第6話 桃花、部屋の前でノックをためらう
その頃、別荘では。
咲耶と自分に割り当てられた部屋の前で、ノックしようかしまいか、桃花は頭を悩ませていた。
悩んでいる暇などないのは、もちろんわかっている。
こうしている間にも、国吉が命の危機に晒されているかもしれないのだ。事は一刻を争う。
わかっている。
充分、わかってはいるのだが……。
それでもどうしても、ノックする勇気が持てず、桃花はドアの前でためらっていた。
(あの二人のことだもの。とっくに仲直りして、ラブラブな雰囲気に包まれてるに決まってる……よね? そんなところに、わたしが邪魔に入っちゃったりしたら……また秋月くんに、恨まれちゃうかもしれないし……)
龍生には、〝ライバル宣言〟のようなものまで、されてしまったことのある桃花だ。
これ以上、龍生を敵に回すようなことはしたくない――と思ってしまうのも、無理のないことではあった。
しかし、今は緊急事態なのだ。
どれだけ龍生に恨まれようが、伝えなければ。
国吉が危険な状態かもしれないのだと、知らせなければ――!
桃花はゴクリと唾を飲み込み、意を決して、ドアを数回ノックした。
長い――長い沈黙の後。
内鍵の、ガチャリという音が響いた。
ハッとして桃花が顔を上げると、十センチほど戸が開き、その隙間から、龍生が顔を覗かせた。
「伊吹さん――。どうしたんだい? 何か、緊急の用事でも?」
問い掛ける龍生の顔は、すごく穏やかだ。
不機嫌ではないらしいことに、とりあえず桃花はホッとした。
咲耶と仲直り出来た、証拠のように思えたのだ。
(あっ、いけない! ホッとしてる場合じゃないんだった)
桃花は慌てて、国吉が行方不明であることを告げた。
大まかな説明を受けると、龍生は、たちまち表情を引き締め、
「そうか、国吉さんが。……わかった。俺も直ちに現場に向かおう。状況を把握していないうちに、捜索隊を手配しても、混乱を招くだけだろうからね。質問を受けた時には、なるべく詳細に、その時の状況を説明出来るようにしておきたい。――伊吹さんも、一緒に行ってくれるね?」
当然だと言うように桃花がうなずくと、龍生は『少し待っていて』とだけ言って、再びドアを閉めた。
一分ほどの後、部屋から出て来た龍生は、咲耶を追って行った時と同じ格好――下は海パン、上は薄手のTシャツという出で立ちで現れた。
彼は桃花に向かって『さあ、行こう』と声を掛け、前に立って歩き出す。
「えっ?――あ、あの…っ。咲耶ちゃんは、一緒に行かないんですか?」
部屋の中にいるであろう咲耶のことが気掛かりで、桃花はとっさに訊ねていた。
龍生はピタリと足を止め、微笑を浮かべて振り返ると。
「ああ――。咲耶は、泣き疲れて眠ってしまったんだ。緊急事態ではあるが、わざわざ起こすのも可哀想だろう? そのまま、寝かせておいてあげようと思って」
「ええっ? 泣き疲れて?……咲耶ちゃん、泣いてたんですか?」
「うん。まあ――。俺が部屋に入った時は、掛け布団を頭から被って泣いていたよ」
「そ……、そうだったんですか……」
かなりショックを受けていた様子ではあったが、まさか、疲れて眠ってしまうほどに泣いていたとは。
やはり龍生の前では、咲耶も素直に涙を見せるのだなと、桃花はしみじみしてうなずいた。
「では、早く行こう。咲耶がいなければマズいというわけではないんだろう?」
「え?――あっ、は、はい。もちろんですっ」
桃花は大きくうなずいて、階段に向かって早足で歩いて行く、龍生の後を追った。
別荘を目指し、結太達がひたすら走り続けていると、前方から、やはり走って来る、龍生と桃花の姿が目に入った。
ホッとした結太は、
「龍生っ! 伊吹さんっ!――ダイジョーブ、無事だっ! 国吉さん、自力で海から上がって来てた! 特に怪我とかもしてねーみてーだったし、もーダイジョーブだっ! 何の問題もねーよ!」
手短に国吉の状態を伝え、立ち止まる。
胸を押さえ、大きく肩で息をしているところを見ると、かなり苦しそうだ。
急いで龍生に知らせなければと、一度も休むことなく走って来ていたのだ。体力が尽きる寸前だったのだろう。
龍生はと言うと、国吉の無事がわかったとたん、歩きに切り替え、ゆっくりと近付いて来た。
龍生の後から走って来ていた桃花も、結太同様に限界だったのか、立ち止まった後、苦しそうに顔を歪ませ、荒い呼吸を繰り返している。
結太を追って来ていた東雲と鵲も、龍生が結太と合流したのを確認すると、ピタリと足を止めた。
彼らの方は、結太や桃花とは、鍛え方が違うのだろう。そこまで疲れているようには見えなかった。
「国吉さんは、自力で海から上がって来たと言うことだったが、本当に無事は確認出来たのか? 怪我はないそうだが、体調は? 少しも苦しそうにはしていなかったのか?」
龍生は真剣な口調で訊ねた後、結太、東雲、鵲の順に視線を流す。
結太はうなずき、
「ああ、問題なさそうだったぜ? イーリスに思いっきり勢い付けて抱きつかれて、一緒に倒れ込んじまったりはしてたけど……イーリスにバカバカ言われてポカポカ叩かれても、余裕で笑いながら、頭ポンポンとかしてたし。いつもの国吉さん、って感じだったぞ。――なっ? トラさんサギさん?」
同意を求められた東雲と鵲は、大きくうんうんとうなずいた。
「ええ。イーリスお嬢さんに、もう少しで殺されるとこだったってーのに、余裕ぶっこいてましたよ。そーとーなタフですね、国吉って男は」
「……だよね。わざとではないとは言え、崖から突き落とした張本人の前で、あれだけあっけらかんとして笑っていられるなんて、信じられないよ。もし、俺が坊に突き落とされたとしたら……絶対、もっとショック受けてると思う。しばらくは立ち直れないだろうな」
「……おい。『崖から突き落とした』とは、どういうことだ? 崖から落ちたのは、事故や不注意ではなかったのか?」
顔色を変えての龍生の問いに、従者二名は『ヤバっ』と言いたげな顔で固まった。




