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Deviance World Online 〜最弱種族から成り上がるVRMMO奇譚〜  作者: 黒犬狼藉
一章下編『一切の望みを捨てよ』

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Deviance World Online ストーリー5『北極星』

 黒狼たちが、ケイローンの協力のもと迷宮を出て行ってからしばらく。

 レオトールは少し、本を読んでいた。


 書物とは叡智の伝達にして、知恵の結晶。

 時間を金と称すのならば、その時間を伝えた書物もまた金である。

 ゆっくりと本を開き、撫でるようにしながらゆっくりと読み始めた。

 面白い話ではない、だが興味深い内容。

 ゆっくりと、内容を一から確かめるように冷静に項をめくる。


 レオトールは、弱者である。

 確かに良い家の生まれであり、金銭と名声には恵まれた。

 その体躯に駆け巡る血には過去の偉大なる英雄の遺伝子が流れており、努力できるだけの余分もあった。

 だがしかし、生まれながらにその体、その魂は主な属性を作成できず現代戦において欠かせない魔法攻撃の一切が不可能である。

 故に、彼は弱者だ。

 現代戦において、彼の強さは理不尽に等しいながらも彼は確かに弱者である。


「しかし、まぁなんとも。魔術理論としては面白いが……、効率的ではないな」


 横で寝ているゾンビ一号に一瞬だけ視線を向け、レオトールは本に記載されていた魔術理論に苦言を呈する。

 レオトールの知識は人一倍多い、逆を言えば生き残るためにそれだけの知識を必要とした。

 そんな彼だからこそ、専門家が作成した魔術理論にも一言二言言える。

 いわば、魔術のアマチュアというわけだ。


 手帳を取り出し、中に記載されていた魔術理論を良より先鋭化させた魔術理論を構築していく。

 勿論、これはお遊びの類だ。

 暇潰しと言い換えてもいい、レオトールは自分で新たな魔術やアーツを開発するのは不可能なのだから。

 魔力運用の点では確かに無駄でない可能性もあるが、そんなことをする必要もないぐらいレオトールの魔力回復速度や魔力貯蔵量は大きい。

 プレイヤーは均一規格の肉体であり、その魔力回復速度や貯蔵量はさして大きくないがNPCの倍は別である。

 特にレオトールは魔術的な才能がひどく高い、宝の持ち腐れではあるがもし彼が魔法を使得るのならば短期で動き回る絨毯爆撃機になっていた可能性が高いだろう。

 話を戻そう、レオトールは手帳に色々と書き込み理論を再度まとめると大きな壁に当たる。


「しまったな、なるほど。そういうわけか、確かにこうして湾曲させた方が効率は落ちても安定はするというわけになるのか……」


 呟きと共に、手帳の文字を消す。

 勿論消しゴムなどは存在していない、彼が使っているのは消しゴムではなく特殊な植物の粘液である。

 そもそも鉛筆ですらこの世界では一般的に存在していない、彼が使っているのは魔力を注げば黒い液体が生成される万年筆のようなもの。


 粘液を指で掬い、スライムによって作成した紙を擦る。

 すると少し滲みながら文字がスルスルと消えていった、ある程度文字が消えれば再度レオトールは手帳に文字を書き始めていく。

 レオトールに、余分の2文字はない。

 彼には無駄を許されるだけの余裕や余分はない、生きることに遊びが介在する余地もない。

 生きるだけが全て、その生存本能すら理性によって律されている。


「だが重複型にすれば……、無知が恨めしい話だ。やはり魔術は得意ではない、使えないものを学ぶことがどれほどに無駄か」


 苦笑しつつ、片腕をあげ窓を開いた。

 昼頃、だが子供のケンタウロスが草原で遊んでいる。

 そろそろ昼餉だろうに、そんな思いに馳せていると自分の横で動く音が聞こえた。

 魔力の衝撃反応により、目覚めたかを確認する。


「遅いじゃないか、随分と」

「……レオ、トール?」


 寝起きでボサボサの髪の毛、服を半分崩しながら青白い肌をさすり起き上がる。

 半分惚けたゾンビ一号を見て、そしてインベントリを開き櫛をとり出した。

 膝を叩き、こちらへ来いとジェスチャーを行えば寝ぼけ半分で近づいてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと髪をすかしながらレオトールは口を開いた。


「死ぬ算段だな、お前」


 端的に、簡単に、そして明瞭に彼女の最終目的を一言で纏める。

 魔道戦艦、黒狼からその話を聞きロッソに尋ねれば一発で理解できた。

 黒狼は、全長数百メートルに及ぶ泥鳥の内臓を抉り内部に居住空間を作成。

 空を飛ぶ移動拠点にして、質量を伴った兵器にしようと画策しているのは聞いた。

 だが、もうわかりきっている。


 それだけでは、満足できるはずがない。


 あの男は、誰よりも強欲に誰よりも率先し誰よりも非合理に己の望みを叶えるべく動く。

 『征服王』イスカンダルと、その点は同一なのだ。

 自分の思う、望みや願いを叶えるために光すら届かない広大にして明大な宙域の果てへ手を伸ばす。

 決定的な違いは、イスカンダルは王としての責務があり黒狼は自我の赴くままに駆けていくことだろうか? もしくは最も根本的な部分で違うのかもしれない。

 だが、レオトールにとって言えばイスカンダルの思考の方が幾分共感できるため好ましい。

 その程度の差しかないだろう、我欲のために他を排斥するという点は大差ない。


「言わん、安心しろゾンビ一号。私はあの男ほど、人にとって理解し難い存在ではない。私には共感できずとも、私は共感できる。お前の思いも、止める気がなければ言い告げる気はない」

「何故、ですか? レオトール。あなたは、何故私が死ぬつもりだと」

「道具として、言われただろう? 精神的に成長し愛慕と敬愛を混同しているお前を見て。あの男はこう言ったはずだ、『道具か人か、選べ』とな?」

「……何故?」


 一度目は疑問、二度目も疑問。

 だがその性質は大きく違う、一度目は何故死ぬつもりを看破されたのか。

 二度目はもっと歪んだ形で、何故黒狼の言った言葉を紛うことなく言い当てられたのか。


 ゾンビ一号は手の届か無い、北極星のような男が急に横に立っているように錯覚した。

 吹雪が吹き、自分の周囲すらわからないくとも。

 確かに、男は手の届く範囲にいる理解できる存在であると錯覚できた。


「私と彼は、レオトール・リーコスと黒狼は間違いなく運命が交わらない存在なのだ。一言で言えば平行線上、別々の運命という道を。交わることのない運命を歩く、おそらく世界が違えば顔を合わせることのない存在だ」


 だからこそ、と男は続ける。

 

 彼にしては珍しく、詩的な表現をしながらも。

 ゾンビ一号の髪を櫛で梳かしながら、ゆっくりと無骨な手で彼女の髪を触る。

 その魂は幼なくとも、確かに女性として気丈にそこへ立っている彼女を見ながら。


「なんの悪戯か、私と彼はこうして出会った。共に難行を超えて、互いに互いを理解した。決して友人とは言えない、友などと反吐が出る。ただ、私は彼を。彼は私を理解しているのだ、アイツならばこうするという形で。一才の共感はできないが、何をしたいのかは。何をするのかは理解できてしまう、そいう存在になったのだ」


 ゾンビ一号の髪に水を与え、汚れを取る。

 彼女から異臭はしない、死の概念を羽織った彼女は人よりもむしろ神に近い存在になった。

 深淵を覗くものは、また深淵に覗かれる。

 死の女神に愛された、愛されてしまった彼女はいつしか穢れを受け付けなくなった。

 黒狼はその変化に気づいていないだろう、なにせ十二の難行の道中で変化は既に終わっていたのだから。


 匂いを感じない、それは悪いことばかりではない。

 彼女の最初は、嗅ぐに耐えない匂いがしていた。

 煤と、血と、死の匂い。

 人が死ぬ時に発する匂い、レオトールにとっては嗅ぎ慣れた戦場の匂い。

 だが彼女が進化を重ねれば、その匂いは薄れ言葉を話すようになり。

 より進化していくことで、誤って神に近づいた。


 レオトールは知り得ないが、ゾンビ一号は神の言葉を理解できる。

 深淵から覗く死の女神に対して暴言を吐き捨てていたが、死の女神は彼女を見て憐んでいた。

 人から、神へ。

 人として死んで、死者という上位の存在となり、そして二度と死ぬことのない神へという存在になりつつある彼女を見て憐んでいたのだ。

 故に彼女が抱いていた感情は嫌悪、神の力によって変質しつつある自分の最終地点を見て同族嫌悪を発揮していた。


 そして、そのすべての変化に黒狼は気づかない。

 気づけるはずがない、何せあの男はゾンビ一号を人として見たことはないのだから。

 どこまでも道具だ、自分の足で付いてくる自分にとって一番の道具。

 もしも、人として見ていれば気づいた変化も。

 道具としてしか見ていない黒狼には、わかる筈などない。


「止める気はない、むしろ力をかそう。人として歩むのならば、私は君を育てた者として力を添える。故に覚悟しておけ、その道を突き進むのならばあの男からのどうしようもない拒絶が待っているぞ」


 濡らした髪の水気を、タオルでゆっくりと拭き取った。

 そのまま香油を取り出す、高級品というよりは市販ではあるが質の良い代物。

 それを少し取り出して、ゆっくりと塗り込み始めた。


「なんで……、止めないんですか?」

「止めれるものか、人間の激情というものは等しく過激にして燃え上がるモノだ。そしてそれらは全て美しい、一時の瞬き故にどうしようも無く。恋の末路など見え透いている、あの男をどうしようもなく好きになったのならばその最後は破滅しかあるまい。だがその破滅すら良しと考えたのなら、私が出す言葉はないに決まっている。ああ、そういう意味ではアレはどの激情を孕みながら他者に示さぬネロという少女は好みだな。良き戦士になっただろう、北方にいれば」

「話が変わっていますよ、レオトール」

「そうだな、ああ。だが意識して戻す話でもなかろう、死を誇れと見なしても等しくやり直せぬのは怖い物だ」


 小さな、ナイフを手に取ったレオトールはゆっくりとゾンビ一号の髪の毛を切っていく。

 ゾンビ一号は抵抗しない、少なくとも彼女にはその考え方が分からないのだから。

 戦うために生み出された兵器、それはゾンビ一号をします上でそれ以上ない物だ。

 確かに、彼女は兵器だ。

 女ではない、人ではない、生物ではない。

 黒狼を守るために、黒狼のために生み出された生きる機械のような物。

 しかし、感情を得た。

 だから、彼のために製造目的に逆らう。


「こんなものか、綺麗になったではないか」

「今更ながら髪を切る意味はありますか? レオトール」

「無くはなかろう、髪には神秘が宿る。故に魔術師の中でも神秘を用いるモノは長髪となるのが通りだ、だがお前は神を利用しても必要とはしていない。いわば言葉掛け、縁切りの一種だ。髪を切り、神と切る。馬鹿馬鹿しいが、コレが意味のある行為なのは魔術を嗜んでいる以上理解できるな?」

「そうですね、ええ。ふふ、何か不思議なものがあります。親子のような距離感、ですか? コレを例えるのなら」


 どうだか、と返事をして外を見た。

 小鳥が飛んでいる、そして撃ち落とされた。

 夕食となって出てくるのだろう、その光景はどこでも変化しない。

 レオトールも、幼少期に必死となって行った。

 余分がない北方では才能がない存在に食わせる飯はない、故に棒振りが終わった夜半は狩の時間となっていたのが常だ。

 生きるのには最低限、だが強くなるためにはそれ以上に飯を必要とするのだから。


 あの時期は、妹にも哀れに思われていたと家族に思いを馳せていく。

 時偶に砂漠を駆け、氷雪の中で獣を狩った妹。

 才能の塊にして、その才能を生かしきれていない哀れな人間。


 自分という最強は、多少ながらも北方に恵みを齎した。

 そして、同時に災厄も与えたのは間違いない。

 最強というシンボルは憧憬の対象にされる、否が応でも。

 魔術の才覚を潰し、剣の道に傾倒した妹は己の愚かさを自覚しているのだろうか。


「ああ、天気が良い」

「そうですね、迷宮の中ですしケイローンが天候を操作しているからでしょうか?」

「いやそれは無いだろう、天候の操作。限られた領域内では決して難しくはない、だが無用なリソースを消費しているという事実は変化しない。憶測ではあるが、外も澄み渡るような青空が広がっているに違いない」

「なんか、博識ですよね。レオトールって、当たり前のようにさまざまな知識を披露していますし」


 そうか? そうかもな、口の中で木霊する言葉を噛み締めながらレオトールは初めて言われたその言葉。

 彼にとって知識を欲するのは、もはや特別なことではなかった。

 知識は有ればあるだけいい、生死を分けるキッカケになる。


「知識とは生きるために必要な、生き残るために必要なものだ。生きるために、私は無窮の叡智を欲した」

「なんか、可笑しいですね。レオトールでも、死ぬのは怖いのですか?」

「死ぬことは怖くない、私にとって死とは訣別であり仕事である。もしくは、契約だ。殺し殺され、戦場で死ぬことは誇れでもある。依頼があれば、どれほどの外道仕事だろうが請け負うのが私たちの流儀だ。故に仲間に対する裏切りは人一倍厳しく、裏切るのならば徹底的にとなる。……饒舌になってしまったな、もしかすれば私は死ぬのが怖いのやもしれん」


 少し笑いながら、レオトールはそういった。

 だが、言葉の全ては本心からのものでり確かにレオトールは死ぬことに恐怖を感じていない。

 もとより、レオトールにとって命とは幸運にも降って湧いてきたものだ。

 

 誰もが当然のようにできることが、できない。

 それがどれほどの苦痛と試練を与えたのか、余人には理解出来ないだろう。

 特に北方では差別が生まれない、差別による余分を許さないからこそあの大地で生き残ることができる。

 故に、だ。


 疎まれるわけでも、避けられるわけでも、求められるわけでもなく。

 そこにいる、顔のない人間でしかなかったのだ。

 この、男は。


「本心からの想いだ、故に。死ぬのは怖くない、だが契約がありやり残しがあり恩があり咎があり。私が殺した英傑に託された()があり意思があり、何よりも我らの母たる北極星(リーコス)が私を見ている。月にも太陽にも飲まれるにもかかわらず、北天の大地の彼方で輝く北極星(リーコス)が」


 現実世界においてリーコス、もしくはリュコスは狼の意味を示す。

 だがこの世界では、北方に存在する北極星が示されている。

 星信仰、ある種その一種なのだろう。

 北極星を求めるように、北の最果てへと向かい。

 人が生きる生存域を作成した、大英雄の末裔の証明。

 レオトールは、だからこそ死ねないと語る。

 北方の大地を地で濡らしながら、それでもなお生きてきた人たちの為にも。


 死ぬのは怖くない、だが。

 死ぬに足り得る理由がなければ、決して死ぬことは許されないのだ。

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