第7話 咲耶、すっかり変わったログハウスに呆然とする
五月の連休中、咲耶と結太が散々さまよったあげく、辿り着いた場所。
……にあったはずのログハウスは、たった三ヶ月ほどの間に様変わりしていた。
以前は、鬱蒼とした森の中に、小さめの、年季の入ったログハウスが一棟、ぽつんと建っていただけだったのだが。
今、咲耶の目の前にあるのは、大きくて立派な――以前のものより四~五倍はあろうかと思える、ウッドデッキ付きのログハウスだった。
「……な……なんなんだ、これは……?」
しばらくの間、突っ立ったまま黙り込んでいた咲耶が、ようやく口を開いた。
龍生はちらりと咲耶を窺った後、
「何って、ログハウスだよ」
薄く笑って、さらりと答える。
咲耶はギロリと睨みつけ、
「そんなことはわかっている!! わかっているが……。前のログハウスはどーした!?」
龍生は『ああ、そのことか』とでも言うような顔で、ニコリと笑うと。
「前のログハウスは、かなり古くなっていたからね。取り壊したんだ。ついでに、周りの木も少し伐採して更地を広げ、前のものより、大きめのログハウスに建て替えた」
「……た……建て替えた、って……」
呆れ声でつぶやき、咲耶は新しいログハウスを、しげしげと眺める。
以前のログハウスとは、大きさもそうだが、外観からしてかなり違っていた。
以前のものは、いかにも山小屋――といった、丸太を積み上げただけの、地味な建物だった。
こちらは山小屋と言うより、もはや〝別荘〟と言っていいくらい堂々としていて、見た目も洒落ている。スタイリッシュなペンション、といったイメージだ。
「こんな立派なもの、たった三ヶ月で建ってしまうものなのか? 前みたいなものを建てるのならともかく……。人手だって、たくさん必要だったんじゃないのか?」
「……それはまあ、そうだろうね。このログハウスは、お祖父様にお願いしたものだから……。詳しいことは、お祖父様に訊いてもらわないとわからないんだ」
「じーさ――っ、いや、お祖父様にか。……しかし、どうしてこんな立派なもの、建てる必要があったんだ? この島、年に一回来るかどうか、ってくらいのものだったんだろう?」
「ああ。……でも、咲耶と結太のことがあって、俺もお祖父様も反省したんだ。あまり来ることがない島とは言え、やはり、管理する人間は、普段から必要だと。前はこの島にも、通いで管理してくれている人がいたんだけれど、その人が亡くなってしまってからは、適任と思える人が、なかなか見つけられなかったそうでね。恥ずかしい話だが、しばらく放置状態だったんだ。――だが、ようやく管理してくれる人が見つかって、今年の秋頃から、住み込みで管理してくれることになっている。それまでは自由に使っていいと、お祖父様がおっしゃってね」
「なるほど。そーゆーことだったのか」
咲耶は腕を組み、納得したようにうなずいた。
龍生はフッと笑うと、
「俺の計画では、結太と伊吹さんに、数日ここに泊まってもらうはずだったんだが……。藤島さんの登場によって、諦めざるを得なくなったからね。ならば、俺と咲耶で使わせてもらおうと思って……ね」
龍生は咲耶の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。
「な――っ!」
咲耶はたちまち真っ赤になって、龍生の手をどかそうと、ジタバタともがき出す。
それでも、彼の手が離れることはなく……。
仕舞いには観念して、咲耶は龍生の胸元に、こつんと額をくっつけた。
「……バカ。……誰もいないと思って……」
とうとう、ツンデレの〝デレ〟の発動か。咲耶の声は、いつもより甘い響きを含んでいる。
……と言っても。
本人に、その自覚は一ミリたりとないのだが。
昨夜のように、強く拒絶されることはなく、龍生は内心ホッとした。
ホッとしながら、恋人の頭に頬を寄せ、
「当然だろう? 俺がこの夏を、どれだけ待ち望んでいたと思っているんだ?……ずっと……こうして、二人きりになれる時を待っていた。咲耶と過ごせるこの夏を……一分、一秒だって無駄にしたくない」
そう告げた後、彼は咲耶を自分の方に向かせ、肩に両手を置くと。
「咲耶は? 君はどう思っているんだ? 俺と二人きりでいるこの時間は、苦痛か? この島からすぐに離れて、向こうの別荘に戻りたいか? 結太と、藤島さんと……そして、伊吹さんの元へ。俺と二人きりでいることより、彼女達と共に過ごしたいと思う気持ちの方が……強いか?」
訊ねる龍生の表情は、切なげで……少し辛そうで。
まっすぐ見つめられただけで、咲耶の胸はキュンと締め付けられ、心拍数は一気に上昇する。
恥ずかしくて。
苦しくて。
急激に高まるときめき指数に耐えられず、思わず顔を背けようとしたのだが。
龍生の両手が素早く彼女の頬を包んで、逃れることを許してくれない。
「咲耶。お願いだから、正直に答えてくれ。君が、ここにいるのが嫌だというのなら、決して無理強いはしない。誓うよ。……二人きりが耐えられないなら、すぐに東雲を呼んで、君を向こうに送り届けさせる」
「……えっ?」
君を向こうに送り届けさせる……?
「君を……って、どういうことだ? 一緒に戻るんじゃないのか?」
不思議に思って問い掛けると、龍生はフッと笑って、気まずそうに視線をそらした。
「俺は、数日こちらに残る。向こうに戻るのは君だけだ」
「……っ、そんな! どうして!? どうして一緒に戻らないんだ!?」
「……辛いからだよ。君と一緒にいると、もう……自分を抑えられる自信がないんだ。きっとまた、昨日と同じようなことをしてしまう」
「昨日と……同じ……?」
瞬間。
昨日、初めてした大人のキスが、咲耶の脳裏をかすめる。
咲耶の顔も頭も、そして体も、一気に発熱し、どっと汗が噴き出て来た。
「ほら。まだ怖いんだろう?……そこから先に進むことが?」
龍生は咲耶の頬から手をどけて、顔を見られずに済むよう、彼女に背を向ける。
「俺は今日、君にどちらかを選んでもらうために、ここに連れて来たんだ。……咲耶」
「はっ、はいっ?」
思わず、気を付けの姿勢で返事した。
龍生はしばしの沈黙の後、
「俺と、昨日の先に進む覚悟があるのなら、ここに残ってくれ。覚悟がないのなら……一人で戻ってほしい」
「…………えっ!?」
その意味に思い至り、咲耶の心臓は、とんでもない早さと強さでもって打ち始めた。
ここに残るということは、つまり……。
「すぐには答えが出せないだろうから、ここで少し、考えていてくれ。俺は、ログハウスで待っていることにするよ。答えが出たら、伝えに来てほしい」
それだけ言うと、龍生は一人でログハウスまで歩いて行き、服のポケットから鍵を取り出してドアを開けると、中へと消えた。
残された咲耶は、呆然と立ち尽くし……。
一分ほど経った頃、頭を抱えてしゃがみ込んだ。




