第10話 各々、龍生と咲耶に何があったか推測する
咲耶に手を引かれ、長テーブルの一番端の隣に、成り行きで座ることになった桃花は、目をぱちくりさせながら、隣の咲耶の様子を窺った。
咲耶は両手を膝の上に載せ、その手をギュッと握り締めつつ、真っ赤な顔でうつむいていた。
赤くなっているだけでなく、どこか、緊張しているような様子も見て取れる。
「……咲耶ちゃん? あの……どうかしたの?」
小声で訊ねると、咲耶はビクッと肩を揺らし、
「は……はっ? な、ななな何のことだっ? わ、わた…っ、わたわた私っ、は――っ、べべべ、べつにっ、ど、どーもしないっ、ぞっ?」
どう考えても、何かあったとしか思えない動揺っぷりで、目を白黒させている。
困惑した桃花は、咲耶がこうなってしまった原因である人物――龍生へと視線を移した。
咲耶が変になったのは、龍生がダイニングルームに入って来た時からだ。
彼が原因としか考えられない。
桃花は疑問を投げるように龍生をじっと見つめ、彼はそれに気付くと、困ったように微笑した。
それから、咲耶と桃花の方に向かって、歩いて来ようとしたのだが、近付く前に咲耶が、
「来るなッ!!」
いきなり鋭い声を上げ、彼を制した。
「……咲耶?」
当然、龍生は驚いたように目を見張る。
咲耶は恋人の方を見ようともしないまま、
「頼む。頼むから来ないでくれっ!!……今は……今はまだダメなんだッ!!」
今度は泣きそうになりながら、懇願するかのように叫んだ。
龍生も、そして桃花も、その場にいる人間全てが、咲耶のことを呆然と見つめていた。
……いったい、何がダメだと言うのだろう?
『今はまだダメ』――ということは、この先、『ダメ』ではなくなる時が来るのか?
皆、内容がわからないまま、二人の言動を注視していた。
すると、
「わかった。俺に近付いてほしくないなら、そうしよう。……君の気持ちが落ち着くまで、ね」
龍生は咲耶に向かってそう言うと、彼女からだいぶ離れた位置にある椅子に、ゆっくりと腰を下ろした。
(なんだなんだっ? いったい、何があったってんだ? 保科さんが別荘に戻って行っちまった後、龍生も追ってったけど……仲直り出来なかったのか?……いや、でも……国吉さんのことがあって、イーリスに説教した後は、特に不機嫌な様子は見せてなかったよな? 保科さんと何かあって、険悪な感じになっちまった時は、いつもはすぐわかるもんな。龍生、普段はポーカーフェイスなんて得意中の得意だけど、保科さんが関わってる時だけは、ポーカーフェイスなんて、出来なくなっちまうんだもんな。だから、ケンカにはならなかったんだなって……仲直り出来たんだなって、ホッとしてたのに。……違ったのか?)
(どうしちゃったんだろ、咲耶ちゃん? 秋月くんから、スマホで『夕食だから、ダイニングルームに集まって』って連絡受けたから、下りて来たんだよね? スマホで話してるってことは、ケンカなんてしてないはず……って、思ってたのに……。違ったのかな? 咲耶ちゃんの様子からすると、怒ってるって言うよりは、困ってる、恥ずかしがってる……って感じの方が近いと思うんだけど……。う~ん……気になるよ~~~。何があったの、咲耶ちゃ~~~ん?)
結太と桃花は、二人の仲を心配し、ハラハラしていたのだが。
イーリスと東雲の見解は違っていた。
(あの二人……怪しい。怪しいわ。咲耶のあの……『今はまだダメ』とかってのも、怪し過ぎるくらい怪しい――!……まさか、アタシ達が別荘にいない間に、秋月くんが咲耶に何かしようとした……とか? それを咲耶が拒んだから、『今はまだダメ』ってセリフに繋がるの?……でも、あの二人って、アタシが転校して来るちょっと前から、付き合ってたのよね? だとしたら、交際開始から、二ヶ月以上経ってるはず。……その間、二人には何もなかったのかしら?……んん、キスくらいはしてると思うけど……。だからやっぱり、秋月くんがキス以上の関係に持って行こうとして、失敗した……ってこと? だとしたら、咲耶のセリフにも納得出来るけど……。でも、失敗したんなら、秋月くんは、もうちょっと落ち込んでなくちゃおかしくない?……見たところ、咲耶に拒否られたにもかかわらず、妙に穏やかな顔してるし……。うぅ~ん、謎だわ~~~。気になるわ~~~)
(坊ちゃん、とうとう初体験を……。ついに、大人の階段を上っちまったんですね?……わかります、わかりますよ坊ちゃん! ずっとお側で見守らせていただいてたんですから! 坊ちゃんの、余裕あるあの表情……。保科様に拒絶されちまってたら、あんな清々しいお顔は、ぜってー出来ねーはず! 初体験は、大成功だったんですよねっ!? 保科様の『今はまだダメ』。……あれは、照れてらっしゃるんだ。大人の経験しちまった後の、何とも表現しがたい恥じらいがそーさせてるんだあーそーだそーに違いねえッ!!……くぅぅッ! 後でサギと祝杯あげなきゃな! おめでとうございますっ、坊ちゃん!!)
……果たして、誰の見解が正解なのか。はたまた、誰も正解してはいないのか。
それぞれの思惑が渦巻く、混沌としたダイニングルームで。
各々は、黙々とおかずを皿に盛り付け、席に戻り、黙々と食べ進める――という行為を複数回繰り返してから、おもむろに席を立った。




