Deviance World Online ストーリー4『混沌たる白亜』
黒狼はゾンビ一号を無視して歩き出し、迷った挙句にロッソの家に到達した。
扉をたたき、返事と共に無理に押し入る。
中では慌てながら散らかっている部屋を片付けているロッソがいた、黒狼は彼女が慌てているのを見ながら適当な椅子に座る。
「……、あら? 彼女は?」
「痴話喧嘩、ってやつかね?」
「犬が痴話喧嘩を食うのかしら、ねぇ?」
「生憎と、俺は黒狼なんだよ」
叩く軽口、告げるは辛口、反応はNG。
部屋の片付けを諦め、黒狼の椅子の前に小さな机と椅子を持ってきてコーヒーを用意し出すロッソ。
黒狼の様子を見れば只事でないのは分かる、六日ほど一緒に行動したのだから嫌でも。
少し皮肉的な冗談に皮肉ではあるが棘付きの言葉で返すような男ではない、少なくともそれだけの信頼は持っている。
ではなぜここまで不機嫌、もしくは苛立っているのか。
ソレを聞こうとし、コーヒーを勧めようとしてやめた。
よくよく考えればアンデッドがコーヒーなんぞ飲むはずがない、骨の隙間から溢れるのがオチだ。
「どうしようかしら?」
「なんだ?」
「いえ、その様子だとゾンビ一号と喧嘩でもしたのでしょ? 少しは聞いてあげようかなって思ってね。なぜ喧嘩したの? ソレぐらいは言いなさいよ」
「喧嘩……、そうか。喧嘩かぁ、喧嘩になんのかなぁ……」
心ここに在らず、そんな様子で何処かに視線を向ける黒狼だったがすぐに興味を惹くものを見つけたらしい。
一瞬で、何かに注目を始めた。
その様子を見て連れてきたのは失敗か、と思いながら黒狼の背中を叩く。
「あのねぇ、せめて聞かれたことくらい言いなさいよ。ガキじゃあるまいし、言えるでしょ?」
「お前、そんなキツい性格だったか? ま、いっか。いや、ゾンビ一号って俺が作ったゾンビなんだけど……。予想以上に成長してて、本人の自由意志が結構強くなってるっぽいんだよな」
「うんうん、ソレがどうしたのよ? 道具なら道具として使えばいいし人として使いたいのなら人として扱えばいいんじゃないの?」
「話はそう簡単じゃねぇんだよ、ったく。そもそも俺は真っ当な女の扱い方とかしらねぇし……、そうだ。お前らにゾンビ一号預けてもいい? 丁度いい戦力にもなるだろうし、ほら。お前らって後衛職じゃん? 女性との接し方とかわかんねぇから慣れるまでお前らで預かってくんね? 戦力提供と俺を助けると思ってさ?」
クズ、ここに極まれり。
だが間違えてはいけない、割とロッソも同類であることを。
ロッソも人の心がわからない系ヒューマンである、当然黒狼の言い分の内で自分の損得となる所しか見ていない。
ゾンビ一号の戦闘能力は高い、黒狼は計りかねている部分があるものの間直で見ていたロッソはほぼほぼ性格な評価を出せている。
そんな戦闘能力を持つ存在を貸し出してもらえるのならば、痴情の縺れなど気にすることなどないと思考を終え話を結論づけた。
「構わないわよ、ソレで? 何か面白い案があるんだったっけ?」
「ありゃ、モルガンから聞いたか? まぁいい。お前の制作技術を見込んで頼みたいことがあるんだよ、ついでに装備面の充実なんかの役割分担も兼ねて色々相談ってところ。モルガンは魔術関係には秀でているようだけど、
タスク管理やそれぞれの得手不得手を図り損ねてる感じもあるし。ソレにイベントじゃ、全力を出しきれていないだろ? どうだ、是非とも俺にお前の技術を見せてくれ」
「ふん、口説き文句としては野暮ったいわね? もう少しロマンチックに言ってほしいわ」
「じゃぁ、そうだな。お前の力が俺には必要だ、俺にはお前しかいないんだよ? って感じか」
ソレじゃ、ダメ男そのものよ。
などと返しつつ、コーヒーを継ぎ足す。
これだけリアルだと現実と錯覚しそうになるが、しかし非現実的に排泄行動を行わなくてもいい。
その事実から便利なものだと思いつつ、コーヒーポット代わりにしている錬金釜を傾けた。
コトコトという音と共に、丁度良い温度のコーヒーが注がれる。
可愛らしいイラストが記載されたコップを傾けるリケジョ、これは中々に萌えという概念を作っているのではないだろうか。
「ソレで、作りたいモノがある。ロッソ、お前は空飛ぶ戦艦に浪漫を感じねぇか?」
「空飛ぶ戦艦? 速度を出すのなら兎も角、普通は航空力学的に不可能よ。過去の遺物なんかあんまり知らないけど、戦艦ってアレでしょ? ほら、宇宙艦の小さい版」
「普通に船でイメージできねぇの?」
「私は火星に住んでるし海を見たことがないのよね、人工海洋は見たことあるけどその程度よ。あなたは違うの? もしかして地球住み?」
いいや、と否定する黒狼。
ロッソと同じく、黒狼も火星住みだ。
このメンバーの中で地球に住んでいるのは村正だけだろう、モルガンは詳しく聞いていないが雑談していた雰囲気的に宇宙ステーションの可能性がある。
ネロは……、完全に不明。
というか、話を聞いても適当に誤魔化される。
ただ世俗の常識に疎い感じからすれば、数百年前に従来のマザーシステムに支配されることを拒み独自のシステムを作成した金星の可能性もある。
「ふぅん? じゃぁ何で海とか知ってる感じなの? もしかして地球旅行に行ったことがある感じ?」
「まぁ、ちっこい頃に一回な。友人が某有名カンパニーの御曹司だったから流れで連れて行ってもらったことがある、一ヶ月程度の滞在だったけど重力が思いの外強くて驚いたよ」
「そうなのね!! いいなぁ、色々住みやすいのは火星だけど地球に住んでるのはエリートって感じがして羨ましい」
「ネットの情報だろ……、何億人住んでると思ってるんだ。中には程度の低い奴らもいる、というかいたよ。サブカルの聖地を巡ってみたけど、やっぱりUSA地区はダメだね。ただJA地区は素晴らしかった、2000年周辺のサブカルの本気を見れたのはマジで楽しかったな」
オタオタとした会話をしながら、黒狼は一旦視線を外す。
本題から逸れすぎた、だから軌道修正するために言いたいことを頭の中でまとめる。
ゾンビ2号を戦艦、空を飛ぶ戦艦に改造する計画。
割と絵空事だが、黒狼は可能だと確信していた。
「航空力学、ってのはあんまり分からねぇけど改造する基本となるゾンビ2号のデータはこれ。んで、改造案として必要な機構を演算したところこんな感じ」
「なるほど、結構昔から計画してた感じね? 設計として不満があるのは、こことここかしら? 現実世界準拠だから無駄な機構が入ってる。このゾンビ2号の大きさとかは全然わからないけど、そうね……。うん、この感じなら空気を下に常時排出することで浮力を確保するより胴体の下に反重力系の術式を刻む方がいいわ。問題はエネルギー問題だけね、ただ草案としては結構いいわねコレ」
「エネルギー問題、か。実はソレに関しても少し、いい案がある。お前、ミ=ゴが書いていた例の魔力生成機関の話を知ってるか? 見せたとは思うけど」
「ああ、アレね? 理論も説明も上手にはできないけど大体理解しているわ。確かにあれは、無制限の魔力を作成できる……。けど、わかっているの? アレは机上の空論よ?」
ソレに対して黒狼は笑いながら、可能だという方法を提示する。
あの文章、内容自体は非常に難解だが無限量の魔力を生成するための方法が二つあると書かれていた。
一つ目は宇宙を一つの永久機関と見做し、それを極小化した上で余剰分の魔力を抽出すること。
もう一つは生命体に存在する魂、ソレが成立するためのエネルギーを横から奪う方法。
魂に莫大なエネルギーが宿るというのははっきり言って眉唾物ではある、だがネロの心象世界がもしも魂の形を具現化しているのであれば。
ソレが真実だと仮定すれば、魂には大きさを問わないものの世界を成立させるだけのエネルギーを内包していると考えられる。
そのエネルギーを横取りできるのならば、恐るるべき量のエネルギー。
もしくは魔力を抽出できるのは間違いない、そんな話を黒狼は力説する。
「……なるほど、完璧な案ね。ただし、不可能という一点に目を瞑れば」
「へぇ、文句があるらしいな。いいぜ、言ってみろ」
「まず一つ目、どのように抽出するの? ミ=ゴの研究資料は難解であり最重要機密にはいくつものプロテクトがあるわ。リアルの解析システムに掛けてもソレなのよ? まずまず読み解くのは不可能と思いなさい。そして二つ目、こちらの方が重要ね。もし抽出できる機構を作成したとして、どうやってそのエネルギーを内包する存在を成立させ続けるのかしら? 生命体であれば食事は必須だし排泄もある。あの内容を見る限り、肉体を殺しては不可能よ。そして最後、普通に考えて魂一つがどれぐらいのエネルギー内包しているのか不明なのよ? 複数用意するにしても人道的な面で角が立つ」
「人道的? 知るかそんなもん、使えるのなら全部使えばいいさ。ソレに抽出面に関しても少し考えがある、村正は刀を利用した魔術を行う。その理屈は刀の概念を応用した術式だ、つまり剥奪や抽出の概念を含ませモルガンやお前が術式を敷けば永続的に剥奪できるだろう。ソレに、生物的な問題は踏み倒せる。俺には他者をアンデッド化するスキルがある、レベルはマチマチだが利用方法次第では電池なんぞいくらでも生み出せるさ」
その言葉に眉を上げながら、他人頼りではあるが確かに不可能ではないという確証を得ていく。
ただし問題のほとんどは机上の空論、可能性としてはできなくもないという程度。
故に、ロッソは話を進める。
「確かに、不可能かどうかで言えば可能よりの不可能ね。じゃぁ、追加で聞くわ。もしもそのエンジンを作成できない場合は? その時はどうするつもり? 私を、私たちを無報酬で働かせその末に完成しませんでしたはあり得ないわよ?」
「副案、ねぇ? ないことはない。そもそも魔力を捻出する部分以外は完璧なんだろ? なら、簡単だ。俺をエネルギー源にすれば万事解決だ、だろ? 俺は死のデメリットが限りなく薄い。第一の太陽を用いた熱量の変換でも、俺自身が死に続けることで俺自身の魔力を搾り取るのでも構わない。想定だが一分の可動で要求される魔力総量は精々10000程度、10キル分だ。どうせお前らのことだから備蓄する方法もあるんだろ? ほら、簡単だ」
「全く、倫理観の欠片も無いわね。村正の許可は? 彼が賛成するのなら私も助力するわ、というより彼前提の話が多すぎる。彼が助力しなければ私が尽力したとしても、まず完成は不可能ね」
「だが、机上の空論でも理論は実証可能なレベルまで落とし込んだ。アイツは何だかんだで結構甘い、道理さえ通せば協力してくれるだろう」
黒狼の弁舌に舌を巻くロッソ、確かに彼の言い分は面白い。
確実に不可能とは思えない、むしろ可能であるように感じる。
であるのならば、好奇心が揺さぶられないはずがない。
「その熱量、流石としか言いようがないわ。報酬は完成品の共有で勘弁しましょうか、失敗しても学びは得られるし?」
「勿論、ソレにキャメロット攻略にはデカい旗印が必要だ。エクスカリバーを圧倒するような旗印、ソレが移動式拠点であるというのは妙案とは思わねぇか?」
「そこはモルガンの担当じゃないの? だけど、確かに。政治には疎いけど、旗印は必要よねぇ。どんな形であってもアルトリウスはプレイヤー、殺したところで何にもならない。故に名声を貶めるための、私たちの勢力の象徴が必須というわけか。うん、私はあなたを支持しようかな?」
「ついでに、俺たちのクランの名前なんだけど。『混沌たる白亜』ってどうだ? なかなか活かしてない?」
黒狼の提案に意味を尋ねるロッソ、それ待ってましたと言わんばかりに興奮しその意味を語る。
グウィバー、それはアーサー王伝説に登場するブリテンを滅ぼす白い竜。
カオスの語源は、ギリシャ神話の太祖にして原初だ。
その語源は、空の境界を示す。
何もない、一見すれば空っぽにしか考えられないがそうではない。
古来より、神話の多くで示される原初の空は混沌であった。
また、もう一つ意味はある。
色の三原色によれば、全ての色を混ぜ込めば黒くなる。
だが白の三原色によれば、全ての色を混ぜれば白くなるのだ。
この血盟は全員の主義主張が異なり、同時にその目指す目的も統一されていない。
だがしかし、そんな瑣末なことなど関係はない。
光のように盲目的に直進し、飽くなき激情を満たすだけ。
たまたま、その道が重なったのが現状であり。
そして光が重なれば白くなる、故の白亜だ。
「いい話ね、モルガンに本当の説明かどうか聞いてなきゃ騙されるところだったわ。ソレ、今考えたでしょ?」
「あれ、なんでバレた?」
「いえ普通に、なんか嘘くさいというか……。そうね、今考えたばかりのような雰囲気があったからモルガンに貴方の言った言葉を全て送りつけたのよ。そしたら、別段深い考えはなかった筈だって返ってきたし」
「お前ら、そんな仲良かったっけ?」
ロッソはその説明も悪くないけど、普通に適当に自分の目的とモルガンの提案を組み合わせましたって言えば文句なんてなかったのに。
などと呟きつつ、それはそれとして良い案だと認めた。
確かに説明は後付けだが、それでも内容までは批判する必要はない。
いわば順序の問題だ、本来言うべき内容を秘匿し耳障りの良い内容をいうのは詐欺と差して変わらない。
「しかし、そんな仲良かったのか。喧嘩しているイメージが先行してて、どうもな?」
「別に仲は良くないわ、ただ喧嘩する程度の仲って程度。彼女も私に対して嫉妬している部分はあるし、私も彼女に対して嫉妬している部分がある。あの魔女は魔術を誰よりも先鋭的に自分に合わせて作っているけど、私みたいに汎用化はできない。そして自分がもっていないのだから、嫉妬もする。彼女は認めないだろうけど、結局は同類よ。こうして他人にまで堂々というか、自分の中に仕舞い込むかの違いね」
「女性の仲ってわかんねぇ、もっと堂々仲良くすりゃ良いのに」
「それができたら苦労しないわよ、人間ってそんなもんよ? それに表では堂々仲良くしていても本心では殺したいほど憎むこともある。ネロとモルガンも仲はいいけど、互いに見下してそうだし?」
ロッソの言葉に素直に震える黒狼、仲悪いのかと震えていた。
そのようすに庇うように一言、あくまで私の所感だけどね? と付け加えるが黒狼には届いていないようだ。
呆れたロッソはそのまま、日の出まであと何分かを考える。
そして、あと2〜3時間程度だと大体で弾き出すと黒狼に向けて今後の予定を聞く。
黒狼はしばらく悩んだ後、ネロに会いたいと返した。
ロッソはそれを聞いて一言返す、ネロは大抵の場合は郊外で歌っていると。




