第5話 咲耶、イーリスから贈られた水着に激怒する
水着を広げてみた咲耶が、思わず大声を上げてしまった訳は、デザインの大胆さにあった。
形は一応、ワンピースタイプと言えるのかもしれないが……。
上下は、前身頃の中心部分だけが繋がっていて、両脇はガッツリ開いている。
後ろから見たら、ビキニにしか見えない。しかも、上半身の後ろと、下半身の両脇は、紐で結ぶだけ――というデザインなのだ。
(なっ、なななな何なんだこれはっ!? ビキニじゃないって言ってたのに、腹部の中心部分しか、上下繋がってないじゃないか! しかも、紐で結ぶだけだなんて……。こ――っ、ここここんなのっ、激しく動いたりしたら、結び目が解けてしまう恐れだってあるんじゃないのか!?)
そう思ったら、頭のてっぺんから足のつま先まで、一瞬にして熱くなった。
ある意味ビキニよりも、着るのに勇気がいるのではないだろうか?
(うぅぅ……っ。イーリスめぇえええ――っ! 『ビキニ以外のタイプ』だと言っていたから、ろくに確認もせずに、持って来てしまったじゃないかぁああッ! こんな恥ずかしいデザインだと知っていたら、スクール水着の方を持って来たのに……。うぅぅぅぅ~~~っ、いったい、どーすればいーんだ!? 秋月には、『水着に着替えて来る』と言ってしまったし……。でも、こんなものを着るワケには……)
咲耶はどうにも腹に据えかね、ビーチバッグからスマホを取り出した。
素早くタップし、イーリスに『何なんだ、この水着は!? ビキニとたいして変わらないじゃないか!』とメッセを送る。
だが、一分待っても、二分待っても、三分待っても返事が来ない。
それどころか、既読にすらならなかった。
咲耶はますますムカついて、今度は電話を掛けてみた。
……やはり、いくら待っても出ない。
「チクショウ!――何故だッ!? 何故出ない!?」
腹が立って、バッグの中に、スマホを叩きつけるようにして投げ入れた。
文句を言ったところで、今更どうにもならないのだが……。
どうしても、何か言ってやらなければ、気が済まなかったのだ。
咲耶がイーリスに連絡を入れていた頃、向こうの島では、写真撮影が始まっていた。
そちらに集中していたイーリスが、スマホの着信音に気付かなかったのも、無理のないことではあった。
だが、そんなことなど知るはずもない咲耶は、
(あああっ、もうッ!! いったいどーしてくれるんだ!? まさか、スクール水着を取りに行くためだけに、東雲さんに来てもらうわけにも行かないし……。この水着を着るのも……うぅぅ、メチャクチャ恥ずかしいっ! 絶ッ対、無理だッ!!)
イーリスがプレゼントしてくれた水着を両手に持ち、ひたすら途方に暮れていた。
その頃。
咲耶から『おまえも用意しておけ』と言われてしまった龍生は。
意味も分からぬまま、言われた通り水着に着替え、咲耶が洗面所から出て来るのを待っていた。
(……まったく。どういうことなんだ? ドアを勢いよく開けて入って来た時の咲耶は、どこか吹っ切れたような顔をしているように見えたから……てっきり、〝大人のキスより先へ行く覚悟〟を、決めて来てくれたのかと思ったんだが……。急に『海に行く』などと言い出して、どういうつもりだ? 返事を長いこと待たされたあげく、今度は着替えまで待たされるとは……。相変わらず、咲耶の行動には驚かされるばかりだ。……まあ、そこが彼女の、魅力のうちのひとつでもあるんだが)
椅子に座って手足を組み、ひたすら黙考している間にも、洗面所からは、咲耶の驚いたような声や、怒っているような声、困惑したような声までが聞こえて来る。
気になって、様子を見に行こうと、何度も椅子から立ち上がったりもしたのだが……。
咲耶のことだ。
そんなことをすれば、『何でもない! 勝手なことをするな!』『私が出て行くまで、大人しく待っていろ!』などと言って、怒りを露わにするに違いない。
彼女の身に危険なことが起こりでもしない限り、そっとしておく方がいいのだと、龍生は判断した。
(……しかし、それにしても遅いな。水着に着替えるだけで、十数分も掛かるとは思えないが……。まさか、中で倒れている――ということはないだろうな?)
常に落ち着いている龍生だが、さすがに心配になって来た。
やはり、様子を見に行った方がいいのだろうかと、椅子から立ち上がった瞬間。
ようやく洗面所のドアが開き、中から、咲耶の顔だけがひょっこりと現れた。
「……咲耶? ドアから顔だけ出して……何をしているんだ?」
思わず訊ねると、彼女は茹で上がったタコのような真っ赤な顔をし、
「い――っ、今から出て行くが、絶対絶対、笑ったり、変なこと言ったりするなよ!?……いいか!? 絶対だぞッ!?」
何のことやらわからないが、そう言って龍生を睨みつけた。
龍生は彼女の言動に戸惑いつつも、『あ、ああ……。わかった』と、とりあえずは素直にうなずく。
咲耶は一度頭を引っ込め、またしばらく、中で何やらためらっているようだったが、再び大声で、
「いっ、いいか!? 今から出て行くが、本当に笑うなよ!? 絶対絶対笑うなよッ!? 少しでも笑ったり、変なこと言ったりしたら、すぐに東雲さんに電話して、迎えに来てもらうからなッ!? いいな!? 約束したからな!? 絶対に守れよ!?」
早口で告げると、思い切ったように洗面所のドアを開け放ち、野生のイノシシのような勢いで、龍生に向かって突進して来た。




