第2話 イーリス、ようやく落ち着きを取り戻す
桃花に抱き寄せられ、ひたすら泣きじゃくっていたイーリスも、しばらくすると落ち着いて来たようだ。覆っていた両手を、顔からゆっくりと離した。
「ご……ごめんなさい、桃花。もう大丈夫よ。……アタシったら、取り乱しちゃって……。本当に、心配させちゃってごめんなさいね?」
バツが悪そうに目をそらしながら、素直に謝る。
桃花はふるふると首を振ってから、柔らかく微笑んだ。
「謝る必要なんてないよ。取り乱しちゃうほど、ショックなことがあったんでしょう?……え……と、それで……。落ち着いたなら、もう教えてくれるかな? 国吉さんと何があったの?」
イーリスは暗い顔でうつむくと、再び両目に涙を滲ませ、
「国吉……。アタシ、国吉とケンカしちゃって……。それで、あの……アタシ、つい、カッとなって……」
「……うん。『カッとなって』……?」
温かい桃花の声に、励まされるようにして、彼女は顔を上げ、大声で言い放った。
「アタシ…っ、国吉を殺しちゃったかもしれない!! カッとなって、崖から突き落としちゃったのよぉおおおーーーーーッ!!」
想像もしていなかった答えが返って来て、結太と桃花の時が、数十秒ほど止まった。
両目を大きく見開いたまま、二人共に固まる。
真っ白になった頭が、再起動するまでに掛かった時間は、どのくらいだったろう?
とにかく、数十秒から数分の空白の後、二人は同時に叫んだ。
「えぇえええーーーーーッ!? がっ、崖から突き落としたぁああああーーーーーッ!?」
イーリスは何も言わず、ただ、コクリとうなずく。
桃花は真っ蒼になって、両手で口元を覆った。
結太は、イーリスの肩を両手でガシッと掴み、
「がっ、ががが崖って何だっ!? 崖なんて、どこにあるってんだッ!? そんな危険なとこ、この島にあったのかよっ!?」
動揺しつつ問うが、イーリスは、今度は大きくうなずいて。
「この島、表側は砂浜ばかりだけど、森の中をずーっと歩いて行った先の裏側は、崖になってるみたい。崖……って言っても、そこまで高くはないんだけど……。でも、国吉を突き落としちゃってから、慌てて海を覗き込んでみたけど、国吉の姿は、もうどこにもなくて……。透明度の高い海だから、海面近くまで上がってくれば、絶対見えるはずなのに――。どこにもいないのッ!! いなかったのッ!! 何度呼んでみても、返事もなかったッ!!……アタシ……アタシ、どーしよう!? 国吉に何かあったら……死んじゃってたら、アタシ……アタシ、どーすればいーのッ!?」
何度も大きく首を振ってから、イーリスは泣きながら桃花に抱きついた。
桃花は無言のまま、そっと彼女の背に手を回し、落ち着かせるよう、何度もその背をさする。
結太はゴクリと唾を飲み込み、胸元に手を当てて、数回深呼吸してから、自分が今、何をすべきかを考えた。
イーリスは、『殺しちゃったかも』と言ってはいたが、死体を見たわけではない。
海に上がって来た様子はないとのことだったが、まず、どのような崖かがわからない以上、正確な判断を下すことは難しい。――もしかしたら、崖のあちこちに突き出した部分があって、その陰に隠れ、見えなかっただけかもしれない――という可能性もある。
(――うん。まずはその崖に行って、実際に確かめてみなきゃな。龍生にも、知らせに走った方がいーんだろーが……国吉さんの安否がわかんねー以上、それまでの時間が惜しーぜ。国吉さんが無事なんだったら、一刻も早く崖に向かって、助けねーといけねーし)
……しかし、国吉が無事でいるとしても、自分だけでは助けられまい。他に、数名ほどの人手がいる。
女性らの手を借りてもいいのだが……動揺しているイーリスと、見た目と違い、なかなかの力持ちではあるものの、小柄な桃花では、大の大人(しかも、大柄の男性)を助けるには、少々心許ない。
やはりここは、冷静に対処出来て、頼りになる大人にも、一緒に行ってもらうべきだろう。
結太は一か八か、鵲と東雲が近くにいないか、確かめてみることにした。
「おぉーーーーーいッ!! サギさんトラさぁあーーーーーんッ!! 大変だッ、大事件だぁああーーーーーッ!! たーーーすーーーけーーーてーーーくーーーれぇえええーーーーーッ!!」
これ以上の大声は出せない――というくらい頑張って、彼らに助けを求める。
……が、数秒待っても、辺りはシンとしたままだ。
(……ま、そりゃそーか。二人がどっかに行っちまってから、どんだけ経ってると思ってんだ? この辺にまだいるワケねー……だ、ろ……?)
「……んん?」
誰かの声が聞こえたような気がして、結太は辺りを見回した。
すると、思ったより近い場所から、
「どーしたぁーーーっ、結太ぁあッ!? 大事件ってなぁー、どーゆーこったぁあーーーッ!?」
「また大怪我でもしたのかーーーいっ!? 結太さぁあああーーーーーんッ!?」
聞き覚えのある声が、結太らの耳に届き……。
数百メートルほど離れたところにある草むらから、二人がひょっこりと姿を現わした。




