第9話 イーリス、〝撮影会〟について説明する
イーリスの説明によると、撮影会とは、〝 主に、アマチュアカメラマンが、写真撮影を目的として集まるイベント〟のことなのだそうだ。
彼女は、十歳から十五歳までの期間、某雑誌のモデルとして活動していたことがあるらしく、その頃の縁もあって、今でもたま~に、出演依頼を受けることがあるとのことだった。
「撮影会って、純粋に腕を上げたい人とか、プロを目指してる人なんかもいるんだろうけど……。中には、胸とかお尻とかばかりを狙って撮るような、エロ目的で参加する人や、ストーカーになっちゃう人なんかもいるって、聞いたことあるの。あと、撮影会を主宰する側の人が、モデルの着替えを覗こうとしてたとか、隠しカメラを設置してたとかって、気色悪い噂もあったりするのよ。だから、アタシの場合は、事務所が保証してくれた、信用出来る撮影会の依頼しか受けたことはないわ。……でもまあ、撮影会って言ってはみたけど、アタシ達のは単なるお遊びなんだから、そこまで深く考えないで? ただ気楽に、写真の撮り合いしましょーってだけのことなんだから」
そう言って、イーリスはニコリと笑う。
だが、さらっと『モデル活動していた』などと知らされた結太と桃花は、あんぐりと口を開け、しばし、言葉を発することすら忘れていた。
こんな近くに、芸能活動していた有名人がいたなんてと、驚くと共に、感心してしまったのだ。
「もっ、モデルって何の!? どんな雑誌のモデルだったんだ?」
「どんなって……普通のファッション誌よ? 主な読者は、女子中高生~って感じの」
「ファッション!?……って、あれか!? あの、〝読モ〟とかってヤツか!?」
『それなら聞いたことある』とでも言いたげな顔で、結太は前のめりになって訊ねる。
「違うわよ! 雑誌と専属契約を結んでる、プロのモデルよ! 読モみたいな素人と、一緒にしないでッ!」
ピシャリと手を叩かれたような軽い衝撃が走り、結太は思わず目をつむった。
もちろん、実際に叩かれたわけではないのだが……。
イーリスのセリフには、両手で体をガードしたくなるくらいの鋭さと、怒りを含んでいるように感じられた。
彼女はハッと目を見開き、気まずそうに目をそらす。
「ご……ごめんなさい。べつに、結太に当たるつもりはなかったんだけど……。モデルやってた頃、読モの子達と、ちょっと、いろいろあったから……つい……」
「……いろいろ?」
「ええ。……あの子達、街で声掛けられて、気楽な気持ちで……ちょっとしたお小遣い稼ぎって感覚で、撮影現場に来てることが多かったから。仕事として、プロとしてやってるアタシ達から見たら、ちょっとイラッとしちゃうようなところがね、あったりしたのよ。……もちろん、真面目にやってる子達だっていたけど……。アタシには、遊び感覚で来てる子の割合の方が、遥かに多いように思えたの。だから……その頃のこと、ちょっと思い出しちゃって……」
……なるほど。
詳しい事情まではわからないが、プロとして、誇りを持って仕事をしていたイーリスにとっては、サークルやバイトに参加するような感覚で、気楽にモデルをしているような子達は、我慢ならなかったのだろう。
当時、ちょっとやり合ってしまった――ということも、もしかしたらあったのかもしれない。
(思ったことは、全部口に出しちまうよーなヤツだもんなぁ……。そりゃ、イロイロあってもおかしくねーぜ)
さもありなんといった感じかと、結太は腕組みしてうなずく。
それを見たイーリスは、たちまち目を三角にして、
「ちょっと! 何を一人で納得してるのよ!? アタシの気持ちなんて少しもわからないクセに、勝手にわかったよーな素振りしないでよね!」
両手を腰に当てて、ツンとそっぽを向いた。
すると、それまで黙ったままだった桃花が、イーリスをキラキラした瞳で見上げ、
「でも、すごいよイーリスさん! 十歳の頃から、モデルとしてお仕事してたなんて……。自立した女性って感じで、とってもカッコイイと思う! わたし、憧れちゃうなぁ……」
やけに熱のこもった言葉を掛けたかと思えば、うっとりと空を見つめる。
いつも控えめな桃花からの、賞賛と憧憬の意思表示に、結太はギョッとし、イーリスは、照れた様子で頬を染めた。
「べっ、べつに、そこまで言われるほどのことじゃないわよ。今の時代、モデルじゃなくても、小さな頃から仕事してる子達なんて、他にもたくさんいるし……」
「ううん! それでも、すごいことだよ!……わたしなんて、まだ、アルバイトだってしたことないのに……」
「伊吹さん……」
恥じるように瞼を伏せた桃花を見て、結太の胸もツキリと痛む。
アルバイトすらしたことがないのは、結太も同じだ。
裕福な家庭で育った(途中までは違ったそうだが)イーリスでさえ、仕事をしていたと聞かされては……高校生にもなって、アルバイトの経験ひとつない自分は、親に依存しているだけの甘ったれ。――そう言われている気がして、恥ずかしくなってしまった。
「ちょ――っ、ちょっとちょっと! 二人とも、なに暗くなっちゃってんのよ? アルバイトしたことない高校生なんて、世の中にはごまんといるでしょ? そこまで気にすることないじゃない」
焦ってフォローしようとするイーリスに、結太は首を横に振り、
「いや。やっぱスゲーよ。ちょっと前まで、バイトしたいって騒いでたから、てっきり、オレ達と同じなのかと思ってたけど……。バイトより、もっとスゲー仕事してたんだな。オレ、尊敬する」
しみじみと告げると、桃花も、同意するように何度もうなずいた。
「も……もう! 持ち上げ過ぎよ二人とも!……今は、ほとんどやってないって言ったでしょ? モデルの仕事は、一年とちょっと前までだってば!……それに、アルバイトだって、仕事してることに変わりはないでしょ? アタシが読モの子達にカチンと来たのは、仕事として、ちゃんとやってないように見えたからよ。真剣にやってくれてたら、そもそも、否定なんてしてないわ。……要は、働く上での気持ちの持ちようが大事、ってこと。どんな職種であれ、懸命に働いている人達は、それだけで充分、立派だと思うもの」
「……イーリス……」
「イーリスさん……」
今や、結太と桃花の中でのイーリス株は、爆上がりしていた。
困ったお騒がせ少女かと思っていたが、それだけではなかったのだなと、すっかり見直してしまった。
急に熱い視線を送られ始めたイーリスは、うろたえて後ずさりし、
「ちょ……っ。と、とにかく! 撮影会するわよ、撮影会! あ、アタシ……部屋に戻っていろいろ用意して来るから、ちょっと待ってて!」
逃げるように背を向けると、室内へと駆け込み、バタン! と大きな音を立ててドアを閉めた。




