Deviance World Online エピソード7『狂気』
デスポーンした時点で、こちら側の黒狼は復活しない。
理由は幾つも存在するが、やはりその大部分を占めるのは宣誓魔術を組み込んでいるからだろう。
『宣誓魔術』、自分以外のより絶対的な存在に対して自らの行動に制限を与えることにより発動する魔術。
『対価魔術』のツリーの先に存在する誓約に関わるスキルであり、余人が手に入れる事は許されない。
何せそのスキルは本来、王侯貴族が持つべきスキルなのだから。
『宣誓魔術』、最大の強みは何といっても発動に対するデメリットが存在しないことだろう。
DWOのスキルは基本原則何らかのデメリットが存在し、習熟したり別スキルやステータスによりそのデメリットを克服することが多い。
だがこの魔術は例外も例外であり、発動するだけならばMPの消費すら求められず。
文字通り、一切のデメリットが存在しない。
その効果は文字通り宣誓だ、黒狼は今回の場合邪神ニャルラトテップに対して発動したが別段相手を拘る必要は無い。
もたらされるメリットはその宣誓を遵守している限り、永続的なバフだ。
しかもただのバフでは無い、半ば概念に片足を突っ込んだ代物であろうとも確かに発動する。
今回、黒狼が宣誓した内容は『顔のない人間』によって生み出した1人をシステム上は人間として扱う代わりに記憶及び経験値などのリアルタイムリンクを切断すること。
実質的に精神を分断する所業であるにも関わらず、ただ確かにその能力は確かな効果を発揮した。
「へぇ、随分と面白いスキルの組み合わせ方をしてるわね。自由度が桁違いじゃない、私もやってみたいわ」
「まぁ、兎も角。リンクが切れた以上はあったの俺も役目を終えて死んだんだろう、魔力消費は変わってないが……。俺の意図しないデメリットを入れられてるダケっぽいな、まあ事の顛末と俺の目的はこんな所だ。何か質問はあるか? ロッソ」
「質問ねぇ、貴方とプレイヤーの意思が異なるって話をしたけど加えて質問するわ。そもそも何で2人目の人格? いえ、ゲームを遊んでいる黒狼としての意識を作り上げたの? 無駄じゃない?」
「心酔してないモノを数百時間遊ぶのは結構キツイぜ? ロッソ、お前らは心酔し切ってるだろうけどさ」
いいや、嘘だ。
黒狼も割と心酔し切っている、ただしそれを認めると黒狼はゲームへのモチベーションを無くす。
友達に紹介され一緒に食べるならまあ良いかと思いながら1人で食べ始めていたら、味は悪くないどころか寧ろ好みの料理だと知り夢中で食べ始めてる。
ソレを指摘したら、ヘソ曲がりな男は拗ねて食べる事をやめるだろう。
「ふぅん、まぁ良いわよ。そもそも貴方が効率性とかを求める時は大抵ロクでも無いことだし、遊び心が多い方がマシだわ。実際、話を聞いてるとロクでも無い計画だったし。そもそも初手で王女殺害って、最初からやってる事が狂ってるわよ。バカじゃ無いの? あ、バカに聞いても無駄だったわね」
「ひどくね? なぁ、酷くね」
「手前ら……、何喧嘩をしてやがる?」
「あら、復活したの? 随分と時間が経過していたようね」
首をコキコキと鳴らしながら村正が現れた、随分と苛立ちを隠せていない顔をしている。
まぁ当然と言えるだろう、味方に殺されたのだから道理道徳をそれでも重視している村正にとっては唯事じゃない。
傭兵とは違う、いかに軽くても命の重さは尊ぶべきもので。
合理性の観点から他人を殺していい、なんて訳はないのだ。
「少しだけ聞かせてもらった、黒狼の計画を聞いたようだな。何で話した? 儂にすら時期尚早と言って隠していたんじゃなかったのか?」
「王女を殺した、アストライアの天秤は傾き歯車は軋みながらも回りだした。ここから先はロッソの協力も不可欠だと俺は認識している、マルチゲーなんだ。連携しなきゃ、勝てる試合も勝てやしない」
「意地の悪いことを聞くが、手前が言うか?」
「協力は必須だ、アルトリウスは過去に戦ってきたすべての敵よりも遥かに難題だ。何せ今回の戦いには、規格外が参加しない」
ミシリ、と。
地面が一瞬だけ悲鳴を上げた、途轍もない殺気が黒狼の首を貫く。
黒狼の認識より早く、村正の刃が首筋に触れた。
平静を装う、そうしなければならない。
このゲームには、Deviance World Onlineには人の在り方がより明白に出る。
何を望んで何を願って何を成そうとして、今を生きているのか。
ただ一つの希望を望み死にゆく者が、自らの誇り高さを信じて命を捨てるものが。
理由なく歩むことに、価値を見出すものがいる。
死にゆくものに最上の敬服を、生きゆくものに最大の侮蔑を。
誇り高きものに最高の敬礼を、生き汚いものに最低の侮辱を。
黒狼はすべての覚悟を尊敬する、自らのうちに無いモノを持つ者たちに嫉妬する。
何も持たない無能故に、黒狼は万能に恋焦がれ。
つまりはきっと、顔のない人々とはそう言うモノであるのだから。
「辞めてくれよ? マジでさ、今殺されると洒落にならねぇ!!?」
「筋を通して道理を述べろ、理屈を以て本心を語れ。手前の屁理屈なんざ一切合切不必要、聴き心地の良い上辺の言葉なんざ飽き飽きだ。儂らを騙して何を成す、その先には何がある? 何故そこまでも騎士王を警戒している?」
「勝てないからだよ、モルガンだけじゃ間違いなく敗北する。それはお前にもロッソにも、俺にも当てはまる話だ。必要だから殺す、必要だから強いる。その最果てに残る僅かな勝ち筋を手に取るために、俺は最善を尽くしてる。最終的に俺たちが勝てばいい、違うか? そのためには俺は俺以外の総ての敗北を許容する。それとも舐め腐ったその思考で勝てるとでも? 相手は騎士王だぞ、道理を通せば無理が出る。理屈を通せば無茶になる、無茶を過ぎれば道理が阻む。正しい道筋で正しい答えに至れるのは子供のテストだけだ、最終的に正しい答えが欲しいのなら何処までも間違った道筋を歩むべきだ。お前はソレを許容したから、その心象に至ったんだろうが」
「はいはい、ギスギスするのは御終い。やめましょ? 貴方の警戒も貴方の怒りも分かるわ、けれど確かにこの状況では黒狼のほうが正しい。敵を騙すには味方から、その考えから見れば随分誠意があるわよ? ソレに彼の計画の全貌ともともとのカタチを把握した私から言わせてもらえば全く以て合理的ね。しいて言えばあのバカの意思を無視している点だけど、そこのところどう思うかしら?」
次の瞬間、黒狼の体が空中に浮かび上がる。
ミシミシと嫌な音が響き、締め付けられていた。
まるで握りつぶされるように、どんどんソレはキツくなっている。
そしてモルガンが現れる、茶器を片手に涼しい顔で。
けれども右腕には血管が浮かび上がっており、握りこぶしを作っていた。
「し、じぬぅぅ……」
「王女ギネヴィアの事実上における殺害、許容範囲外ですが赦しましょう。私は寛大ですので、ですが……。嘘と隠し事は、いけませんね?」
「言ったら絶対止めた……、ぐぇぇぇ……。余裕あるとわかった瞬間に力を強めるのやめてくれなぁぁぁ、ぐぇぇぇぇえええ」
「止めました、あのアルトリウスを倒すのに最善手であるというのは理解できますが。ええ、けれども。それでも私は止めましたね、一線を越えています。人としての踏み出すべきではない一歩、誰もが乗り越えることのできる最後の境を。その一線を越えているでしょう、ですが……。既に起きているのならば仕方ありません、だって。だってすでに、死んでいるのですから!! ええ、ええ!! 死んでいるのです。ならばやはり、ソレは無効です。故にこの怒りは貴方の不義に向けられているモノ、この嘆きは貴方の不動理に向けられるもの!! この喜びは、ああ!! なんてすばらしいのでしょう。憎き王女が1人消えたのです、素晴らしい!!」
「気が狂ってらぁ……」
少し目を伏せ、呆れたように村正は言葉を吐く。
狂っている、もはや既にモルガンと言う女は狂っている。
自分の感情に整理を付けられなくなっていた、現実と空想による虚構の違いを認識できずに立っている。
否、より純粋に。
「悪い、無理をさせたな」
精神の分離、その術式の根底はモルガンが持っている。
黒狼に教えたのもモルガンであり、そしてその術式を用いて最も無茶をしていたのもモルガンに他ならない。
すべては過去の精霊のため、すべては遠き女王の意思と供に。
最果ての湖、輝かしき王の偉業、壊れた精霊の心のカタチ、鏡面に移る月光。
より高度な理論、より複雑な術式、それらを運用する魔女の頭脳はソレすらも達成できた。
ゆえに彼女の精神は崩れ始めている、本来在った理知たる魔女の姿ではなく。
肉体より分かたれ分離した精神は、極光を忌み嫌い極光に瞳を焼かれ。
壊れ始めた精神は、理知的に小鳥が歌う最果てを求めている。
それでは、境界は開かない。
モルガン・ル・フェイの、望みは叶うことがないだろう。
じっと見つめる黄金は笑った、その道化っぷりを憐れむように。




