第19話 龍生、夏休み問題に言及せず退室する
結局、夏休みの計画にイーリスが加わることを、龍生は『賛成』とも『反対』とも言わなかった。
いつもと変わることなく、昼休み終了の時刻が近付くと、咲耶から重箱弁当(秋月家女中頭、宝神特製の豪華弁当。龍生は小食なので、大食いの咲耶と、互いの弁当を交換している)を受け取り、
「では、僕はこれで失礼するよ。――行こう、咲耶」
それだけ言って席を立つと、足早に前方まで歩いて行く。
ガラリと引き戸を開けてから、一度振り向き、咲耶を促すように見つめると、二年三組の教室を出て行った。
咲耶は大いに不満そうだったが、やはり、特に意見を述べることなく席を立つと、龍生の後を追うように、教室から出て行っ――……たのだが、廊下に出ると同時に、
「どういうつもりだ、秋月!? どうしてイーリスに、何も言わなかった!?」
という声が聞こえて来て、『ああ、やっぱりな』と、結太は苦笑した。
……まあ、咲耶の場合、『教室を出るまで、よく耐えた』と、褒めてやらねばなるまい。
何せ彼女は、疑問を抱え、スッキリしないままに日々を過ごすことなど、出来ない性分なのだから。
(う~ん……。それにしても、龍生が何も言わなかったのは、意外だったな。てっきり、ハッキリキッパリ断るんだろーなと思ってたのに。……ま、歓迎してるって感じでもなかったけどさ)
椅子と机を元に戻してから、自分の席で頬杖をつき、結太はチラリと、イーリスの様子を窺った。
隣の席のイーリスは、結太同様、両手で頬杖をつき、楽しげに、満面の笑みを浮かべている。
(うっわ。ありゃぜってー、別荘で何やるかとか、考えてるに違いねーな。……ったく。自分家が持ってる島でもねーのに、よく『アタシも一緒に行かせてもらう』――なーんて図々しいことが言えたもんだよなー。金持ちのお嬢って、みんなこんな感じなのか?)
……結太の心のつぶやきを、世の中の〝金持ちのお嬢〟様方が聞いていたら、とたんに目をつり上げていただろうが……。
とにもかくにも。
彼女の、『母が義父と再婚するまでは、オンボロな木造アパートに住む、どちらかと言えば、貧しい側の小学生だったの』――や、『庶民的感覚は身につけているつもりよ』――などの言葉を、疑いたくなるような態度ではあった。
一般人の常識的感覚からすると、〝個人所有の無人島〟だの、〝豪華な別荘〟だの、これまた、〝個人所有のヘリコプターでの送迎〟だのと聞かされたら、それだけで尻込みしてしまう気がするのだが。
少なくとも、招待を受けてもいないのに、『アタシも行く』などとは、絶対に言えないだろう。
(やっぱちょっとイーリスって、空気読めねーとこあるよな。悪気はねーんだろーけど、周囲の反応無視して、自分だけで盛り上がっちまうっつーか……。その点伊吹さんは、いつも自分のことより、周りの人の気持ちばっか考えてそーだよな。出しゃばったりしねーし、大声でまくし立てることなんかも、ぜってーねーし。……けど、それでも存在感薄いってわけじゃーねーんだよな。大人しくても、笑って話を聞いてくれてるだけで、場を和ませてくれるっつーか、周りを幸せな気持ちにさせてくれるっつーか……)
そんなことを思いながら、結太は、イーリスから桃花へと視線を移した。
結太の席は窓際の一番後ろだが、桃花の席は、窓際から三列目、そして前からも三列目の位置にある。
ずっと見つめていても気付かれない、この距離感が、今の結太にはありがたかった。
(結局、今日も伊吹さんとは話せなかったな。……やっぱオレ、完全に嫌われちまったのか?)
考えただけで、胸にチクリと痛みが走る。
果たして、こんな状態のまま龍生の別荘へ行って、良い思い出など作れるのだろうか?
……いや、作れるわけがない。
桃花と、話すことも出来ない状態のままで過ごす夏休みなど、楽しいはずがないではないか。
楽しいどころか、地獄だ。
自分史上、最悪の夏休みになってしまう。
そう思っただけで、大きな重しを一気にドンと乗せられたように、体も気持ちも沈み込んだ。
高校二年の夏休みは、たった一度だけしかないのだ。
このまま、ただその日が訪れるのを待っているしかないだなんて、冗談ではない。
何としても、夏休みに入る前までに、桃花と普通に話せるくらい、関係を修復しておかなければ――!
(……けど、どーやって?)
その疑問に突き当たると、結太はそれが問題だとばかりに頭を抱え、『うぅ~ん』と唸りながら机に突っ伏した。




