Deviance World Online エピソード6 『遅い』
目が覚めた、どうやらゲームの中で眠ってしまっていたらしい。
リスポーン地点として設定していた宿屋のベットから起き上がりつつ、欠伸を堪え顔を洗う。
ゲームでも現実でも、眠気は変わらないらしい。
「大会、4日目か」
トントン拍子で話が進んでいく不気味さ、重要な情報を見逃している錯覚が内心に渦巻く。
私自身に納得感がない、勝っているという感覚がない。
感覚というよりは実感だろうか、正に暖簾に腕押しと言ったところ。
不釣り合いな実績を不釣り合いなまま手に入れている、どうしてもその考えは拭えない。
「いいや、不安は持っていても仕方ない」
だから一度は飲み込むべきだ、二度と思い起こさない程の奥底へ。
二度と不安など思い起こさないほどの奥底へ、確かに沈めるべきなのだ。
背筋を伸ばす、頑張れ私。
努力を続けてきっと超えるのだ、彼を。
黒狼を超えて、その先で羽ばたくのだ。
「まずは戦わなきゃ」
戦って、勝って証明する。
私だって空を飛べることを、翼さえあれば私だって。
彼らを黒狼を、ニンゲンを超えられるのだと。
* * *
4日目、第2回戦。
ベスト16決定戦、といえば仰々しいが参加資格を持つ人間が少ないだけだ。
彼女は静かに、そうしてバクバクと鳴り響く心臓に鎮まれと願う。
そのまま息を深く吐いて、改めて剣を握り直す。
「宜しくお願いします」
「うん、宜しく」
超える、勝たなければ意味がなく勝つことにしか価値がない。
だから剣を握っている、勝ち続け証明する。
証明する、私は確かに生きているのだと。
「『闘技大会4日目ぇー!! いよいよ盛り上がってまいりましたァ!!』」
「『【超新星】ましゅまろ、いい二つ名ですね。相対する方は……、【天流】玄信という方ですね』」
【剣聖】柳生の一番弟子にして、二刀流の使い手。
優男の風貌からは信じられないほどに鋭い眼光、おおよそ理解できないほどの気迫で立っている。
霞の様に薄く、雷の様に鋭い気迫を纏いながら。
「少し、興味があるんだ。その『超越思考加速』だったかな? 師匠相手に一撃入れたんだ、どれほどの規格外なのか興味がある」
ましゅめろにとっての恐らくは壁、その風格は恐らく犬。
獰猛な牙を隠し持った武士、あるいは侍。
頂の1人、頂点に座せぬ敗者であり。
されとて弱者とするには些か以上に、強きに過ぎる。
「良い戦いをしよう、僅かとはいえ轡を並べた仲なのだから」
「無論、いい戦いをしましょう」
戦いの宣告は未だ、ましゅまろは剣を強く握り直し足に力を加えた。
狂おしいほどの緊張、緊迫の瞬間。
この相手は油断ならない、それは柳生の弟子であるからではない。
「参る」
「行きますッ!! 『超越思考加速』、超越する」
カウントダウンが終わった、次の瞬間にましゅまろは彼に迫る。
正しく人の領域を超越した速さ、その素早さから繰り出される攻撃は確かに【天流】の首を狙い澄ます、
けれども、その攻撃は無力化された。
【剣聖】、神速の居合をもつ彼女の弟子たる男が突き詰めた道は戦いの万能性。
何時如何なる状況であっても即応し、対処する戦闘方法。
翻って古今東西あらゆる剣道を手に収める様な戦い、すなわち天の流れを掴む様な武。
舐めるな、顔は優しくとも目が雄弁に語っていた。
たかが高速、たかが超速で神速を相手にした自分を超えられるものかと。
「ッ……」
攻撃を受け止められた、分かり切っていた結果ではあるが動揺は在る。
だから飲み込んで、一歩踏み出した。
スキルは、使わない。
スキルを使えば確かに迫れるだろう、この十倍速の世界で扱われる10倍速の攻撃は酷く重いに決まっている。
けれどもその剣に何がある、何ができる? それは所詮、システマチックに用いられた答えの武術。
回答を持ち、その上で自分の正解を編み出した一握りの天武に挑むにはたとえ10倍速という強みを以てしても結果は出せないだろう。
だから答えを見出すのだ、この戦いの中で。
「(合わせられた、分かってたけど。さすが、早く鋭い……)」
勝てるのか、やはり不安はぬぐえない。
思考を持ち視座を持ち、心を持ち自立し考える生命体。
その存在の最大の弱点は可能性を考えられることだ、可能性を考えられるからこそ恐怖に怯え未知を悪しざまにし既知に懐古する。
負けるかもしれない、そう考え自ら恐怖に身体の限りを浸して戦うのだ。
「負けてられない、負けてなるモノか」
地面を再び蹴る、天流はその動きに対応してくるが10倍速の世界に適合したわけではない。
つまりは柳生や黒狼といった、一握りの規格外ほどの脅威足りえないはずだ。
願望に近い思考ではあるが、願望ではないだろう。
実際に対応はできても攻勢になっていない、ましゅまろは気が付いてはいないがソレは確かにましゅまろの動きを認識は出来ていても攻めだせるほどの余裕がある訳でないことを証明している。
余裕はあるのだ、ましゅまろが認識できずとも確かに存在して入るのだ。
「蝕め、『水晶大陸』」
切り札、奥の手。
手段は選ばない、選ぶ余裕や猶予もない。
スキルを発動する、使い方は魂が理解していた。
そのスキルの本質であり在り方が、自然に馴染んでいる。
使おうと思えば、勝手に理解でき自然と使えてしまう。
息を吐く、彼女が持つ剣に水晶がまとわりついた。
その水晶は広がり続け、彼女の握る剣は大剣とでもいうべき大きさに変貌し。
改めて、そこに立っている【天流】の姿を見る。
「申し訳ないです、けれども。私には貴方を超える、義務がある」
ソレは不確かにも叫びであり、確かな熱意でもあった。
宣言しなければ倒せないほどの甘さを抱えて居ながら、誰もが嘲笑う様な難行を達成せんとする意志があった。
大きな、身の丈ほどもある剣を握り立ち向かう。
10倍速の世界、全てが遅く感じる世界の中で。
一歩一歩、また一歩と踏み出し境界線を越えるように進んでいる。
体、皮膚に浅い傷が入った。
天流の一撃、その攻撃はましゅまろの柔肌を傷つける。
HPもこの一撃だけでどれぐらい減っただろうか、ステータス差が圧倒的だ。
それでも負けたくないと、突き進む。
無理矢理、肥大化させた剣を突き立てようとする。
そうして彼女は、【天流】の懐に飛び込んで。
「参った、何て言わないでくださいね?」
「……え?」
感覚がない、感触がない。
左肩より先、武器を持ち得ない腕の感触がない。
何故? どうして、何で腕が動かない??
「私が参るのですから、決して参ったなどと泣き言を言わないでくださいね」
「……何、で?」
声が正常に聞こえる、酷く引き伸ばされた声ではない。
顔から血の気が引いた、同じくして理解する。
『超越思考加速』の有効時間は10秒間、使用者の体感では30秒。
その長い長い短い戦いは、もう既に終わっていた。
もっと、簡潔に分かり易く述べよう。
ましゅまろは絶対的有利を取っていた10秒間の間で、天流を斃すことが出来なかったのだ。




