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終章 蒔かれた種

 インジュは、リャンシャン強奪事件のあと、リャリスは風の城に住むものだと思っていた。

というのは、リャリスが「いい家族でいましょう」と言ったからだ。インジュはその言葉を鵜呑みにしていた。しかし、太陽の城に戻ったリャリスは、一向に風の城に戻ってこなかった。

母親のセリアには「あなたのせいよ!」と怒られたが、インジュは精一杯の答えを出し、それにリャリスが答えたのだから、それで終わったのだと思っていた。知的なリャリスが出した答えなのだからと、諦めるより他なかった。

 リャリスと、恋愛的な意味合いで近くなってから、インジュはずっと考えていた。

そして、伴侶を得ている一家の者の話を聞くうち、誰が一番大事なのかという視点から見ると、その一番が必ずしも伴侶ではない人達がいることを知った。

 例えば、ノインとフロインの夫婦だ。

ノインは、フロインとリティルが同時に窮地に陥ったら、たぶんフロインを助けてしまうと言ったが、フロインは即答でリティルを助けると言った。

それでいいのか?とインジュが首を傾げると、ノインは笑って「フロインはリティルの騎士だ。リティルを選ぶのは当然だろう」と揺るぎなかった。そしてフロインは「リティルを助けて、2人でノインを助ければいいのだから、問題ないわ」と笑っていた。

 それからインジュは、一番大事なのは誰なのかを考えていた。

エンドにそんな人いるのか?と聞いてみると、エンドはフンッと鼻で笑って答えた。

『そんなん決まってるだろう?オレの一番は、親父殿だ。おまえだって、決まってるじゃねぇか』

何を今更と呆れられて、インジュは大いに戸惑った。

「え?誰です?」

『おまえなぁ……何の為に産まれてきたんだよ?陛下だろ?おまえの一番大事なヤツは、風の王・リティルだろうが!オレを産み出したのも、そのためじゃねぇか。おまえのこれまでの行動は全部、陛下の為だろうが!』

エンドに突きつけられて、インジュは、ああ、そうかと納得した。

ノインとフロイン夫婦――将軍夫婦に問いかけた問いは、インジュにこそ問われるモノだったのだ。

そして、インジュもフロインと同じだった。

リティルと誰かを天秤にかけたとき、それが例え大好きなインファだったとしても、リティルを助けると言い切る自分がいた。リティル以外、選べないと悟ったのだ。

雷帝夫婦のように、お互いが一番だと言える関係は、築くことができないのだと同時に悟った。

リティルのように、全員大事だから、全員守るぜ?とは言えないインジュには、リティルしか選べなかった。

そんな自分を、リャリスに偽りたくなかった。リャリスは、リャンシャンとは違い永遠を共にできる相手だ。始めはいいよと言ってくれても、やがて変わってしまうことが怖かった。

リャリスに「私とお父様、どちらが大事なのですか!」と問わせたくなかった。。

恋人役――それが、好きな女性であるリャリスに言える、精一杯だった。そして、案の定振られた。当たり前だと思った。自分を一番に見てくれない相手に、永遠にそれでいいよと言えないことを、リャリスは知っているからだと思った。

しかしそれは、間違いだった。


 その日の朝は、持ち場の違う無常の風とゴーニュ以外の一家の全員が、応接間にいた。四天王が一家に仕事を割り振っていると、玄関ホールへ続く扉が不意に開いた。

皆の視線が一斉に、何気なくそちらに向けられる。

「ごきげんよう」

健全な微笑みを浮かべ、部屋に入ってきたのは、リャリスだった。リャンシャン強奪事件から、ちょうど1週間経っていた。

「リャリス、おはよう」

彼女の姿を見て、ソファーを立たなかったがリティルがホッとしたのが、向かいにいたインジュには感じられた。リティルはあの事件後、すぐに太陽の城に向かったが、リャリスとは会えなかった。夕暮れの太陽王・ルディルは「まあ、今はそっとしとけ」と注意しておくと言ってくれ、リティルは扉越しに「帰って来るの、待ってるからな」と声をかけるに留めた。それからリティルは毎日、ルディルと水晶球で話をしていたと思う。インジュはそれを、ただ見ていた。

「あら、皆さんお揃いですのね」

ソファーにシュルリと近づいて微笑む、元気そうな彼女の様子に、インジュは考えるより先に体が動いてしまっていた。

彼女には振られたのに。してはいけないことだったのに、体が動いてしまった。

「私に、気安く触らないでくださいまし」

思わず抱きしめてしまったインジュは、殺気を感じて慌てて距離を取っていた。あのまま、彼女の警告を無視していたなら、リャリスは手にした毒針を容赦なく突き立てたことだろう。その美しい切れ長の瞳が、警戒と拒絶を滲ませてインジュを睨んでいた。

「リャリス?」

あまりの拒絶に、インジュはそう呟くことで精一杯だった。

「どうしたんだよ?」

トンッとリティルがインジュの前、2人の間に舞い降りた。するとリャリスは安心しきった顔で微笑んだ。

「お父様、急に抱擁されましたのよ?驚きますわ。よろしければ、その方を紹介してくださらない?」

え?応接間にいた全員が、ザワッと身構えた。リティルも戸惑った様だったが、さすがはリティルだ。風の王は冷静だった。

「インファとセリアの息子の、煌帝・インジュエルだよ。愛称はインジュだ」

「まあ、そうでしたの?お兄様とお姉様の?初めましてインジュ。智の精霊・リャリスですわ。リティル父様の養女ですのよ?以後お見知りおきを」

シュルリとリャリスは、リティルの後ろにいるインジュに近づくと、妖艶な笑みを浮かべた。その笑みを見たインジュは、ゾッとして中庭へ出るガラス戸に視線を向けた。

「インジュ?」

「すぐ、すぐ戻ります!」

驚くリティルを振り返らずにインジュは飛んでいた。中庭にあるバードバス、ルキルースへの扉へと。

 確かめなければと、そう思った。

リャリスは、インジュを忘れている。リティルのこと、インファとセリアのことは覚えているということは、おそらく、忘れているのは煌帝・インジュのことだけだ。それだけだと思いたかった。記憶の喪失に、彼女が関わっていれば、それだけのはずだ。

けれどももし、彼女が関わっていなかったら?

「どうして……どうしてですか!リャリス!」

いい家族でいましょうって、言ったじゃないですか!インジュは、記憶の精霊・レジナリネイのもとへ飛びながら、悔しさに奥歯を噛んでいた。


 花曇りの動かない夜の空気の中、咲き誇った桜は永遠に散っていた。

まるで、刻まれては忘れられることを繰り返す、記憶のように。

「レジーナ!リャリス、智の精霊・リャリアスレイがここへ、来ませんでした?」

微睡む清廉の乙女は、桜の散る振り袖の袖を翻して、インジュの前に舞い降りてきた。

「来た」

「来たんですね?はあ……………………よかった………………」

インジュは安堵のあまりその場にへたり込んでいた。そんなインジュの頭を見つめながら、レジーナは首を傾げた。

「レジーナ、リャリスから、依頼。煌帝・インジュの、記憶、抜いた」

インジュは顔を上げた。

「レジーナから教えてくれるとは、思わなかったです」

レジーナは問わなければ返さない、そんな感情しかない精霊だ。だが、リティルと関わるうちに、少しずつ彼女も変わってきていた。

「哀しい、はず?」

「え?あ……そうですね……哀しいはずですよねぇ。好きな人から、忘れられちゃったんですからねぇ。あってますよ?レジーナ」

そう言って、インジュはフンワリ微笑んだ。レジーナはゆっくり瞬きすると、首を傾げた。

「インジュ、笑ってる。哀しくない?」

「うーん……哀しいより、ホッとしてます。ボクを忘れるだけですんで、よかったって、思ってます。もし、リャリスがレジーナの所に来てなかったら、失ったのは記憶だけじゃないってことになりますからねぇ。それは……嫌だったんです……!」

絞り出すように言った言葉とともに、インジュの瞳から涙が流れ落ちた。

「ボクは……リティルしか選べないです!でも……でも……!」

それ以上言えずに蹲るように泣くインジュの頭を、膝を折ったレジーナはヨシヨシと撫でた。

 リティルしか選べないボクは、永遠に一緒にいられない。リャリスに、想ってもらう資格は、始めからない……。

「インジュ」

リティルの声に、レジーナはそっとインジュから離れた。

「リティル……リャリスから離れちゃ、ダメじゃないですかぁ」

インジュは涙を拭うと、体を起こして座り直した。そんなインジュの隣に、リティルは腰を下ろしてきた。

「あいつは大丈夫だ。雷帝夫妻とシェラがついてるからな。大丈夫か?」

「はい。リャリスはレジーナに頼んで、ボクの記憶だけ消したみたいです。恋愛感情消してなくてよかったです……」

心底ホッとしているインジュの様子に、リティルもホッとしていた。応接間から飛び出して行ったインジュの顔は、本当に真っ青だったのだ。レジーナの所へは、幻夢帝・ルキに頼んで、扉を開いてもらうのが風の城の正規ルートだ。「様子のおかしいインジュが来たけどいいの?」と、すぐさまルキからリティルに通信が入ったのだった。

「……よく、ないですよねぇ……リャリスは、記憶消さないといけないくらい、ボクのこと、好きだったんですよねぇ?それなのにボクは、いい家族でいましょうって言ったリャリスの言葉、信じちゃいました。嘘だったのに、ボクは……」

「おまえ、そう言われる前、リャリスに何か言ったか?」

「え?ええと……恋人役ならできますって、言いました」

恋人役……とリティルはその言葉を反芻した。

「恋人になれない理由、言ったか?」

セリアなら怒りそうなことを口にした自覚はあったのだが、リティルは怒らなかった。

「いいえ」

だよなと、リティルは頷いた。

「インジュ、おまえの一番大事なヤツは、風の王・リティルで、合ってるか?」

「はい」

「即答かよ!しょうがねーな。はは、リャリスのヤツ、まさか恋敵がオレだとは思わなかっただろうな」

リティルはドサッとその場に寝転んだ。

「恋敵?です?え?でも……」

リティルは男で主君ですよ?とインジュの顔はそう言っていた。

リティルは、インジュのその表情に、オレが一番なら、リャリスを選べたんじゃねーのかよ?と思ってしまった。

しかし、それを言わずに、2人のすれ違いを指摘してやることにした。

はあ、どうしてオレが、自称恋愛の伝道師を諭さねーといけねーんだよ?と、自分のことはわからないものだよなと苦笑するしかなかった。

「ああ、あいつ、勘違いしたんだよ。リャリスはたぶん、リャンシャンに勝てねーって思っちまったんだよ。おまえとリャンシャンは、とっくに終わってるのにな。おまえが、恋人役なんて怖じ気づくからだぜ?生きてる女で、一番はリャリスだって、ちゃんと言ってやればよかったんだぜ?」

「言えませんよぉ……だってボク、リティル以外選べませんよぉ……」

「リャリスはか弱い乙女かよ!あんな女、手込めにできるヤツ、そうそういねーよ!あのなインジュ、オレもインファも、その時にシェラをセリアを選べるかなんて、わからねーよ。インファはセリアが一番だって言ってるけどな、オレとセリアが同時に窮地に立ったらな、セリアのヤツ、オレを助けろって絶対怒るぜ?その状況にならなけりゃ、誰にもわからねーよ。フロインだって疑わしいぜ?経験の足りねーノインは、オレより危うく見えるときあるしな」

怖じ気づいているような、気弱な瞳で見下ろすインジュの背に、リティルは手を伸ばした。

「おまえはな、永遠って時を怖がっただけだ。いつかリャリスに、愛想尽かされるかもしれねーことが怖かったんだ。オレに逃げてんじゃねーよ!」

「もう、遅いですよぉ……」

忘れられちゃいましたと、インジュが呟くと、その瞳からポロリと涙が流れ落ちた。

「遅くねーよ。また、出会い直せばいいだろ?ノコノコオレの城に来たあいつを、オレが逃すと思ってるのかよ?インラジュールには許可取ってるんだ。あいつがほしいなら、頑張れよ」

インジュは気弱な瞳を、花曇りの空へ向けた。瞬きしたその瞳から、涙が再び流れ落ちる。

「ボクは、手に入れられませんよぉ。手に入ったとしても、大事にできないです。このまま、ボクを知らないリャリスでいたほうがいいんですよぉ」

リティルは寝転んだまま「臆病なヤツだな」とインジュの背をポンポンと叩いた。

 しかし、オレもそうしたかもしれねーなと思った。

歴代風の王とインジュの気持ちを、リティルは理解していた。

風の王に振られた花の姫達も、レジーナを知っていたなら、想いを消し去ったのだろうか。

恋い焦がれる風の王を失った花の姫達は、哀しみの中枯れてしまったらしい。そして、新たな風の王の誕生と共に、新しい花の姫が咲き誇った。

だが、インティーガの選んだ花の姫は?彼女は記憶を失って、インティーガを愛したことを忘れてしまったはずなのに。

「――ああ、忘れてなかったのか……」

記憶を消されたシェラもそうだった。誰かを愛した想いは消えなかった。インティーガを、手ひどく追い返したという花の姫に何があったのかはわからないが、彼女もまた、愛した想いを忘れていなかったんだろうなと、リティルは思えた。

だから、インティーガが死んだあと、彼女も枯れてしまったのだ。

 リャリスはどうなんだろうか。

ルディルとこの1週間やり取りして、リャリスが徐々に衰弱していっていると聞いていた。

実は今日、リティルは太陽の城に行く予定だったのだ。リャリスが記憶を消したということは、衰弱の原因がインジュへの想いだったということだ。

記憶を消さなければならないほどの悲しみ。もう一度、繋がるかもしれないなと、リティルは泣き止めないインジュを見上げて思った。

「死に別れるより、忘れられる方が、辛いなんて……思わなかったです……」

インジュは、そう呟いた。


 風の城の応接間に、再び智の精霊・リャリスは戻ってきた。

応接間には、新たな扉が作られ、アトリエと名付けられた部屋が1つ増えた。リャリスはその部屋で、日々いろいろな研究をしている。らしい。あまりに高度すぎて、リティルには理解不能だった。

アトリエは、廊下側にも扉があり、リャリスはその扉から出て、図書室とを往復していた。

「リャリス?前見えてます?」

「その声は、インジュですの?申し訳ありませんわ。私、ぶつかりそうでしたの?」

あるとき、堆く積み上げた本を運んでいるリャリスに、インジュは廊下で遭遇した。

「いいえ。半分持ちますよぉ?」

「あら、それは渡りに船ですわ」

ありがとうございます。と、リャリスは健全な微笑みを浮かべて、インジュの助けを素直に受けた。

「頑張りますねぇ」

インジュは、何気なく本の表紙を読んだ。『植物図鑑・花』……何の研究をしているんだろうか?とインジュは思ったが問わなかった。聞いても、彼女が何を言っているのか、その半分も理解できない。そんなリャリスと、平然と会話できるゾナ、ノイン、インファの三賢者が宇宙の彼方の人に見える今日この頃だった。

「当然ですわ!早く、智の精霊として、蛇のイチジクに認められなければなりませんの!そしてゾナに、近づきたいのですわ」

打倒、魔導書の賢者ですわ!とリャリスは笑っていた。

風の城に戻ってきたリャリスは、アトリエの扉が暖炉と近いこともあって、ゾナによく相談していた。最近では、アトリエで2人で何かを作っているようだ。理解できないインジュには、リャリスに近づけなかった。けれども、これが本来の距離感のような気がした。

知的なリャリスには、賢者のような人がお似合いだと思う。

「すぐ追いつけますよぉ。リャリスなら」

「フフ、ありがとうございますわ」

照れたような彼女の微笑みに、インジュは、ああ、リャリスはゾナが好きなんだなと思った。

 リャリスは、樫の木の扉の前で立ち止まった。実を実らせたイチジクの木が彫刻されている。リャリスは、扉を開けると先に入って行った。後に続いたインジュは、扉を閉めなかった。

窓のない部屋の中には、魔法の白い光がフワリと浮かび、隣の応接間と同じとまではいかないが、天井が高い。作り付けの棚と書架が壁を埋めていて、棚には霊語で書かれたラベルの貼られた小瓶が置かれていた。小瓶には、色とりどりの気体のような、液体のようなモノが封じられている。部屋の真ん中には、6つの丸いフラスコが、垂れ下がるように金色の金属の管で繋がった装置が、置かれていた。フラスコの中身は、部屋を覗くたびに中身が違っているような気がした。今回は、花びらが詰まっている。この持ってきた図鑑と関係あるのだろうか。

インジュは、リャリスの後ろをついて歩きながら、視線を奪われていた。リャリスは、本棚の前に置かれた広い机の上に、ドサッと本を置いた。この、片づいた部屋の中で、この机の上だけはいつも物の置き場がないほどだ。リャリスは無造作に紙や封じられた短い試験管を退けると、インジュを促した。インジュは、その本が置けるだけ空いた隙間に本を置いた。

リャリスに「お茶でもいかが?」と言われたが、仕事があるからと断り、インジュはすぐに部屋を出ていた。

本当は、仕事なんてなかった。

 インジュは、ピアノホールに足を向けたが、すぐに立ち止まった。

廊下の先に、暗黒色を纏ったある人物が立っていたからだ。

『死とは何か。本当に憎むべきモノは何か、わかるか?』

「それをボクがわかるとしても、ボクは、憎んだりしません」

インジュがそう答えると、影は消えていった。

「ボクを忘れたことを、憎んだりしません。リャリスが今、誰を好きでも、ボクは……」

寂しげに視線を落としたインジュは、すぐに顔を上げると廊下の先へ歩みを進めたのだった。

 一方、アトリエに残ったリャリスは、広い机の上に乱雑に置かれた紙を1枚手に取った。

そこには『魅了の力についての考察』と題名が書かれていた。

ポットから紅茶を淹れ、椅子に腰を下ろしながら、自分で書いた文字を読んでいたリャリスは、フウと小さくため息を付いた。

「――少しは近づけるかと思いましたのに、ガードが堅すぎですわ。この論文が仕上がりましたら、近づけるでしょうか?インジュ……」

産みの親と同じ名の彼の事は、始めから気になっていた。普段は底なしに明るいくせに、どこか影がある、つかみ所のない人。

原初の風の精霊という、風の王を一家の皆を死から守る盾。殺さずの戒めを守る彼は、とても綺麗な輝きで、そして、とても穢れて見えた。

暖かい日だまりのような雰囲気で皆を包むくせに、自分が温められるのは拒んでいるような気がした。何か、傷つくようなことがあったのだろうか。自暴自棄になりそうな自分を隠して見えた。

リティルはインジュの危うさに気がついているようで、寄り添っているようだ。お父様が守っているのだ、大事ないとは思うが、リャリスは力になりたいと思っていた。イシュラースの三賢者の頂点に君臨するゾナに助力してもらい、少しずつ、受精させる力を司りながら、魅了の力の発現しない理由に迫ってきている。

インジュが、それを望むかどうかはわからない。けれども、リャリスは近づきがたい彼に、近づく切っ掛けを欲していた。

「好き――なのでしょうか?私は……」

異形の姿の私が恋?ちゃんちゃらおかしいですわね。リャリスは自分をあざ笑った。

女性と見まごう柔らかな美貌の、穢れなき風の精霊と、こんなモンスターでは釣り合うはずもない。

妖艶さを武器に、経験もないのに売女を気取り、知識を欲する者を煙に巻く。そんな魔女こそが、リャリスの目指すところだ。明るい日の光の中を飛ぶ、あの美しい鳥とでは、やはり不釣り合いだ。智の精霊は隠者。この守護する至宝は、本来人目に触れてはいけないのだ。

――でも、その隣に並ぶ事が許されるなら。私はその場所を、得たいと、思ってしまいますわ

そう思ってリャリスは、朱を引いた妖艶な唇に、笑みを浮かべたのだった。


『死とは何か。本当に憎むべきモノは何か、わかるか?』

そう問いかける影が、イシュラースのあちこちで目撃されるようになった。

影は、何をしてくるでもなく、そう問いかけるのみで消えていく。

その言葉を最初に発した者と会っていた力の精霊・ノインは、風の王・リティルに報告したが、今のところ不気味であるだけで、実害は報告されていなかった。

それよりも風の城を悩ませていたのは、花園からの反感だった。風の城を、特に風の王・リティルを貶める噂の数々の出所が件の花園からで、旋律の精霊・ラスは火消しに忙しかった。大地の王・ユグラも動いてくれているが、ますます花園は風の王・リティルと敵対の姿勢を見せたのだった。

夕暮れの太陽王・ルディルが、そろそろ捨て置けないと腰を上げようとするのを、リティルは抑え続ける羽目になっていた。

――種は蒔いた

13代目風の王・インティーガの呪いの声が、イシュラースを徐々に、蝕んでいった。

これにてワイルドウインド12閉幕です!

楽しんでいただけたなら幸いです!

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