Deviance World Online エピソード6 『神』
場面変わって、こちら探究会本部。
そこに駆け込んでいる、一人の女性がいた。
受付前、そこで係員に何かを大振りに説明しようとしている。
偶然、そこにいた探究会の長『インフォメーション教授』ことポリウコスは耳をそばだてる。
騒がれている内容はスキルに関する情報、そしてそこから発展した心象世界を用いる魔術。
受付はその話を眉唾物としているようだが、インフォ教授は一概にそうは思えなかった。
だからこそ、その女性に近づいていく。
「だーかーらぁー、『顔の無い人間』はヤバいのです!! 」
叫ぶ女性に見覚えはない、ただ何処にでもいる様な格好と雰囲気を漂わせている。
いわゆる只者、だが叫んでいる内容は有識者でなければ知らないはずの特異点。
必然、興味を惹かれる。
「ふむ、どうしたのかね?」
女性の肩を叩く、どうにも印象に残らない顔だ。
いわば何処かで見たことがある様で、どこでも見たことがない様な顔。
第一印象はソレであり、だからこそ怪訝な顔をする。
普通というのは、異端である。
普通のプレイヤーなど、この世界に存在しえない。
何かしら特異な恰好や様子があり、何かしらの特徴を備え持つ。
だからこそ、おかしいのだ。
「あ、えっとぉ……。アンタ誰ぇ……? あ、初めましてどうもー」
「どうも、ポリウコスと言う。さて、ご令嬢お名前は?」
「あー、スゥ。そうっすねぇ……、バーゲストって言いますわァ~~~」
「早速本題に入ろう、奥の客間を使ってもよいかな?」
インフォ教授がそう言い、バーゲストと名乗った女性を案内する。
廊下を歩けば扉があり、その先に部屋があった。
中には机とソファがあり、インフォ教授が案内すれば女はソファに座った。
少し物珍しそうに、周囲を見渡しながらインフォ教授がしゃべるのを待っている。
「さて、心象世界といったかね? まずはソレをどこで知ったのかね?」
「スゥ、えっとぉ? 其れに答える義務ってあります?」
「無論無い、ただあまり知られていない話のはずでな。個人的興味、というものである。私が知りうる限り、NPC含め解放者は5人。うち確実な開放に至っているのはネロ・クラウディア・アルフェ・トロリウス・ビズ・ガンゲウス・カエスル・オクタビアのみ、それ以外に可能性論として挙げられるのは『脳筋神父』ことガスコンロ神父によるスキル『マッスルギャラクシー』のみ。事前情報と観測結果から導きだせばかの傭兵、巷では『白銀の絶望』とよばれているらしいレオトール・リーコスというNPCが展開したあの水晶も心象世界らしいが確証もない。そして、その全てが実際に心の風景を現実世界に具現化する魔術の最奥たる心象世界と言われている、あるいは関連しているとされているがそもそも心象なんぞ未確認としか言えんのでな。彼女は研究しているらしいが、と長々と話しすぎたかな。まぁ、話したくなければ構わないとも」
「いえいえー、アハハハハ」
女性、その女は愛想笑いを浮かべつつ手を振り。
そのままインベントリを開こうとする、だがその手が途中で止まり困ったような顔をしつつ。
まぁいいやと諦めるように、ステータスを操作し始めた。
「えっとぉ、まずまず『顔のない人間』の元ネタ的なのは知っていたりします?」
「無論、I28地域に存在していた国で用いられた身元不明の人間に対する呼称であろう? 詳細に言えばソレは女性名として使われたはずだが」
「あ、ハイ。なるほどね、ハイハイ。とりあえず説明をしますね~、この『顔のない人間』は無限増殖する魔術です。確か展開するときに彼は『顔のない人間』『顔のない代行者』『顔のない代弁者』『顔のない執行者』とか言ってたはずですぅ。効果範囲は不明ですけど、魔力消費は相当重いようで魔力1000あっても1分ないしは30秒程度で使用不可能になっていたはずですねぇ……。ん? どうしました?」
「無限増殖? なんと奇怪な……、まて。違うな、無限増殖する心の在り方など存在しない。お嬢さん、本当にそれだけかね?」
詰め寄る教授に、女は返す。
肯定、首肯を。
嘘である、否。
真実でない、そんな言葉は。
誰でもない女の言葉は、誰でもないがゆえに誰でもある顔のない女の言葉は嘘である。
いや、嘘ではない。
嘘ではなく、それもまた形のない顔であるだけ。
実態がなく虚構である、ゆえに実物でなく真実もない。
真実がなければ必然、本質などなく其れ即ち虚構である。
「なるほど、おおよそ理解できた。その存在を丁重に買い取らさせてもらおうかね?」
「えぇ、この程度でですか?」
「嗚呼もちろん、いかほど些細なことでも我々は必要ならば買い取るとも。もっとも、値段は相応に低くなってしまうが構わんかね?」
「まぁ、別に。あ、そういえばあの水晶大陸の跡ってどうなりました?」
女の質問にインフォ教授は少し押し黙る、重要性が高い話題ではない。
もちろん、その先となれば大きく変わるが。
いやだからこそ、迷いどころなのだ。
「まぁ構わんか、いまだ研究中ではあるがあの周囲一帯に蔓延した属性により近づくことは難しい状態に変わりない。それに濃度の問題もある、自己増殖する魔力属性らしく薄れつつあるがそれでも魔力密度の関係で数秒程度の滞在しか許されないだろう」
「なるほどー」
それで会話は終了する、女は立ち上がるとそのまま扉のほうへ歩いて行った。
インフォ教授は目をうっすらとあけながら、いくつかのスキルを試しそのスキル効果を突破しようとして不可能と悟る。
とはいえ、嘘ではないだろう。
あるいは嘘と思って語られてはいない、看破スキルも無力化されたとはいえインフォ教授の経験から嘘を吐いているのならばわかる。
この相手は嘘だと思って、その言葉を使用しているわけではないのだ。
「ああ、最後に。もう一度名前を聞かせてくれるかね? ドーン・リタ・オラニック」
「バーゲスト、って言いましたケド? 記憶力ないんですか?」
「いやいやまさか、よぉく覚えているとも」
インフォ教授が語りながら、消えゆくその背中をよく見る。
そして一つ、ため息を吐きそのまま眉間を押さえた。
問題は積み上がっている、ソレこそ山の様に。
「参ったな、ハァ。あの山で発生してる魔力の揺らぎ。明らかに神と呼ばれる存在の関与が疑われている、ソレを省いたとしてもあの戦争から。より正確にするのならば『ワールドエンドボス』を討伐した瞬間からまるで止まっていた時計の針が動き出したかの様にレイドボスが活発化しているのは頂けん。これら全てがシナリオ通りか、或いは運営の思惑を外れた事態なのか……。いかん、考えをまとめる時に独り言を呟く癖を治さなければ……」
情報が濁流の様に溢れている、そしてその全てが偽りだ。
明らかに表に出ていないナニカ、黒騎士が秘匿した最奥に眠るであろうナニカ。
ワールドクエストの中心に置かれたナニカ、数多くの準古代兵器が眠るこの国のナニカ。
そして何より、黄金の王という存在。
問題の全貌は見えつつある、秘匿の秘匿、秘奥の最奥への扉は現れつつある。
時代という針は確かに時間を刻み、思惑を載せている。
問題は、その全貌を見通せない。
その全てを一挙に解決するための鍵がない、或いは。
「或いは、その鍵を秘匿する者がいる。心象世界を軽視しているわけではないが、この世界を探究するにはやはり心象世界はノイズとなるだろう……。或いは、そのノイズの中にこそ鍵があるのやもしれんが……」
DWO、現実と見紛う仮想世界。
我々は目覚めという形を経てこの世界を仮想と認識しているが……。
故にこそ恐怖が走る、故にこそ恐ろしさを錯覚する。
「かつての探究者にして脳科学者、ハワードはこう警句を残したとされる。世界は既に規定されていると、彼は何を見て死んだのだ……? この特異な脳波を発見した時に何を知り得た……。何故、今になってこれほど超自然的世界が誕生した……?」
人類最古で最強の感情は、"恐怖"だ。
それも、"未知なるものへの恐怖"。
ソレは覆すことのできない感情であり、消え去ることのない感情。
だからこそ、人はソレに対応するため意思を持つ。
だからこそ、ポリウコスは探究し続ける。
その恐怖を、理解するために。




