第10話 龍生、やきもちではないと言い張る
結太に『やきもち焼くなんてどーかしてる』と断定されたとたん、珍しく、龍生はグッと詰まった。
頬にはたちまち赤みが差し、彼は気まずそうに目をそらす。
「や――、やきもちなど、焼いていない」
「嘘つけ。思いっきり妬いてんだろーが。どーせまた、『いつもいつも、伊吹さんと行動を共にすることばかり考えて、自分のことは、二の次三の次か』――とかって拗ねてんだろ? 彼女を独占してーって気持ちもわからなくはねーけど、あんまり度が過ぎっと、そのうち、保科さんにだって愛想尽かされちまうぞ?」
一気にそれだけ告げると、結太はタコ焼きパン(焼きそばやナポリタンのように、間にタコ焼きを挟んだだけ――というパン。購買部でも、滅多に見掛けることのない、なかなかにレアな代物だ)にかぶりついた。
「だ――っ、……だから、やきもちなど焼いていないと――」
「なーんだ。やきもち焼いてただけだったの? 秋月くんったら、意外と独占欲強いのねー」
理由がわかってホッとしたのか、イーリスはニマニマと笑いながら、龍生をからかうように見つめている。
通常は、己の感情をむき出しにすることなどない龍生は、からかわれることには慣れていない。居心地悪い感覚に戸惑いつつ、反論しようと口を開くが、
「そう……なのか? やきもちだったのか? じゃあ……怒っていたわけではないんだな?」
咲耶にまっすぐ見つめられ、龍生はまたしても、ググッと詰まってしまった。
問いには答えず、口元を片手で押さえて目をそらす龍生に、咲耶は尚も食い下がる。
「なあ、どうなんだ? ただのやきもちなのか? そうじゃないのか? ハッキリ言ってくれ、秋月」
制服の袖を掴まれ、軽く引っ張られた拍子に、体が傾く。体勢を立て直そうと顔を上げると、思い切り咲耶と目が合った。
じっと見つめて来る、僅かに潤む瞳――。
普段は勝気な咲耶がチラリと覗かせた、その切なげな表情に、龍生の全身に震えが走った。その場で抱き締めたくなるほどの、抗いがたい衝撃だった。
「咲耶……」
ささやくように名を呼び、龍生は彼女の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近付けて行く。
「――えっ?」
唐突な行動に驚き、咲耶が戸惑いのあまり固まっていると、
「な――っ!……ちょっ、ちょっと待った! ストーーーーーップ!!」
たちまち顔を真っ赤に染め、イーリスが席を立った。慌てたように身を乗り出し、龍生と咲耶の顔の前に、片手を差し入れる。
ハッとして、龍生もピタリと動きを止めた。
「あ……あ~~~、ビックリしたぁ……。もうっ。秋月くんったら、いきなり何しよーとしてるのよっ? いくら恋人同士だからって、高校の教室で――しかも、大勢のクラスメイトの前で、勝手に盛り上がらないでくれる? イチャつきたいなら、二人きりの時だけにして!」
両手を腰に当て、真っ赤な顔のまま注意するイーリスに、龍生も微かに顔を赤らめながら、
「あ――、ああ……。申し訳ない。咲耶が、あまりにも可愛過ぎたものだから――……」
前髪を掻き上げ、ストレートに本音を洩らす。
咲耶は『バ――っ!』という言葉を発した後、顔ばかりか、首筋までも一気に染め上げた。
「バカバカッ!! 何言ってるんだよ秋月のアンポンタンッ!! そーゆーことは人前で言ったりするなって、前から言ってるだろ!? このバカッ!! アホッ!! どーしてすぐそーやって、恥ずかしい言葉を口にするんだこのタコォーーーーーッ!!」
言っている自分こそ、茹でダコのように真っ赤になりながら、咲耶は龍生の体をポカポカ叩く。――明らかに、照れ隠しの行動だった。
咲耶は、校内では『クールビューティー』と称されている。
冷たいわけではないのだが、自分の大切にしている人間にしか興味がない(ほとんど目に入っていない)ので、どうしても、興味対象外の人間には、塩対応になってしまうのだ。
普段の彼女しか知らない他の生徒達には、〝真っ赤になりながら、照れ隠しに恋人を罵倒し、ポカポカと体を叩く〟行為は、かなりの衝撃映像として、脳裏に焼き付けられたことだろう。
咲耶は未だ、ポカポカと龍生を叩き続けている。
龍生はと言えば、恋人の行動を余裕で受け止め、『ハハハ。痛いよ咲耶』などと、蕩けそうな笑顔で応じていた。
結太と桃花は、こんな状態(恋愛モード)の二人は、もう何度か目にしている。とっくに慣れっこになっているので、完全に放置し、黙々と食事を続けていたが、イーリスにとっては、初めて目にする二人の姿だ。
口をポカンと開け、しばらくの間、この〝バカップル〟を凝視していた。
それからまた、しばらくの後。やや引き気味の笑みを浮かべると、
「……知らなかった。咲耶は〝ツンデレ〟。秋月くんは、ちょっと下手をしたら、すぐに〝ヤンデレ〟化しちゃいそうな、恋人オンリーの〝デレデレ〟男……だったのね……」
二人を見比べ、素直な感想を述べた。