Deviance World Online エピソード6 『貴方の全てをください』
私は全てを、捧げます。
力を知恵を知識を理性を心を思いを情熱を、私の私である総てを捧げ。
私は黒狼を殺す、だから全てをください。
水晶に眠る、神様。
「―――」
もはや、なりふりは構わなかった。
殺したかった、倒したいという思いが私の情動を大きく揺れ動かす。
あの憎むべき男を殺したいと、そう囁いている。
そのささやき以外、何も聞こえないほどの大きさで。
何時の間にか剣を握っていた、私は。
何時の間にか体が動いていて、私の。
何時の間にか技に成っていた、私が。
「なんで、お前がソレを使えるんだよ。ましゅまろ、なんでお前が」
その言葉を聞いたとき、私はニンマリと笑っていただろうか。
私はもはやすでに壊れ切っているのだろうか、或いはきっとそうなのだろう。
もはや壊れ私は何をしたいのかという目標すら明瞭に思い出せない、けれども間違いの無く激情がある。
この男を、この憎むべき男を乗り越えたいという思いが。
「なんで、お前がレオトールになってるんだよ?」
だからきっと憎悪なのだろう、この感情は。
私を通して私以外の誰かを見ている彼に抱く此れは憎悪に違いない、間違いのない憎悪だ。
私以外のナニカを見るな、私だけを見ろ。
私だけを見て私だけを見定め、私に負けろ。
黒狼、不死王ッ!! 私の敵、私の壁ッ!!!
お願いだから死んでください、お願いだから負けてください。
貴方を私の手で、殺させてください。
「命を賭けます、貴方を超えるために」
ソレは他ならない宣言、彼を殺すという宣言であり。
其のためならば、他の何もいらない。
全てすべてを捧げて、私は貴方を超えるのです。
「……ああ、クッソ」
言葉が紡がれる、零れ落ちる光を反射したその眼は。
何処か神秘的で見覚えがあり、けれども何も関係はなく。
私は一歩踏み出して、剣を振り上げた。
「星が綺麗だな、全く」
戦いは、始まった。
* * *
哀れ、というよりは悲劇か。
ましゅまろの一撃を受け止め、黒狼は嘆息する。
結局はそういう風に収束するわけだ、碌な話じゃない。
けれども碌な話じゃないと嘆いているはずなのに、どうしようもない高揚を覚えている自分がいた。
「『エンチャント:右腕』」
迫る一撃の重さ、一歩の遠さ。
一瞬の肉薄に剣戟、歩法から技に至る全てが不協和音という名のクラシックを奏で。
心臓を貫かんとしている殺意が、否が応でも感じ取れる。
蔑むわけが無い、その我武者羅さは黒狼を超越するに十分だ。
だから黒狼が彼女を嘲るのは別の部分、或いは彼女という存在を構成する骨子。
つまりは、彼女にとっての勝利条件。
「(お前、変わったな)」
黒狼に勝つことが勝利条件だったか? 否、違うはずだ。
最短ルートとして自分を倒すことを条件として突き付けたが、本来的に達成すべきなのは黒狼の討伐では無いはずなのに。
彼女はソレを忘れて、ただ執心している。
「『抜刀』」
マルティネスのような捻れた加速ではなく、ステータスによる加速。
ソレによって黒狼の動きは防がれ、抜刀は能わない。
ほんの少し目を離した間に、自分が理解できないほど成長している。
そして成長方法は凡そ、望むべくモノでは無いだろう。
そうあるべし、と他者を規定する訳ではないが。
けれども彼女はそうあるべしと定め歩いた訳ではない、必ずだ。
「『ー』」
言葉にノイズが走っている、聞き取り難くて仕方がない。
だが放ってくる技に見覚えがあり、迫る一撃の恐怖は知っている。
エフェクトに斬撃属性が付加された、北方の傭兵の一撃。
見様見真似で扱える代物でなく、幾度となく再現に挑み敗れたソレ。
目の前の女が扱えること自体許し難いと思いながらも、けれども彼女から放たれる技に笑みも溢れる。
「名前を教えてやろう、その技の名前は『極剣一閃』だ」
「……何故、知っているのですか?」
「何度見たと思ってる、嫌でも覚えるさ」
答えは返さない、返す答えはない。
はぐらかす様に言葉を紡ぐ、これが黒狼の言葉だ。
顔の無い人間、言葉のない主張。
虚実の様な虚構、実態を捉える不確定。
つまりは答えのない回答、正解のない正解。
無意識の中に介在する悪意こそ、黒狼が持つ行動原理とも言い換えられる。
すなわち知的好奇心、他者に向けられるべき好奇そのもの。
黒狼とは、悪意の表象。
「『剣術』『、あ。やっべ、マジかよ」
直後、顎が砕かれた。
口内で血が溢れ出す、地面に体が打ち付けられ土煙の中で体がバウンドする。
ましゅまろのSTRが、黒狼のVITを上回っていた。
AGIも黒狼と対等以上に変化している、言い換えれば超越し始めている。
黒狼を、そして人間の範疇を。
彼女は、既に超越していた。
地面を無様に転がる、今日は厄日だと自嘲気味に笑い。
そして星雲立ち込める空を眺めて、力を抜く。
地面の温もりが、ただ今は温かい。
「私の勝ちだ、黒狼」
「そりゃ悪いな、本当に。嗚呼、本当に悪いな」
心の底から、ただただ申し訳なさそうに黒狼はそう告げると目を閉じる。
胸の上に乗る彼女の重さが、今にも突き立てんとする剣の鈍い輝きが。
感じられる五感全ての情報が、今はただ彼女に対しての申し訳なさを感じていた。
「『虚ろなる仮面、嘘たる真』」
静かな詠唱だ、ましゅまろはその詠唱を止めるために喉に剣を突き立てる。
迷いはなく挑戦的な殺意のみが彼女を競り立てて、推奨に彩られた剣は彼女の血走った眼を映し出し。
鮮血が散る、真っ赤に染まって。
「『真実は掻き消え、屏風に虎が居座りつく』」
それでも、詠唱は止まらない。
黒狼の頭部が地面を転がり、血の道が色濃い黒を形成して。
だが不思議な話だ、それでも声は響いていた。
「『此処は何処だ? 私は誰だ?』」
何重にも、幾重にも響いて聞こえる地獄の様な声。
ましゅまろの全身から汗が吹き出し、その木霊する合唱を振り払わんと顔を上げ。
青ざめた、恐怖のみがあった。
「『ああ、その通り。我が名こそは』」
黒狼が、ましゅまろの顎をクイと上げて。
水晶の様に煌めく瞳が、彼女の泣きそうな顔を映し出し。
そうして感情のコップから、全てが溢れ出した。
「『【顔の無い人々】』、悪いなましゅまろ。嗚呼、本当に」
黒狼の背後、夜の闇と影の境界線なき境目。
深く或いは深淵より力が溢れ、地面に無数の影にして亡者が溢れ出す。
夜の王、不死の王。
あるいは、彼は自らをこう名乗る。
「血盟『混沌たる白亜』のリーダー、或いは『白の盟主』にして『黒の盟主』。合わせるのなら『殺せずの英雄』、『不死王』にして『伯牙』たる黒狼」
名前とは自己存在の肯定にして証明、世界に自分が生きたという事の証明。
名乗りとは嘗ての英雄どもの自己証明を引き継ぎ、自らが次世代の英雄であるという事を証明する行為。
最強は死に、英雄は誕生した。
英雄譚なのだ、コレは。
かつての最強を侮辱し続ける男の、英雄譚。
「新しいトッププレイヤー、或いは『流星』のましゅまろ。二度目だな、こうして俺が逢うのは」
「ッ、……」
「どうだ? 今の俺を、お前は越えられそうか?」
ただ静かに笑う黒狼に、ましゅまろは息を鋭く吐く。
殺意か敵意か、あるいはもはやどちらでもない義務感か。
結論何でも構わない、重要なのは黒狼という男が純然たる敵という事実だろう。
そう言い聞かせるように震える手で剣を構える、分かっている。
ましゅまろにとって、決戦とは今この瞬間だという事を。




