第9話 イーリス、ランチタイムに疑問を口にする
「そう言えば、みんな、部活ってやってないの?」
昼休み。
二年三組の教室で、結太、龍生、桃花、咲耶と、机を寄せ合って弁当(結太のみ購買で買ったパンだが)を食べている最中、思い出したかのように、イーリスが冒頭の台詞を発した。
「部活?――ああ、やってないな」
イーリスの質問に、最初に答えを返したのは咲耶だった。
イーリスは、一人一人の顔を確認するように視線を移すと、
「え……ホントに? ホントにみんな? この中の誰一人として、やってないの?」
不思議そうな顔つきで、首をかしげる。
「なんだ? 部活動をしていないと、何かマズいことでもあるのか?」
ムッとしたように口をへの字にする咲耶に、イーリスはふるふる首を振り、
「ううん。マズいなんてことはないけど。……ただ、一人もやってないなんて、珍しいなーと思って。特に、咲耶や秋月くんなんて、背も高いし、見るからにスポーツとか得意そうじゃない? 入学した時、運動部から誘われたりしなかったの?」
龍生と咲耶を見れば、誰しもが疑問に思うであろうことを訊ねる。
二人は顔を見合わせ、ほぼ同時にため息をつくと、
「まあ……あったことはあったな」
「それこそ、うんざりするほどにね。入学当初は毎日追い掛け回されて、大変だったよ」
その頃のことを思い出したのか、とたんに表情を曇らせた。
入学した頃のことなら、結太もハッキリと覚えている。
某有名エスカレーター式進学校への進級を蹴り、わざわざ、ごく一般的な公立高校である桜月高校を受験し、入学して来た変わり者がいるそうだと、入学早々、噂の的になっていたのが龍生だった。
しかも、この辺りでは知らぬ者はいないであろう名家、秋月家の御子息で、頭良し顔良しスタイル良し性格良し(多少誤解はあるが)と、四拍子揃っているというのだから、注目されないはずがない。
入学してから数週間ほどは、龍生のいるクラスには、部活動の勧誘や見物人が、休み時間のたびにドドッと集まり、騒々しいことこの上ない状態だった。
咲耶も、龍生ほどではなかったにしても、似たようなもので、毎日、クラスの前の廊下は、学年関係なく、多くの生徒達で溢れ返っていた。
だが、部活動をする気はないという、二人の意志は固かった。日が経つにつれ、勧誘目的の生徒達は、一人、また一人と減って行った。
「へえ~。そこまでたくさんの人達に勧誘されても、興味を持てる部活が、ひとつもなかったの?……あ。もしかして、やりたいことはあったけど、この学校にはその部活がなかったとか……そーゆーことだったりする?」
「いや、それもない」
イーリスの質問に、二人は同時に即答する。
「部活動など、最初からこれっぽっちも興味などなかったし、する気もさらさらなかった。桃花が入りたいと思う部があったとしたら、共に入部していたかもしれないが……」
咲耶の発言を耳にした龍生は、口元まで運んでいた箸を、ピタリと止めた。それからゆっくりとおかずを弁当箱に戻し、裏返した弁当箱の蓋に箸を置くと、
「へえ。咲耶は、伊吹さんがやりたい部活がこの高校にあったとしたら、入部していたんだ?……つまり、部活動をしていないのは、自分の意思ではないと?」
薄い笑みを浮かべつつ、咲耶をじっと見つめる。
笑ってはいるが、何故か、ひんやりとした空気が流れた気がして、イーリスと、それまで聞き役に徹していた結太と桃花は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「な――っ、何を言ってるんだ? 部活をしていないのは、私の意思に決まっているだろう? ただ、桃花が入りたい部活があったなら、一緒に入部していたかもしれないと、言っているだけ――っ」
「何故? どうして伊吹さんが入りたいと思う部活に、咲耶も入らなければいけないんだ? 咲耶自身が入りたいと思っているわけではなくても、共に入部するのか? それのどこが、自分の意思なんだ?」
いつの間にか、龍生の顔から笑みが消えている。
咲耶は一瞬怯んだが、思い直したかのように、龍生を睨みつけた。
「じっ、自分の意思じゃないか! 桃花が入りたいと思う部活なら、私だって入りたい! そう思うことの何がいけないんだ!? どこが、私の意思じゃないというんだ!?」
箸を握ったままの手を、ダン!――と机に叩きつける。
大きな音に周囲の者達は驚き、いったい何事かと、こちらを窺い始めた。
イーリスも、自分の何気ない質問から、二人が妙な雰囲気になってしまったことに、仰天したのだろう。両手を前に出し、龍生と咲耶を交互に見やりながら、
「ちょ…っ、ちょっとちょっと! どーしたのよ二人ともっ? 部活をやるやらないって話だけで、どーしてそこまで、険悪な雰囲気になっちゃうの? 咲耶も秋月くんも、桃花がどうこうって……。ねえ、桃花。どーしてこの二人は、あなたの名前を出して揉め始めたの? あなたにならわかる?」
ふいに、イーリスに話を振られ、桃花はビクッと肩を揺らした。
二人が揉めている理由がわかるかと訊かれても、どう返していいのやらわからない。
ここでいきなり、『咲耶ちゃんは、いつも私を気に掛けてくれてるから。……たぶん、それが秋月くんには、面白くないんじゃないかな? やきもち、焼いてるんだと思うけど……』などと説明しようものなら、ますます龍生を刺激してしまう気がする。
ただでさえ、桃花は龍生から、『いつでも咲耶の隣にいられる君に、ずっと嫉妬していた』と直接言われたり、『そろそろ俺に、咲耶を預けてくれないか?』とまで、言われてしまったことがあるのだ。
龍生からは、完全に〝ライバル認定〟されてしまっている――ということだ。
ライバル視されている桃花が、ここで下手に口出しなどしたら、余計こじらせてしまうのではないだろうか?
そう思い、桃花が答えに窮していると、
「いー加減にしろって、龍生。……ったく。おまえらしくもねー。人前でやきもち焼くなんて、どーかしてるぞ?」
呆れたように結太が言い放った。




