昔飼っていたペットが、女子高生に転生して求婚してくる話。 〜ヒロインレース【×】/正妻レース【〇】〜
ハーレムもので、将来的には連載予定です。今は未定です。
もう16年も前のことだ。
実家で飼っていた犬と猫が、2匹揃って死んでしまった。
どちらも保護犬、保護猫だった。
いつも俺と一緒にいた。いつも一緒に遊んで、いつも一緒に寝ていた。
俺と2匹は、兄弟同然に育った。
だけどある日の朝、2匹は同時に息を引き取り、二度と目を覚ますことはなかった。
悲しかった。
苦しかった。
自分の中のかけがえのないものが、ぽっかりと抜け落ちてしまった。
そんな気がした。
犬の名前はこむぎ。
猫の名前はクロ。
16年経った今でも思い出してしまう。
それくらい仲がよかった。
それから別のペットを飼おうという話にもなったが、2匹のことが忘れられず、結局この歳になるまで何も動物は飼わなかった。
そうして社会人になり、既に3年。
今日も今日とて、俺はブラック企業のもとで深夜まで残業をしていた。
ブラック企業で辛い思いをしていると、たまにこむぎとクロのことを思い出してしまう。
もういないっていうのに……はは。どんだけ2匹が好きだったんだ、俺は。
「はぁ……つっかれた」
明日も仕事だ。夕飯は……別にいいか。
体が鉛のように重い。
とにかく、直ぐにベッドで寝たい。横になりたい。
風呂も面倒だ。明日出勤前に入ってしまおう。
駅から歩いて20分。ようやくアパートが見えて来た。
「……ん?」
アパートの前に、誰かいる。
……女の子だ。しかも2人。私服だけど、相当若い。この辺では見たことのない子達だ。
1人は茶髪のゆるふわヘアーにチョーカーを付けた、背の高い女の子。
もう1人は黒髪ボブに夜闇でも分かる金色の瞳。背は低い。
時間は既に深夜1時。もう終電もなくなっている。
こんな時間まで遊び呆けるなんて、全く最近の若者は。
とにかく、2人とは目を合わさないように部屋に入ろう。
早歩きで2人の前を通り過ぎ、鍵を取り出そうと鞄に手を突っ込んだ、その時。
ガシガシッ。
その手を、誰かに掴まれた。
誰かというか、ここにいるのは俺以外に2人しかいない。
俺の腕を掴んだ2人は、呆然と俺を見つめていた。
「えっ。な、なんですか……?」
「……ご主人……?」
「主様……?」
…………。
……………………????
「ほ、本当に……本当にご主人だ! わふーっ!」
「主様、生きてる……触れる……うにゃぅ」
「は? え、ちょっ!?」
急に何!? なんで抱きついて来るの!? というか誰!?
「ご主人、ご主人! 頭撫でて! お腹わしゃわしゃして!」
「主様、喉ゴロゴロして。膝で寝かせて」
「ま、待って待って待って……! しーっ、しーーーっ……!」
こんな時間に騒いだらご近所迷惑だから……!
2人はいい子なのか、自分の口を抑えてこくこくと頷いた。
「えっと……とにかく、人違ってことで。俺、ご主人でも主様でもないし……」
「「宮部勇作」」
……え? お、俺の名前……?
「ど、どこで調べて……? 俺の実家は……」
「長野の奥地だよねっ」
「川の近くの木造平屋」
な、なんでそんなことも知ってるんだ、この子達は……!?
「いっつも遊んでたよねー」
「うん。広い庭で、追いかけっこしてた」
確かに、実家には広い庭もあった。
でもいつも遊んでた? なんだ、何を言ってる?
俺がいつもあそこで遊んでたのは、こむぎとクロだ。追いかけっこして、転んで、泣いて、2匹が慰めてくれて……。
……こむぎとクロ?
改めて2人を見る。
茶髪の子は、女の子にしては背が高い。俺が身長185センチだが、170センチは超えてそう。それに付随して色々とでかい。……って、何を考えてるんだ俺は。
こむぎも、体の大きい犬だった。種類はラフコリー。人懐っこい子だったな。
黒髪の子は、ちょっと目が鋭いけど、温かみの感じられる金色の瞳が特徴的だ。雰囲気的にはクールな印象の見た目。
クロも、金色の瞳を持っていた。種類は黒毛のキンカロー。賢い子だった。
……いや、いやいや、まさかそんなはずないだろ。
頭を振って変な考えを吹き飛ばす。
「ど、どこの誰かはわからないけど、若い女の子が2人、こんな夜遅くに外にいるなんてダメじゃないか。今すぐ帰りなさい」
「あ、ウチの家ここだよっ! 今朝引っ越してきた!」
「私も」
なんてこったい。
「ご、ご家族は……」
「今日から一人暮らしなんだー。クロと2人でご主人のいる場所を突き止めて、一緒に近くの高校に受かって、一緒のアパートに越してきたの」
「うん。こむぎ、勉強苦手だから頑張った」
「「ねー」」
執着が過ぎる。
……て、え?
「こ、こむぎ……クロ……? な、何言って……?」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね!」
茶髪の子と黒髪の子が、俺の腕に抱きついてくる。
いつもなら社会的なこととか色々考えて直ぐに振り解けるはずなのに、それができない。
「改めて。ウチは朝香こむぎ! ご主人の犬だった、こむぎだよ! わふぅ〜!」
「私は黒月夜美。主様、クロだよ。にゃ〜」
こ、こむぎ……クロ……?
え、何それ。なんで……え、どゆこと? わからない。何も……え、えぇ……?
日々の疲労。寝不足。突然の事態。
それが一気に体力の限界を迎え、俺の意識は遠のいていった。
◆
「……ぅ……ぅぅ……?」
……ぁれ……ここ……アパートの、部屋……?
俺……昨日、どうやって帰ってきたんだ……? それとも、あれは夢か……?
「……はは、笑えねぇ……」
こむぎとクロが人間の女の子になって俺に会いに来るって、そんなのありえねーだろ。
……疲れてるのかな、俺……。
とりあえず起きて、会社行く準備しないと。
……あ、あれ。体が動かない。何かにのしかかられてるみたいな……え?
体をモゾモゾ動かしてみる。
「ん、んん……」
「んにゃぅ……」
「……え?」
俺の右側に、茶色い何かが。左側にも、黒い何かがいる。
え、ええっと……?
パチッ。あ、起きた。
「! ご主人っ、ご主人っ……! わふぅ、ご主人の匂い〜……! くんかくんかっ、すーはーすーはー」
「にゃぅ。おはよ、主様。ちろちろ」
「……ッッッ!?!?!?!?」
く、首っ、匂い嗅がれ……!? 頬舐められ……!?
「ちょ、君たち……!?」
「おはよう、ご主人! 昨日はいきなり倒れてびっくりしちゃったよ〜」
「こむぎと私で運んだ。申し訳ないけど、鍵は勝手に借用した」
あ、そうですか……じゃなくて!
「えっと……ゆ、夢じゃない……?」
「うんっ。ウチとクロ、人間に生まれ変わったんだよ!」
「いわゆる転生。原理はわからないけど」
……マジ? いまいち信じられないんだけど……。
「その目、信じてない?」
「むーっ。ご主人、9歳の夏におもら──」
「信じた。信じる。信じます」
だからその事を暴露するのやめてマジで。
2人にどいてもらって起き上がる。
……昨日は夜道だったからよく見えなかったけど……。
「2人とも、凄く、その……可愛いな」
「! えへっ、えへへっ! ありがとう、ご主人!」
「主様に褒めてもらえた」
すりすりしてくる2人。
そういや、こむぎとクロもこうやって擦り寄ってくるの好きだったなぁ。そんで俺は、そんな2匹を撫でてたっけ。
「んっ、ぁぅっ……ご主人っ、相変わらず撫でるのじょーず……♡」
「主様のテク、しゅごい……♡」
「……え。あっ。ご、ごめん! つい……!」
「あ、やめないでよぅ。もっと撫でて」
「主様ぁ、もっとぉ……」
ちょ、待って本当に! 本当に待って!!
「あの時は犬と猫だったけど、今は2人とも絶世の美少女なんだぞっ! わかってるの!?」
「もちろんだよ! つまり、ご主人と結婚して交尾できるんだよね!」
「子供、何人欲しい? 10人? 20人?」
「はぁ!?」
け、けっこ……!? こ、交尾……!?
「な、何を……!?」
「ウチら、今年で16歳だよ。法律的には結婚出来る!」
「2022年4月から18歳以上に法改正されちゃう。でも今なら問題ない」
「世間的と社会的な問題しかない!!」
確かに日本では16歳で結婚は出来るけど! それでも世間の目が冷ややかなことには変わりないから!!
「それでご主人、どっちと結婚する?」
「え?」
「この国では重婚は認められない。……私とこむぎ、どっち?」
ずいっと迫ってくる2人。
朝香さんは期待するような目で。
黒月さんは誘惑するような目で。
こ、これは……結婚を迫られてるのっ、俺……!?
「ウチとクロ、2人ともご主人のこと大好き。だから子供は3人で作るって決めたの」
「でも正妻は1人。私とこむぎ、どっちも譲らない」
2人の目が交錯する。
な、なんか火花が散ったような……?
「クロ。ウチと張り合うの?」
「こむぎには負けない」
あ、あの、2人とも。俺に彼女がいない前提で話が進んでません?
いやいないけどね。ごめんなさい、見栄張りました。
……って、今何時!?
時計『ヨゥ、8時だぜ』
8時!? 今からじゃ間に合わないぞっ!?
「か、会社……! ち、ちこ、遅刻……!」
「……会社?」
「そういえば昨日、夜遅くに帰ってきてたけど……ご主人の会社って、ブラック企業なの?」
「ああそうだよ! だから遅刻すると死ぬほど叱られるんだ!」
え、ええっと、まずはシャワーを……ってそんな時間もない! とにかく着替えて……!
「あ、もしもしー。宮部の妻でございます」
「…………へ?」
いつの間にか、朝香さんが俺のスマホでどこかに連絡していた。
「え? 妻がいるって聞いてない? ふふ、最近結婚したんですよー。それでですね、実は夫が40度近くの熱を出しまして、様子を見て2、3日お休みを……はい、はいっ、ありがとうございます〜。失礼致します〜。……はいご主人! 今日はお休みだよ!」
「え……ええ……?」
休み? あの熱があっても這って出て来いって常々言ってる会社が、休みを許してくれた……?
は、はは……なんだか、一気に疲れが……。
「主様、私は料理作る。昔から好きなハンバーグでいい?」
「え? い、いいの……?」
「うん。材料は私とこむぎの家にある。主様はゆっくり休んでて」
「あ、それじゃあウチは洗濯と掃除するー! 部屋いつから掃除してないのってくらい汚いし!」
と、2人が分担してテキパキと動いていく。
そんな様子を、俺は呆然と見守るしか無かった。
◆
申し訳ないとは思ったけど、黒月さんが料理を、朝香さんが掃除と洗濯をしてくれてる間に、風呂に入らせてもらった。
こんな肩までゆっくり湯船に浸かるの、いつぶりだろう。
気付いたら1時間も浸かってた。
「ふぅ……」
「おかえりー!」
「ほげっ!?」
ふ、腹部に茶色の弾丸が……!
そのまま倒れ伏すと、朝香さんがキラキラした目で見上げてきた。
「ご主人、ご主人っ。遅かったじゃないかーっ!」
「ご、ごめん。ちょっと疲れを取ろうと思って、つい長風呂を……」
「寂しかったよー」
そ、そういえばこむぎって、俺が小学校行くと凄く寂しがってたっけ。
帰ってきたらこうして突進してくるのも、あの時と変わってない。
「こむぎ。やりすぎ」
「わふっ!? く、クロ! 襟引っ張らないでよー!」
「こむぎは昔からやりすぎ。主様は疲れてる。自重して」
「わふぅ〜……」
そうそう。こむぎが暴走すると、クロが窘めてくれたんだ。
二人の上下関係も変わってないみたいで、安心した。
「主様、ご飯出来た」
「お片付けも終わったよ!」
「あ、うん。ありがとう。……おぉ」
凄い。たった1時間で、こんなに綺麗に掃除されてるなんて。
それにこの香ばしい香り……たまらない。
椅子に座ると、ハンバーグにポテトサラダ、人参のソテー、ご飯まで炊かれていた。
「ささ、主様」
「あ、ありがとう……いただきます」
手を合わせ、ハンバーグを食べる。
お……おぉっ……! ジュワッと広がる肉汁。そしてハンバーグの中に入っているチーズ。デミグラスソースも香ばしくマッチしていて、口から食道、胃にかけて旨みが広がる。
それをご飯でかき込む。
粒の立ったご飯も絶妙な炊き加減だ。
ポテトサラダも、人参のソテーも。全部が全部、美味い。
ついつい無言で食べ進み、気付けば無言のまま食べ切ってしまった。
「……美味かった……」
「主様に美味しく食べてもらいたくて、お料理頑張った」
うん、これは誇っていいレベルだ。こんなに美味いなんて。
久々に栄養のあるものを食べて、体の疲れが一気に出て来た。このまま眠りたい。
と、黒月さんが俺の傍に座り、じーっとこっちを見つめてきた。
「な、何?」
「褒めて」
「あ、ああ。そうか……うん、凄く美味しかった。ありがとう」
「違う。撫でて」
……へ? な、撫でて、て……え!?
まさかの言葉に、つい固まってしまった。
そういえば、当時は何かある度に撫でてっけ……これ、いいんだろうか。いや、どう考えてもダメだよな。だって今のこの子達は女の子で……!
「むっ。えいっ」
「うごっ」
ふ、腹部を頭突きっ。からのぐりぐりっ……!
俺が宿題して構ってあげられなかった時の、クロの癖だ。
「クロずるい! ご主人、ウチも掃除頑張ったー! 褒めて褒めてー!」
「うぎゃっ」
朝香さんののしかかり。これも、こむぎの愛情表現だったりする。
けど、豊満ででっかいお胸様が顔面を包み込むし、その上お日様のような匂いが……!?
「ご主人〜、正妻のウチに甘えていいんだよ〜」
「主様、正妻は私。私がよしよししてあげる」
「むっ。ウチだし!」
「私」
「「むむむっ……!」」
な、なんだこれ……一体全体、どういう状況だ……?
なんで女の子2人に押し掛けられて、飼っていたペットだと言われて、自分が正妻だって言われてるんだ……?
というか、その前に。
「あー、その、2人とも」
「「はい?」」
「その、ご主人とか主様とか、やめてくれないかな。恥ずかしいから」
「ええっ。ウチ、犬のときから心ではこう思ってたよ」
「私も」
「で、でも今は人間だしさ。名前で呼んだ方がいいと思うんだよ。うん」
もし万が一にも外で言われたら、女子高生を隷属しているクソ野郎ということで、社会的に死んでしまう。
「むぅ……それならウチは、ゆー君で!」
「私はユウで」
「それでお願い。朝香さん、黒月さん」
「「それダメ」」
え? ダメ? 何が?
「ウチらは世間体的に名前で呼ぶのはわかったけど、ごしゅ……ゆー君はウチらのことは、昔みたいに呼ぶべきだと思いまーす」
「異議なし」
え、ええ……? それ、いいのか? 女子高生を名前呼びって……あ、いや、名前呼びくらいは別にいいのか。
そ、それじゃあ……。
「こ、こむぎ……?」
「! うん! こむぎだよ!」
「く、クロ……?」
「うん。ユウ、私はクロ。クロ」
名前で呼ばれて嬉しいのか、2人は俺の上から動こうとしない。
やばい。色々とやばい。何これ、男の夢過ぎんか?
現状をどうにか整理しようと、ぼーっと天井を眺める。
とりあえず3日は休みになったんだ……休みながら、ちょっとずつ慣れていこう。
「ゆー君、疲れてる? おねんねする?」
「ユウ、私が温めてあげる。よしよし」
「だ、大丈夫、大丈夫だか──」
「そうだ! ウチらがぺろぺろしてあげる!」
──は?
こ、こむぎさん? あなた何を言って……?
「ウチとクロ、ぺろぺろ得意なんだよ!」
「うん。ユウ、横になって、楽にして」
「ま、待って待って! いや待って!?」
ぺ、ぺろぺろって、まさか!?
よからぬ妄想が爆発する。
ダメだろう、それは! いくらなんでもダメすぎる!
「それじゃっ」
「舐める」
や、やめ……ぇ?
「ぺろぺろ」
「ちろちろ」
……ほ、ほっぺ……?
あ、あー。そ、そうだよな。そういえばこむぎとクロって、ほっぺとか舐めて来たっけ。
当時、いっぱい甘えてきた時のことを思い出す。
舐め方も当時を思い出すような舐め方だ。
こむぎはちょっと大胆に。クロはちろちろと小さく。
なんだか懐かしい…………がっ!
「ま、待って! これ、絵面がダメなことになってる!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ウチらがゆー君の疲れを取ってあげるからねー」
「ユウ、力抜いて。楽にして」
力抜けないわぁーーーー!!
「どう、ユウ。私の方がじょーずでしょ? 私の方が奥さんに相応しいでしょ?」
「は? ウチの方が上手だしっ! クロ、ちょーしのんな!」
「こむぎに聞いてない。ユウに聞いてる」
「じょーとーだし! ゆー君、ウチの方が上手いよね? ほら、耳も舐めてあげる。れろ、ちゅぱ」
「む。なら私は首と鎖骨を。ちろちろ、れろれろ」
「離れなさーーーーーーい!!」
「「ぴゃっ!?」」
大声を上げると、ようやく離れてくれた。
ダメだろこれ。ダメダメ。色々とアウト!
2人は相当驚いたのか、部屋の隅に逃げてしまった。
こういう所も、当時と同じなんだよなぁ。
「はぁ、はぁ……! ふ、2人、2人はもう女の子なのっ! 人間の、女の子! だからこういうことはやっちゃダメ!」
「ご、ごめ……ごめんなしゃい……」
「にゃぅ……ごめん、ユウ」
うぐっ……反省したこのしょぼん顔も当時のまま過ぎて……!
い、いや、ここで緩める訳にはいかない。心を鬼にするんだ。
「確かに、今でも俺のことを慕ってくれるのは嬉しい。だけど2人は16歳。花の女子高生だ。俺なんかより、身近の男子としっかり恋をした方がいい」
「そ、そんなこと言わないで! ウチら、ご主人に会いたかったから頑張ったの! ご主人のために頑張って来たの!」
「主様と一緒にいれるなら、他はいらない。全部いらない。だから、ご主人と一緒にいたい。……一緒に、いたいょ……」
四つん這いで、少しずつ近付いてくる2人。
そ、そんなしょぼん顔されると、俺が悪いみたいになるんだけど……!
え、俺が悪いの? 俺が悪いの!?
「べ、別に一緒にいちゃダメとは言ってない。でも、2人も人間としての自覚をもっと持って。わかった?」
「わふぅ……わかった」
「にゃぅ……うん」
ほ、よかっ──。
「「じゃあスリスリを」」
わかってねぇっ!?!?
◆
「はぁ……疲れた……」
3日後の出社日。
2人が突撃してきたせいで、肉体的には休めたのに精神的には疲れるという3日間を過ごした。
だけど、2人の献身的なお世話のおかげで、午前中だというのにとんでもないスピードで仕事が片付いていくな。
「宮部君。ちょっといいかね?」
「っ! は、はい、課長!」
課長に呼ばれて急いでデスクに向かうと、そっとため息をつかれた。
その拍子にテカテカの頭が光る。う、眩しい。
「君ぃ、ダメじゃないか。結婚していたのなら、ちゃんと報告しないと。ええ?」
「すみません……ですが、実はまだ結婚していなくて、秒読み状態というかなんというか……」
「何、そうだったのか? ふむ、つまり彼女さんが、世話をしてくれたと?」
「は、はい。ちょっと気が早い子でして」
「そういうことか。だがああ言っている子が近くにいるんだから、宮部君も覚悟を決めたらどうだね? ん? 私の若い頃はなぁ」
うわ、出た。やめてくれそれ。仕事が片付かないから。
あとそれ、下手したらハラスメントになりますからねマジで。というか抵触してる。上に報告すんぞコラ。あ、報告してもこの会社じゃいみねーわ。
「聞いてるのかね?」
「は、はいっ。それはもちろん……!」
「それでなぁ」
「はいはい、ストップ。課長、随分と暇みたいですね」
ん? あ、加賀屋部長……!
俺の2つ上の先輩でありながら、超異例のスピード出世で部長にまで上り詰めた、加賀屋春香さん。
俺の教育者だった人で、今でもたまに面倒を見てくれている。
パンツスーツ姿が良く似合うすらっとした足に、スレンダーな体つき。
ここだけの話、例のラインが表に現れないのは何故か、というのは男性社員の中での話の種になっている。
「か、加賀屋部長っ。も、申し訳ありません。ちょっと教育を……」
「それは私の方で行うので。課長は課長のお仕事をなさって下さい」
「はいぃっ……!」
「宮部君、行くわよ」
「は、はい……!」
さ、さすが加賀屋部長。年上の課長相手にも物怖じしない。
「全く……宮部君、大丈夫?」
「は、はい。助けていただき、ありがとうございます」
「いいのよ。それより、熱は大丈夫? 40度近く出たって聞いたけど」
「はい。今はもう全快です」
「ふふ、よかったわ。……と、ところで、宮部君。奥さんがいるって、本当なのかしら?」
うっ。加賀屋部長も聞いてくるの、それ……。
「お、奥さんというか、相手が勝手にそう名乗っているだけというか……」
「あらそう」
あらそうって……自分で聞いてきたのに、随分と軽いな。
……あ、いや、口角が上がってる? なんで?
「こほん。そ、それはいいとして……宮部君、休み明けで体が慣れてないでしょう? 今日は定時で上がっていいからね」
「え……いいんですか? 休んでいた間の仕事が残ってますが……」
「何のために私や同僚がいると思ってるのよ。安心しなさい」
う……うぅ、加賀屋部長、優しすぎる……。
「ありがとうございます……こんな会社でも辞めずにやれてるの、加賀屋部長がいるおかげです……!」
「オーバーねぇ。でも、何度も助けてあげられる訳じゃないからね。気をつけなさいよ」
「わかりましたっ」
加賀屋部長に挨拶し、自分のデスクに戻る。
俺は午前中以上の集中力でいつもの倍以上の仕事をこなし、定時で退社した。
◆
「おかえりなさーい!」
「ほぶっ!?」
わ、忘れてた……こむぎミサイル……。
「こむぎ、ユウの邪魔しちゃダメ」
「わふ……!」
クロがこむぎの襟首を掴み、引き剥がした。
助かった。また爆の感触で大変な目にあうところだった。
が、今度はクロが近付いてきて、抱き着いてきた。
俺の胸下あたりしかない身長だから、子供感あっていたたまれない。
「おかえり、ユウ。寂しかった」
「た、ただいま」
「むぅ! ウチも抱きつく!」
「わっ……!」
腕に抱き着いてきたこむぎ。
こむぎのお日様のような匂いと、クロの夜の森のような匂い。それに至るところの柔らかさがとても素晴らやばい。
「は、はいはい、離れてね」
「わぷっ」
「にゅぷっ」
2人の頭を掴んで引き剥がした。
やれやれ、気が休まらん。
リビングに向かい、鞄を置いてネクタイを緩めた。
「そういえばゆー君、今日は早かったね」
「ああ、病み上がりだから、今日くらいはゆっくり休めって。多分明日からまた深夜まで残業」
「ええっ! そんな、体壊れちゃうよ!?」
「うちの会社はそんな感じだからなぁ」
そっと嘆息すると、不安そうな2人の顔が目の端に映った。
「心配しなくても大丈夫だよ。それに、2人がお世話してくれたおかげで、今日は凄く調子良かったんだ。ありがとう、2人とも」
「え、えへへ。褒められた」
「嬉しい。もっと褒めて。撫でて」
……ま、今日は撫でてあげようかな。実際助かったし。
2人の頭を順に撫でる。
相当嬉しかったのか、目を輝かせて擦り寄ってきた。
これからは、たまには撫でてあげようかな。
「ところでゆー君。ウチを最初に撫でたってことは、ウチが正妻だよね?」
「違う。最後に撫でたわたしの温もりが、ユウの手に残ってる。私が正妻」
「あ?」
「ん?」
喧嘩しなければ、もっといいんだけどなぁ。
どうでしたか? 面白かったでしょうか?
『ヒロインレース』ではなく、2人は互いの存在を認め、その上で正妻を決める『正妻レース』。謂わば『正妻戦争』。
この先が気になる!
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