くしゃみ
「おじいちゃんって、クソジジイなの?」
幼い弟が純粋な瞳で小汚い言葉を使っている…。
確かにうちはお上品な教育はしていない田舎の家庭かもしれないが、そんな言葉を使って見逃してもらえる家庭環境でもない。それこそ、じいちゃんが聞いたらゲンコツもらうんじゃないだろうか。
「やめろよ…。どこで覚えたんだよ、そんな言葉…。またテレビか?」
俺のあきれるような雰囲気を察したのか、弟は頬を膨らまして反論をしてきた。
「違うよー!言ってたから、聞いたんじゃん!」
「言ってたって、誰が?」
弟は和室の奥を指差して言った。
「おばあちゃんだよ。」
和室にいるばあちゃんは俺たちの会話に気付かずに弟の遊び飽きたおもちゃを片付けているみたいだった。
今はどこに売っているのかもわからない笑い袋のボタンを押してしまったのか『ワッハッハッハ』と知らないオヤジの笑い声が部屋に響いている。若干、耳の遠くなったばあちゃんが無表情で、それを片付けている姿はシュールの極みとも言ってよかった。
「お前、ばあちゃんに片付けさせてんの?」
横目で弟を見てやると
「やべっ!」
と、焦った弟が和室へと走って行った。ニコニコと弟の頭を撫でながら、一緒に片付けをしているばあちゃんを俺はぼんやりと見ていた。
確かに『です』『ます』『ざます』なんて丁寧な言葉を使うばあちゃんじゃないけど…。
「ばあちゃんが『クソジジイ』ねぇ…」
いまいち、信憑性がないと思いながらも呟いていた。
少し埃っぽい和室をバタバタと動きながら片付ける弟の横で、ばあちゃんの顔が少し歪んだかと思うと
「はーっくしょんっ!クソジジイ!」
と、大きな声でくしゃみをした。
弟は得意気に俺の方を振り向くと同時に、俺は眉間にシワを寄せた。
「あはははっ!なにそれ!笑えるわ!」
夕方に帰ってきた姉貴が笑い袋並みに爆笑していた。
「いや、笑えねぇよ。普段から言ってる悪口よりも、くしゃみのあとに付く無意識の言葉の方が、業が深い気がするわ…。」
真剣に考えている俺を姉貴は鼻で笑った。
「考え過ぎじゃないの?だいたい、じいちゃんもばあちゃんも別に仲も悪くないじゃない。」
「だから、余計に怖いんだろ?何で仲も悪くないのに、クソジジイとかクソババアとかの世界になるんだよ!」
「汚ねぇ、言葉使うな!」
ゴツッと鈍い音と共に頭に強烈な痛みが走る。
「痛ってぇ!!」
ゲンコツを俺に喰らわせて、じいちゃんは俺の横を通り過ぎて行く。痛みで頭を押さえた涙目の俺を見て姉貴は声を出さずに『ばぁか』と口を動かした。
「なんか、考えるのバカらしくなってきた…。」
痛みの余韻に浸りながら呟くと、姉貴は笑いながら頷いていた。
「あの二人には、あたしたちも知らない長い過去があるんだから、くしゃみのあとに込めた悪態で、これからも問題なく生活が続くなら、あたしたちの気にすることじゃないんじゃない?」
「確かに…。」
「それに、あんたが気にするような罪深さが本当にあるなら、今じいちゃんとばあちゃんは夫婦を続けてないわよ。」
「う…確かに…。」
庭先の片付けと掃き掃除し始めたじいちゃんと、落ち葉を入れるための袋を用意しているばあちゃんの後ろ姿を見ながら、自分が考えていたことは本当にちっぽけな気がしてきた。
「本当にヤバそうな雰囲気を察した時、本気であたしたちが頑張ればいいんじゃない?」
ポンポンと姉貴に肩を叩かれて、俺は振り向いた。
「何たって、家族ってヤツなんだから!」
姉貴は決めゼリフと言わんばかりに、空に指差してスーパーヒーローみたいな笑顔を顔に張り付けていた。
「くせぇセリフ…。」
「確実に狙って言ってるからいいのー!」
姉貴と顔を見合わせて声を出して笑いながら、まぁいいか…と思えた。
気持ちの良い風が頬を撫でたと思ったら、じいちゃんの顔が歪んだ。
「はーっくしょん!オラクソッ!」
時が止まった感覚だった。
一瞬の沈黙を破って姉貴が爆笑しながら大声で言った。
「あたしがせっかく良い感じに締めたのにーっ!」
全くもってその通りだ。良い感じで終わって、むしろそろそろ飯の準備だ…くらいは考えていた。
姉貴に目をやると、いつの間にか幼い弟に悪い顔で耳打ちをしている。嫌な予感しかしない。弟が純粋な目をしながら、俺に近付いてくる。
やめろよ…やめろよ…。と心で唱えるのも虚しく弟は俺に聞いてきた。
「おじいちゃんって、自覚症状のあるクソなの?」
姉貴が大爆笑するのと同時に、俺は盛大に眉間にシワを寄せた。




