼ばれるクラリスは、興味がある。
人が戦う理由に、人々が闘争と競争の果てに何を得るのかを。
苦労したことのない社会、苦労すら必要なくただ安寧に満たされる世界で何を求める必要があるのかすら理解できない安全が保障されている存在が。
けれども必死に足掻き、何かを手に入れようとする姿に。
そしてその先で何を手に入れるのかに、彼女は興味がある。
『アンタ、アタシと協力しないかい? 悪い提案じゃないと思うけどねぇ?』
『白銀』と呼ばれるクラリスは、ドレイクと協力した。
彼女の打算的な提案に対して、弟とすらも離れただクエストを淡々と解決していた彼女はドレイクの言葉に応じたのだ。
熱に激情に、あるいは英雄に焼かれた瞳は英雄を求めている。
有体に言えば、『白銀』と呼ばれるクラリスは『白銀の絶望』であるレオトール・リーコスに惚れたのだ。
『アイアンウーマン』は絶望した、その圧倒的な実力とこれ以上ない殺戮に魂が擦り切れた。
『剣聖』は驚愕した、技の極み天武の域にさえあると認める自らへ模倣の技で殺したのだから。
『豚忍』は理解した、これは負けイベであると勝ち目などない勝負だったと。
『騎士王』は覚悟した、殺さなければこの先がないとNPCを殺すために覚悟を決めたのだ。
『白銀の絶望』は、分からない。
何を考えていたのか、何を思っていたのか。
怪物然と冷静で無機物の様に冷たく、ただ冷気を放つ水晶の最奥。
その身体を有機的にすら思える水晶で包み込み、僅か5分の絶世においてプレイヤーを8万7461回殺害し魔力量において23万5427MPほどの領域を水晶に変貌させ周囲一帯に常時魔力が観測できるほどの濃度で水晶属性における汚染を残した。
ただ一つ、言葉を残し。
『30分、守り切ったぞ? 黒狼』
友情か、あるいはソレを超克した何かか。
何れでもあり、あるいは何れでもない。
契約であり盟約、自分に得があるわけでもない誇りのためにその気高さ故に命を捨てた。
その姿に、怪物である彼へと畏れ好きになったのだ。
だからもう一度見てみたい、もう一度知り合いたい。
彼の人なりを、彼の孤独さを。
誰一人理解することのできない、彼の人間賛歌を。
目の前でヘラヘラと笑う愚図を見る、自分の首元に至る刃を見てさも当然の様に回避すらしない男を知った。
その男の顔があの傭兵であることも、知っている。
もう一度見たかった、もう一度知りたかった。
孤高の剣戟を、一瞬すらも見られなかった極みを。
素晴らしき、彼の生き様を。
その実態のない、人間讃歌を。
挑発する、まだ戦えるだろうと嘲る。
例え贋作であり、偽物であったとしても。
彼女にとっては、これ以上のない憧れなのだから。
「うーん、クソッタレだな。難易度が、というよりハードルが高すぎる」
「同意するわ、良くもまぁ……。ここまで追い込んで来るわねぇ、逆転できる雰囲気だったじゃない」
『白銀』のクラリス、ベータ版プレイヤーからのトップ勢。
黒狼みたいな後発であり急造のトップ勢とは違う、戦闘センスとゲームシステムを熟知した一握りの砂塵。
最強を名乗るには些か弱くとも、黒狼が嘲笑する程度には規格外で無くともだ。
彼女はそれでも、規格外である。
装備が急速に劣化し耐久値が大幅に減少、また叩き込まれた攻撃に連なる必殺の太陽は間違いなく彼女の体を捉え一撃を成した。
黒狼の攻撃は必殺でありステータス値を無視する一撃である、そのために食らえば即死は免れない。
神々の栄光であっても、変わりはなく。
「失望、その程度?」
その程度、とは言ってくれる。
笑いたいがそうもいかない、ハッキリ言って舐めていた。
あるいは、指数関数的に上昇するプレイヤーの実力を見誤っていたと言うべきなのだろうか。
そこまでの事をしてくるとは思っても見なかった、まさか出来るだなんて予想できず。
あるいはしたくなかった、自分だけの特権だと思い込みたかったのだ。
「いやいやいや、HPがロストしたら死んでおけよ……。生物としてさぁ、マジで」
「貴方が言える立場かしら? けど、ええ」
「参考にしたのは貴方です、死亡直後の回復による強制的な蘇生グリッジを最初に使用したのは貴方でしょう」
「俺はアンデットだからノーカン、お前らは人間だろ。巫山戯過ぎてるぜ、ベイベー」
軽口を叩きながらも汗が背中を伝った、理解していたのだ。
前座と侮れば死んでいたと、彼女はソレほどまでに強く。
ただしソレでもまだトップクラスでしか無い、命を預けそのために死ねる妄執を抱えていないが故に絶対性を孕む勝利を掴むことはできなかった。
その妄執が最後の一歩を踏み出させず、だからこそ急死に一生を得たと言う訳だろう。
手に持った拳銃の引き金を軽く引き、乾いたパァンと言う音が耳を劈く。
人間に認識可能な速度では無い音速を超えた弾丸、ソレは半ば必中であり回避などできるわけがない。
「……ッ」
「まぁ、殺すんだが」
そもそも、トップ勢はあの必殺攻撃を受けることがない。
ガスコンロ神父は相性の問題で黒狼に対し弱いとしてもだ、アルトリウスなら危ないとか言いながら難なく回避するだろう。
『豚忍』ならばロッソを完全に無視し速攻で黒狼を殺しただろうし、『剣聖』ならば弾丸ぐらい切ってくる。
そして黒狼なら死んでも、蘇る。
「お生憎様だ、敗北の味を噛み締めな」
ソレは一方的な勝利宣言、けれども反論の一切は許させず。
完封勝利なんざ相応しくない、最後まで後手を取り続けた末の勝利こそ甘露の美酒に相応しい。
消失する『白銀』クラリスの姿を見ながら、水晶剣を改め握りしめる。
次の瞬間、ロッソの頭部が貫かれた。




