第3話 結太、近場から駆けて来た従者らを訝しむ
草むらから姿を現わした鵲と東雲は、あっという間に駆け付けて結太を取り囲むと、
「どーした結太ッ!? 大事件って!? おいっ、いったい何があったんだよッ!?」
「みんな、怪我してるわけじゃなさそうだけど……。本当に、何があったんだい?」
心配そうに訊ねつつ、彼の顔色を窺った。
正直言って、かなり前に去って行ったはずの二人が、意外なほど近くにいたことに、結太は少々引いていた。
ふつふつと、『まさかあの草むらから、オレらのこと覗いてたワケじゃねーだろーな?』との疑念が浮かぶ。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。疑問をぶつけるのは後にしようと思い直し、
「大変なんだッ!! 国吉さんが!! 島の裏側にある崖から、海に落っこっちまったみてーなんだ!! 二人とも、国吉さん捜すの手伝ってくんねーか!?」
イーリスが〝突き落とした〟という事実のみを伏せ、結太は二人に協力を求めた。
請われた二人はほぼ同時に、『はっ!?』『ええッ!?』と、裏返った声を上げる。
「国吉さんが海に落ちただぁ!?」
「しかも崖からっ!?」
これでもかと言うくらい、目を見開いている二人を、真剣な顔で見返し、結太は大きくうなずいた。
鵲も東雲も、互いに顔を見合わせ、
「至急、坊ちゃんにお知らせしねーと!――って言いてーところだが、安否確認と人命救助が先か」
「うん!――結太さん。その崖って、どこにあるんだい?」
鵲の問いに、結太はぐっと詰まってしまった。
どこにあるかまでは、まだ聞いていない。
「ごめん。場所はオレにもわかんねーんだ。イーリスが知ってる、けど……」
横目でチラリと彼女を窺い、案内出来るような状態かどうかを確かめる。
イーリスは、結太にうなずいてみせてから、
「大丈夫、アタシが案内する!――こっちよ!」
思ったよりしっかりした声で告げると、数百メートルほど先にある森を指差し、砂を蹴って走り出した。
鵲と東雲も慌てて後を追い、結太もそれに続こうとしたが、ハッとしたように振り返る。
「伊吹さん! 国吉さんのことはオレ達に任せて、伊吹さんは、龍生に知らせに行ってくんねーか? もしもの時のために、ケーサツ――っ、……いや、違ーか? こーゆー時は、まず、どこに連絡すればいーんだっけ?……う~ん……わかんねーけど……。っと、とにかく、龍生に知らせれば、後はあいつが、どーにかしてくれっと思うから!――じゃっ、そーゆーことで、よろしくっ!」
「あ――、う、うんっ」
桃花がコクリとうなずくと、結太は猛ダッシュで、イーリスらの後を追った。
彼らの姿が小さくなるまで見送ると、
「わたしも急がなくっちゃ!」
桃花は砂浜に散らばったシーグラスはそのままに、別荘に向かって駆け出した。
「ここよ!」
ひたすら森の中を走り続け、島の端まで来ると、イーリスは立ち止まって声を上げた。
「あの崖! あの崖から落ちたのっ!」
海のある方向を指差し、泣きそうな顔で振り返る。
結太はイーリスにうなずいてみせると、慎重な足取りで、少しずつ崖に近付いて行った。
「結太! 様子なら俺達が見っから! おまえはこっちで大人しくしてろ!」
後ろから東雲に肩を掴まれ、そう告げられたが、結太は首を横に振る。
「ダイジョーブだって。オレが行くよ。トラさんとサギさんは体でけーし、俺より重ぇーだろ? 崖が崩れちまったら、危ねーからさ」
「崩れちまうよーな崖なら、ますますおまえに任せられるワケねーだろーが!」
心配のあまり、結太の肩を掴む東雲の手に、グッと力が込もった。
とたん、結太は『痛ッ』と声を上げ、東雲は慌てて手を離す。
「わ、悪ぃ! つい、力が入っちまった」
結太はもう片方の手で肩を撫でながら、ニカッと笑い、
「いーよべつに。謝んなくても。オレのこと、心配してくれてんだよな。……けど、ホントにダイジョーブだから。『崩れちまったら』ってのは、あくまで、万が一のことを考えてのことだし。そー簡単に、崩れたりしねーって」
「まあ、そりゃ、そーかもしんねーが……」
それでもまだ、不安げに結太を見下ろす東雲に、結太はもう一度、『ダイジョーブだって』と笑ってみせてから、一人で崖の端に向かった。
崖の上まで移動すると、結太は四つん這いになり、恐る恐る、先端まで近付いて行った。
端に着くと、少しずつ顔を前に出し、海を覗き込む。
イーリスの言っていた通り、海面までの距離は、それ程でもないように見えた。
しかし、波は島の表側(砂浜の方)よりも荒い。
おまけに、ゴツゴツした岩があちこちから顔を覗かせていて、一瞬、結太の脳裏を、最悪の結末がよぎった。
(崖が高くねーのは救いだと思ったけど、こーも岩があっちこっちから突き出してっと、逆に心配だな。落ちた拍子に、岩にぶつかってたりしたら……)
「ねえ、結太!……どう? そのくらいの高さなら、きっと大丈夫よね? 落ちても、命を落とすほどのことはないでしょう?……ねえっ、結太ってば! 国吉、絶対無事よね? もうとっくに、崖から上がってるに決まってる! ねえ、そーでしょうっ?」
後方からイーリスの張り詰めた声がする。
すぐに、『ああ。こんくれーなら問題ねーよ。ぜってー無事だ』と返してやりたかったが、結太は返答に窮した。
思っていた以上に、状況は厳しい。――そんな気がしていたからだった。




