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80:悲劇を呼ぶ国立図書館

【登場人物】

*在里 纏依(ありざとまとい)(二十二歳)……男装姿にシルバーアクセで身を包み、まるでビジュアルバンドの様なゴシックパンクファッションを着こなす、男言葉を操る勝気な女。普段は栗色に染めた長髪を後ろ一つに束ねて、顎までの前髪を右分けにしている。職業は業界では一目置かれる存在である、新生有名画家。イラストレーターの仕事も請け負っている。魔女扱いを受けた過去があり、胸には魔女の烙印として焼印が刻まれている。レグルスの共鳴者。身長160cmのスリムな体型。


*レグルス・スレイグ(四十二歳)……魔王の異名を持つ無表情無愛想が常の寡黙な英国人。口を開いたかと思えば嫌味や皮肉の毒舌。全身黒ずくめの大男で肩まである漆黒の髪と目の容貌も手伝って、彼に畏怖を抱かない者はいない。歩けば誰もが道を開ける。職業は人文科学教授だが、国立図書館長も任されている。読心超能力者で纏依の婚約者。身長189cmの大柄でガッシリとした体型。纏依を救出後、彼の存在を恐れた者達から封印されてしまうが、この度無事開放された。


星野(ほしの) あやめ(二十歳)……文化芸術を専攻する大学生にも関わらず、人文科学の授業にも参加している。高い学識を持っている筈なのに、天然おっちょこちょいの不思議ちゃん。纏依の良き親友にして後輩。ルーズな極ユルパーマの黒髪で前髪は眉毛の高さに切り揃えられたミディアムロング。ユリアンの共鳴者。身長154cmでバランス良いグラビア体型。


*ユリアン・ウェルズ(四十六歳)……過去に後輩だったレグルスへ犯した罪を、償う為に来日してきた英国人。予知夢能力者だが本来自分に関する予知は不可能。唯一自分の死だけが予知でき、死に掛けたところをレグルスに助けられた。天然ウェーブのミディアムロングに、前髪は顔に掛かるヘアスタイルの朱金髪に碧眼で、あやめの恋人。職業はソフトウエア開発者。身長180cmで細身の引き締まった体型。今ではレグルスの良き義兄的存在。



「諸君。(それがし)が留守の間、しっかり業務をこなしておられたようですな。労をねぎらいますぞ」

 こちらお馴染み国立図書館の朝礼にて。

 相変わらず抑揚のない低い声ではあったが、無愛想ながらにもそう発せられた当館長の言葉にそれまで長期の留守から突然戻ってきた彼の存在に起立の姿勢で緊張していた職員達は、内心ホッとする。

「これも察するに(それがし)の留守を預かった副館、貴方の監督のおかげと判断して宜しいな?」

 ボソボソと呟くようにして向けられた彼の言葉に、副館長はぎこちない作り笑いで答える。

「いえ、わ、私は副館長として当然の事をしたまででして、これと言って特別な事は何も……長期出張お疲れ様でしたスレイグ館長」

 副館長の言葉を他所に、他の職員は全員当館長であるレグルスの手元を凝視している。

 久し振りの館長参加の朝礼。先程の彼の称賛から特別彼ら職員達に対しての不満はなさそうだと推測出来るものの、どうしてだろうか。この相変わらず全身黒々とした大柄な外国人館長の手には、彼の愛用武器“ハリセン”が握られ、もう片方の手の上でポンポンと意味ありげに弾んでいるではないか。

 これは最初の称賛に安心して気を抜くのはまだ早い気がする。

 そう内心それぞれの職員達は思いながら、緊張感を抱いたまま真っ直ぐに姿勢を正していた。そんな職員達の気持ちにあえて気付こうともせず――只今読心能力収納中――レグルスは首肯する。

「ふむ。館長代理としてのその責任感は、見事なまでに立派なものだったと一部の者から承っている。(それがし)の留守の間は、しがない一般利用者として扱う為に少々強引な要求をしてきた我が扶養者にも、厳しく対処なされたとか。その判断力、確かに問題御座いませんな。いくらそれが我が関係者であろうとも、留守を預かる身として部外者の館長室立ち入りは認められますまい。そのご決断、今後昇進する上でもきっと役立ちましょうぞ」

 淡々と呟くように語ったレグルスは、今朝しっかり纏依(まとい)から副館長に対する個人的不満を聞かされていた。

 彼女には彼女なりの“レグルス捜索”たる理由があっての訪問ではあったとしても、表向き海外出張と聞かされている職員等含め副館長には本来の事情を知らないのもあって、一般的には一切問題のない判断ではある。あるのだが。

 副館長が内心抱えている本当の理由に気付けば、この称賛もレグルスにとっては遠回しの嫌味でしかない。だがその嫌味の真意に気付く筈もなく副館長は、素直にこの不気味で黒尽くめの館長の言葉を鵜呑みにしつつ謙虚な態度で、愛想笑いを浮かべる。

「いやいや、館長代理として当然の判断をしたまででして、それに問題がなくて安心しました。ハハハ……」

 そう。館長室出入りの件については私情を持ち込む訳にはいかない。例えそれが館長であるレグルスの関係者であろうとも。だからこそ、その件については例え同僚でも同じなのだ。なのでここでこの件の話を簡単に終わらせる訳にはいかない。よって、レグルスの静かで冷淡な言及は尚も続けられる。

「しかしながらどうにも(それがし)の留守中、館長室に大きなネズミが一匹侵入しておりましてな。デスクの椅子に居着いておったようだ。副館、貴方はお気付きになられませんでしたかな?」

 ビシビシビシィィーーーーッッ!!

 途端に副館長はレグルスの向けた鋭利な視線を受けて石化する。

 ――バッ、バレてる!?

「他の立ち入りは認めずともネズミの侵入は容易く許すとは、その判断に矛盾を感じ得ぬのだが、いかがですかな副館」

 そうしてレグルスはそれまで軽く掌の上で弾ませていたハリセンを、意味ありげに一度だけ大きくパァンと打ち鳴らした。それに思わず他の職員達までビクーン!! とする。

 なぜだ! なぜバレたんだ!? と内心必死に焦る副館長の心の叫びはその激しい動揺のせいで、しっかりとレグルスへと届いていた。

「ぇっと、それは、ぁの、何の事だか、さっぱり……分かりかねますが……」

 裏返った副館長のその声と吹き出した汗で、その頭部に張り付く数える程度の髪が見る見る湿っていく様子を見て、職員達はネズミの正体を悟るや皆痛々しそうな表情を浮かべる。

“やりそうだ。この人ならやりかねない”

“どうも時々姿が見えないと思っていたら”

“アチャ~……、やっちまったかこの人は”

“館長の椅子に座って優越感を楽しんでいたのね……”

 などと内心思わずにはいられない職員達。

「本日は出張帰参報告を兼ねて留守中の様子確認にて朝礼出席に赴いたが、明日より本格的に館長勤務に戻る。よってこれにて(それがし)は早退するゆえ後を頼みますぞ。副館は職員二人を伴い(それがし)の椅子を拭き上げておくように。どうにも椅子がネズミ臭くて敵わぬ。では失礼する」

「はい、お疲れ様でしたスレイグ館長!」

 こうして一晩ですっかり体力回復し、左目の痛みも癒えて本来の黒い双眸を取り戻したレグルスは深々と頭を下げる職員達の返事を受けて踵を返すと、颯爽とした足取りで図書館を後にした。

 ツカツカツカツカツヵッヵ……。

 遠ざかって行く恐怖なる館長の(あしおと)が聞こえなくなった所で、皆大きく息を吐いてから脱力すると、ふと思い出したように一斉に副館長を振り返る。

 そこには、すっかり放心状態になった屍たる副館長が真っ白に燃え尽き、灰化した姿があった……。




「レグルス! 無事に戻ったその姿を見て安心したぞ!」

 纏依のアトリエへ入って来るや画廊の中央にあるテーブルで紅茶を嗜んでいるレグルスを見つけて、嬉しそうに足早で歩み寄ってきたユリアン。

「なかなか戻らないから、まさか俺の身代わりに本当に死んだのではと心配していたんだ」

「お前の死する運命ならば、一次元にて邪なるスピリッツ共に叩きつけてやった」

 レグルスの無事な姿を確認できてすっかり興奮しているユリアンを他所に、紅茶の入ったカップが乗るソーサーをテーブルにゆっくりと置きながら、落ち着き払った口調でレグルスは答える。

 心から彼の帰還に喜んでいる様子のユリアンに、レグルスの隣に座っていた纏依も改めて嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 すると少し遅れて入って来たあやめの声で、更にアトリエは賑やかになった。

「キャー! スレイグ教授だぁ! お久し振りですぅ~、元気そうで何よりです! 良かったですねぇ纏依先輩♪」

「おう! ありがとうな! これもあやめとユリっちのおかげだぜ~!」

 女二人は嬉しそうにはしゃぎながらお互い抱きしめ合って喜びを露にする。それに感化されてユリアンも思わず口走る。

「俺にもハグしてくれレグ!」

「――断る」

 すっかりそのつもりで両手を広げていたユリアンは、レグルスからの無愛想な即行ブロックを受けて一瞬両手の行方に困り無意味に指を動かしてから、笑顔を引き攣らせると嘆息と共にダランと両手を下ろした。そしてボソリとぼやく。

「相変わらずだなお前は」

 それに対してレグルスは気にする様子もなくあっさりと冷たく吐き捨てる。

「いい年した男二人が抱擁を交し合おうなど本気で申し入れた、貴兄のその心意気の方が気色悪い」

 しかしそうは言うが、本来イギリスは年齢関係なく喜びや歓迎、慰めなどの抱擁を交し合う文化を持つ国だ。だが残念ながら幼い頃からそうした習慣とは無縁に育ったレグルスには、人間嫌いだったのも手伝い長らく馴染みがなかった。思わずユリアンは更に口元を引き攣らせる。

「気色悪……まぁいい。とにかくお前の無事な姿を直接確認できただけでも嬉しいさ」

 そうしてふと息を吐き柔和な微笑を湛えると、椅子に座るレグルスの右肩にポンと手を置いて軽く二回ほど揉んでから、テーブルを挟んだ彼の向かい側にある椅子に腰を落ち着かせた。

 同じくあやめも纏依と向かい合わせになるユリアンの隣の椅子に座るのを確認しながら、レグルスは改めて口を開いた。

(それがし)が気付いた時、既にこちらでは長期間時間が経過している事を知り混乱したが、経緯は纏依から聞いた。貴兄の活躍がなければ(それがし)は戻ってこられなかった。感謝するユリアン」

「何を言う。お互い様だ。俺もお前に救われたのだから」

「ご友人殿にも礼を言おう」

 ユリアンの言葉を受け取ってからレグルスは、ふとあやめへと視線を投げる。

「スレイグ教授……! そんな、お礼なんて要りません。私はただ纏依先輩の為にも、ユーリの為にも必死で……それに教授と学生の立場ではありますけど、もうスレイグ教授はただの大学教授ではないと言うか、仲間みたいな、すっ、すみません! 図々しい言い方して!」

 仲間と言う言葉に気を使い思わず畏縮して頭を下げるあやめに、レグルスは片手を軽く振り払う仕草をしてから緩和された口調で静かに話しかける。

「構わぬ。気にせずとも良い。(それがし)は本来人付き合いが苦手な性格ではあるが……そなたのその言葉、痛み入る。纏依を、そしてユリアンを通じてではあれど、以後宜しく頼みますぞ。そなたにも何度と助けられた。かけがえなき、年の離れた幼き仲間よ」

 その珍しくそして、初めて改めて直接自分を受け入れてもらえたレグルスからの歓迎に、あやめは目を輝かせ顔を紅潮させると喜びを抱く。

「は、はい! うわぁ~、何だか新鮮ですね! 教授と学生の関係を超えたかえがえのない仲間同士なんて……! 凄く嬉しいです! 最初はその、外見や雰囲気的に近寄りがたかったけど纏依先輩に接している時の教授を見てる内に、もう今では全然普通に平気になったって言うか……上手く言えないですけど、とにかく本当は素敵な人だと分かったって事です!」

「ほう。(それがし)が素敵だと? 纏依以外でそう言われるのは初めてにて、光栄ですな」

 すっかり興奮しているあやめに対して、やはり相変わらず冷静ながらもレグルスは悠然とした柔らかな物腰で答えた。

 レグルスがまともにあやめと会話を交わしているのが珍しくて、思わず二人の様子を微笑ましそうに眺める纏依とユリアン。それに気付く事無くあやめは更に嬉々として声を弾ませる。

「本当ですか!? じゃあ仲間同士仲良くするって事で、成績の評価もここは特別に――」

「甘い。そこは毅然(きぜん)と割り切らせてもらう」

 賺さずレグルスにあっさりと一蹴されるあやめ。

「はぁうっ! さ、さすがスレイグ教授……やっぱり容赦なしですね……」

 ガクリと頭を項垂れるあやめに、傍らで楽しんでいた纏依とユリアンから同時に笑いが漏れる。

「話の勢いに乗じてまんまと点数稼ごうなど、レグルスには通じないだろう」

「とっくに先読みされちまうのが関の山だぞあやめ、レグ相手じゃ。クスクス」

 それにガバッと突然頭を上げるや否やあやめは、もう先程の事などまったく気にした様子もなく明るい声で話題を切り替えた。

「とにかく! 気を取り直してスレイグ教授と纏依先輩の無事帰還を改めて祝して、今夜は久し振りに四人揃って豪華に外食パーティーと行きましょう!!」

 それにユリアンも大賛成して言った。

「長らく延期されていた二人の婚約パーティーも兼ねてだな。レグルス」

「うむ、異論ない」

 それにしっかりと首肯して見せるレグルスの隣で、はたと思い出したような表情をする纏依。

「あ。そういやそうだった……」

 プロポーズされていた事をうっかり忘れていた纏依の小さく漏らした言葉に、しっかり聞き逃さなかった三人は一気に静まり返る。

 そんな中、憮然としたレグルスの白々とした視線が纏依に突き刺さるのであった……。




 プロポーズ直後にあれだけいろいろあれば忘れる……よね?(本当は忘れてはいけないところww)

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