第4話 結太、崖下を覗き込みつつ考える
国吉が落ちたという海を、崖上から恐る恐る覗き込みながら、結太はしばし黙考した。
(もし岩にぶつかってたら、体は浮いて来てるはずだよな?……いや、逆か? 気ぃ失ったりしてたら、沈んじまうのか? この海、やたらとキレーだけど、深さはどんなもんなんだろーな? 波は、予想してたより穏やかってワケじゃねーけど……。もし、国吉さんが流されちまってたとしたら、どっちの方に向かっ――)
「…………いや。待てよ?」
結太は上半身を起こし、島の右端から左端まで見渡してみた。
国吉が無事だったとしたら。
島に戻ろうとした時、どこから上がろうとするだろう?
ここから見る限り、島の裏側は全て崖だ。
高さはそこまでではないにしても、ほぼ直角に近いこの崖を上ろうとするなら、相当苦労を強いられるに違いない。
だとすると、ここを上るよりは、表側まで泳いで行って、砂浜から上がる方が、まだ楽なのではないだろうか?
……まあ、いくら小さいとは言え、島の端から端まで泳ぐとなると、体力的には、かなりキツイと思うが……。
国吉は、見た目はボディガード風ではないにしても、本職は、間違いなくボディガードだ。普段から、体は鍛えているだろう。
(国吉さんの体、結構引き締まってたしな。トラさんとサギさんも、一応、毎日体は鍛えてるって言ってたけど、その二人と比べても、大差ねーよーな体つきに見えたし……)
東雲も鵲も、表向きは、龍生のボディガードだ。
……いや。表向きだけではなく、実際そうなのだが。
龍生が良家の子息という立場であっても、そう頻繁には、危険な目に遭ったりしない。
……ということで、普段は、秋月家の〝雑用係〟のようなことばかりしている彼らだ。体など、ろくに鍛えてはいないだろうと、思われているかもしれない。
だが、鵲も東雲も、先輩、または上司とも言うべき、運転手の安田から、
「そうそう危険な目に遭うことはないとは言え、いつ何時、緊急の事態に直面しないとも限らない。常日頃から注意を怠らず、体もしっかり鍛えておくことだ。――ただし、鍛え過ぎてもダメだぞ? 体脂肪は、十~十五パーセント程度は、キープしておかなければならない。それ以下になると、免疫力が低下し、体調を維持するのが難しくなって来るからな。ボディガードに必要なのは、ボディビルダーのように、見せる筋肉ではない。実用的な筋肉だ。いざという時、龍生様のお役に立てなければ意味がない。毎日怠けることなく、強健な体作りに励むことこそが重要なんだ。くれぐれも、そのことを忘れるなよ?」
というようなことを、嫌と言うほど叩き込まれている。
彼らが住む秋月家の母屋と、龍生の住む離れの地下室には、様々なトレーニングマシンが置いてあり、空いた時間には、鵲と東雲、そして安田も、せっせと体を鍛えているそうだ。
東雲などは、
「体脂肪をほどほどに保ちつつ、筋肉を付ける……ってのが、マジでメンドクセーし、大変なんだよなぁ。何も考えずに、ただ筋肉だけ付けりゃいいってんなら、まだ楽なんだけどよ」
などと、たまに愚痴ったりしている。
ひたすら愚痴った後で、『安田さんにはチクんなよ?』と結太に釘を刺し、周囲をキョロキョロ窺ったりするのだ。(よほど安田が恐ろしいとみえる)
――話が横に逸れた。元に戻そう。
とにかく、ボディガードである国吉ならば、体力もあるだろうし、砂浜の方まで泳いで行って、島に戻ろうとするのではないか?――と、結太は考えたのだ。
(そーだ! きっとそーだ! 国吉さんは、表側目指して泳いでったに違ーねーぜ! 少なくとも、オレがここから落ちたとしたらそーする!…………と、思う)
確信とまでは言えない。
それでも、彼の姿がどこにもないとしたら、海に沈んだと考えるよりも、上陸しやすい場所を探し、泳いでここを離れた……と考える方が、真実に近いような気がした。
「イーリス、裏側より表だ! 砂浜の方に向かって、国吉さんは泳いでったんじゃねーかと思う! だから捜すなら、こっちより向こうだ! オレらがいた方のが、いる可能性高い気がする」
振り返って自分の考えを伝えると、イーリスは驚いたように目を見張った。
「砂浜の方に?……でも、どうしてそう思うの? その考えに至った理由は何?」
「えっ?……いや、理由って言われても……。なんとなく、そんな気がしただけっつーか……ただの勘っつーか……」
イーリスから視線をそらしつつ、結太は曖昧な答えを返す。
ハッキリしない言い方に、彼女はカッとして結太を睨んだ。
「『そんな気がしただけ』!? 『ただの勘』!?――そんないい加減な理由で、表側を捜そうなんて言ったの!?」
「あ、いや……。いい加減ってワケじゃ――……」
「いい加減よ!! 勘なんて、そんな不確かな可能性に賭けてる時間なんて、アタシにはないの!! こうしてる間にも、国吉がどこかで苦しんでるかもしれない!! どこかで、死にそうになってるかもしれないのよ!?……国吉が……国吉が死んじゃったら、アタシ……アタシもう、この世にいる意味なんてな――」
「ちょっと待ってくださいよ、お嬢。勝手に人を殺さないでください」
「そーだぞイーリス! 勝手に国吉さんを殺さな――っ、…………え?」
恐る恐る振り向いた先には、たった今、海から上がって来たかのように、体中びしょ濡れな国吉がいた。
国吉は濡れた髪を掻き上げると、ぐったりした様子で。
「いや~、参った参った。表側に回れば、誰かしらいらっしゃるんじゃないかと思って、行ってみたんですけどね。荷物は浜辺に放置状態。誰一人として見当たらないときてる。もしかして、私のことを捜していらっしゃるのかと、またこちらに来てみれば、死んだことにされ掛かってますし……。いやまったく。お嬢には海に突き落とされるわ、かなり長いこと泳ぐ羽目になるわ、この世から存在を消されそうになるわで、踏んだり蹴ったりとは、正にこのこ――」
「国吉ぃいいいッ!!」
話の途中で、イーリスが国吉の名を悲鳴のように呼びながら、思いきり彼に抱きついた。
普段の彼なら、余裕で受け止めていたに違いないが、気力体力使い果たし、ボロボロだったのだろう。イーリスに抱きつかれたとたん、足元をふらつかせ、イーリスもろとも地面に倒れ込んだ。




