Deviance World Online ストーリー4『神と深淵』
「全く、辛くも勝利を得て逃げおおせたと思えば今度は別の集団と戦う羽目になるなど今日は運が悪い。」
「すみません、私が途中で逸れたばっかりに助力もできず……。」
「いや、謝る必要はない。こちらも急いて行動したのが不味かった、お前の移動速度を考慮していなかったという事だな。」
静かだが冷静に自分の失態を答えつつ、ゆっくりと息を吐く。
事細かに書くことはないが、レオトール達はあの後あの傭兵団で向かってきた尽くを蹂躙した。
そう、蹂躙したのだ。
だがそこからが不味かった。
戦闘の途中、いくら束になってもレオトールに敵わないとはいえ彼らも一端の傭兵。
その実力は上等も上等であり、レオトールもゾンビ一号も多少の手傷を負わされた。
それだけでなく、ゾンビ一号はそのまま森の中に追いやられてしまったのだ。
流石のレオトールとはいえ、鬱蒼とした森林の中を透過しながら見通せるわけではない。
声も届かない森林の中、二人は半日近く彷徨ってしまっていた。
「仕方ない、ひとまずは夜食としよう。」
「わかりました、火を炊きますね?」
「ああ、頼む。」
そう言った後にレオトールは、鍋を取り出し次に短剣に魔力を流して水を作った。
その横ではゾンビ一号が、周辺に落ちていた程よく乾燥した木材にファイアーボールで火をつけていた所だったが……。
ふと、レオトールの方を見て疑問を呈する。
「そういえば、レオトールは魔術が使えないのですよね? 属性魔力を自力で発生できないとかで。」
「ああ、そうだな。なんだ? こうして魔法陣経由でならば魔術を使えるということに疑問を呈しているのか?」
「はい、私にはそういう知識がないので……。」
「そうだな、簡単に説明するとしよう。まぁ聞き齧りの知識だが、な?」
そう言って一旦口を閉じると、火に鍋をかけつつ適当な調味料を鍋に入れる。
芳しい香り、入れられたスパイスは獣すら誘因しそうな良い匂いを漂わせていた。
ソレを見ながら、まな板を出し適当な野菜を手早く切り裂いていく。
「先ず魔術には種類があることは知っているな? 魔法陣を物質に描く魔術と、人の頭で夢想し魔法陣を空に描く魔術。ソレらには互いに致命的な欠陥を抱えている、前者の場合は陣が少しでも欠ければまともに機能しなくなり場合によっては暴走自壊する。では後者は何だと思う?」
「……そうですね、その不安定さでしょうか? 世界の修正力で規格化される前者とは違い後者は人のイメージが全てです。ですので毎度、同じだけの効果を発揮するわけではない。」
「ソレも正解だ、だがその程度は大きな差異ではない。慣れれば統一することなど容易いさ、私が言いたいのはもう一つ致命的な欠陥。」
そう一言区切ってから、そのまま言葉を続ける。
専門的で複雑な話、、ゾンビ一号もそう言った方向に長けていた人物の記憶を継承していなければ完全に理解できなかっただろう。
また学説などが絡んでくる関係で、その話はより難解になていった。
とはいえ、簡単にまとめるのが不可能なわけではないのでここで纏めていく。
先ず第一に魔術を用いる生命体全般には体内、もしくは魂のどこかに属性を帯びた魔力を精製する機構が存在する。
精製ではなく生成ではないかと、そう感じる場合があるかもしれないがこの場合は精製で正解だ。
そも魔力とは属性という性質を帯びていないものであり、ステータス上ではMPと表記されているのは有名な話だ。
さて話を戻そう。
魔法陣を用いた魔術の場合は魔法陣に描かれた紋様により世界が魔力に属性を帯びさせる、細かなメカニズムは不明だがそういう事実がある。
だが、物的媒体を介しない魔術では世界の修正力が働かず属性の変更が発生しない。
そうなるとこのままでは魔術は属性を帯びず、十全な効果が得られないどころかそもそも魔術が現象として成立しなくなる。
ソレを成立させるために必要とされる器官こそ、前述した代物だ。
さて、ここまで聞いた人ならわかるだろう? レオトールが何故魔術を使えないのか。
そう、レオトールにはその器官が欠損している。
この事象だけならば別段珍しい話ではない、特定の属性しか扱えないなどと言う話は古今東西よく聞く話だ。
だが彼の場合は、その中でも格が違う。
彼の場合は欠損ではなく、喪失と。
そう表現するのが適切だろう、すなわち彼は属性を精製する機構を持たないからこそ魔術を使えないのだ。
この事実は特異的な話であり、そしてレオトールの足を大きく下げている最大要因でもある。
想像してみよう、いわば銃弾が舞い踊る戦場で彼は武器一本を手に戦っているような物だ。
普通に考えれば、簡単に死ねる。
常識的に考えられない話、しかし彼の場合はその常識すら覆していた。
ソレを為せるのはやはり魔術魔法的な技能、インベントリというスキル。
莫大な財力と類い稀な容量がなければ、絶対的に不可能な話ではあるのだがインベントリに貯蓄した武器を状況によって使い分けるその戦闘方法。
再現できるのならば、誰しもが最強になれる。
そんな話をレオトールは喋りつつ、料理を進めていく。
丁寧に肉を切り分け、塩を練り込みつつ魔力を鍋に流して鍋自体を大きく強化。
そのまま中に肉を入れると、瓶に保管されていた薬草を適度にちぎって投入すると鍋に蓋をした。
蓋が閉ざされた、そのままレオトールは金具によって蓋が開かないように固定すると練炭を薪の中に入れ火力っを大きく向上させる。
すぐに鍋の中の水は沸騰した。
中で水蒸気となったソレは開かない蓋によって内部圧力を向上させ、本来は筋がある肉を柔らかくしていく。
正確な圧力は不明だ、だが一切圧力が抜けないこともあり相当な圧力がかかっていることがわかる。
20分程度だろうか? 話つつ適度に時間が経過したと判断したレオトールは鍋のロックを外した。
爆音が鳴り響く、まさしく発破そのもの。
噴き出す蒸気は相当な高温であり、ゾンビ一号はダメージを負うレベルの熱。
そんな熱を真っ向から浴びながら、蓋が大きく飛ばないように抑え込んでいたレオトールは暫く抑えていたが大丈夫だと判断したタイミングで蓋を退ける。
中には肉汁が染み出したスープができていた。
ソレを満足そうに見た彼は、少し前に木に刺して焼いていたパンを取ると一つをゾンビ一号に渡し椀に注ぐ。
「美味しそうですね……!!」
「野生みが少々強いが、森中で食う飯であれば上等も良いところだろう。私に感謝しろよ? ゾンビ一号。」
「勿論です!!」
その言葉をいうが早いか、渡された椀とスプーンを用いて口に肉塊を運ぶ。
程よく塩味が効いた、柔らかい肉塊。
立ち上る匂いからすでに察せていた話でもあるが、やはりソレは美味であった。
歯が肉に刺さり、削り破壊する。
唾液と混ざり、濃厚な旨味が感じられる肉は確かに美味しい。
薬草のおかげだろうか? 彼が加えたソレのお陰で肉から旨みが抜け出しているはずなのに全く抜けている様子がなかった。
フーフーと息を吹きながらスープを冷まし、啜るゾンビ一号の様子には愛いらしいモノもある。
最もその反対で、熱さなど感じさせずにそのまま飲み込んでいる彼がワイルドすぎるせいでステータス不足なのかという感想が生まれるが……。
「フーフー、よくそんなふうに飲めますね?」
「慣れているからな、ステータスが高くても多少鈍くなるだけで熱いものは熱い。」
「えぇ……。」
訂正しよう、レオトールが純粋に耐性があるタイプの人間という話らしい。
まぁ、傭兵稼業で何度も野営を行ってきたからこその能力なのだろう。
とはいえ、平然と沸騰直後のスープを啜るのはどうなのだろうか?
「さて、ここからだが方針の話をしよう。」
「方針、ですか? 征服王に会うだけでは?」
「根本的にはそうだ、だが会うにしても幾つかの問題が存在する。私の傭兵団、『伯牙』という傭兵団は北方の中でも史上最強と言っても過言ではない。万全の私でも、正面から戦えばまず負ける。」
「……、負ける……? 貴方が? 冗談でしょう。」
そう言い返したが、その言葉はどこか震えている。
レオトールが嘘をつくはずなどない、その事実は彼女もよく知っているがゆえに。
だからこそ、この言葉は希望的観測でしかない。
「ソレに征服王がどのような対応を行うかは未知数だ、アイツは征服者でもありそしてソレをなしている王でもある。合理の鬼ではないが、同時に情に絆されるような輩でもない。下手をすれば追手を差し向けられかねん。」
「……、逃げ切れますか? その場合。」
「逃げ切るのだよ、ゾンビ一号。」
その言葉は、正しくゾンビ一号の警戒心を引き上げさせた。
ここは敵地であると再度自覚させた。
レオトールは基本的にできないことは言わない、だが同時に希望的観測や言葉を濁すこともない。
直球に、的確に自分たちができることを告げる。
そんな彼が、『逃げ切る』のだと。
可能か不可能かではない、根性論で語った。
これは、この事実はレオトール自身もできるとは思っていないということを明確に示していた。
「少なくとも盟主三人に追いかけられれば、まず逃走は不可能だ。逆に征服王自身は軍勢を動かさず、『伯牙』だけが来るのなら状況や条件次第で逃げ切れる。お前に求めるのは、最低限の注意を逸らすことだ。弱体化している私では正面から伯牙とやりあえば簡単に死ねる。いや、死にはしないだろうが武装を回収できていなければ致命傷の一つや二つは覚悟をしなければならない。運が良ければお前は黒狼の元に転送する、もしくはされる可能性があるが……。」
「私が抜けた場合、逃げ切れますか? 本当に……。」
「未知数、だ。この行群でポーションを軽く50は、もうすでに使っている。本音を言えばあと数日は療養すべきだったかもしれん、な。」
「とりあえず夜警は全て私が担当します、彼女の。スクァードの知識では最悪私は死んでもアンデッドであるため、特定の手段を踏めば復活できる可能性はありますが貴方は人間です。迷宮でもこの4日間でも貴方は無茶をしすぎている、ここはゆっくり休んで回復に努めるべきです。」
その言葉を聞き、少し悩んだ末に渋々と言った具合で簡易的な布の上にごろ寝になる。
彼の顔色は、悪い。
最強の代償、ステータス10倍化のデメリット。
その影響は表面上には出ていないが、確かにレオトールの中で潜んでいる。
常人ならば決して耐えられないほどの、歩くたびに骨が折れ体が歪むような激痛。
ソレを一切感じさせず、簡単な戦闘すら行なっていた彼の精神はどれ程までに狂気にまみれどれほどまでの鍛錬を経験して来たのだろうか?
「全く……、彼とは別の意味で仕方のない人ですね……?」
パチパチと火が弾けている様、その火に照らされているレオトールの横顔を見ながらゾンビ一号は呟いた。
死ぬのが怖い、その思いが明確に渦巻いている。
さっき自分は、死んでも大丈夫だと彼を説得した。
だがその話は、ゾンビ一号として復活できるのか怪しい話である。
はっきり言って眉唾物、肉体が破壊されて居なければという戯言を前提としたアンデッドとしての再生。
「そう考えると、私もどう仕様もない人間なのでしょうか? ふふ……。」
一人そう呟く。
彼女は人間だ、たとえその肉体は死体であり例え精神がツギハギであろうとも。
誰かを愛し、誰かを思うことのできる人間だ。
だからこそ、彼女には明確な願いがある。
願いがあり、思いがありそして……。
「人間の精神を持っているはずなのに、けど私は自分を道具だと感じている。」
そして、ソレが心地いい。
否が応でも、ソレは否定できない話だ。
マゾヒスト、というわけではない。
ただ自分は黒狼の道具であるという事実に、心ではなく体がどこまでも安心する。
彼の願いを叶えるために消耗するのなら、この体がなくなってもいい。
むしろ、その程度で叶えられるのならば是非ともこの身この心を捧げよう。
だが、ソレはありえない。
「私は弱い、少なくとも彼の望む自由を叶える事などできない。」
黒狼の望む自由、ソレは。
その話はどこまでも嘘臭く、だが真実と騙るその夢。
ソレを叶えさせることは出来ない、ゾンビ一号の力が足りないからではなくそもそもその夢に彼は本気ではないから。
レオトールであれば話は変わる、彼は黒狼の理解者であるからこそ。
彼の理解者であり、そして黒狼がレオトールの理解者であるからこそ彼ならば黒狼を本気にさせることができる。
異邦という、この世界と関係ない世界の住人である彼を。
この、もう一つの現実とでもいうべき世界に本気で向き合わせる事ができる。
「全く、私はこんなに想っているのに彼は何を考えているのですか? 黒狼。」
ふと、星空を見る。
三連星に、大きく輝く一等星。
薄く貼った雲は、だがゾンビ一号の目を遮ることはない。
彼女の目に写った星は、静かに彼女に語りかける。
「死ぬのは、死ぬことは怖くない。」
空から何かが語りかけて来た気がした。
うっすらと、死の概念を羽織る存在がゾンビ一号に語りかけて来た気がする。
形のない、形容し難い不定形の存在。
深淵が、そこにはあった。
あらゆる邂逅よりも深く、あらゆる雲海よりも高く。
遥か遠くの深淵に、彼女もまた近づきすぎた存在だ。
有名な格言として、『深淵を覗くとき深淵も此方を覗いている』というものがある。
さてここで、一つの疑問を呈そう。
一体いつから、我々は見る側であると認識していた?
人間とは支配者ではない、上位者ではない。
この世界に生きる、ただの生命に他ならない。
黒狼は自ら深淵を覗き、『深淵』と言うスキルを獲得した。
本人は意図していなくとも、彼は自らの意思があった。
だが、彼女は違う。
ゾンビ一号は、膨大な死の記録のフラッシュバックと共に死に付き纏う深淵の神に魅入られた。
だからこそ、彼女は本来なら認識できない深淵に囚われ潜むその神を認識している。
「分かっています、だから見るな。」
死は等しいと、目で訴えてくるその神にそう吐き捨てるとゾンビ一号は息を吐く。
夜は、まだまだ長い。
さて、次回からいよいよ征服王に突撃します。
(以下定型文)
お読みいただきありがとうございます。
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また、この話が素晴らしい!! と思えば是非イイね
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