Deviance World Online ストーリー4『腐敗死体』
階段を、下る。
幾許かレベルは上がった、基礎的なステータスが向上した。
ソレでも、心許ないのは変化しない。
その感想を抱いた挑戦者を思いながら佇む。
墓石と墓標、骸犇く大迷宮。
そこに存在するとある一層で、黒狼を出迎えるかのように彼女は座する。
全身が爛れ、焦げ付き、炭化した状態で。
ソレでも、腐敗しながらも肉が髪の毛に散乱し、無限に等しい憎悪と殺意の執念を魂として封じられている彼女は。
純然たる迷宮の道具として、そこに居た。
*ーーー*
村正が刀を担ぎ、黒狼はゆっくりと刀を振る。
演舞、ただの棒振りだ。
その動きを見た村正は、少し眉を顰めた後に一言告げる。
「手前の技は技じゃねぇ、形稽古はちぃとばかり無駄臭ぇな」
「ふぅん? なるほど、面白い感想だな」
「柳生の野郎と打ち合えば、幾許か刀遣いとしての動きにゃなるだろうが……。手前の動きはそうじゃねぇ、方向性を与えれば結局動きが鈍るだろう。そうだな、ここから先は剣士ではなく鍛治士の意見となるが……。手前は物覚えは悪かねぇ、だから色々な武器を使ってみやがれ。この鍛治士泣かせめ、一昨日きやがれ馬鹿野郎!!」
「一昨日まで待ったんだよ、バカヤロー」
軽快な笑いと共に村正は黒狼の刀を奪う、どうやら気に食わない部分があるらしい。
じっくりと観察しながら、その刀に対して槌を振る。
直後、刀が砕け粉末状になってしまった。
慌てる黒狼に、黙れと一言返す村正。
「やっぱり魂が抜け始めてやがるな、此奴の魂が手前から離れてやがる。このままじゃ、遠くねぇ内に刀を作るスキルも喪失するだろうよ」
「なんで分かんだよ、お前」
「何本の名刀を見て、何万本の劣刀を見たと思ってやがる。ソレに、この世界の武器はわかりやすい。魂が入りやすいと言い換えてもいいだろう、儂が見れば魂の有無如き簡単に解るに決まってる」
「ヤベェやつだな、お前」
フン、と鼻を鳴らし不満を垂れるように黒狼へ目を向ける。
黒狼は一瞬目を外し、そのまま誤魔化すように笑った。
勿論、村正はそんな程度で誤魔化されず黒狼の頭を叩く。
「この分だと、手前の進化も一度戻りかねんな。手前の進化には儂の刀の力が大きく影響を与えている、そこから刀が抜け落ちれば結果なんぞ分かり切ってやがるだろう」
「分かんないのが普通なんだよ、まず刀が抜け落ちるってなんだよ抜け落ちるって。というか、進化が巻き戻ることなんてあんの? 今から退化すんの!? 俺!!」
「さぁ、な? 儂は手前からスキルが抜け落ちるのは確実と睨んではいるがそれ以上も以下もねぇ」
「嘘だと言ってくれよ、うーそーだーとーさー!!!」
黒狼の叫びを雑に無視する、むしろ本人が気付いていないのが不思議といった感じで脳内で思考し始め結局止めた。
理屈を捏ねて考えるのは村正の仕事ではない、依頼を受けて実行するのが村正のすることだ。
ゆっくりと立ち上がりつつ、休憩を終える。
黒狼から伝えられた村正の方針は簡単だ、迷宮を攻略しろの一つだけ。
まずまず魔導戦艦の作成には移れない、空を飛ぶ船と言うのは妙案ではあるもののその土台となる鳥がいない。
であれば、子細な内容しかできない村正にできることなど碌にないのだ。
「さて、迷宮攻略に戻らにゃならんか。モルガン曰く、迷宮の規則に沿わねば面倒らしいしな?」
「ボスをスキップはできないのは面倒だな、理論上転移魔術なら不可能じゃないらしいけど」
「理論上、この言葉が憎たらしい」
そう吐き捨て、安全なエリアを抜ける。
別段敵は強くない、最初の数層はボス以外の強化はないらしい。
だが問題となるのはその先だ、あの女騎士の先。
スクァートがボスとして出ているのならばいいが、雑魚敵として出ているのならば黒狼たちは逃げ帰ることが必須だろう。
背後でちょこまかと動き回るネロの首根っこを掴んだ村正は面倒だと感じながらも、モルガンから告げられた嫌な予想に息を吐く。
「憂鬱憂鬱極まったな、率直な話儂はもう降りたい気持ちがあるんだが? なぁ黒狼」
「ぶっちゃけここの攻略は必須じゃないから気にするな、面倒だったら普通に逃げ帰るさ。ただ、予想だが……。うん、本当に直感の予想にはなるがこの先に大きな問題はないと思う。この迷宮の先にある12の難行や、あのレベルの強さのモンスターを出すってことは相当なリソースを消費するはずだ」
「勘なんざ信じられるか、だが進まんことにゃ話が進まん。やる事は最初から決まりきっている、と言うわけか」
「無駄な指示を出すと思うか? 俺が、基本的な指示は必要なことだけだ」
黒狼の言葉にどの口が、といって悪い目つきをますます悪くする。
確かに度々言われる方針や指示に具体性がないわけではない、モルガンの計画より具体的でありわかりやすい部分は大きいだろう。
しかし、だからと言って明瞭な訳ではない。
色々擦り合わせも必要ではあるし、黒狼が村正たちを過大評価している節すらあるのだから。
「モルガンはボスを倒したのか、結構早い速度だな」
「そりゃ手前、向こうにはお荷物がいねぇんだ。当然、歩く速度も速いだろうよ」
二手に分かれての活動だが、思った以上に黒狼達の動きが遅い。
仕方ない部分があると言えばそれまでの話だ、面倒な女性たちで固めた黒狼の思惑が裏目に出たと言い換えてもいい。
息を吐き、村正は天井を仰ぐともう少し早く行動するために色々と考え始める。
「とりあえず、敵を全部儂が薙ぎ倒す。手前はこの童を背負って追いつけ、おそらく其奴が一番はやい」
「だな、と言うわけでネロ。俺の背中に登れー、肋骨に体を挟むなよ」
「うむ!! もちろんである!!」
ネロの言葉を半分聞き流しながら、彼女を背負うと黒狼は走り出す。
目の前では村正が刀を軽快に振り回し、襲いかかるモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒していた。
この程度ならば、敗北はあり得ないだろう。
安心と共にほくそ笑むと、黒狼は彼に追いつくために全力で追いかける。
全力でダッシュし、敵を倒して進んでいく。
大体三十分後、いくらか迷いはしたがソレでも無事ボス部屋に辿り着き現れたモンスターを苦戦することなくモルガンの魔術で捻り潰す。
「いや手前!? 普通はそこは儂らの力で倒すとかじゃねぇのかねぇ!? 二番煎じなんざ受けはしねぇぞ!!?」
「だってぶっちゃけ、ねぇ? 一番速いし」
「金属はすり潰すに限ります、ほら放置するだけで見る見るうちに……」
「もう少し儂も戦って見たかったんだがなぁこんちきしょう!!」
と言う叫びと共に、あっさりとボスは金属クズになった。
解体スキルを用いたことで素材は残ったので、村正はソレを回収する。
金属クズとは言っても、アンデッドが核となる魔力を宿したアイテムだ。
刀にはならないが、ある程度の希少性を誇る。
「ちぃとばかり、質が悪い。次があるなら柳生の野郎を連れてくるか? あのばーさんなら鉄風情、切断可能だろう」
「怖いな、リアルチートども鉄で鉄を切れんの?」
「まぁ、此処じゃ狡っこい真似をしちゃ居るがあのばーさんなら軽くするな。一息一突き、一振り一殺があのばーさんの得意技だぞ?」
「戦いたくありませんね、流石は剣聖。おそるるべき能力を持っています、目の前に立ち塞がらなければ良いのですが……」
モルガンの呟きに、黒狼も村正も同意する。
確かに、かの剣聖が敵として立ち塞がるのならばこれ以上に怖い話はないだろう。
ステータスも、魔力の補助もなく、音速に耐えうる肉体と耐えさせる剣技を持つのだ。
この世界でもそこまで鍛え上げた剣士は少ない、だろう。
勿論、同じ結果を再現するだけならば容易いと言えるだろうが。
「さて、いい加減倒しにいくか。あのクソゾンビ騎士を、手っ取り早くな?」
「作戦、及び勝算は?」
「とりあえず全体を通して確実なのは、ネロとモルガンを殺させないこと。最悪ロッソは死んでも構わない、後村正もだな。基本的にゾンビ一号を壁にして俺と村正が中衛遊撃担当だ、俺は死にながら致命打を連打すればいいだろう」
「ふぅん? なんでモルガンは死んだらダメなのかしら? その心は?」
ロッソの問いかけに、黒狼は単純な手数と魔力リソースだと返す。
モルガンの実質魔力量は全プレイヤーの中でもトップを軽く誇る、ルビラックスを用いた無制限に等しい莫大な魔力生産量は本人の魔力濃度が大きく下がらない限り恒久的に供給される。
つまり、ヒュドラ戦ほど全体的に追い詰められる状況にならない限りモルガンは戦い続けられるのだ。
ソレに対してロッソはモルガンほどの継戦能力も攻撃力もない、彼女の役回りとして主となるのは戦う前の事前準備だ。
だからこそ、実戦ではロッソは最悪死んでも構わないと言うわけになる。
「と言うわけだ、そも役割や方向性が違うから文句は堪忍な? あとネロを死なせたくない理由はバフの効率だ。彼女のバフの割合は桁が違う、相手が単騎でレイドでも仕掛けられていない限りまずまず彼女のバフは戦況をひっくり返す」
「なるほど、最低限以上は考えてやがるわけだ。確かに戦力的に考えれば手前と儂は同程度、其れに手前は死んでも復活が早くなる方法を備えてやがる。最悪あの騎士擬を手前一人で止められるのなら儂は不要となるだろうよ」
黒狼の言葉になるほど、と頷く村正とロッソ。
ネロも自分の役回りを理解したのか、うむうむと叫んでいる。
反面、モルガンは少し不安げに唇に指を当てた。
「問題が3点、まず一つ目に我々は足並みを揃えることに向いていません。全員が集まったのはイベントを除き今日が初めて、そして戦うのはイベントを含めてほとんどありません。二つ目に、ゾンビ一号とやらの実力が突出しています。二人で撃ち合っている合間、我々は行動を制限されるでしょう。三つ目に、そもそも此処にいる私は本体ではありません。自分を増やす魔術を用いてコピーしただけです、そのためヒュドラ戦ほどの性能を求めるのならばこの劣化コピー風情ではとてもと言ったところでしょう」
「安心しろ、昨日やりあった感じ隠し技がなけりゃ順当に勝てる相手だ。全員揃えたのはこの先に対する対策でしかねぇ、勿論勝てる確信はないが此処で全滅するのは1000パーセントあり得ないだろうよ」
「何人抜けて突破可能ですか?」
「最低一人、真っ先にモルガンかもしくはロッソが倒されると思うな。最悪は四人、俺とゾンビ一号以外は全員殺されかねん」
妥当な数字にモルガンは笑みを浮かべた、何せその回答は黒狼に対して一切の口を噤んだ上で観測結果をロッソと共有し出した答えと一緒なのだから。
敵の強さを見誤っていない、そして自分たちを過信していない。
鼓舞するのは向かない、と言うメンバーの性格も理解している。
「悪くありませんね、我々の推測通りです。では、倒しましょうか。勿論、誰一人とて抜ける気は?」
「「「「無い」」」」
モルガンの呼びかけに黒狼達四人は冷静に返し、ゾンビ一号は軽く首肯する。
敵は一人、強さはまちまち。
勝てはするが損害は覚悟が必須、つまり難敵である。
「お前ら全員、丸太は持ったかー!!!」
「杖はここに」
「儂は刀だ、馬鹿野郎」
「今日は魔導書ね、うん」
生憎と、全員のコメントが一致することはないようだ。
そもそも、言い出しっぺの本人もマルタは持ってないし。
*ーーー*
階段を降りる、コツコツと響く階段を。
緊張感は少なからず存在する、ボス級の討伐とはプレイヤーの中でも上位に位置する存在がある程度集まらならければならない。
ボス級、及びボス。
プレイヤーがそう呼称するレベルの存在、通常モンスターの中でのハズレ値。
そんなボス、ボス級に匹敵する敵。
わずか六人ごときで倒そうなど、思い上がりも甚だしい。
階段を、下り切った。
墓石と墓標が乱雑に立ち並べられた、そこは墓地。
暗い暗い地下の中央、輝いていた白銀の剣は敵を知る。
爆発音、銀の流星が襲いかかる。
最初に反応できたのは、最初にソレに対応したのは他でもないゾンビ一号だ。
白銀鎧を身に纏い、銀の流星が迸る。
「正気を食らえ、『形なき神』」
同時に、超自然的、根源的、人であるが故の、生きているが為に、生きるための、恐怖が具現となる。
深淵は、また同じく現を見ている。
清漣潔白なる、腐敗した騎士はその手に握る剣を暴風雨のように振り回す。
長く伸びた、その白銀の銀髪は血と煤に汚れ輝きを失い。
端麗美端なるその顔の造形は、半ば以上焼き焦げ炭化している。
だがソレでも、その造形はゾンビ一号と酷似しておりモルガンが見紛うのもおかしくないだろう。
その潔白さは腐敗し、その冷徹さは遠に消え、その美しさは燃え尽きて、だがソレでも彼女の剣技は冴わたっている。
ゾンビ一号は一拍遅れで、剣を振るう。
追いつけない、白銀の流星に翡翠たる守りは通用しない。
だが、ソレでも時間は稼げる。
「『夜の帳』」
一言にして、一節目。
ネロの詠唱の開始とともに、モルガンとロッソの魔術が四方八方に展開された。
同時に村正と黒狼が肉薄し、同時に抜刀スキルを発動する。
二人の刀が、絶速で襲い掛かった。
常識、当たり前、当然の話。
別方向からの3攻撃は防ぎ用がない、一つ二つは防ぎ避けれても必ず一つは当たる。
宇宙の法則、有史より当然と語られた当たり前の摂理、常識で語る常識の話だ。
だが、この常識には無意識の土台がある。
無意識下で、当然を当然と認識しているからこそ常識がある。
常識を疑うと言うことは、当然と言う前提を削ると言うこと。
一つ、ここで黒狼達の常識として存在する非常識を破壊しよう。
ゾンビは、死んでいる。
「マジかお前!?」
「嘘、でしょう!?」
「手前!??」
人間と見ていた、姿形が普通の人として動いていたから人と誤認していた。
黒狼の刀が突き刺さり、村正の刀が振り抜かれ、ゾンビ一号は彼女の剣を受け止めている。
普通に考えれば、致命傷になっているだろう。
だが、この度に至っては致命傷になり得ない。
何故か、単純で明快で盲点となっている話だ。
「お前、体の中身に寄生虫を飼っているのかよ!?」
前回の戦いでは、彼女の剣技に全てを阻まれこのことを理解していなかった。
だからこそ、黒狼は彼女の強さを見誤った。
古今東西、ゾンビというものは多岐にわたって存在する。
呪いや呪縛によって動くものから、このように寄生虫によって動かされるものまで。
改めて、彼女の。
このボスのHPゲージの内訳が判明する、改めてだ。
そう、このボス。
このHPゲージは、体内に飼育している寄生虫こそがHPゲージなのだ。




