Deviance World Online ストーリー5『ゴブリン大掃除』
さて、ゴブリンを知っているだろうか?
醜悪な魔物、ろくな魔石すら持たない弱種族。
決して強くはない、だが厄介だ。
そんなゴブリンから1000個の魔石を入手するのは、容易いようで面倒となる。
「ふむ、壮観壮観。今からここが血塗れになると思うと、心が痛むな」
「思ってもねぇ癖に言うなよ、レオトール」
「本心からの言葉だ、黒狼」
大体十匹に一つ魔石があれば良い方だ、ソレもクズ魔石が。
10000体倒したところで目標個数が集まらないなど、普通に考えられる。
こんな、ゴブリンの繁殖場が如き場所を見つけても一晩あれば制圧でき。
しかしソレでも、中々1000個を集めるのは厳しいだろう。
「洞窟に出没するからどこかにコロニーがあるとは思っていたけど、このレベルだと壮観だなぁ」
「フン、所詮この程度。1時間で終わらせよう、回収作業は頼んだぞ」
「病み上がりが、無茶すんじゃねぇぞー」
黒狼の言葉に、背中で返す。
そのままインベントリを開いた、取り出す武装はただ一つ。
時間は一瞬、刹那の瞬き。
否、その刹那すら黒狼のために用意した暇に過ぎない。
黒狼が死なないために用意した、たった一瞬だ。
「『絶叫絶技』」
『万里の長鎖』、全長1キロにも及ぶただの鎖を一瞬にて振るう。
初速から、ソレは音速を突破した。
発生するソニックブーム、スキル効果で爆音が何十にも重なり鼓膜を破裂させる。
ステータスが低い存在はその場で耐えることもままならない、音の圧力で簡単に潰されていく。
普通ではできない絶技、だがレオトールには可能だ。
インベントリの仕様として、アイテムは片端から順に収納される。
その速度は一瞬であり消えた瞬間を観測するのは難しい、しかし超絶長い棒のようなものならば当然観測できてしまう。
では、頭が狂ったように長い鎖では? 無論同様に。
インベントリから鎖を取り出し、掴んだと認識するよりも早く振り抜く。
ソレと同時に収納を行えば、振った時のエネルギーを殆どロスせずに前方に飛ぶ鎖が完成する。
当然、その影響範囲は1キロでは済まない。
「ほう、存外と言ったところか」
目に一気に充血し、耳から血を吹き出し、口の中にあらゆる液体が噴出する。
まさしく地獄絵図、だがソレも数十秒後には魔石に変化する。
そして残るは、初撃を耐えた強者のみ。
「だが、いつ誰が二撃目を放てぬと言った?」
さながら瀕死、ソレでも立ち上がり逃げようとも贖おうともするゴブリンをみて舐められたものだと笑う。
レオトールは最強である、ソレは比喩ではない。
確かに彼は最強だ、そしてその強さは滲むことすら許さない努力の上で作成されたもの。
水晶大陸での弱体化? 当然、弱体化してなおその技や力に翳りはない。
「『絶叫絶技』」
二度目、またもや無慈悲に放たれた。
作業であり虐殺、蹂躙以外の言葉では示せない地獄絵図。
贖い難い絶望、存在するだけの上位者とは訳が違う。
流れるように放たれる二撃目、回避など許されない。
さらに追い討ちを掛けるように行われた三撃目、言い換えての惨劇目。
数千にも届きえるゴブリンの大群、ソレはすでに100以下にまで萎んでいた。
「さて、だ。大英雄、その力を借りるぞ?」
インベントリを開き、そのまま地面に半ばまで突き刺さった斧剣を見る。
自重により地面深くに刺さった、ソレほどまでに重い剣を軽く片手で引き抜き。
地面を、踏み鳴らす。
「少しばかりの小細工ではあるが、養生せぬ身故にな。許せよ、『極剣一閃』改め」
レオトール、彼が用いる全てのアーツは彼が一度己の才覚のみで再現した代物だ。
ならば、そのアーツを改良することも不可能ではない。
本来、『極剣一閃』は剣でしか使用できないアーツである。
だがレオトールの緻密な魔力制御、および天才的な武装の操作。
「『極鎖一閃』」
巨大な、攻撃がそこには存在した。
一秒、もはや一瞬以下の速度。
その一時で巨人の一撃のような、グラムの光が世界を通過する。
ゴブリンごときでは何も成せない一瞬、ゴブリンごときでは受けることすらままならない攻撃。
もはや、避けようがない。
「ふむ、流石に腕が痛いな」
「大丈夫か? レオトール」
「大丈夫に見えるか?」
「いや、全く」
黒狼の答えに呆れ、だが軽く首を振るとそのまま水晶剣を抜く。
抜刀、そのまま高台から地面に転がり加速する。
速度が一瞬で恐ろしいほどの速度へ到達し、その姿はまるで流星だ。
一瞬で、そして見る見るうちにゴブリンの頭部が破壊される。
剣を合わせるなど行わない、純粋な殺戮を行うのみ。
「ちぃ、どんだけの化物ってんだ。あの野郎の武器には攻撃面では何も特殊効果はねぇはずだが……」
「どんな効果があるんだ?」
「ふん、ただ壊れねぇだけの代物だ。あの程度の武器にしては恐ろしいぐらいに何もない、意思も願いもな」
「謎だなぁ」
適当に相槌を打ち、村正の横でゴブリンを殺す様子を眺める黒狼。
早い、そして強い。
とはいえ、それ以上の感想も湧き出てはこない。
ぶっちゃけ、彼が最強だと言うのは分かりきっている。
だから驚くことも、当然のようにない。
信頼ではなく当然の話なのだ、しかし村正は違う。
レオトールの異常さを目の当たりにして、少し慌てている。
「化け物め、どうやって誑かした?」
「命を助けただけじゃ」
「……いや無理だろう」
馬鹿馬鹿しい、そう言う類の視線を向けてくる村正に本当だと説明をしようとして普通に諦めた。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思える話を、どうやって他人にすればいいのだろうか。
一息吐き、そのまま地面に座る。
「武器を拵えろ、って言われてもあの程度の相手の武器は流石に無理だ。腕は問題ねぇとしても素材がねぇ、素材があっても砥石がねぇ」
「ふぅん? けどどうにかするんだろ? 砥石がなくても研ぎ方はあるはずだし」
「どうにも出来ねぇ、って言う意味を履き違えんな。……確かに研ぐことは不可能じゃねぇ、素材を集めるのも確かにできるだろうよ。だが、これ以上ない致命的な問題がある」
目を細め、ゆっくりと息を吐く。
その致命的な問題を語るつもりはないようだ、ならば無理に尋ねる気もなく黒狼は黙った。
わざわざ無理に尋ねるのは野暮というもの、静かにレオトールが蹂躙する姿を見るだけで十分だ。
結局、全てを殺し尽くすのに三分も必要とした。
その様子を見て黒狼は、静かに呟く。
「やっぱり近接攻撃のダメージ自体は落ちてるな」
「アーツを多用していたが、其れは本来の戦い方じゃないと?」
「物理で殴ってるよ、普通は。あそこまで武器に頼った戦い方じゃねぇ、体が悪い意味で振り回されてんな。技量に体調が追いついていない、って感じか?」
全て殺し終え、適当な木の枝を杖代わりにして歩いてくるレオトールを見ながら黒狼は言う。
顔面は真っ青であり、お世辞にも体調が良いなどと言えない様子だ。
だが黒狼の近くまで歩いてくると、近くの木を切り倒しそこに座る。
「ふぅ、黒狼。魔石集めは任せたぞ、なぁ?」
「えぇ、面倒クセェ」
「おい、手前」
「わかってるって、勿論やるさ。へぇ、『鑑定』」
鑑定スキルを発動する、特定の何かを指定はしない。
直後に目に無数の情報が見える、その中で魔石と記載されているアイテムを回収し始めた。
ここから先は地道な作業だ、地面とはいえ石もあるし勾配もある。
ゴブリンの魔石の等級など程度が知れている代物、一見すれば石にしか見えないものも多い。
ソレらを地道に回収していく二人、先に腰が死にそうだ。
「流石にシンドイな、掲示板でも見てみるか?」
インベントリを操作し、ゲーム内掲示板を触る。
興味深い情報が流れているが、黒狼の目についたのは一際目立っている話。
『征服王が率いる【王の軍】が進行、被害者数未定』
そのように書かれた題から、中にはすでに侵攻された村や街の情報がある。
狙いは不明、だが予想だけで考えれば征服王の狙いとしては補給の確保だろう。
もしくは、駐屯地の用意か。
事前情報として、征服王率いる軍隊が森に潜んでいたのは黒狼も知っている。
またレオトールとの会話から、自給自足は可能なのも理解していた。
だがソレは非戦闘時の場合、もしも戦闘になれば不足する物資は無限に出てくるだろう。
特に鉄、ソレは慢性的に不足する。
だからこそ、村を襲い補給を行ったのではないだろうか。
書かれている推論と、自分の情報を照らし合わせて一つの結論に到達した黒狼だが少し考え首を振る。
違う、掲示板でも書かれている通りそれだけではNPCを皆殺しにする必要はない。
何故わざわざ皆殺しにした? それだけの労力を払うのはまずまず見合うはずがない。
思考するが、答えは不明だ。
常識の違い以上に、情報の乏しさが酷い。
普通に考えれば戦争を行なっている相手、当然グランド・アルビオンも必死となって情報をかき集めるだろう。
なのに、ろくな情報が出回っていない。
「とりあえず、双方から指名手配されている『白の盟主』ことレオトール。情報を隠す関係で暗躍しているであろう、『透の盟主』。そして現在全線で活躍しているらしい、『青の盟主』」
プレイヤーの殆どがこの戦争に加担している以上、隠し切るのは不可能だろう。
死んでも生き返り情報を共有する死兵、情報を入手する戦いにおいてこれ以上のアドバンテージはない。
なのに未だレオトールと征服王以外の名称はほとんど知られておらず、明確な被害を出せている様子すら微塵も見えない状況。
戦争ではなく、むしろ蹂躙に等しい状況だ。
「ま、こんなものか?」
思考を切り替える、拾った魔石の総数を数え始めた。
黒狼だけで400以上を持っている、村正の持っている数も同じぐらいと考えれば目標まであと100〜200個程度。
あとは市場などで購入すれば良いだろう、ゴブリンの魔石はクズ魔石とは言え使い道は多い。
結構な数が出回っているのは確認済み、購入するにしても結構な金持ちが地味に多い血盟だ。
村正は普通に金持ちだし、モルガンも利権関係でいくつか稼いでいる。
ロッソとネロはあまり持っていないらしいが、ソレでも並のプレイヤーを上回るほどには保有ずみ。
「ま、どうにかなるか」
呑気につぶやいた言葉にレオトールは反応し、少し声を上げる。
どうやら少しは体調が良くなったようだ、何かを噛みながら言いたいことがあれば言えと言うように睨んできた。
何もねぇよ、とう言うふうに首を振りそのままレオトールの横にいって丸太に座る。
「ああ、そういえば伝え忘れていた」
「んぁ? 何が?」
「ほれ、盟主となった祝い品だ。征服王からその異常さと面白さから顔も見られず盟主認定されたのでな、お前に送られたのは名誉の称号ですらないがまぁ貰っておけ」
「はぁ?」
黒狼が挙げた疑問の声を無視し、レオトールはインベントリから一つの武器を取り出した。
近代世界において用いられる、最強の武器の先駆け。
老若男女を戦場に駆り立てた、近代兵器。
すなわち、銃。
「……、世界観がわかんなくなってきた」
「昔に『灰の盟主』から貰ったんだが私は弓の方が得意でね、数キロも飛ばんコレでは些か弱すぎる」
「バカなの?」
なお、現実世界での記録としては弓職人ハリー・ドレイクによる1.873 km が最高記録とされている。
だがこの世界では魔力が存在するため、その倍ぐらいならば弓の達人ならば放てる。
狙撃となればそこまでの精度に辿り着けはしないが、ソレはアーツがない前提での話だ。
レオトールなどの北方で最上級の実力保持者ならば、数キロ先に存在するリンゴでもアーツとスキルの混合技で的中させてくる。
「流石に戦う前提ならば私もソレほどの狙撃はせんさ、だがいざという時にこの武器では心許ない。故に持ってはいたが死蔵していたんだ、しかしお前ならばうまい具合に使うだろう?」
「いや、俺もあんまり好きじゃないんだけど……。なんでファンタジーで現代武器を使わなくちゃいけないんだよ、魔法要素も若干あるっぽいけど」
「ん? そいつは何だ?」
レオトールが在庫処分的に出してきた銃を見ながら黒狼が困った声をあげていると、村正が戻ってきた。
そのまま黒狼の銃を見る、流石にあまりにも世界観にそぐわ無い代物であり村正といえども無視できなかったらしい。
半奪うように取ると、そのまま舐めるように見つめる。
「面白れぇ、此奴の仕組みならロッソの奴が触れるな。手前、近代武器は嫌いだってなぁ?」
「ん、まぁ。俺の武器にするのなら改造してもらっても構わないぞ、貰い物だし」
「数日待っておけ、中の魔法陣をうまく鞘に移植すれば扱い切れねぇ化け物が完成できろうよ」
「せめてそう言う話は渡した主がいない場所で話せ、気分を害すると言う考えはないのか?」
レオトールの言葉に示し合わせたように互いの顔を見る黒狼と村正、当然のようにそんなことを考えているわけがない。
というか普通に失礼という考えをそもそも持っているはずがない、コイツらに失礼という言葉を教えられるのは神以外存在しないだろう。
平然と首を傾げ、村正は再度喋り出し黒狼は相槌を打つ。
結果、色々諦めたレオトールは息を吐いた。
「全くバカばかりか、この血盟は。もう少し仲を取り持ったり普通はするものだろう、というかここまで失礼極まっている輩を見ることの方が少ないぞ」
その呟きすら当然のようにスルーされ、怒りよりも呆れが強くなったレオトールはゆっくりと丸太に座り直す。
下手なツッコミよりも体調を直す方が先決、半ば眠るように丸太の上で横になった。




