Deviance World Online エピソード6 『今宵星揃う時』
※基本外伝となる1.5章でヒロインとなるキャラクターはでません。
朗らかな田園風景の中心、一風変わった武家屋敷の中で村正は鉄を叩いていた。
火花が飛び散り、荒ぶる魔力が流水のように流れていく。
己が感情と腕前に関連性などない、一流が超一流が感情に左右されるなどあってはならない。
鉄を油につけ、溢れ出る汗を拭う。
再度、炉に刃を入れ熱し再び取り出せばまた叩く。
いかにゲームとはいえ、この工程は簡略化しない。
簡略化してやらない、簡略化して堪るものか。
究極の一刀、至極の一振り。
ソレ以外の刀で満足など、してやるものか。
「村正殿、握り飯をここに置いておきまする」
「ああ、済まねぇな。庚、村の調子はどうだ?」
「少しばかり気は張っていますが、それ以上は何ら問題御座いません」
「そうか、ならばっ。良し、だ」
再び火花が散る、煤けた顔面を焼かれる視線を一切微塵も動かさず村正はさらに槌を振るう。
また飛び散る、また火花が飛び散り村正を焼いてゆく。
全身を焼き尽くすように、炎の光はその一室を埋め尽くす。
「綺麗……」
庚、そう呼ばれた彼女はそう呟いた。
そして実際にその姿、風景は綺麗だと言えるだろう。
優雅とは程遠い荒々しさしかない雅、神聖さと獰猛さが入り混じる一種の境界。
村正という存在があることで完成される極限、故に見出される美しさ。
「まだ居たのか、ここは危ねぇ。早く出ちまえ、きっとその方が良い」
「あっ、はい。そうします、村正殿」
扉が開き、そのまま出ていく。
再び村正は刀身を油につけ、炉に入れた。
一息、そして近くに置かれていた握り飯を手に取ると齧り付く。
ふぅ、と息を吐けば近くの水に浸した手拭いを取り出し顔を拭いた。
そして、再び炉に目を向ける。
「ここが貴方の工房ね、いいモノじゃない」
「ちぃ、何で来た?」
「理由はあるけど聞いてどうするの?」
「やっぱり手前は、手前らは苦手だ。信頼というモノができる気がしねぇ、目的から外れりゃ素首取りにくるだろうが」
どの口が言っているのやら、肩を竦めるようにしてロッソは呆れると近くの丁度良い高さの箱に座った。
どちらも話題を振らない、村正は炉を見てロッソは部屋の様子を見ている。
しばしの無言、しかしソレを打ち破ったのはロッソだ。
「さっきの娘、貴方とどんな関係なのかしら」
「別に、大したことは無ぇよ。向こうからしたら命の恩人、儂からしたら丁度良い世話焼き程度じゃねぇか?」
「あら、私にはそうは見えなかったけど?」
「嗚呼、嫌いだ。下手な情報も無く邪推する、手前らの悪い癖だぞ」
それだけ吐き捨てれば、村正は握り飯を更に飾る。
手についた米粒まで、キッチリと食べ切ると。
火かき棒を手に取り、温度の調整を行う。
「随分な力技ね、山を繰り抜き酷く大きい七輪でも作ったのかしら」
「まぁそんな所だ、柳生のばーさんが作らせた現実の代物にゃあ劣るが中々悪く無い火が出る」
「……もしかして例の工業炉? 嘘、今度見にいく予定なのだけど」
「謝っても炉心中央に近づくんじゃねぇぞ、どんな金属でも10分ありゃ溶けちまう。人が突っ込んだら汚ねぇ花火が観れるだろうよ。あんな物、最早火じゃねぇ。ただの光線か何かだ、行き過ぎた技術は浪漫を消し去っちまう典型例だな」
溜め息を吐きながら、首を傾ける。
ゴギッ、という嫌な音を鳴らせばそのまま槌を近くに置いた。
軽く欠伸をして、背筋を伸ばせば炉中の真っ赤な刀身を素手で握る。
肉の焼ける音、そして発生するダメージを無視し一言。
村正は言葉を、告げる。
「朽惜灼、良い銘だろう?」
「ねぇ、それって私に聞いてる? それとも刀に言ってるの?」
ロッソの言葉を聞かず、刀を逆さにする。
一瞬で刀身に宿っていた熱が剥がれ落ち、未完成ながらその刃があらわとなった。
それを満足そうにみて、そしてインベントリに放り込む。
「さて改めだ、手前さんよぉ。何の用だ? 態々用なくここに来るなど、まぁありえんだろう」
「いえ、今回は本当に用事なく来ただけよ。というか、黒狼と私の意見が合わなかっただけ。しばらく居候させてもらってもいい? 代金は……、いくらあればいいかしら?」
「別に金など要らんさ、とはいえ。黒狼と? 喧嘩、随分と唐突だな手前」
「貴方には関係のない話、少なくとも今わね」
それだけを言えば、ロッソは背伸びをし右手に杖をあらわにする。
いつも使っている、大きな宝玉がついた杖ではなく小さな指揮棒のような杖。
それを上下に三度ほど振れば、魔術の展開準備が完了した。
魔力を注ぐ、小さな魔方陣から周囲の気温を下げる魔術が展開され部屋の暑さが緩和された。
「ここで好き勝手に魔術を振るうんじゃねぇ、環境が変わる」
「あら、私も錬金術師の端くれよ。問題にならない、いえ違うわね。人体に有害となる温度から人体に無害となって、なおかつココにある品物へ被害を出さない程度の温度にしただけよ」
「そうかい」
そういうことじゃない、そう言いたげに顔をしかめる村正だがそれ以上言葉を言いはしない。
水に浸した手ぬぐいを取れば、そのまま水を絞り息を吐いて。
暖かさと眠気に包まれる空気の中、あくびを噛みつぶす。
「そういえば、聞き忘れていたわ。村正、貴方はその道の終着点に何を見出しているのかしら」
「その道? ああ、刀作りにってことか」
「ええ、私の錬金術は。いえ、魔術は到達点にたどり着くためのものでしかない。けど、貴方の到達点っていうのは刀にあるんでしょう?」
「……どうなんだろうな、今の儂にゃわかりやしねぇ」
返事はぶっきらぼうに、感情を込めずに告げられる。
ロッソは目を細め、そして視線を外し。
ゆっくりと、扉を開いた。
「まぁ、いいわ。どうせ分かりきっているし、結末なんて」
「随分と、らしくないことを言うじゃねぇか。まるで……」
「黒狼らしい、って? 否定しないわ」
「はん、随分と刺々しいな」
それだけを言えば、村正も部屋を出てゆく。
村正の文句も間違ってはいない、今の言葉は確かに黒狼が吐き捨てた言葉そのものだった。
黒狼が、ロッソとモルガンに送った文言と。
「ホント、1人消えても文句は言えないわよ? そこを分かってるのかしらあの馬鹿は」
ハァ、そう息を吐いてロッソは外を見た。
もう工房からは出ている、今は朗らかな日差しが通る。
そろそろDWOも春が終わり、夏が始まるだろう。
* * *
2人が工房から出てすこし、庚と呼ばれた女性は山に入っていた。
危険で危ない狩りは直接戦闘に関わる基礎ステータスが高い男性の仕事だ、ソレは常識として常にある。
しかし、ソレは女性が弱者に限るという訳ではない。
弱い男性がいるのが必然ならば、強い女性がいるのも必定と言える。
「はぁはぁ、結構疲れました……」
血濡れの刀を、ソレもただの刀ではなく巨大な刀を。
横幅が、庚のくびれほどもある刀を振り回しながらそう告げる。
目の前にはオークの死体が三つほど、全て体の何れかが無惨に切り飛ばされており状況から彼女がその攻撃を加えたのは確実だろう。
額に着いた返り血を拭いながら、庚は近くの岩に座り込んだ。
疲れたという言葉に嘘などある訳がない、今までは基本イレギュラー側のプレイヤーや最強と言えるNPCしか語っていなかったが普通はオークを3匹も殺せば疲弊する。
惰弱貧弱ではなく、こちらがスタンダードだ。
「しかし嬉しいことですね、夕食の食材をゲットです!! 村正殿は喜んでくれるでしょうか?」
独り言を呟きながら、死体が消失するのを待つ。
巧みに切り裂いた技量、そして主婦には必須のスキル(システムの方だ)によって上質な肉がソコソコ量取れた。
彼女の料理スキル(システムではない)に掛かれば、相当美味な夕餉に変貌するだろう。
ドロップした肉を適当な竹皮で包み、籠に入れればそのまま山菜の調達に移る。
春から初夏に掛けて、最も植物が青々としている時期。
内側はともかく、外側は確かに山の体裁を保っているココは食物の宝庫に違いない。
彩を考えながら森を歩く、休憩はもう終わりだ。
「ん?」
と、そんな時だったのは。
黒い影が現れたのは、塗りつぶした様な黒い影が。
思わず刀を構える、全身に沸る血液が顔を赤く染めて。
また、音が鳴った。
次の瞬間、攻撃を放つ。
庚の一撃、村正の展開する魔術のソレと酷似した形式の技を後述詠唱で放つ。
効果は、生命に対する特攻攻撃。
生きているのならば、その攻撃を無力化するのは至難の業だろう。
刃からエネルギーが放たれ、魔力が収束する。
確かに、その一撃は影をとらえた。
「『蛇切り』」
詠唱、そして特殊アーツの解放。
確かな手応え、切り裂いたわけではなくとも致命的な攻撃は入れられただろう。
だからこそ生まれた油断、だからこそ。
まさか、だからこそ一層強めた警戒にそれは引っかかる。
「『ーーーーーーーーー』」
漏れ出たつぶやき、言語的な言語ではない。
スキルを介さねば理解のできない一言、庚はその言葉の意味を理解はできず。
けれども確信より先に、体が動く。
回避せねば、この恐怖から。
次の瞬間に放たれたのは黒き刃、極まった一閃の模造品。
贋作風情が放つ、贋作もどき。
その一撃は庚の髪をかすめ、木に傷跡をつけた。
「一体、何が……?」
けど、それで終わりだ。
その異様な重圧はすでに消えていた、黒い影の姿はすでに視界にいない。
消えていた、この一瞬で。
まるで、それが自然として在る様に。
あるいは、当たり前にそこにいるからこそ気が付けないように。
「いえ、先に村正殿へ……」
異常な事象の報告、それを優先しようとした庚の足が再び止まる。
いいや、止められる。
目の前に立つ、一人のプレイヤーの姿によって。
「ふぅむ、興味深いものだな。デーモン、古い二ホンの言葉ではオニといったかな? 探求する対象としてはこれ以上ない」
老紳士、あくなき探求に目が零れた老いぼれ。
探究会の長にして、最も弱いトッププレイヤー。
それは確かな敵であり、この世界を読み解くもの。
名を、ポリウコス。
あるいは『インフォメーション教授』、そう呼ばれる異邦人。
「では、解体しようか」
知識の探求に、犠牲はつきものだ。
そして人間は、自分たち以外の種に。
存外、慈愛を覚えない。
この日、一人の女性の姿が消えた。




