Deviance World Online エピソード6 『レイドボス級』
黒潰しの騎士、月湖の騎士。
ペルカルド、その男は黒狼がかつて戦ったレイドボスの名だ。
騎士王アルトリウス含めた血盟『キャメロット』を退け、ごく限定的な領域内の時間を逆行させる魔法を使う先史の騎士。
そして秘匿の最奥を守護していた黒き、神に仕えた騎士でもある。
「『深淵法術』、『カオスティック』」
次の瞬間、混沌が伝播した。
魔力が溢れるままに、周囲を飲み込んでゆく。
一瞬の鼓動すらも許さない恐怖が実在し、だからこそソコに健在する騎士は剣を払った。
次の瞬間、周囲の魔力が消え去る。
「ロールプレイ、とは言えどか」
「笑止、『カオスティックランス』」
『顔の無い人々』の肉体は死骸だ、その全てが黒狼の影から生じたとある男の死体に他ならない。
勿論、魔力で限定的に作り上げただけに過ぎず恒久的な存在が許される代物では無いがソレでも確かにその肉体は最高の素材に当たる。
その最高の死体に世界が誤認するほどの自己暗示を用いて相見えた最強の自我を乗せればどうなるか。
降臨するのは、疑う事なき絶世か。
歩みですら幽谷を思わせる、その存在は確かな騎士ではあったかもしれないが。
それでも大多数から見ればやはり、『月湖の騎士』ペルカルドとは絶望を語る騎士だろう。
幾度ない戦いを勝利で、あるいは塗りつぶさんとするほどの黒で埋め尽くした褪せた■■の騎士なのだから。
「闇も、深淵属性も通じが悪い」
「光というよりは純物理か、あるいは極短期的に耐性値が上昇しているかの二択だな」
「であれば後者か、『超越』の概念を纏った神であるのならば」
次の瞬間、黒狼の視界の横でペルカルドが黒潰しの大剣を振るう。
それだけで意識外から放たれていた水晶の羽が、そのこと如くが剣で叩き落とされた。
流石の反応速度、とはいえ実能力値が大きく変化したわけでない以上その行動は黒狼でもできるはず。
慢心しているから死ぬのだ、と突き付けられているようで若干頬を膨らませながらも黒狼は殺せる手段を模索する。
「ふむ、魔力残量は」
「そうか、もう完全に別個扱いだもんな。安心しろ、一発撃つ位なら問題ない」
「つまりはもう然程もないという訳か、必然だ。神に挑もうなどという蛮行は成されては成らない、成してはいけない」
「だが殺す、目の前のコイツが人間であったのだから」
神とは永遠にして絶対である、故に死なない。
だが彼女が人間であったのならば、ましゅまろが望まざるとして神に成ったのならば。
その永遠は持つべきものではない筈だ、その当人が何を思おうとも。
少なくともソレが黒狼の持っている、倫理に他ならない。
対話に意味はない、結局は役割を羽織った黒狼と黒狼という役を羽織った黒狼の対話に過ぎない。
けれどもやはり言葉を語ることは無意味ではないだろう、少なくともソレで安心は得られた。
人を殺す覚悟が、出来た。
「やれ、パイルの魔力充填は考えるな」
「笑止、『旋盤』」
一薙ぎで、触手が切り落とされる。
肉塊の悉くを削ぎ落とすように、剣が振るわれ風が舞う。
あるいは、闇か。
破壊破砕、あるいは闇。
深闇にして漆黒、鏡面ではなく飲み込む闇。
攻撃の悉くは無意味であり、或いは破砕の嵐にほかならず。
けれども確かに、その攻撃はかつての騎士の技でしかない。
『顔の無い人間』、その最大の強みにして最大の弱みとはなんだろうか? 答えは所詮紛い物であるという事だ。
世界を騙し自信を騙し姿を偽り欺瞞を紡ぎ、けれども偽れないものがある。
経験だ、当人がどれほどに偽っていても黒狼自身が自覚している。
ソレが月湖のペルカルドではないという事を、所詮は人間が模倣したかつての影でしかないことを。
彼のステータスを持つことはなく、歩んできた道を知っているわけでもない。
ただ今という瞬間だけを、偽造している。
「なるほど、おおよその耐久は読めた。限界も同じく、去ることながら風の前の塵に等しく浅く脆い」
「そんな言い方だっけ?」
ゆえに上辺限りの模倣にすぎず、疑問を持てば露呈する。
誰でもない誰かになるのは簡単だが、明確な姿形ある誰かになるのは酷く難しいというのが答えにすぎない。
溜め切れていないパイルを見ながら、黒き騎士の動向に目を見張る。
まだ世界は騙されている、けれども露呈すれば一瞬で暴かれるだろう。
そこに残るのは偽造された死体のみ、貴重なリソースを一瞬で失うことなど火を見るよりも明らかだ。
「『我が至剣、ここに在れ』」
その警告を聞き入れた黒騎士は、即座に必殺を放つ構えに入る。
それはかつての絶望、暗き光の極光。
相見えた聖剣の輝きがけれども、男には褪せて見えた必殺そのもの。
「『我が極魔、ここに在れ』」
闇雷が瞬き、魔力が凝縮される。
迫る触手は黒狼が防ぎ、黒狼が壁となって。
無数の死骸、姿なき慟哭にして顔なき人間の無造作の死を。
屍の山で総てを濯ごう、その色あせた月光で。
「『慄きを以て、此処に相見えよ【褪せた月光の聖剣】よ』」
次の瞬間、黒き光の奔流があふれ出す。
ソレは輝ける漆黒であり、光の奔流とは到底思えない闇の暗示そのもの。
殺意の証明、迸るは善性の発露。
あるいは正気すらも敵わぬ狂気の、研鑽か。
ソレが真に迫るモノであるからこそに、真足るモノでないと嫌が応でも理解できる。
「結果は明白、答えは如実に」
それは、正しく必殺の一撃に足りうる代物。
だからこそましゅまろとても耐えきれず、全身を震わせ。
より一層攻撃を激しく、周囲の空間を水晶へと変貌させながら進み迫る。
それは何時かの傭兵の『カズィクル』を思わせる攻撃であり、或いは実際にそうなのだろう。
黒狼がこの一撃で何人も殺された、駆け引きの無い圧倒的な暴力によって。
「ありがとう、お前がその攻撃をしてくれてさ」
予見できたわけではない、けれども理解った。
黒狼という存在は運命レベルでレオトールと拒絶反応を起こしている、たとえ人格や相性などが良かったとしても天運の。
星の巡り合わせの下では、絶対に出会うはずの無い二人。
だからこそ、運命線が水平に続き続けるからこそ仮定の無い結果を手に入れられる。
レオトールが行おうと思考した行動を、黒狼は寸分たがわず看破でき。
またそれは逆に、同じく。
「装填完了、補正値修正。誤差微量、この一撃を以て終わりにしよう。全ての因縁を、お前という超越した存在の運命諸共」
黒狼たちが一斉に死に、彼女に迫る黒狼もまた狙われる。
だが黒騎士が守った、黒騎士が黒狼を守り絶対的に防御不可能な水晶の侵略に贖えず死んでゆく。
ソレを一瞥しても尚も黒狼が止まることはない、ただ彼女を殺すその瞬間まで。
きっとそうすると黒狼は踏んでいた、だからこうして無鉄砲にも思える突撃が出来る。
その結果が分かっていたからこそできた不可解、あるいは合理的にも思える不合理。
そして彼女がその行動をするに至った理由に関しては、こうも言えるだろう。
これは結果からの推測、運命からの逆算。
正解から推測する途中式に過ぎないが、だからこそ。
黒狼にだけにしか理解できない答えがあり、その根拠があって。
その答えはましゅまろは、ましゅまろになったのだ。
何があったのか、全てを察することが出来るほど黒狼は万能ではなく優秀ではない。
けれども何があったのかを予想しない、あるいは出来ないと放り投げられるほどに黒狼は愚かであることを赦せるわけがないのだ。
だからこそ答えを考え、導き出した。
それはつまり、彼女はレオトールと言う存在と入れ替わったということ。
「(答えを知る術はないが、きっとそうなんだろ? お前という存在はそのまま死ぬことも出来なかった。或いは死を超越したともいえる状態のレオトールと邂逅し、そしてなり替わった。レオトールという存在の、俺が奪うことを赦されなかった魂の領域を踏み躙り奪った。その代償としてお前は死ぬ、そういう事なんだろ?)」
経験値の全てを奪った、レオトールの魂に芽生えているスキルを奪った。
アーツを、可能性と努力の結晶を。
遍くレオトール・リーコスを形成する要素を自らの身体にインストールし、超越し続けた。
〈ーーーレイドボス級が顕現しますーーー〉
彼女という存在は、たったこの短い期間で超越するために全霊を賭し超越という概念を手に入れ。
そして臨界点ともいえる怪物と邂逅し、神の如く甚大極まる力をその身に注ぎ込み。
おそらくはその状況すら正しく認識できない中で、黒狼という自らを人類の可能性と主張するかのような悪意を殺さんと。
あるいは、超越せんとした。
〈ーーレイドボス級名『ましゅまろ』ーー〉
星は天に輝いていたはずだ、海には並々と水が湛えられていたはずだ。
けれども彼女はその総てに目を奪われて、その上で果てに輝く一等星に心奪われた。
奪われてしまったがゆえに、本来見るべき目的を見失ってしまったと言えるだろう。
自分の造物主に己の成長を見せつけるという、本来あるべき目的を。
〈ーーレイド、開始しますーー〉
「左様なら、二度と会わないことを祈るぜ? 『パイルバンカー』」
〈ーーレイド、終了しますーー〉
少し話をしよう、例えば飛べない鳥が翼を得た。
その鳥はすくすくと成長し、僅かな時間で空を飛べるようになった。
ある日その鳥が渡り鳥たちと共に、大空に飛び立って。
そのまま、海に落ちた。
この話には意味がない、けれども教訓はある。
身の丈は弁えろ、そんな当たり前の教訓が。
そんな小説を遥か昔に呼んでもらった記憶が、黒狼にはあった。




