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序章 力の精霊の苦悩

ワイルドウインド12!開幕です!

楽しんでいただけたなら幸いです!

 命の生き死にを見守り、時に厳しく、時に優しく世界の行く末を守る精霊がいた。

風の精霊。

風の精霊は、世界の刃と呼ばれ、世界に仇なす者を狩り、生まれそして死ぬという輪廻の輪を守っていた。

永劫、戦う事を運命づけられた風の精霊は、永遠に近い命を持っている精霊という種族の中で短命で、その王は、現在15代目だった。

15代目風の王・リティル。

彼にはかつて、風の騎士・ノインという補佐官がいた。彼はある単独任務の際、黄昏の大剣という精霊の至宝と遭遇し、風の騎士だったすべての記憶と引き換えに、その至宝の保持者である力の精霊へと転成を果たした。

 記憶とともに、風の王・リティルとの絆も断ち切れたかに見えたが、彼は、不死鳥のごとく記憶以外の、風の騎士・ノインだと認識されていたすべてを取り戻し、リティルのもとへと戻ってきたのだった。

だが、記憶の完全消去は、彼を少しだけ変えてしまった。


 力の精霊・ノインは、風の城の応接間のソファーで苦悩していた。

「おいおい、目の前でそんな顔されてるとな、気になって仕事にならねーよ」

ノインは、その怪訝そうな声に、額から鼻までを覆う仮面に開いた穴から、その切れ長の瞳を彼に合わせた。

机を挟んだ向かいのワインレッドの布張りのソファーに座った、金色の半端な長さの髪を、無造作に黒いリボンで縛った、童顔な青年が、金色の光が生き生きと立ち上る瞳を向けていた。

「すまない。仕事の邪魔をする気はなかったのだが……」

ノインは、心底済まなさそうに、小柄な、金色のオオタカの翼を生やした彼に詫びた。金色のオオタカの翼は風の王の証。この人懐っこい童顔な青年が、15代目風の王・リティルだった。

対するノインの背にも翼があり、彼の翼は黒いオオタカの翼だった。

「何だよ?兄貴、聞いてやるから言ってみろよ!」

遠慮するノインに、リティルは人好きのする顔で笑うと握っていた羽根ペンを置いた。そんな笑みを向けられたノインは、険しかった顔をフッと緩ませた。

「……フロインのことだ」

風の王の守護女神・フロイン。

リティルを守る女騎士で、現在ノインの妻だ。

彼女は、風の王の守護する至宝、原初の風の意志だ。原初の風は、受精させる力の結晶体で、初めは精霊獣でしかなかったフロインは、時を経て精霊へと転成するまでに成長を果たしたのだった。

しかし、彼女の力が強くなるのと同時に、彼女の持つ、性的な魅了の力もパワーアップしてしまい、制御する術のないその力はだだ漏れ状態となってしまった。

「ああ、今日もフロイン、無駄に魅了を振りまいてたな」

「これ以上、彼女が追いかけられる姿を見るのは、我慢ならない」

「はは、まだ人を魅了してねーだけいいだろ?」

そう言って、リティルは恐ろしく高い天井に向かって、聳えるような尖頭窓の向こうを見やった。ノインも振り返ると、はめ殺しのガラス窓の向こうに、緑の芝生が広がる中庭が見えた。今朝、1人でこの中庭に出たフロインは、小鳥の大群に襲われたのだ。

気がついたリティルが飛び出すと、鳥達は我に返ったように空へ引き返していった。

「数日前まで、この城にいれば襲われることはなかった。時間の問題だ」

風の城には、現在17人の精霊が暮らしている。その中には、風以外の精霊もおり、魅了の力を持つ精霊もいた。フロインは、原初の風の力を持つ精霊か、魅了の力を持つ精霊と共にしか、現在外に出られない。夫であるノインでは抑えることができず、夫婦で出掛けることすらできない状態だった。

そして、ノインが懸念するように、フロインのその力は強まっているようだった。

「風の騎士は、どうやって彼女の魅了を抑えていた?」

再び苦悩しだしたノインに、リティルは苦笑した。

「おまえ、あいつの知識、全部持ってるんだろ?わからねーのかよ?」

「わからない」

「シェラもセリアも謎だって言ってたな」

花の姫・シェラ、宝石の精霊・セリア、共に魅了の力を持つ精霊だ。彼女達が、フロインの力を抑えようと尽力してくれているが、成果は出ていなかった。

 リティルとノインが他に誰か……と風一家、協力精霊の顔を順に思い浮かべていた時、玄関ホールに続く、白い石の扉が開いた。

「ごきげんよう」

玄関ホールへの扉からこのソファーまでは、十数メートルある。風が声を伝えてくれるため、声を張り上げる必要はないが、とにかく遠い。

「リャリス、おはよう。悪いな、インジュいねーんだよ」

智の精霊・リャリス。

ヘアリーバイパーという蛇の下半身を持ち、4本の腕を持つ真っ直ぐな黒髪の妖艶な美女だ。

リャリスはシュルリと、クジャクとフクロウの戯れる絵が描かれた、象眼細工の床を滑るようにソファーまで来た。

「知っていますわ。あの方、城にいないときはいちいち連絡してくれますのよ。おはようございます、お父様、と、ノイン」

リャリスはチラリとつり上がる切れ長の瞳を、ノインに向けると、とってつけたかのように名を呼んだ。

「リャリス、インジュがいないのは、オレのせいではない」

何かにつけて敵視してくるリャリスに、ノインは涼やかに苦笑した。こと、インジュが絡むと、リャリスは本当に冷ややかだ。

煌帝・インジュ。風の王の補佐官であり、殺せない戒めがあるものの、風の城最強の精霊だ。リャリスは彼と、仲がいいのだ。

「インジュの代わりに、あなたが飛べばよろしいのですわ」

ツンッと嫌みを言うリャリスに、リティルは困って笑った。

「意地張ってねーで、おまえもこの城に住めばいいだろ?」

「できませんわ。私までこの城に転がりこんでしまったら、お父様の負担が一気に増してしまいますわ。ノインと違って、私には理由がありませんもの」

「理由ならあるだろ?おまえは、オレの娘だぜ?」

「元も今も風の精霊ではありませんわ。ノインと違って」

リャリスは、リティルの養女だ。確かに血の繋がりはないが、そんな精霊は、この城にすでにいる。リャリスは頑なに、智の精霊は太陽王の管轄だからと、風の城にはいつも通ってきていた。

「拗ねるなよ。しょうがねーな」

こっち来いよと、リティルはリャリスを隣へ座らせた。リティルは父と呼ばれているが、娘盛りのリャリスと比べると、彼女の方が年上に見えた。精霊という種族は、ある日突然目覚めるという産まれ方をする。そして、消滅するその時まで姿形が変わらない。故に、見た目は年功序列ではないのだった。

「何をしていましたの?」

ところで、とリャリスは、机の上には書類があるものの置かれている羽根ペンを見て、リティルに尋ねた。

「ん?ああ、ノインがな、悩んでるんだよ。それで、話をな」

「まあノイン!そんなことでお父様の仕事の邪魔をなさっていたの?」

大げさに反応するリャリスに、ノインはなんの反論もしなかった。リティルの仕事の邪魔をしたことは事実だと、思ったのだろう。

「はは、おまえ、ノインには厳しいな。オレの兄貴、あんまり虐めるなよな」

ノインはオレと違って真面目だぜ?と、リティルは苦笑した。

「私如きに虐められる、ノインが不甲斐ないのですわ。それで、何を悩んでいるのですか?」

聞いてさしあげてよ?とリャリスはノインに切れ長の瞳を向けた。

「フロインだよ。魅了の力が増してるんだ。確かに、そろそろ何とかしてーよな?このままいくと、オレの息のかかった鳥にまで追いかけられかねねーよ」

烈風鳥王という異名で呼ばれるリティルは、様々な鳥を使役している。天井の見えない柱の立ち並ぶ玄関ホールは、その鳥達の住まいだが、最近、そこを通ろうとすると、鳥達の視線を感じると、フロインが青ざめていた。

「リャリス、知恵はないか?」

「対価、お支払いになりまして?」

リャリスは妖艶な目元に、意地悪な笑みを浮かべた。

「おまえ、ノインには対価要求するよな?」

「あら、風一家の皆様からもお支払いいただいていましてよ?」

そこは平等。とリャリスは健全に微笑んだ。

「へ?そうなのかよ?オレ、何か取られてるのか?」

リティルの言葉にリャリスは首を横に振った。

「いいえ、一家の皆様の対価は、インジュが支払ってくださいますの」

リャリスは嬉しそうに答えた。

「インジュ?おいおい、おまえ、インジュから何もらってるんだよ?」

「霊力ですわ」

「霊力?それでいいなら、オレも払うぜ?」

「いいのです。インジュの霊力がほしいんですもの」

「……おまえ、インジュのこと本気なのかよ?」

「あら、いけません?」

リティルは苦笑すると首を横に振った。

「いや、いいんだけどな。それにしては、口説かねーだろ?」

インジュもリャリスも、仲良く「恋人じゃない」と口を揃える。インジュはよくわからないが、リャリスの方はインジュに気があることを隠してはいない。だが、リャリスの方も進展を望んでいないように、リティルには見えていた。

「今のままでいいのですわ。婚姻など結ばなくとも、インジュの霊力はこうして得られましてよ?」

「いや、魂を分け合うって、それありきじゃねーだろ?」

精霊の婚姻は、魂を分け合うという言い方もされる。それは、精霊の固有の力である霊力を、婚姻関係にある精霊は、交わりによってお互いの体に宿らせることができるようになるからだ。その行為を、霊力の交換という。

「いいのですわ。私、インジュとの距離が壊れてしまうことのほうが、嫌でしてよ?」

そう言ってリャリスは、無理をしている素振りなく幸せそうに笑っていた。その笑顔に、リティルは引き下がるしかない。

確かに、無理に婚姻を結ぶ必要はないのだ。インジュはイシュラースにおいても、五本の指に入る強力な精霊だ。霊力の交換を行わなくても、この戦い続ける宿命を背負う風の城の補佐官を、未来永劫死なずにこなせる。

「それで、知恵ですけれど、もう、風の騎士・ノインにお尋ねになってはいかが?」

「へ?風の騎士・ノインって……あいつはノインだぜ?ノインがノインに会えるわけ……あ!記憶の万年筆か」

「記憶の精霊の持つ至宝か?なるほど、フロインの魅了を抑えることに成功していた本人に聞けと、そういうことか」

風の騎士・ノインと力の精霊・ノインは同一人物だが、転成する際に風の騎士としての記憶を失ってしまった。記憶は知識という形で力の精霊・ノインの中に残ったが、知識は記憶と繋がるものだ。無意識の力の行使は、受け継がれた知識からこぼれている可能性があると、リャリスは指摘したのだ。無意識のモノを説明できるのか?という疑問が当然湧くが、風の騎士・ノインなら、ぶつけられた問いに答えられるかもしれない。それほど彼は聡明で、力に対する理解度が高かったのだ。

「ご名答。ノインがノインに会うなんて、面白そうですわ。私、一緒に行ってさしあげてよ?」

「オレ、今日城から動けねーんだよ。ノイン、すぐ行きてーなら、リャリスと行ってくれ」

リティルは本当に、何も思いなくそうノインに提案した。だが、ノインは「しかし……」と言葉を濁した。

「ん?どうしたんだよ?リャリスと一緒だと嫌み言われて嫌なのかよ?」

「まあ!その通りですけれど、心外でしてよ?」

「違う。……リティル、風の騎士に会いたくはないのか?」

へ?風の騎士に会いたい?リティルは何を言われているのか本気でわからなくて、ぽかんとしてしまった。

風の騎士はノインで、ノインは風の騎士で……会いに行こうっていうのは、なくした記憶の中にヒントがあるかも?と思うからで……。

会いたい?会いたい……?思い出話なら、こんなことあったんだぜ?ってノインにだってできるし?毎日顔合わせてるヤツに、会いたいか?ってなんだ?とリティルは首を傾げた。真意が理解できなかったのだ。

「はあ?おまえ、何言ってんだよ?目の前に本人がいるのに、どうしてノインに会いてーんだよ?どうしたんだよ、兄貴?変だぜ?」

首を傾げるリティルの言葉に、ノインは何か言いたげだったが、一向に言葉を紡がなかった。

「ノイン、お父様とノインに会いに行きたいんですの?」

「オレと?うーん……笑っちまいそうだな……はは、ハハハハ!ダメだ、想像しただけで笑えるぜ?リャリス、ノインと行ってやれよ。オレ……ハハハハ!パス」

リティルは笑い転げると、半ば強引にノインとリャリスを追い出したのだった。

 2人を追い出したリティルは、しばらく1人で笑い転げて、ソファーに寝転んだ。

見上げると、高い高い天井に、巨大なシャンデリアがぶら下がっている。

「ノイン、ノインに言ってやってくれよ。おまえはノインだぜ?ってな。はは……ハハハハ!く、苦行だ!自分におまえはオレだぜって?ハハハハハ!頑張れよ、ノイン!ハハハハハ!」

再び笑い転げたリティルは、実は、ノインが風の騎士に会いたくはないのか?と言ってきた理由に心当たりがあった。

ノインは、風の騎士の記憶を失っていることに、引け目を感じているのだ。風の騎士だった頃の記憶を、見てもいいと言ってあるのだが、ノインは見ようとしない。今の自分と過去の自分の性格が違うのではないか?と恐れているのだろう。

そんなこと、気にすることないのになと、リティルは思っていた。確かに、違うところはある。しかしそれは、些細なことだ。リティルにとって、ノインはノインだった。

ノインは、オレの兄貴だ。そう悟ってから、リティルは、今、目の前にいるノインが誰なのかやっとわかった。もう、リティルの中に迷いはなかった。

 それにしても、フロインの魅了、風の騎士・ノインはどうやって抑えていたのだろうか。花と宝石。魅了の力を持つ精霊が揃って、首を捻る中、風の騎士は涼しい顔でそれをやってのけていた。

風の騎士……上級精霊でありながら、最上級のリティルでさえ一太刀も入れることができなかった、無敗の騎士。涼やかな微笑みで、クールで大人。その上知識も深く、思慮深い。

力の精霊・ノインをどんな人なんだ?と説明するなら、風の騎士とそっくりそのままだ。

違うところといえば、風の精霊ではなくなったために、風魔法が使えなくなってしまったことだけじゃないのか?とリティルは思っていた。

無敗じゃなくなったといっても、彼の事だ、そのうちサラリとそれに変わる戦法を手に入れて、倒せない精霊の座に返り咲くと、リティルは信じて疑っていなかった。


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