第9話 桃花、咲耶の声で目を覚ます
「夕食だな! わかった、すぐに行く!」
咲耶の声で、桃花はパチッと目を開いた。
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「あれ……? 部屋、ちょっと暗いね……。もう、夕食の時間なんだ?」
ベッドから起き上がり、目を軽く擦りながら訊ねると、
「あ……。す、すまん桃花! 私の声で、起こしてしまったな」
咲耶はハッとしたように振り返り、申し訳なさそうな顔で謝って来た。
桃花はふるると首を振り、『大丈夫、気にしないで? だって、これから夕食なんでしょう?』と言って微笑む。
サイドテーブルの上の置時計に視線を走らせると、十九時少し前だった。
シャワーを浴び、髪をドライヤーで乾かしてバスルームから出て来た時、咲耶はまだ眠っていた。
そんな咲耶を、ベッドに腰掛けながら見つめていたら、だんだん自分も眠くなって来て……。
(あのまま、わたしも眠っちゃったのか……)
眠ったと言っても、布団の中に潜り込んでいたわけではない。
床に両足をつけた状態で、上半身だけベッドに横たわらせ、上から何も掛けないまま、眠ってしまっていたようだ。
(ダメだな、わたしったら。今が夏だからよかったけど、冬だったら、風邪引いちゃってたかもしれないよね。……もう。自己管理がなってないなぁ……)
反省しつつ立ち上がると、隣のベッドで座っている、咲耶の側まで歩いて行く。
「よかった。咲耶ちゃんも、シャワー浴びて着替えたんだね。気持ち良さそうに眠ってたから、夕食になったら、わたしが起こしてあげようと思ってたのに……。いつの間にか、私の方が眠っちゃってたみたい。ごめんね」
桃花に沈んだ様子で謝られ、咲耶は思いきり首を横に振った。
「そんなこと! 桃花が謝らなきゃいけないようなことじゃない!……私こそすまなかった。一人で長い間寝こけてしまって」
「ううん。ぐっすり眠れたならよかったよ。秋月くんに、咲耶ちゃんが泣いてたって聞いた時は、心配したけど……。でも、あんなに眠れるくらいだもん。秋月くんと、ケンカにならずに済んだんだよね?」
訊ねたとたん、何故か咲耶は真っ赤になって、片手で口元を押さえた。
「……咲耶ちゃん?」
きょとんとする桃花に、咲耶は慌てた様子で首を振り、
「いやっ! いやいやいやっ、何でもないッ! 何でもないんだッ! 本当に何でもないから、気にしないでくれッ!!」
何故か桃花を見ようとせず、『何でもない』を繰り返す。
(……『何でもない』? 『気にしないで』?…………って、何をだろ?)
言っていることの意味がわからず、桃花は呆然と咲耶を見つめた。
咲耶は桃花と目を合わせようとしないまま、ベッドからすっくと立ち上がり、
「夕食! 夕食だ桃花! たった今、秋月から電話があったんだ。『夕食の用意が整ったようだから、ダイニングルームに集まってくれ』ってな!」
言いながら桃花の手を取って、先に立って歩き出す。
桃花は、手を引きつつも、一度もこちらを見ようとしない咲耶に、大きな違和感を感じたが――。
きっとまた、龍生と何かあったのだろうと思い、そっとしておくことに決めた。
(ムリヤリ聞き出すのは良くないし……。話したいと思ったら、咲耶ちゃんの方から言って来てくれる……よね?)
何度もケンカしては、すぐまた仲直りして、甘々な〝二人だけの世界〟を構築してしまう彼らだ。
お節介を焼かずとも、何の問題もないだろうと、桃花は判断した。
(でも……怒ってる感じはしないから、ケンカじゃないと思うけど……。いったい、何があったのかな? 気になるなぁ……)
好奇心を必死に抑え込みながら、桃花は咲耶に手を引かれ、階下に向かった。
咲耶と桃花がダイニングルームに入ると、既に、結太とイーリスがいた。
本日の夕食メニューであるらしい、テーブルに並べられた数々の総菜を、瞳を輝かせながら眺めている。
総菜は、十数種はあるだろうか。
秋月家の凄腕の女中頭、宝神が食事担当だったなら、これだけのメニューが並べられていても、誰も驚きはしないだろう。(宝神を知らぬイーリスならば、驚いていたかもしれないが)
しかし、宝神はこの島に来ていない。
来ているのは、東雲と鵲、そして国吉だけだ。
男性三名だけで、これらの総菜を全て作ったのかと考えると、感心せずにはいられない。
結太はやたらと興奮して、従者のうち、その時唯一ダイニングルームにいた東雲に、質問を投げ掛けていた。
「すっげーなートラさん! トラさん達だけで、これ全部作ったのか⁉ お福さんもいねーのに、よくこれだけの量作れたな!」
目をキラキラさせての質問に、東雲は得意げに『へへん。すっげーだろー?』と胸を張ったが、
「俺達だって、やるときゃーやるんだぜ――……って、言いたいとこなんだけどな? 実は、このほとんどの料理、お福さんが作ってくれたもんなんだよ。この島に来る前に、大量に作っといて冷凍してたもんを、昨日のうちに運んで来ててな。それを片っ端から解凍して、温め直しただけなんだよなー。タハハ!」
今度は気まずそうな笑みなど浮かべ、正直に事実を告げた。
結太は『なーんだ』と笑いつつも、
「でもさ。これだけの量、温め直すだけでも大変だったろ? やっぱ、トラさん達には感謝しかねーよ」
続けて、従者泣かせの言葉を発し、感激した東雲に、頭を両手で撫で回されている。
(楠木くん、やっぱり優しいな……)
結太と東雲のやりとりに、さりげなく意識を集中させ、桃花がしみじみしていると。
ダイニングルームのドアを開け、龍生が入って来た。
龍生の姿を認めた瞬間。
咲耶は『ひゃぅっ!?』と奇声を発し、桃花の手を引いたままテーブルへと突進し、長い長いテーブルの、一番端の席に座った。




