Deviance World Online ストーリー5『諦命』
少し、時系列が前後します。
後書きで詳しく書きますが、場面転換前が決戦日の昼。
場面転換後が決戦日の深夜と認識してくだされば結構です。
理論上、ステータスだけを見ればヘラクレスという怪物の強さなど大したことはない。
基礎ステータスを見れば、最大値のSTRでも6000であり『灰の盟主』の凡そ2倍程度。
VITで言えばデッドと同様の3000台、つまり敵わない訳がない。
事実、盟主たちはヘラクレス相手に一度殺せた。
なのに、だ。
なのにも関わらず、あの一撃以降全てを透かし流し往なされている。
「『貫衝大槌』ッ!!」
スキルを発動、その体躯名に合わない巨大な槌を叩きつける。
ヘラクレスはその一撃を、斧剣で受け止め。
直後に背後から迫る、ファテの一撃を獅子皮で防御した。
オリジナルの『ネメスの獅子皮』、その効果は攻撃の無効化の概念を纏う。
ヘラクレスが最初に達成した難行にして、彼の剛力無双を示す偉業。
その末に手に入れた獅子皮は、ヘラクレスの籠手となり防具となっている。
「チィッ!!」
攻め難い、文句を告げるように舌打ちがされる。
流星の如く放たれる一撃は、ヘラクレスによる完全なタイミングのカウンターが放たれ無意味と帰す。
剛力無双だけではない、技一つを捉えてみてもソレは神業である。
ステータスに大きな差はない、否。
レイドボスと人間ほどの隔絶した差は存在しない、相手も人類の範疇に捉えられる程度の差だ。
単純な硬さで言えば、スカーレットサンドワームの方が余程だ。
単純な力で言えば炎竜帝の方が、数倍高い。
放たれる一撃の重さは大陸亀の足踏みに劣り、その速さはシルフロードと比較も出来ない。
それなのに、勝てない。
それなのに、有効打が入らない。
それなのに、神々の栄光を関する大英雄は依然悠然と立っている。
正しく、死な不の英雄。
正しく、殺せ不の英雄。
すなわち、無数の命を持つ者
レオトールは人類の臨界だ、では目の前の英雄は何なのか。
簡単だ、人類の範疇を逸脱した英雄。
土より取り出した剣がレイドボスの血を纏い、変質するほどに使い続けたバケモノ殺し。
狩人、もしくは大英雄。
それこそが、神々の栄光なのだ。
放たれる攻撃を、空間の魔力の揺らめきを。
微細な空気の振動を、大地の精霊の呻きを。
属性魔力の揺らぎを、周囲の温度の変化を。
ありとあらゆる環境を知覚し、その環境を逆手に取り潰す。
環境を支配した程度では狩人を潰せない、狩人という存在は環境の中で生まれる。
放たれた魔術、地面から生えた杭、遥か未来の戦闘技法。
未知、圧倒的な未知。
その未知の悉くを、只々容易く蹂躙する。
岩盤を圧縮し作られた生半可な鉄より硬い魔術の壁を、拳で粉砕する。
呼び出された植物の悉くを、その刄で切り裂く。
なまじここにいる人間が、人の範疇を半ば逸脱しているが故に理解できる。
出来てしまう、その一撃が必殺が如くの力を持っていることを。
「……流石だ」
褒めるように一言、心の臓に突き刺さった土の槍を引き抜いた。
血が飛び散り、再生する。
再生する間も一切の怯みなく、全てを軽く切り裂いた。
ヘラクレス相手に飽和攻撃など無意味である、だが飽和攻撃に紛れ込んだ致命の一撃ならば無意味ではない。
その一撃は、ヘラクレスの心臓を確かに穿ち。
だが、それでも命を奪うには至らない。
ステータスが存在している、これが肝となる。
ステータスとは絶対の数値である、少なくともこの世界で。
故にHPが存在していれば心肺が停止していようが、脳髄が溢れ落ちようが、関節全てが外れようが、その血肉の全てが消え失せようが生きているのだ。
手のひらを覆せば、HPさえ消し飛ばせばどれほど理不尽な生命体だろうと死ぬのだ。
故に弱者はか細きダメージを蓄積させ、強者を屠る。
故に強者は強大無比たる一撃を用いて、HPをゼロにする死を与える。
これが戦いの基礎であり、基軸。
急所を狙うのはより一撃で、一瞬で仕留めるのに特化したために。
それが戦いの基本であり、この世界における常道にして王道。
だがそれにも限界はある、たとえ王道であろうとも果てが存在する。
そう、簡単に言えば弱点がなく強みしか持ち得ない生命体相手では後者の。
致命の一撃を狙う手法では、些か弱みが過ぎると言うこと。
故に、そんな化け物を狩る化け物の狩人は戦い方を改めた。
弱者と同じく、HPを削り取る手法へと。
「……早いな、だがそれだけだ」
音速、亜音速、そんな速度など関係ない。
もはや動きの全てを読み切っている、だからこそ到来した場所を精密無比に狙い済まし切り裂いた。
一撃、二撃、三撃。
その全てが奪命にして、致命の一撃。
命を奪う、殺戮の一撃。
その全てが、化け物殺しの絶技。
である、そうであるはずなのに。
そうであるはずなのにも関わらず、なのに目の前の大男は。
否、スキルによって変貌した女の風体をしたソレはニヤリと笑う。
「遅せェ」
スキル、発動。
ソレは『灰の盟主』の必殺技にして奥義、あまねく全てを殺す奇怪な攻撃。
握る斧を、体躯が千切れ吹き飛ぶのも構わずに。
ヘラクレスへ向けて、振るう。
斧は引き抜けない、先ほど武ライダーに突き刺した斧剣はブライダーの腹筋により固定された。
ヘラクレスは回避が不可能、であればブライダーの攻撃は必中である。
ブライダーが斧を振るうたびに血液が飛び散り、周囲を赤く染め。
その周囲から女の手と、その手に持つ巨大なハサミに針が現れる。
ソレら全てがヘラクレスを蹂躙し、命を奪う。
理不尽の権化、まさしく必殺。
確かにそれは、ヘラクレスの命を奪った。
「……良いな、良い戦い方をする」
最も、ヘラクレスの命のストックが一つ減っただけでしかないが。
全身から、ヘラクレスの全身から蒸気が溢れ出る。
命は陶器のごとく、軽く砕かれるだけのもの。
人は生きるために生きているのでなく、いつかの死を迎えるためにあるだけでしかない。
「……ならば同類の技で返すのが、粋というものか」
瞬間、ヘラクレスが斧剣を引き抜いた。
それだけではない、引き抜かれた斧剣は即座に視界から消え去り暴風となって具現化する。
ヘラクレスの奥義、もしくは必殺技。
膨大なHPだろうが、異常な再生速度だろうが。
生命の所在を許さない、その一撃は。
『灰の盟主』の体躯を、最も容易く切り裂いた。
「『諦命』」
わずか一瞬、わずか一時。
その一瞬で振るわれた斧剣は、周囲一帯を切り刻む。
数メートル、数十メートルではない。
1キロ、魔力によって強化された刃は周囲1キロを無常にも切り刻む。
地底の底、地下の地下で行われたその戦いは。
なんの成果を残すことなく、終焉を迎えた。
その、筈だ。
***
山と山、山脈の谷間。
そこで、6人の人間が立っていた。
「レオトール、プレイヤー経由での報告だが……」
「死んだのだろう? 全てが、成すすべなく。あの黄金の王を前にして、何も成せずに」
「……なんで、どこか嬉しそうなんだ?」
「……嬉しい、か。もし私が嬉しそうに見えるのならば……、あの男は最後まで我欲を満たさんと進み続けたが故にだろう」
月が空で輝いている、山脈の向こう側で輝くように。
日は既に沈んでいた、日光は地平の下に姿を隠している。
レオトールは、腰に差してある水晶剣を抜くとその剣を黒狼へと渡した。
「なんの真似だ、レオトール?」
「北方の風習だ、気にするな」
「……ソレでもだ、この剣はお前の半身だろうが」
「だからこそ、お前に渡すのだ。これより先の戦いは、誇りを汚すのだから」
目の前に広がる大群、その先頭にレオトールが見知った顔が存在した。
傭兵団『伯牙』、その面々がレオトールの命を奪いに並んでいる。
レオトールは彼らの計略により、ヒュドラの毒を飲まされ一死を得かけた。
無論、死ななかった。
死にはしなかった、しかし命を奪われたのは。
命を奪われかけたという事実は何も変わらず、そこには確かな因縁が存在していた。
いつか、後回しにするように思考の端に追いやっていた因縁が。
もはや見過ごすこともできずに、目の前に広がっている。
ソレを幸運と称するか、不運と称するかは彼の意思だ。
だが間違いなく、一つ言えることがある。
もはやこの先の戦いに、誉なりし誇りはない。
有るのは血塗れの殺戮だけである、たとえどちらが生き残ろうとも。
『伯牙』、ソレは傭兵団『伯牙』の長たるものに贈られる諡であり。
その名を受けるが故に、傭兵団としての誇りと剣を握るのだ。
だからこそ、その誇りを汚す戦いにその剣は用いれない。
如何なる理由があろうとも、ソレが傭兵のケジメだ。
「黒狼、もはや時間がありません。先へ、進むべきです」
「わぁってるよ、モルガン。だけど、これは必要なことだ」
「止せ、急かしてやるな。おい、手前。儂らは先へと進んでおく、後からでも追いつきやがれよ?」
「わかってるよ」
動き出した四人、その背中も見ずに黒狼はレオトールの剣を鞘ごと奪う。
騎士の、蠢く騎士の鎧を着込んだ黒狼。
その騎士鎧に剣を取り付ければ、意外にもソレは最初からそこへあったように馴染んだ。
「様になっているな、フン。あの洞窟で出会ったその時とは、まるで見違えるように成長したか」
「当たり前だろ、レオトール。一体、どれだけ時間が経過したと思ってる?」
「僅か、そう。僅か二月ばかりの話ではないか、それだけの時間でどれほどの人間が成長できようか」
「成長するさ、どんな人間でも。先へと進む意思がある限り、何かを成そうとするのならば誰だって成長する」
ニヤリと、そう笑う黒狼を見て。
骨のくせに、豊かに感情を表現する彼を見て。
レオトールは、思わず顔を背けた。
その瞳の奥にある、自分と同じ冷徹さを感じて。
「妹へ、よろしく頼んだぞ」
「自分でやれよ、俺は北方なんかに行きたくねぇ」
「無理な相談だな、どちらにせよこれを成せば私が合わせる顔がない」
そう言って、円状の盾と一つの槍を取り出す。
そのまま、レオトールは黒狼を急かすように手で示した。
先へ、進めと。
黒狼はその指示を見て、息を吐き出すと数歩。
レオトールに背を向けて、歩き出した。
決別、とは少し違う。
そもそも結託をしていない、だからこそこれも決別ではない。
最初から、出会ったあの瞬間から今この時まで。
偶然にも人生という運命の道が、本来ならば交わるはずがなかった道が繋がってしまっただけ。
だからこそ、こののちに交わす言葉はない。
言葉はないはずだった、だが黒狼は思い出したように立ち止まり。
言葉を、吐く。
「おい、レオトール」
「なんだ? 黒狼」
どちらも、互いに笑みがあった。
この言葉を言い出すのが、互いにわかっている。
だから、その意図も意思も何もわからないのに。
だけども、いう内容だけは明瞭にわかる。
黒狼は、言葉を紡ぐ。
レオトールは大人しく、その言葉を聞いた。
「契約だ、三十分。絶対に稼げ、それ以上は望まねぇ」
「三十分、短すぎるな。1時間でも、一日でも構わんが?」
「じゃぁ追加しておくか、これが終わったらお前の全てをよこせ。おおよそ狙いは見え透いてるんだよ、お前の」
「少なくとも、自ら死ぬ意志はないとも」
それだけで十分だった、黒狼は走り出しレオトールは武装を構える。
構える、構えて構えようとして。
だけど、息をフッと吐き。
「『燃える炎門』」
特殊アーツを、武装に宿った過去の英雄の意思を。
その力を、使うために盾と槍を擦り合わせた。
「『毀れずの絶世』」
ソレは武装の名前にして、偉大なる過去の英雄。
世界の滅びを前にして、戦い続けた戦士の武装。
レオニダスという、王にして古兵と。
ヘクトールという、強者にして王子。
その二人の力を、レオトールは用いた。
山脈、山々を覆うように仮想の城塞が展開される。
ソレを乗り越えることはできない、何せ概念的に防御が行われているのだ。
もしもその先へ、その向こう側へ通るのならば。
ソレは炎門の守護者、その武装の担い手であるレオトールを殺さねばならないだろう。
そしてその城塞から薄緑の光が漏れ出している、ソレはすなわち概念上での防衛。
必ず守るという、その意思が込められアーツにまで昇華されたチカラ。
ソレは輝きながら、レオトールの背を押し。
そして目の前に二人の英雄の姿が見える、その英雄はレオトールを見て少し驚いたような顔をした後に。
少しだけ、笑いつつレオトールが持つ槍と盾に手を伸ばした。
「初めまして、であるな!! とはいえ遥か未来に我が血族が残っていようとは、これもまた運命!!」
「あまり声を叫ぶんじゃないよ〜、主役はボクらじゃないんだからサ?」
筋骨隆々の男と、細身でありゆったりとした服を纏った男は互いにレオトールから盾と槍を受け取る。
語るまでもないが、語っておくべきであるのか。
筋骨隆々の大男こそが、無駄に元気なその男が。
盾を奪うように受け取った大男こそが、レオニダスであり。
その横で若干やさぐれたようにしながらも、鋭い眼光で周囲を見つつ。
槍を受け取るように腕を差し出した、その男こそがヘクトールである。
「貴公らは、やはり?」
「半分興味、半分指示だよ。気負わなくていい、ボクらがするのはつゆ払いだけだ」
「うぬ!! それにこの程度に参加しては些か」
「流石は、この武装を用いて戦原を駆けた英雄というところか」
レオトールの言葉に無言の肯定を行う二人は、そのまま姿を消す。
改めて、視線を向けて。
レオトールは迫り来る軍団を、睨むように見た。
時系列
決戦日の昼過ぎ イスカンダルVSギルガメッシュ
決戦日の深夜 黒狼たちVS『伯牙』とプレイヤー‘s
イスカンダルの戦いはまた後ほど描写します。
ひとまず、イスカンダルの戦いの前半戦はここで終了したと認識しておいてください。
イスカンダルの敗北シーンまで描写してしまっても構わなかったんですが、そうなるとイスカンダルがただただ蹂躙されるだけの話になりかねないので先にレオトールの前半戦、黒狼の前半戦を描写します。
少し時系列が前後しますが、ご了承ください。




