第12話 一同、イーリスの命名に難色を示す
(……うっわ。超だっせーネーミング……。イーリス、名付けのセンスは皆無なんだな……)
口には出さず、結太は心の内だけで断じた。
他の三人は、死んだ魚のような目でイーリスを見つめるのみだったが、きっと、結太と似たような感想を抱いていたことだろう。
「ねっ? みんなでいろいろなこと、やってみましょうよ! ほんの少しでも興味のあることなら、何でもいいわ! 時間の許す限り、みんなのやりたいと思うこと、片っ端からやって行くの!」
満面の笑みを浮かべ、イーリスは『ねっ、ねっ? そーしましょっ?』『きっと楽しいわ!』などと言っては、一人ではしゃいでいる。
すっかりその気になっているイーリスに、皆が戸惑っていると、
「盛り上がっているところ申し訳ないが、僕は遠慮するよ。部活動もサークル活動も、一切する気はないからね」
それまで沈黙を貫いていた龍生が、穏やかに微笑しつつ、それでもキッパリとした口調で、イーリスの誘いを断った。
他の三人も、当然断るつもりだった。
だが、楽しげなイーリスを前に、なかなか言い出せずにいたのだ。
龍生の容赦ない返答に、三人は複雑な思いを抱きながら、じっと彼を見つめた。
「えーーーっ、そんなぁ。せっかく、面白くなって来たと思ったのに……。秋月くんが抜けちゃうなんてつまらないわ。――ねえ、どうしてもダメ? アタシ、ここにいる五人で、一緒に何かやりたいのよ」
胸の前で両手を組み合わせ、ほんの少し首を傾けて、ウルウルした瞳で〝お願いポーズ〟してみせるイーリス。
そのあまりの可愛らしさに、チラチラと様子を窺っていた、教室内にいる男子生徒らは、一様に胸を撃ち抜かれた。
だが、咲耶以外の女性に興味のない龍生は、
「本当に申し訳ないけれど、僕には、君の趣味に付き合っている暇はないんだ。諦めてくれないかな?」
ニコリと笑って、一刀両断するのだった。
「そ……そんな……」
龍生の返答は、予想外だったのだろう。
イーリスはショックを受けたように、足元をふらつかせた。
「うん……だよな。秋月がやらないなら、私も――」
龍生に続き、咲耶が口を開き掛けた時だった。イーリスは、斜め前に座っている桃花の元に素早く駆け寄り、床に両膝をついた。
そして桃花の両手を取り、ギュッと握り締めると、
「桃花! 桃花は『面片会』に入ってくれるわよね!? アタシと一緒に、活動してくれるわよね!? だってアタシ達、友達でしょう!? 病院で会った時、アタシと友達になってくれるって言ったものね!?――ねっ、そーでしょう!? 入会してくれるわよね!?」
今にも泣き出しそうな顔で、必死に懇願するのだった。
桃花は『えっ?……あ、あの……』と、困惑顔で口ごもった。
「イーリス、卑怯だぞッ!! 桃花の手を離せッ!!」
咲耶が立ち上がった拍子に、椅子が後方に倒れ、ガタン!――と大きな音を立てた。
しかし咲耶は、それにはいっこうに構うことなく歩いて来ると、桃花とイーリスの間に立ち、
「秋月に断られたからって、桃花を脅すな! 桃花が優しくて大人しいのをいいことに、強引に引き入れる気だろう!? そうは問屋が卸さないぞ!! さあ、桃花の手を離せッ!!」
そう言うと、桃花の手を握っているイーリスの手を、強引に引きはがしに掛かる。
「痛っ!……ちょ、ちょっと咲耶! 痛いから手を離してっ!」
「離してほしかったら、おまえが先に、桃花の手を離せッ!!」
「――イヤよッ!! 桃花がアタシの、唯一の希望なんだもの!! 絶対に離さないわッ!!」
「何ぃいッ!?――貴ッ様ぁああッ!! まだ学校に慣れていない転校生だと思って、人が遠慮してやっていれば、いい気になりおってぇえええッ!!」
桃花の手の両脇で、彼女の手を奪い合うように、睨み合う咲耶とイーリス。
間に挟まれてしまった桃花は、ただオロオロと、二人の顔を見比べている。
「ちょ…っ! 何してんだよ二人ともっ!? 伊吹さん困ってんだろーが!! 妙な女の争いに、巻き込んでんじゃねーよ!!」
桃花が板挟みになっているとあっては、黙って見ていることも出来ない。
結太は慌てて席を立ち、二人を叱り付けた。
とたん、二人は結太に顔だけ向け、
「うるさいわねッ!! 結太は引っ込んでて!!」
「そーだ黙れっ、この外野がッ!! 女同士の争いに、ボンクラ男が口を挟んで来るなッ!!」
さも邪魔だと言わんばかりに、もの凄い形相で睨んで来る。
二人のあまりの圧の強さに、結太は一瞬怯みかけた。
――が、桃花の困り果てた様子を前にして、大人しく引くわけにも行かない。勇気を奮い起こし、発言を重ねた。
「いーや、挟むね! 女の醜い争いに巻き込まれて、どーしていーかわかんねー感じの伊吹さんを、放っとくことなんて出来ねーからな!」
「――はあッ!? 何言ってるのよ結太!? アタシはただ、桃花にお願いしてるだけよ!? そこに咲耶が邪魔しに入って来たから、こんなことになっちゃってるんじゃない!! 文句を言うなら、咲耶だけにしてくれない!?」
すかさず言い返すイーリスだったが、咲耶も負けてはいない。
「はあああッ!? 何がお願いだ、このスットコドッコイ!! あれはどー見ても脅迫だろう!? 『アタシ達友達でしょう』だの『友達になってくれるって言ったものね』だの、桃花の優しさにつけ込むよーなことばかり抜かしてただろーがッ!! 忘れた頃に連絡して来て、元クラスメイトに怪しい壺を売りつけて来る、大迷惑な新興宗教勧誘女かおまえはッ!?」
こめかみに青筋を立て、鬼の形相で攻(口)撃し返している。
(だっ……ダメだ。二人の言い合いが激し過ぎて、全然入っていけねー。……ごめん、伊吹さん! とことん役に立たねー男で……)
己の不甲斐なさに、結太がしょんぼりしそうになった、その時。
「やめて二人ともッ!! お願いだからケンカしないでッ!!」
彼女の口からは聞いたことがないほどの大音量で、桃花が叫んだ。