第11話 イーリス、遅れて来た結太を責める
「遅いわよ結太!! 部屋に荷物運んだら、すぐダイニングに集合って、秋月くんに言われたでしょ!? もうニ十分近く経っちゃってるわよ? 荷物置くのに、どれだけ時間掛かってるのよ! 待ちくたびれちゃったじゃない!」
心配していた通り、ダイニングのドアを開けたとたん、イーリスに叱り付けられ、結太は『うへぇー』と、心の内でつぶやいた。
「悪かったよ。誰かさんに重いバッグ持たされて、すっかり疲れちまったからさ。ベッドに倒れ込んで、少し休んでたんだよ。そしたら、結構時間経っちまってて……」
「はあ~!? 何よそれ!? 遅れたのは、アタシのせいだって言いたいの!?」
ますます目を吊り上げるイーリスに、結太は目をそらせながら、
「べつに、そーは言ってねーけど……」
モゴモゴとつぶやく。
イーリスはテーブルに両手をつき、勢い良く椅子から立ち上がると、続けざまに何か言おうとした。
しかし、『まあまあ、お嬢。冷静に冷静に』という言葉と共に、後ろから国吉に両肩を掴まれ、力尽くで、再び椅子に座らせられてしまった。
国吉はイーリスの肩を押さえつけたまま、結太を見てニコリと笑う。
「結太様も、戸口にお立ちになっていらっしゃらずに、こちらへいらしてください。どうやら我が藤島家のお嬢様は、大変お腹が空いていらっしゃり、ご機嫌斜めのご様子です。一刻も早く空腹を満たして差し上げませんと、腹ペコ怪獣に変身してしまうやもしれません。そうしましたら、もはや手遅れ。ガオーガオーと鳴き声を上げながら、火を噴き、建物を踏み潰し、さんざん大暴れして、周囲はあっという間に焼け野原。危機を回避なさりたいのでしたら、腹ペコ怪獣を出来るだけ刺激せず、食事の邪魔をしないようにするしかございません。ささっ、速やかにご着席ください」
普段の砕けた口調と違い、とても丁寧な言葉を遣う国吉に、結太はしばし、呆気に取られてしまった。
しかし、彼にじっと見つめられ、促されていることに思い至ると、慌てて用意されていた席に着いた。
それを見届け、国吉は満足そうにうなずく。
だが、〝怪獣〟呼ばわりされたイーリスは、ムッとしたように彼を振り仰ぎ、
「ちょっと、誰が〝腹ペコ怪獣〟ですって!? こんな美人を怪獣呼ばわりするなんて、国吉の審美眼は最低最悪ね!……遅れて来たのは結太なのよ? 非難されるべきは、彼の方じゃない! なのに、どーしてアタシが、怪獣だの大暴れするだのって、酷いこと言われなきゃいけないのよ!?」
いよいよ目を三角にして、不満をぶつけて来る。
それでも尚、国吉は余裕の笑みを浮かべ、平然とイーリスに言い返した。
「楠木様が遅れて参られたのは、先ほど、楠木様ご自身もおっしゃっていたように、お嬢様が、お荷物を楠木様にお預けになったことにより、お疲れになられたからなのでしょう? 皆様が別荘に到着なさってからは、お嬢様のお荷物は、私がお預かりいたしましたが……あちらのお荷物、かなり重うございましたよ? あれほどのお荷物を、強引に押し付けられたにもかかわらず、楠木様は、不平不満を一切申されることなく、ここまで運んでくださったのです。まずは感謝の意を表されますのが、人間としての道理だと思われますが……当然、お嬢様は楠木様に、お礼を申し上げたのでしょう?」
「う――っ!」
「申し上げたのですよね?」
笑顔を少しも崩さず、国吉は重ねて問い掛ける。
イーリスは唇を噛むと、国吉から視線をそらし、気まずそうにうつむいた。
「お嬢様? 私は、『楠木様にお礼を申し上げたのでしょう?』と、お訊ねしたのですが?」
笑みを湛えたまま、国吉は尚も食い下がる。
空腹を抱え、ひたすら結太を待ち続けていた者達は、『揉めるなら、昼食の後にしてくれないだろうか』と思いつつも、黙って二人のやりとりを見守っていた。
しばらくの後。
イーリスは大きなため息をつき、
「あーもーっ、わかったわよ!」
観念したかのような声を上げると、両手をテーブルについて立ち上がった。
キッと結太を睨み据え、
「荷物を運んでくれてありがとうございましたっ! お陰で助かりましたっ!」
それだけ言うと、用は済んだとばかりに、さっさと腰を下ろす。
結太はポカンと口を開け、数回瞬きしてから、
「はぁ……。どー……いたしまし……て」
途切れ途切れに、どうにか言葉を絞り出した。
国吉はニカッと歯を見せて笑い、『よく出来ました』と、イーリスの頭を撫で回した。
彼女は顔を赤くしながら、『ちょ…っ! 何するのよバカっ! 子供扱いしないで!』などと言い、両手で自分の頭を押さえ、口をへの字にしてそっぽを向く。
その様子を、一同は呆然と見つめていたのだが……。
やがて、誰からともなく吹き出すと、明るい笑い声が周囲に広がった。
イーリスも、初めの内こそ体を縮こめ、居心地悪そうにしていたが、和やかな雰囲気に変わったことに気付いたとたん、ホッとしたように顔をほころばせた。
龍生は、ここが区切りをつける潮時だと思ったのか、皆をぐるりと見回してから、
「さあ。話も終わったことだし、昼食にしよう。――鵲、配膳を頼む。東雲と国吉さんも、手伝ってやってくれると助かるんだが……」
続いて、鵲らに視線を投げる。
龍生の号令を受け、東雲は『もちろんです、坊ちゃん!』と即答し、鵲と国吉も無言でうなずいた。
そうして、三人は連れ立ってキッチンへ向かい、ダイニングには、結太達〝面片会メンバー〟だけが残された。
「あぁ~~~、ようやく食べられるぅ~~~。もう、腹ペコを通り越して、腹ベッコンベッコンって感じだぁ~~~」
珍しく、咲耶が情けない声を上げ、テーブルに突っ伏した。
見掛けに寄らず大食いである彼女にとって、朝から何も食べないままに、長時間待たされている状態は、かなりキツイものがあったのだろう。
龍生は恋人を見てクスリと笑うと、
「咲耶。藤島さんが、先に結太に物申してくれたお陰で、手間が省けたな。結太が現れるまでは、『こんなに待たせて、いったい何をしているんだ!?』『私が直接部屋に行き、引っ張って来てやる!』なんて、息巻いていたものな?」
「えっ、そーなのかっ!?」
ギョッとして、結太は咲耶に視線を移す。
目が合ったと同時に、咲耶は素早く体を起こし、腕組みして顔を横に向けた。
「し、仕方なかろうっ? 朝から何も食べてないんだ指。腹が減れば、そりゃあイラつきもするさ。だから私は、その点のみに限っては、イーリスの言動を支持する! 空きっ腹の人間をニ十分も放って置いて、部屋でダウンしていたなど……いくら重い荷物を持たされて疲れていたからと言って、許されるものではないからな!」
「うぅっ。……だから、それは悪かったって思ってるよ。保科さんも、イーリスもごめん」
改めて責任を感じ、結太は両手を膝に置いてうつむいた。
ニ十分という時間を、長いと思うか短いと思うかは、人それぞれだろうが、遅れてしまったことは事実だ。素直に反省すべきだろう。
「まあ、二人とも。それくらいで勘弁してやってくれないか? 結太もこうして反省している。これ以上責め立てるのは、さすがに気の毒だ」
「そっ、そうだよ咲耶ちゃん。――イーリスさんも。楠木くん、ちゃんと反省して、謝ってもくれたんだから、もう許してあげて?」
「……龍生。……伊吹さん……」
二人からの予想外のフォローに、結太はひたすら感動していた。
やはり、持つべきものは親友と、可憐で優しい想い人だなと、小さく何度もうなずく。
「……べつに、アタシはもう、怒ってないけど――」
「わ、私だってそうだ! 謝ってくれさえすれば、それでいい」
二人から許されたことで、この話はここまで、ということになった。
結太が胸を撫で下ろしていると、
「おぉ~~~っ待たっせいたしましたぁ~~~っ!! 国吉さんにお手伝いいただき、生まれて初めてサギ――っ、……いや。鵲が作りましたるご昼食、おっ持ちいたしましたよぉ~~~っ!」
これでもかと言うくらい陽気な声を発し、東雲がダイニングのドアを開け放った。




